27:餅は餅屋に頼みましょう
目が覚めるなりギルバート様に抱きしめられたのはとてもびっくりした。少し乱れた銀髪に、目の前に迫った煌めく紫の瞳。抱きしめてきたギルバート様は少し震えていて、思わず背中を撫でてしまったくらいには私は動揺していた。今もまだ少しどきどきしている。
(なんか……変な感じだな)
緩く頭を振って思考を切り替える。今は、そんなことに構っている場合ではない。
ギルバート様たちと情報共有を行った結果、私達だけではどうにもならないことが判明してしまったので、この国の権力者に丸投げしようという結論になったのだ。
そんなわけで私達は最短距離で宰相様の執務室に向かっていた。既に日は沈んでいて、いつもならそろそろ夕食を食べている頃だろう。騎士団の訓練も既に終わっているはずだ。
アレックス団長の執務室から宰相様の執務室まではかなりの距離がある。というのも、宰相様の執務室は、騎士団長たちが使う執務室のエリアとは別の場所にあるからだという。
どうりで、見たことのない廊下だと思った。まぁ、私が行く場所なんてギルバート様の執務室か図書館か、演習場くらいだけど。あとは食堂か。
そんなことをつらつら考えながら、歩くスピードが遅い私と絵里奈は若干小走りになりつつも辿り着いたのは、一つの扉の前だった。
アレックス団長と絵里奈が前に出て、扉の前に居た騎士様と何言か話すと、いよいよ扉が開かれた。
室内には宰相様しかいなかった。通常は多くの文官が行き来をしているらしいが、アレックス団長が先触れを出していたので人払いがされているみたいだ。
宰相様の執務室は広かった。そして、書類がいっぱいだ。
「急な訪問にもかかわらず対応してくださりありがとうございます。至急相談したい事がありましたので、ご無礼を承知でお伺いさせていただきました」
この場を代表して、絵里奈が軽く頭を下げ一息に言い切った。
絵里奈が私の腕を引っ張って隣に立たせる。この部屋に入った直後、ギルバート様が私のフードを下ろしているから私の髪色や目の色は既に宰相様に見られている。
「紹介いたします。私の友人、ツバキです」
「お初にお目にかかります、ツバキ・ヤナギモトです。日頃より格別のご配慮を賜り、感謝の念に堪えません。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございます」
宰相様に会ったらお礼を伝えたいとは思っていた。ただ、このタイミングではなかったと思う。こんなことなら事前に教えてもらえばよかった……貴族マナーとか………。今更もう遅いが。
だってしょうがなくない? 相手は宰相様なんだよ。これまで私の生活を(主に金銭面で)支援してくれた張本人。
そんな人相手にどう挨拶すればいいのか分かんなかったんだよ…… 。
「アルトレッド王国、宰相のテオドールだ。礼には及ばんよ、当たり前のことをしたまでだ」
初めてお会いした宰相様は、色素の薄いホワイトブロンドの髪の毛を緩く三つ編みにして前に垂らした髪型をしていた。切れ長の瞳は鮮やかな紫色で、ふっと緩められた視線に既視感を覚える。どこで見たんだろうか……その謎を追求している途中で、気遣わし気な視線と共に宰相様に話しかけられた。
「ふむ………倒れたと聞いたが、体調はどうだ?」
「あ、はい。大丈夫です」
まさか、先ほどの出来事が既に宰相様の耳に入ってるとは思わなくて、間の抜けた返事をしてしまった。
情報回るの早すぎない??
幸いにも宰相様は私のそんな様子を気にした風ではなく、早く要件を話せとばかりに絵里奈に水を向けた。
「それで、相談とはどのようなものか」
「はい。この国の未来と聖女に関することです」
瞬間、宰相様の目つきが鋭いものになった。雰囲気もどこかピリついている。
こ、怖いな……なまじ顔が美麗な分、凄むと余計に貫禄が出る。
絵里奈もその顔を見ているはずなのに、臆した様子もなく話し出した。
「端的に言います。この国の女神様より、ツバキ・ヤナギモトを新たに聖女にしたいとお声掛けいただきました」
「ほう…………?」
どこか面白がるような、鋭い視線が私に向けられる。
こ、怖すぎる。でもそんなこと言ってる場合じゃない。
まずは、私の意見を伝えなければ。
「私は、聖女になりたいわけではありませんし地位を望んでいるわけでもありません。ですが、私が聖女にならなければ既に聖女に認定されている絵里奈の身に危険があると知っていて、何もしないという選択肢は私の中に存在しません」
この国を守っている結界があと数年もしないうちに崩壊してしまう事。
今までは修復するだけでよかったが、ここまで薄く脆くなってしまっては張り直すほか無いこと。
張り直すには女神と波長の合う魂をもつ者でなければならないこと。
そうでなければ、肉体も精神も耐えきれないこと。
女神様曰く、適任は絵里奈ではなく私、とのこと。
その全てを語り終え、宰相様の反応を待つ。……なんか、めっちゃ緊張するんだけど。大学の合格発表よりも緊張するかもしれない。
「なるほど、話は分かった。それで、エリナ殿の考えは?」
「宰相様。”私ではダメだ”、と。面と向かってそう言われてしまっては、私にはどうすることもできませんよ」
努力ではどうにもならない部分で、女神様から駄目出しを食らったのだと。そう絵里奈は語った。練習したから、力を付けたからといってどうにかなる話ではないのだと。
肩を竦めて「はぁーやれやれ」といった仕草をして見せた絵里奈は、一転して真面目そうな顔で続けた。
「椿ちゃんも私も、一度決めたら絶対に意見を曲げない頑固者なので、多分椿ちゃんは聖女になると思います。それはいいんです。ですが、この前の私の様に椿ちゃんに何かあったり何かされたりするのは看過できません。……だから宰相様には、椿ちゃんが聖女の力を持つことになってもやっかみを受けないような理由付けをして、椿ちゃんを全面的に守ってほしいんです」
私が一番心配しているのはそこだから。
そう言い切った絵里奈は真っ直ぐと宰相様を見つめている。
数十秒か、あるいは数分の間、重たい沈黙に包まれた。机の上に置かれた宰相様の指先が規則的にトントンと音を奏でる。
その音がぴたりと止み、宰相様が口を開いた。
「ひとつ、案がある。ただ、この案を採用するには女神様の名を使う許可が必要なのだが……」
「呼んだ?」
「きゃ!!」
「っ!?」
突然背中側から聞こえた声は先ほど会ったばかりの女神様だった。絵里奈と共に振り向くと、ふよふよと浮いている女神様がいた。
「び、びっくりさせないでくださいよ女神様……」
「……そこに、女神様がいらっしゃるのか?」
「えぇ、いるわよ! やっぱり、ツバキちゃんとエリナちゃん以外には見えないのね……」
宰相様の周りをぐるぐる回りながらそう言った女神様は、少しだけ寂しそうな顔をしていた。しかしそれも一瞬の事で、私たちの目の前に戻ってきた女神様は勢いよく手を合わせ私たちを見つめた。
「やっぱり私は、どうしてもツバキちゃんに加護を与えたい! いえ、与えなきゃいけないのよ。そのためなら私の名前を使うことくらい些事よ」
「じゃあ、ある程度はこっちの好きにしてもいいって感じですか?」
「そうね。その認識で大丈夫よ。………もう時間切れみたいね。次に会うとき良い報告を聞けることを願っているわ」
言うだけ言って消えてしまった女神様。
とりあえず言質も取ったことだし、宰相様の案を聞いてみよう。
宰相様曰く。
これまで聖女はその世代に一人しか現れなかった。絵里奈がこっちの世界に召喚されてから結構な時間が経っている。いまさら実はもう一人聖女が居ました、というのはこの国に伝わる聖女の条件から見ても不都合だ。……第一王子殿下が私の事「喚んでない」って言っちゃってるしね。
しかし女神様は私に加護を与えたがっている。
それならばいっそのこと、新たな役職を作ればいいじゃないか。
「此度の結界修復はエリナ殿一人では負担が大きいため、女神様が補佐官を共に遣わすことにした。それがツバキ殿だった。選定理由は2人が同郷の友人同士だったため。異国の地で知らない者が補佐になるよりも、同郷の友人が補佐に付いた方がエリナ殿も安心できるだろうと考えられた女神様は、聖女の補佐役にツバキ殿を選んだ……ということにするのはどうだろうか?」
「10代目聖女の、聖女補佐……いいかもしれません」
2人の聖女が結界を張る、のではなく。
あくまでも聖女とその補佐が結界修復にあたる、ということにするのか。
これならばどちらかが聖女を騙っていると批判を受けることもなく、絵里奈の懸念もいくらかは緩和できよう。
特別な立場に立つのは、どちらにしても避けられないが。
「聖女の力について何か言ってくる者が居たら?」
それまで蚊帳の外状態だったアレックス団長がそう問いかける。
あーーー。確かに、肩書がどうなっても私が使う力はまんま聖女の力なわけだから、それを指摘されてしまう可能性はないとは言えない。というか、絶対誰かしらに追及される。
「その時は、女神様が遣わした聖女の補佐官なのだから聖女と同じような力を扱えても何ら不思議ではない、という方向に持っていけばいいだけの事」
そのくらいの懸念事項を解決する案はすでに考えているってことですか。
流石です、宰相様。




