28:報連相は大切です
お待たせしました。
「それで、こんなトップシークレットの情報どこまで流せるかって、……」
不自然に言葉を切ったアレックス団長が扉に視線を向けると、扉を守っていた騎士から入室の許可を求める声が聞こえてきた。
宰相様は誰が訪ねてきたのか見当が付いているようで、誰何の声も出さずに外に居る人物に向けて部屋の中に入るよう声をかけている。
「失礼します」
「失礼しまーす」
入室してきたのは若い男性2人組だった。若い、と言ってもギルバート様と同年代か少し上くらいだろうか。
片方は王宮図書館で遭遇し、それ以来度々顔を合わせている宮廷魔導士団の副局長クリストファー様だ。もう一人は……初めて見る顔だ。アイボリー色の長い髪を後ろで束ねた髪型で、瞳の色は鮮やかな紫色の優し気な風貌の男性だった。
「宰相補佐のアーノルドさん。宰相様の息子さんなんだって」
「へぇ」
隣にすすすっ…と寄ってきた絵里奈が小声で説明してくれる。やはりか、と思わずにはいられない。髪色も瞳の色も宰相様とそっくりだからだ。ただ、アーノルド様の方が優し気な顔立ちをしている。
アーノルド様は、隣に同行者のクリストファー様を引き連れて宰相様のもとに歩んでいく。その手には何やら水晶のようなものを持っていた。
「宰相閣下、『聖女判定魔道具』をお持ちしました。貸与期間は一週間です」
「あぁ、ありがとう」
バスケットボール大の水晶を丁寧に机の上に置いた男性は、そのまま宰相様となにやら話し込んでいる。
対してクリストファー様は、宰相様に一言挨拶を終えると真っ直ぐこちらに近づいてきた。
「ツバキちゃーん、ひさしぶり~」
「お久しぶりです、副局長様」
「え、なに、椿ちゃん知り合いなの?」
「うん、図書館で何度かね」
どうやら絵里奈は初めて顔を合わせたようで、二人共にこやかに挨拶を交わしている。
「宮廷魔導士団副局長のクリストファーだよ、よろしくね、聖女様」
「10代目聖女のエリナ・カワグチです。どうぞ気軽にエリナと呼んでください」
「あ、そう? じゃあ早速だけどエリナちゃん、君には聞きたいことがいっぱいあってね!」
そういうや否や、クリストファー様は新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、無邪気な笑顔で魔法の質問を絵里奈にぶつけている。その内容は専門的なもののようで、何を言っているのか半分くらいは分からなかった。
「あの人は昔から魔法の話になると煩いんだ……」
「そう、みたいですね……」
断片的に聞こえる単語を繋ぎ合わせると、どうやら絵里奈の魔法の使い方が特殊(?)らしくて、それについての質問をしているようだった。
絵里奈をマシンガントークから救出してくれたのは、宰相様との話を終えたアーノルド様だった。
「エリナ嬢、久しぶり。もうすっかり元気になったようで安心したよ」
「その節はどうもありがとうございました。アーノルドさんの協力のお陰で、こうやって自由時間を確保することが出来ました。親友にもやっと会えたし」
ねー、と言いつつ私の腕に引っ付いてくる絵里奈は、清々しい笑顔だった。
ずっとべったり引っ付いていたという第一王子殿下がいないと思ったら、どうやらこの方の力を借りていたのか。そりゃあ絵里奈も晴れ晴れとした表情になるだろう。
「改めて自己紹介をしようか。私は宰相補佐のアーノルド・オルティスだ」
「初めまして。ツバキ・ヤナギモトと申します」
「ツバキ嬢、と呼んでもいいかな? いつも弟たちが世話になっているね」
「どうぞ、お好きなようにお呼びください。………弟?」
挨拶の中に紛れ込んだ「弟」という言葉。緩く細められた眼差しには、見覚えがあった。宰相様にも似ているけれど、それよりももっと、身近な。
それはこの3カ月間、毎日のように見てきた柔らかい表情に酷似していた。
まさか、と口には出さずにそう思った。
私の表情を見てか、アーノルド様が呆れたような声を出す。
「なんだいギルバート。まだ話していなかったのかい?」
「……機会を伺っていました」
この人は「オルティス」と名乗っていた。
私はその家名を、知っている。
「………ギルバート様?」
ギルバート・オルティス。それが彼のフルネームだ。
まさかオルティス姓の貴族が他にも居るってオチはないだろう。
「ギルバート様、お兄様がいらっしゃったんですね……」
「まぁ、そうだな」
「……ということはつまり、宰相様はギルバート様のお父様………?」
宰相補佐のアーノルド様がテオドール様の息子だというのなら、アーノルド様の弟であるギルバート様もテオドール様の息子だろう。当たり前の話だが。
「あぁ、そうだ」
「ついでに言うと、僕とそこにいるハインリヒの父親でもあるよ~」
ギルバート様の肩に腕を回してそう言ったのはクリストファー様だった。
そして、クリストファー様にハインリヒ、と呼ばれた人は絵里奈の護衛騎士だった。これについては絵里奈も知らなかったようで、ハインリヒ様に詰め寄っているのが確認できた。
あぁ~~~、なるほどね。
さっき宰相様に感じた妙な既視感は、ギルバート様に似ていたからだったのか。いや、この場合はギルバート様が宰相様に似ているのか? 親子ならば、似ていて当然だ。
でも、アーノルド様もギルバート様も宰相様とは系統の違う美人だと思う。会ったことはないけれど、この二人は多分お母様似なのだろう。
クリストファー様もハインリヒ様も、言われてみれば宰相様に似ているかもしれない。ただ、髪色や目の色、年齢が違うから言われるまでは気付かなかったが。
「まったく……秘密主義も程々にしないと嫌われるぞ」
「……重々承知しております。ですが、親元を離れた子供に、家族の話をするのは酷だと……」
あぁ、やっぱりか。
ギルバート様が家族の話をしないのは、多分私を気遣ってのことだと思ったんだよね。その心遣いが嬉しかったから、私も自分から尋ねたりはしなかった。油断したらすぐにホームシックになりそうだったし。てか、なってたし。
「あの~、ギルバート様。椿ちゃんのこと子供だ、って言いますけど……ハインリヒと同い年ですよ? 私たち」
「なんだと?」
「おや……」
ギルバート様とアーノルド様がそう呟いて私とハインリヒ様を見比べる。銀髪に青い瞳のハインリヒ様は私たちよりも大人びて見えて、同い年には見えない。絵里奈も私も年相応の顔つきだとは思うが、それでもこの国の人と比べたら童顔気味に見えるのかもしれないなと思った。
しかし、それはそれとして私は何歳だと思われていたのだろうか。
………この反応を見るに、かなり下に見られている気がする。
「正直に言ってください……何歳だと思われてたんですか、私」
「……14か15くらいだと」
中学生じゃん………さすがに、ちょっとショックかもしれない。
「そんなに私って子供っぽいですか……? いえ、ギルバート様にかなり甘えている自覚はありましたけど、でも、そ、そんなに幼く見られてたとは………」
「いや……。むしろ、年齢の割にかなり落ち着いているな、と………」
言いづらそうにしているけど結局14歳くらいには見られてたってことですよね? やっぱり身長? 顔? それとも………、そう思いつつ自身の胸元を見つめてみる。確かに、絵里奈と比べれば控えめだが……。
「…………」
「んん”、ツバキ。…………そこは、あまり関係ない」
本当だろうか。思わずまじまじと彼の顔を見つめてしまうが、思った以上に困ったような顔をしていたのでそれ以上追求するのはやめておくとしよう。
そこでふと、ギルバート様に年齢を尋ねたことがないことを思い出した。話題転換にはぴったりだ。
「……ギルバート様って今おいくつですか?」
「24だ」
つまり、私はこの3カ月間ギルバート様よりも10歳くらい年下の子供だと思われていた、と。
……もしかして今までは子供だから甘やかされていたってこと? うわ、有り得そう………。
実際には4歳しか違わないだなんて、ギルバート様はどう思っているのだろうか。
「で? このメンツが集められたってことは、これ以上広めねぇってことでいいんだな?」
「あぁ。諸々の処理を済ませてからではないと流石に、な……」
ほとんど身内同然のメンバーで固められた宰相様の執務室。各分野に話を通せる人材だけを集めたそれは、このイレギュラーに対応するための布陣だった。
聖女が2人居るのも問題だが、聖女補佐なんてものが居るのも問題だろう。混乱が起こるのは容易に想像できる。
その混乱を最小限に抑えるために、宰相様達は情報規制をしつつ根回しをするつもりみたいだ。
「基本方針は決まったってことでいいよね?」
「良いと思う。……なんか、大事になっちゃったよね。まぁ、仕方ないんだけどさ……」
「だよねぇー。てか女神様って呼んだら来てくれるのかな」
絵里奈がそう呟くや否や、またもや現れる影があった。
「来るわよ?」
「…さすがに3回目になると驚かなくなるね」
「だね」
私たちがお互いに苦笑しながらそう話していると、女神様はにっこりと笑って私たちに腕を伸ばしてきた。
「私がこっちに居れる時間って長くないのよ。だから早速だけど、二人とも私の庭にご招待~~!」
「「ちょっとストップ!!」」
慌ててその動きを制止した私と絵里奈はそれぞれ傍に居た人物に声をかけた。さっきみたいに急にぶっ倒れるのだけは避けたい。
「ちょっと行ってくるから!」
「は、はいっ!」
「ギルバート様、もう一度女神様の庭とやらに行ってきます」
「……あぁ、分かった」
早口でそう言い切って女神様に向き合う。女神様はほっそりした腕をそれぞれの額に伸ばして、自分の領域に私たちを連れて行こうとする。あと数センチで女神様の指が額に触れる、その時だった。
「ツバキ」
「はい?」
くっ、と引き寄せられた腕の中から見上げるとギルバート様は何を言うか逡巡したあと、小さく囁いた。
「………待っている」
「はい。行ってきます」
そうして私たちは、再び女神様の庭に誘拐されていくのだった。
力の抜けた身体をしっかりと抱きとめて、ツバキの顔を覗き込む。やはり、ただ眠っているようにしか見えない。
二度の失態は犯さない。が、事前に分かっていても胸は騒めいている。
「それにしても、まさかツバキちゃんたちとハインリヒが同い年だなんてね。もっと年下だと思ってたよ」
「僕も、エリナ様からお話を伺うまではそう思っていました」
そう。私もそう思っていた。年端もいかない子供なのだから、この重苦しい情を向けてはいけないと。穢してはいけないのだと。
思っていたのだが。
「おいギルバート、顔やばいことになってんぞ」
「………すみません」
「いや、謝る必要はねぇけどよ………、あーー、俺が言うのも何だがお前たちはもっと話し合った方がいいと思うぞ?」
「……はい。痛感しています」
「あーそっか。いつまでたってもツバキちゃんが他人行儀な理由が分かったよ。ツバキちゃんにとって僕は、文字通りの他人だったんだね~」
ギルバートの兄ではなく、ただの魔導士だった、と。
にんまりと目を細めて2番目の兄、クリストファー兄上はそう言った。
言外に、もっと自己開示をしろと言われているような気がする。
「ギルバート兄上………もしや、運命の恋人についての話もされていないのでは……?」
「え、流石にその話はしてるでしょ。…………してないの?」
「はぁ、ギルバート……。大事な話を先延ばしにすると、いつか必ず後悔する羽目になるぞ」
「………はい」
身内からの生暖かい視線と厳しい指摘を受けながら、私はツバキたちが早く目覚めてくれることを切に願った。




