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24:あの日を振り返って


時間が過ぎていくのはあっという間だ。窓から差し込む日差しは明るいオレンジ色に変わってきていて、別れの時間……夕暮れが迫っていることを伝えてくる。

横からは小さく鼻を啜る音が聞こえてくるが、私も似たようなものだろう。袖で自分の目元を雑に拭って、取り出したハンカチを無言で絵里奈に渡した。

いつまでも感傷に浸っているのは私達らしくない。前を向くと決めたなら、現実に向き合わなければ。

沈黙を破ったのは、絵里奈の方だった。


「椿ちゃんは、ここに来る日の事を覚えてる?」

「何となくだけど。うん、覚えてるよ」


忘れもしないあの日。その日は私達が通っている大学の学園祭2日目だった。

私達の所属している演劇サークルでは、毎年同じ題材の劇を披露している。脚本はその時々の担当が趣向を凝らしたものを作っていて、今回の脚本も例年に劣らず素晴らしいものだったと思う。

私達はその日、劇が終わった後にこの世界に召喚されたのだ。


「演劇が終わって、体育館から出た所までは覚えてる。けど、そのあと何かをしていたはずなのに、思い出せなかったんだよね」


この数か月間、この世界に喚ばれた日のことを度々考えていた。それなのに思い出せるのはいつも演劇が終わった後、カーテンが閉まって大歓声を浴びたところまでだった。ぼんやりと「何か」があったことは思い出せるのに、その「何か」の正体が分からなかった。

絵里奈は憶えているのだろうか。


「体育館から出て、……そうだ。出店の方まで練り歩いて来いって先輩に言われて、着替えないまま向かったんだよね?」

「そうそう、宣伝して来いって言われたよね。で、こっちの方が早く着くからって脇道とか使ってショートカットして行ったんじゃなかったっけ?」


ふたりで話し合いながら、あの日のことを時系列順に吐き出していく。

大盛況で幕を閉じた劇の後、脚本を手掛けた先輩から次の日の客引きのためにもその衣装のまま宣伝してきてほしいとお願いされたのだ。そこらへん歩いてくるだけでいいから、と。だから私達は控室として押さえていた講義室で着替えることなく、そのままの格好で財布とスマホだけをもって部屋を出た。私の服についているポケットはそこまで大きくなかったから、手に持ったままだった。絵里奈の方は、そもそもポケットがついていなかったので同様に。


「そうだよ、そのはず。で、その後だよね、ここに来たのって」

「うん。そのはず」


大歓声の余韻を感じたまま、ゆったり歩いていった細道。そこで召喚されるまでの間にワンアクション何かあったはず。

それが”異世界転移のテンプレート”だから。

そう呟いた瞬間、ぱちりと頭の中で何かが響いて、絵里奈と二人で顔を見合わせた。


「「あ!!」」


霧が晴れていくように、記憶がよみがえっていく。

二人で並んで歩いた小道、わさわさと生い茂った樹木の青々とした葉っぱが揺れて、その隙間から見えるのは雲一つない晴天。通り抜ける風は初夏の薫りを運んできて少し生温かったように感じる。湿り気を帯びた土と緑の匂いがするそれは、思いのほか心地よかった。


木陰になっていくらか涼しい中を歩いている所に、突如現れる巨大な影。それは熊や鹿などの野生動物ではなく、魔物なんていうこの世界特有の驚異的存在でもなく、重さが何トンにもなる金属の塊だった。


迫りくる大型トラック、目の前にいる絵里奈をかばうように前に出て………


「いや、思い出したよ…でも、え?…まってよ」


朦朧とする意識の中、最後に見たのは、血塗れの絵里奈と無傷のトラックだった。


「おかしいって、だって、あんな大きな車入ってこれるような場所じゃなかったじゃん……」


自分で話していて混乱する。頭の中に突如流れ込んできた情報を整理するために、大きく深呼吸をした。

ショートカットの道は2人が並んで歩けるギリギリの道幅しかなくて、しかも道路は碌に整備されてないでこぼこの状態……知る人ぞ知る、抜け道だったのだ。周りは木々に囲まれていて、近場の駐車場からもそれなりの距離は離れていたはずだ。普通の乗用車ですら入ってこれないような場所に、なぜあんな大きな車体のものが入ってこれたのか。


「それに……、あのトラック、運転席に誰もいなかった………っ」

「だよね?そうだよね?私の見間違いじゃないよね…?」


全部思い出したから分かる。あのトラックには誰も乗っていなかった。誰も乗っていないにも関わらず、ハンドルは固定されたように私達に向かって真っすぐに車が走って来ていた。

あんな狭い道、しかも木がたくさん生えているような荒れた小道なのに。

障害物をすり抜けるようにして、私達に、真っ直ぐ向かってきていた。


「ブレーキもかかってなかったし、むしろアクセル全開って感じで、なんか、……確実に、殺しにかかってる、みたいな…」


口に出してみて、それがただの想像ではなさそうだと思えてしまって、ゾッとする。あの事故は、本当に”事故”だったのだろうか。絵里奈もそう感じたのだろう。掴まれた袖が強く引かれ、歪な形に変化する。


「あのスピードで撥ねられたら、流石に死んでる、よね……?」

「多分」


不思議と痛みは感じなかったが、とにかく体が熱かったのを覚えている。あの熱さはきっと、出血箇所の熱を感じていたのだろう。

記憶の中の絵里奈は血塗れだった。庇った私も同じようなものだっただろう。


「あれ?でもこっちに来たときは怪我なんてしていなかった気が……」

「それについては思い当たる節があるぞ」

「アレックス団長?」


どうやら私達が話に夢中になっている間に、アレックス団長たちの話し合いは終わっていた様で、ソファー付近に戻って来ていたみたいだ。絵里奈の護衛騎士は元の位置に戻り、ギルバート様とアレックス団長は向かいのソファーに並んで腰を下ろした。


「それで、思い当たる節、っていうのは……」

「あぁ。あの日、聖女召喚の儀に使われた魔法陣には洗浄と治癒の魔法が組み込まれているんだ」


聖女召喚の儀は神聖な儀式である。

当然、魔法陣が書かれているあの部屋自体にも強力な洗浄魔法が施されていて、召喚される聖女が健やかに過ごせるようにと治癒や洗浄、回復の魔法などを予め陣に組み込んでいたのだという。

だからこそ、血塗れだったはずの身体は綺麗になっていたし、傷も負っていなかったってわけか。


「服って確認した?」

「してない。こっちの服に着替えてからは一回洗濯に出して、そのあとはそのまま仕舞ってる」


もしかすれば、服にはぶつかった跡とか破れている箇所とかがあったかもしれない。……しれないが、たぶん私の服の方は洗濯侍女(ランドリーメイド)の人が既に直してると思うんだよね。実際に、この数か月の間でちょっとほつれていた袖とか取れかかっていたワイシャツの釦とかが、洗濯から戻ってきた時にはすっかり元通りになっていたことが何回かあったから。


「じゃあ、あの貧血の時みたいなめまいは?しばらくクラクラした感じが残ってたんだけど…」

「絵里奈。治癒魔法で傷は治せても、流した血は元に戻らないよ」


治癒魔法は万能ではない。だからこそ、治癒を施した後も安静にする必要がある。……って治癒魔法について載っている本に書いてありました。

治癒魔法で怪我は治せても、病気を治すことは出来ないらしい。貧血は怪我ではないからね。体調不良の類として分類されたから、召喚直後はくらくらした感じが残っていたんだと思う。

そんな話をつらつらとしていると、ふいに絵里奈が耳元で囁いた。


「聖女召喚の儀ってさ、実行日時決まってるんでしょ?それってさ、もしかしてだけどさ、私達があの日死ぬってこと、分かってたってことじゃない…?」

「もしくは………、そうなるように仕向けられたか」


異世界だもん、ありえそうだよね。と、私も囁き返した。

あのトラック自体が、私達をこの世界に喚び込むための、小道具のようなものだったと考えた方がしっくりくる。


「じゃあ異世界転移(・・)じゃなくて、転生(・・)だったって?」

「そこまでは、分かんないけど……まぁ、可能性としてはあると思う」


つまり、だ。

この世界の、この国を守っている神様は、この国に聖女が必要だと判断した。

しかし、聖女になるための条件が揃っている人が、(おそらく)この世界には存在しなかった。だから別の世界から連れてくる必要があった。

それに絵里奈が選ばれた。

私が一緒に来てしまったのは、絵里奈だけをトラック転生させようとしたけど私が間に入ってしまったために仕方なく連れてきた、ってところだろうか。

それに反論してきたのは絵里奈だった。


「私の方が巻き込まれたんじゃない?だって椿ちゃんのほうが先に光ってたんだよ?」

「え、光ってたってなに」

「そのまんまの意味。私もさ、あの時薄っすらだけど意識あったんだよ」


絵里奈が見たのは、血塗れで倒れている私が眩い光に包まれていたところだという。そして、その傍らには長い髪の何者かが居たというのだ。じっとその光景を見ていると、謎の人物がこちらを見て何か呟いたらしい。


「まぁ、なんて言ってんのかは分かんなかったけど。たぶんあの人?が神様なんじゃないかな。で、聖女の椿ちゃんを直々に迎えに来た……みたいな!」

「うーん、でも実際に聖女になったのは絵里奈でしょ?現に私は魔力もほとんど持ってないみたいだし」


たとえ私が先に光っていた(?)としても、聖女としての力を持っているのは絵里奈なんだよね。これは判定の魔道具か何かで確認済みだと聞いている。それに対して私は、本来であれば生きているのが不思議なくらい魔力が少ない身体だ。もし仮に私が聖女だとすれば、私では魔物を斃すことも、魔法で浄化をしたりなんかも出来ない。とんだ役立たずじゃないか。……あぁ、いけない、ネガティブモードに入りそうかも。

ついさっき決意したことを思い出すんだ。特別な力はなくても、絵里奈のサポートはしようって決めたじゃないか。

よし、なんとか持ち直したぞ、私のメンタル。………もしかしてこれ、寝不足が原因だったりする?


「えーん、じゃあやっぱり私が本当に聖女なの?……いまだに納得できないんだけど…」

「ま、頑張って? 私も自分が聖女だって誤解されないように頑張ってるからさ」

「そのフードってやっぱり髪の毛隠す用だったの?」

「そうだよ」


演習場や執務室など、私の正体をよく知らない人が居るだろう場所に赴くときは必ず羽織っている魔法騎士団員用の紫色のマント。今は事情を知っている面々しか居ないからフードは外しているが、普段は被りっぱなしだ。今はもう慣れてしまったが、最初の頃は被り忘れとか結構多かったんだよな……。


「気になってたんだけどさ」

「ん?なに?」

「椿ちゃんの髪、なんでそんなにツヤツヤなの……?」


この世界に来てから少しだけ伸びた後ろ髪は、今も真っ直ぐサラツヤな状態を保っている。厨房に居た時はお団子にしてもらっていたけど、短時間だったから跡も残っていない。というか、ここに来る前にギルバート様に結びなおしてもらっているから、多分その時に直してくれてるっぽいんだよな。

弁解すると、最初の頃に頑張って自分でも髪紐で結べるように練習したんだよ。申し訳ないし、ってね。まぁ、全然上手くならなかったうえに、ギルバート様から「好きでやっていることだから気にするな」って言われちゃったんだけど………。事実上の戦力外通知である。


「あー、ほら、去年作ったじゃん?ビネガーリンス。あれ使ってるからじゃない?」

「え、あれでここまで変わる?私だったら乾かしすぎでぱさぱさになっちゃいそう…」

「あーーーー……そうね」


そうですね、私もここに来たときは自然乾燥で済ませてパサパサになりかけてたからね。絵里奈の懸念はよく分かる。まぁそれもギルバート様が毎日乾かしてくれることになって解決したんだけど……。

じっと見つめてくる絵里奈の圧に負けて、しぶしぶだったが教えることにした。今隠し通せても後で絶対にばれるからね。絵里奈はそういうの敏感だから、逃げられないんだ。


「髪の毛、乾かしてもらってるからね」

「え、誰に?」

「…………ギルバート様に」


そう言った途端に、絵里奈は向かいに座っているギルバート様に視線を向けた。ガン見である。そして私はギルバート様の隣に座っているアレックス団長にニヤニヤしながら見つめられている。


「…誰かのお世話するような人には見えないけど?むしろお世話される側じゃないの?」

「私もそう思うんだけど、まぁ…成り行きで……」


絵里奈が顔を寄せてひそひそと話して来るのに合わせるように、私も潜めた声で答える。絵里奈の言う通りギルバート様は本来であれば「お世話される側」の人だ。しかし、何がどうなっているのか私の世話を焼いてくれている。それに甘えているのは私自身だけど、なぜなのかは未だによく分かっていない。教えてくれるのを待つべきか、自分から尋ねるべきなのか……。 そんなことを考えながらソファーに座るギルバート様を横目で見やった。ギルバート様はアレックス団長からの追及の視線をものともせずに涼し気な表情で紅茶を飲んでいる。

ふと、その姿がぶれたように見えた気がした。


(……気のせい、かな)

「椿ちゃん、どうしたの?」

「いや、何でもないよ」


ひとつ、ふたつ、瞬きをしてみても何の異常も見られない風景に、ただの勘違いだったと結論付けて絵里奈に笑いかけた。その、瞬間。


「やっと見つけた」


頭の中に直接流れ込むようにして聞こえた不思議な響き。鈴の音に似たそれに釣られて視線を向けると、そこには薄っすらと身体が透けて見える、一人の女性が立っていた。




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