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23:いつもそばにいる


ギルバート様たちはソファーから少し離れた場所で話し合っている。内容までは聞き取れないが、それはこちらも同じだろう。大声で話し合わない限り、私達の声はあちらに届かないはずだ。

私達に聞かせたくないということも理由の一つだろうが、多分、絵里奈と気兼ねなく話せるようにとの配慮でもあるだろう。


「……、………」


隣同士に座ったソファーの上で、どちらともなく手を繋ぎあった。

私達はいわゆる幼馴染みで、ずっと……それこそ生まれた頃からずっと、いつも一緒にいた。

幼稚園の時は絵里奈の両親が共働きで遅くに帰ってくるからと我が家で遊び。

小学生になってからは習い事を一緒にして、帰りはどっちかの家で勉強をした。

中学生からもその習慣は変わらず、強いて言うなら休日に友人たちと遊びに行く日が増えたくらいか。

高校も同じところに通って、勉強と部活動に励んで、充実した日々を過ごした。

大学は、絵里奈の祖父母がもっているマンションの一室を借りて、ルームシェアを始めた。学校からほど近い場所にあるから早起きが苦手な私達にぴったりだった。

将来はカフェの経営をしたい、それが2人の夢。というか、2人で何かを出来るなら何でもよかったんだけど。絵里奈の親戚が「それなら僕のお店でアルバイトをしてみるのはどうかな?」と言ってくれて、喫茶店でのアルバイトが始まった。

いつでも2人一緒に。まさか異世界にまで一緒に行くことになるとは思っていなかったけれど。

それが私達にとっての当たり前の日常だった。

絵里奈と私は、友人であり、姉妹であり、家族だった。


「もう、帰れないんだね」


小さく呟かれたのは、諦めでも恨みでも悲しみでもなく、ただ事実を確認するだけの言葉だった。


「そうだね」


それに私も相槌だけ返して、二人して黙り込んだ。でも、嫌な沈黙じゃない。お互いの存在が隣にあるというだけで、何とでもなると思えるのだから不思議だ。


「旅行に行きたかったところもたくさんあったし、やりたいことも沢山あった。でも、もう無理なんだね…」

「…ね」

「でもまぁ、二人とも生きてるし。よかったよね」

「それは確かに」


修学旅行で行った場所にもう一度行ってみたかった。

地元の夏祭りにもう一度行きたかった。

友人たちともっと一緒に遊びたかった。

見たい映画も、読みたい本も、やりたいゲームも、沢山あった。

なにより……もう帰れないなら、両親に会いたかった。


私達にはやり残したことが沢山あった。一生をかけても尽きることのない未練があった。


それでも、ここで生きていくしか道がないというのなら。

前を向くしかない。


「帰れないならさ、こっちで目一杯楽しもっか」

「そうだね。この国にも祭りはあるだろうし旅行ならこっちでもできる。どこも行ったことない場所、見たことない場所だらけだし十分楽しめそうじゃない?」


無理やり心に折り合いをつけているのは、お互いに分かっている。それしか道はないことも分かっている。私達は未熟で、非力で、選択肢に限りがあることを知っているから。

それでも、未練たらたらな心に嘘はつけなくて。


「あー、でも、振袖は着たかったな……」


私は、母から受け継ぐはずの臙脂色の振袖を。

絵里奈は、新しく仕立ててもらう予定だった梔子色の振袖を。

夏に写真を撮る予定でいたから、結局着ることは出来ないまま。


「いっそのこと作っちゃう?」

「えー?作れるかなぁ…」

「異世界あるあるなら日本に似た文化の国がある筈。なら、伝統衣装も似た感じのがあるかもじゃん?」

「確かに」

「中学の時に浴衣縫ったことあるし、いけるって。良い感じの布があればだけど」

「そうかも。むしろ布から作っちゃう?全面に刺繍入れたりとか」

「どんだけ時間かけるつもり?ま、それもいいかもね」


振袖は作るとして写真撮影はどうする?こっちでは肖像画って形になるんじゃないかな。じゃあ腕のいい画家を探しておかないと、などと話し合ううちにだんだん楽しくなってくる。


「やれないことなんてないんじゃない?だって私、聖女だし?」

「強気な発言だねぇ」


悪戯っ子のような笑みでそう嘯いた絵里奈と共に笑い合う。絵里奈はこの国でトップに立つくらいの権力を持つことになるし、確かにやれないことはないだろう。ただ、強い権力を持つということはそれに付随する責任も重くなるわけで。

決意の色を濃く滲ませた瞳で、絵里奈が呟く。


「聖女になったからには、何とかしないとね」

「頑張れ。私も、…私にできることを、やってみるよ」


何の力も持っていない只人の私に何が出来るのかは分からないけれど。とりあえずは絵里奈のサポート役だろうか。上手くできるか自信は無いが、絵里奈が頑張ると言うのなら、私も何か手伝いたいし頑張ってみたい。


そんなことを考えながら壁に飾られた剣や盾を眺める。これはただの飾りではなくて、有事の際に使える実用品(本物)だ。つまり、それを使う相手がこの国には居るということ。それは生身の人間とかではなくて、人類共通の敵……魔物だ。

年々増えていく魔物被害に、この国はついに聖女召喚を執り行うこととなった。国中の魔法使いたちが力を尽くして召喚されたのは、聖女様と巻き込まれの異世界人。

ただの大学生だった私たちに何が出来るというのか。ただの、普通の、小娘でしかなかった私達に。


何も出来ないのでは、という不安はある。しかし私達は知ってしまった。この国が今、どれだけの危機に晒されているのか。

魔物にやられ騎士生命を絶たれた人を、魔物被害で亡くなった人の遺族を、その嘆きを、悔しさを、悲しみを、私達は知ってしまったのだ。


この国に来て、どれだけの人に優しくして貰ったか。

どれだけの人に助けて貰ったか。

どれだけの人と縁を繋いだか。

その数は、決して少なくはない。


もう何も知らなかった頃には戻れない。なにより、情が沸いてしまった。離れがたいと思ってしまった。

それだけで十分だった。


「…椿ちゃんも、おんなじこと考えてる?」

「……たぶんね。おんなじだと思う」


聖女様をこの国に留めるためにと国はいろいろ考えているみたいだが、そんなもの本当は必要ない。

私達はもう覚悟を決めてしまったのだから。

この土地で生きていく覚悟を、この土地に骨を埋める覚悟を。


たとえ元の世界に戻る手段が見つかったとしても、帰らない覚悟を。


会いたい人が居る、やりたいことがある、伝えたい言葉が残っている。

それがどうした。

私達はもう、前に進むと決めてしまったから。


だから、少しだけ滲んだ涙には、お互い気付かないふりをした。




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