22:第一王子殿下とのアレコレ
紅茶のお代わりを貰った絵里奈は、ソファーの背もたれに勢いよく凭れ掛かって溜息をついた。かなりお疲れの様だな。
絵里奈曰く、召喚された日からずっと、教育係と評して第一王子殿下が絵里奈の元から離れないのだとか。それは私も以前耳にした話だ。
本来であれば絵里奈は神殿に引き取られ、そちらで神官たちから教育を受ける予定だったのだという。それを、第一王子殿下が「自分が聖女召喚の責任者なのだから、私が教育をする」などと宣って好き勝手始めたらしい。ただ、教える内容は至極真っ当で、だからこそ神官たちも口を出せないのだとか。
教わるのは別に構わない。しかし、それに付随する問題が厄介だった。
先日起こってしまった事件もその一つ。しかし、絵里奈が言うには別の問題の方が厄介だという。
「エリーゼちゃん本当にかわいそうでさぁ……周りはあんなのばっかりだし肝心の殿下はエリーゼちゃんのこと嫌ってるぽいし」
「え、そうなの?」
「そうなの。なんかね、元は相思相愛のカップルだったんだって。でも婚約者になって1年くらい経ってからなんか雲行きが怪しくなってって………」
第一王子殿下の婚約者、名前はエリーゼ。
現在、王立魔法学園の高等部に所属する彼女は忙しくも充実した日々を送っていた。王族の婚約者として相応しいマナーや教養、王子妃になるための勉強で一日のスケジュールが埋まっていく。そんな彼女の癒しの時間は、週に一度の愛する婚約者とのお茶会だった。
それがある日から、変わってしまった。
きっかけが何だったのかは分からない。
週に一度だったのが隔週になり、月に一度に減り、数か月に一度に……そうして徐々に減った癒しの時間はついに無くなってしまったのだった。
なぜそうなったのかは分からない。原因を訪ねようにも、あからさまに避けられてしまってはそれも叶わない。周りに尋ねてみるも、原因に心当たりはないと返される。
それでも彼女は耐え続けた。それもすべて、愛しい婚約者のためだった。いつかきっと、また2人で笑い合える日が来ると信じて。
そんな日々を送っている最中、現れたのが聖女召喚で喚ばれた絵里奈だった。
肩上で切り揃えられた艶やかな黒髪に、くりくりとした茶色の瞳。華奢な体躯は同性から見ても庇護欲を誘い、なによりその精神性に惹かれてやまない。そんな魅力的な少女が突如目の前に現れた時の衝撃と言ったら。
しかも自分の婚約者である第一王子殿下は、召喚された聖女様のことを自らエスコートし、手取り足取りこの世界の常識などを教えているのだ。
幼いころからずっと憧れ、好きだった相手だった。ようやく実を結んだと思ったら、理由も分からず嫌われてしまい、自分に向けてくれていた蕩けるような優しい笑みを私ではない女の子に向けている。
それを間近で見せつけられたのだ。耐えられるはずもない。
滔々と語りだした絵里奈は何かを思い出すように遠くを見つめている。
──私から殿下を取らないで………っ
マナー教育の傍ら、実践もかねてエリーゼちゃんと初めてお茶会をした時の事だった。完璧なマナー、形式ばった語り合い、その最中、口をつぐんだと思ったらいきなり言われたのがこれだった。
エリーゼちゃんは顔がびしゃびしゃになるくらい泣きながらこれまでの状況を話した。殿下への思いと王子妃教育の辛さ、周りからの重圧、それでも変わらぬ殿下への愛情……そして自分への複雑な思いを一度にぶつけられた絵里奈は、なんて当て馬っぽいポジションに居るのだろうかと思ったという。悪役令嬢物の小説における悪ーいヒロインみたいだ、と。
つまり、現実逃避である。
「私が悪いわけではないんだけど流石にね……罪悪感で心が痛んだわ……」
そう呟いた絵里奈の苦労は計り知れないだろう。
「とりあえずで聞きたいんだけど、絵里奈は第一王子殿下の事どう思ってんの?」
「話を聞かない、人の気持ちも考えられないお坊ちゃん」
「辛辣~」
けれどまぁ、率直な意見を言おうと思えばこうなってしまうのだろう。正直、私も初対面であんなに冷たい視線を貰っているわけだからあんまり良い印象は持っていない。
「てかさ~…椿ちゃんならわかるでしょ、私のストライクゾーンから外れてるの。その時点で好きになる確率はゼロなんだけど?」
「知ってる知ってる、だから”とりあえず”って言ったでしょ」
私は絵里奈の好みも恋愛遍歴も知っているけど、この国の人はそれを知らないわけで。ちらりと今まで静かに私達の話を聞いていたギルバート様の顔を見る。事前に大まかな話をしていたので今はそれの確認作業みたいなものだ。絵里奈が第一王子殿下とどうこうなることは無い、という例の話だ。ギルバート様と視線が合うと、彼は「確かに事前に聞いた通りだな」という風に目を細めてからゆっくりと紅茶を口に含んだ。
向かい側のソファーに座っているけど、あくまでも聞き役に徹するってことかな。
「聖女としての仕事はちゃんとやるから人の恋愛事情にまで口出さないでほしいんだけど」
「それなー。まぁ、国の気持ちも分からなくもない」
国の意向としては、さっさと王族なりなんなりと結婚してこの国に根付いて欲しいのだろう。だからこそ、第一王子殿下が執拗に絵里奈へアピールするのも強くは止められないんだと思う。ただ、そこに絵里奈の意思は入っていないわけで。この国に居てほしい、と考えるなら悪手だと思うのだけど……。
難儀なものだなぁ、なんて他人事みたいに考えてしまうのは実際問題他人事だからだ。
大変そうだし助けてあげたいとは思うが、相手が国じゃ強大すぎる。太刀打ち不可。絵里奈も別に私に何とかしてほしいわけじゃないみたいだし。ただ、自分の考えとか思いを吐き出したかったのだろう。
その証拠に、絵里奈はある程度の不満は話し終えたと言わんばかりに、幾分かすっきりした表情で違う話題に移る。気持ちの切り替えが上手くいったのなら良かった。私、ただ聞いていただけだけど。
「私のお披露目パーティー…というかパレード?来月辺りにやるらしいよ」
「あ、そうなんだ。にしても、随分かかったね?こういうのってさ、召喚されてすぐにやるじゃん?テンプレでは」
「ねー、そー思うよねー」
すでにこの国に召喚されてから3か月以上は経っているし、絵里奈の教育もある程度の基礎は終わっているという。
「あ、これ言っていいんですっけ?」
「この場に居る者たちならば大丈夫でしょう」
(喋った………)
今まで一度も喋らなかった絵里奈付きの護衛騎士が一言だけ呟いた。背筋がピンと伸びたまま直立不動で絵里奈の後ろ側に待機しているその人は、一瞬だけこちらに視線をやって目礼してきた。…正直言うと今までいることすら忘れてたよ。
「今、この国の国王陛下と王妃殿下って違う国を訪問してていないんだって。で、帰って来次第すぐお披露目って感じらしいよ」
「あー…そういうことね」
聖女召喚の儀は日時を公開せずに行われる。日取りが決まったのはいつ頃だったのか分からないが、他国訪問と被ったということは割と急に決まったのかもしれないな。故にどちらの日取りもずらせなかったのだろう。そして、陛下がいないために聖女召喚の儀の責任者が第一王子殿下になってしまった、と……。思わず遠い目になったのは仕方ないだろう。
若干微妙になってしまった空気を吹き飛ばすように大きな音を立てて扉が開いた。
「お、美味そうなアップルパイ。貰っていいか?」
「アレックス団長」
これまでどこに行っていたのか部屋の主が戻ってきた。そして戻ってくるなり早々、机の上に置いてあったアップルパイを見つけて真っ直ぐにこちらに歩んでくる。予備のお皿に取り分けて渡すと、ご機嫌な様子で立ったまま食べ始めた。立ち食いだというのにやけに品がある所作を見ると、やはりこの人も貴族なんだなぁと実感する。
そのまま応接セットを通り過ぎ執務机に向かったアレックス団長は、小脇に挟んでいた書類を無造作に投げて振り向いた。
アレックス団長の騎士服からは、わずかに焦げ臭いような匂いがした。
「ギルバート、ちょっといいか」
「はい。……お前も来い」
「はっ」
ギルバート様と絵里奈の護衛騎士はアレックス団長の周りに集まって話し始めた。アレックス団長は真剣な表情……というよりも、厄介ごと面倒くせぇ、という顔をしている。
何かがあったようだ。
「なんの話だろね」
「さぁ…?まぁ、私達に関係するなら後で教えてもらえるでしょ」
そうして私達は再びティータイムを楽しんだのだった。




