貴重な素材
「えー」と彼女は叫ぼうとした。
だが彼女の声が部屋に響くことはなかった。
代わりに高月渚の声より少し高い、嘲笑うような声がした。
「芙蓉」
「はっはっはっはっはっはっはっ、大変じゃな。ノルマ十人、はは、可笑しい、可笑しい」
「可笑しくないよ、ママ、可笑しくないよね?」
「えっ、えーっと」
「おかしいに決まってるだろ、高月渚を何だと思っているんだ」
「だって、まだママ十六でしょ。毎年産んだら、三十までに余裕でできるよ。頑張ろ」
頑張れないよ、高月渚はたった一言、それすら言えず、固まった。
十人。高月渚もいずれは結婚し、子供が欲しいと思っていた。
でもせいぜい三人ってところだ。十人は多い。
「十人は多いかな」
彼女は正直に言った。
もう何も修飾する必要などなかった。心から出た。多いと。
「えー、最低ノルマだよ、ホントは二十人欲しいもん」
「無理だよー、ごめん、せめて五人にして」
「高月渚、迂闊なこと言うな」
「はははははははははは、ほんに阿呆よの、もうええ、嫁になれ、高月渚」
「芙蓉」
「芙蓉ちゃん」
「考えても見い、中々いい話じゃぞ。今時専業主婦なんて、このご時世余程の高額所得者と結婚せん限り有り得んて」
「そうかなー?」
「高月渚」
「あー、ごめんなさい」
簡単に流されそうな高月渚に彼は苛立った。
彼は整いすぎた顔立ちの鋭利な美貌のため顔に出にくかったが、声にそれが顕著に出た。
だが、高月渚は彼の声そのものが貴重な素材のように思っていたので気づけなかった。




