抗議
「おい、離れろ、高月渚が痛いだろう」
高遠忍は子供のサスペンダーを引っ張ったが、今度はびくともしない。なかなかの怪力らしい。
「ママー」
「高月渚はママじゃない」
「ママだもん、約束したもん」
「約束?」
「したもん、約束。だからママだもん」
これには高月渚も目を見張った。
約束?彼女はまるで身に覚えがなかった。
そもそも初対面である。
と言うより、まだ碌に顔も見ていない。
「ね、ちょっと待って。お顔よく見せて、ね、一旦離れて」彼女は優しく子供の背をぽんぽんと叩いた。
「やー、離れない。ママー」
「お願い、お顔見せて欲しいな」
「ママー」
子供は高月渚を離すまいと更に力を込めた。高月渚でもわかった。
ただの子供の力ではないと。
「高遠君」
彼女は自分を見下ろす高遠忍の名を呼んだ。高遠忍は子供を高月渚から引きはがすのを諦めたのか手を離し「芙蓉、コイツが落書きの犯人か?」と聞いた。
これに反応したのは子供だった。
「落書きじゃないもん、お手紙だもん」と言い、顔を上げ、高月渚の上で腹ばいになりながら、抗議の声を上げた。
「落書きだろ、支離滅裂だ」
「お手紙なの、ママに書いたんだよ」
「ママっていうのは、高月渚のことか?」
「他に誰がいるの、ママだよ、約束したもん」
「約束だと?いつ?」
「この間」
子供は雑誌を眺めるようにリラックスして高月渚の体に乗り、顔だけ高遠忍に向け、足をバタバタさせた。
今日は寝転んでばかりだな。
子供の背中に手をやり、高月渚はぼんやりとそんなことを思った。




