揺れていた
「まだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死んでないぞ」
地を這うような声が高月渚の耳に届いた。
彼女は辺りをキョロキョロと見回した。
正体不明は立ち止まっているようだった。
それもそのはずだった。
彼女からは見えないが、高遠忍が彼女を抱える正体不明の足元にいて、その進行を阻むように右手を伸ばし掴んでいた。
高遠忍は再び踏みつけられた。
高月渚には見えなかったが、高遠忍がすぐ傍にいて、苦しんでいるのが、彼の痛みに耐えかね漏らす小さな言葉ともつかない濁音で耳に響いてきた。
身体をひたすら揺すぶられていたが、そんなことはどうでも良かった。
彼女はひたすら高遠忍への攻撃だけをやめて欲しく「もう、やめて」「もうやめて」と泣き喚いた。
地に伏せる高遠忍は奴が自分ではなく高月渚を連れて行こうとしていることに気づいていた。
それだけはなんとかしなければいけなかった。
彼はこの期に及んでも自らの生命を少しも案じてなどいなかった。
案じる必要などなかった。
身体はもちろん痛かったが、彼にとっては習慣だった。
そういえば、あのおとぼけ兎はどうしたのだろうか?
そんなことすら考えていた。
こんなに揺すぶられたのは生まれて初めての経験だった。
高月渚は揺れる視界に乗り物酔いはこんな感じだろうかと、漠然とそんなことを考えていた。
もう恐怖と言ったものは超えていた。
音もしないのにぐしゃりぐしゃりと高遠忍の生命が握りつぶされていくような音を彼女は身体に感じていた。
自分が来たせいで高遠忍はこんなことになってしまったのだろうか。
自分がいなかったら高遠忍は一人で逃げられたのだろうか。
だとしたら自分は高遠忍を絶対に助けなければいけない。
彼をこのまま死なせるわけにはいかない。
何かできないだろうか。何か。何か。
廻る頭で考えていても何も思いつかず、彼女はただ正体不明のされるがままだった。
もはや自分が揺れているのか世界が揺れているのかさえ判然としなかった。
そんな彼女に暗闇の中で赤い光が揺れて見えた。
光はすぐに二つになった。
丸い。あれは何だろう。火星かしら。
彼女は動かない頭でぼんやりとそんなことを思った。
勿論火星ではなかった。それは目だった。
赤い瞳が高月渚を闇の中から見つめていた。




