踏切の向こう
高月渚は全力で駆け抜けた道を戻り、いろは松を抜けて、市民会館の横の道を真っ直ぐに歩き、信号を二つ超えて、自宅への道を真っ直ぐにいつもと変わらない速度で歩いた。
いつものと同じ景色。同じ音。
何も変わらない。
高月渚の目に踏切が飛び込んできた。
彼女はいつも踏切は渡らない。
踏切を渡ると佐和山だ。
佐和山は関ケ原の合戦の敗軍の将石田三成の居城であった佐和山城があった山である。
今は城の跡など何もなく、唯頂上に「武士の夢」という看板とお地蔵さんがあるのみの静寂で優しい鎮魂に満ちた山である。
彼女も小さい頃は家族で何回か登ったことがあった。
両親は一人では絶対に山に登りに行ったりしてはダメよと言われていた。
「何で?」と聞くと「怖い人が出るかもしれないでしょう」と言われた。
姉達には「一人で山なんか入ったら帰ってこれなくなるよ」と言われた。
そんなことがあって、高月渚はこの踏切を一人で渡ったことがなかった。
他の踏切は平気なのだが、この佐和山に続く踏切だけは、見るたびに、何故かざわざわと心が騒いだ。
一人で渡ったら、もう二度と帰れない。
それは本当のような気がして、彼女をいつも躊躇わせた。
彼女は基本的には臆病で、怖がりなのだ。
彼女の視線の先。
踏切の遮断機は下りていた。
その遮断機を柵にして、白い兎がキョロキョロと視線を走らせ電車が通り過ぎるのを、今か、今かと待っていた。
踏切の先には白い兎しかいなかった。
間違えるはずがない。あの兎は高遠忍の兎だ。
何をしているんだろう?
ううん、それより、高遠君は?