第二十四話
簡単に言うと、彼らは家出したベルンを家に連れ帰ろうとしていただけらしい。
ふざけんな。
「連れ帰ろうとしていただけ、ね」
「姫は、その……頑、意志が固いので、当主の命で来たと伝えてしまうと、例えワニト様を嫌っていたとしても、強がって変えることを拒む可能性がありました」
「あー、頑固だよね。わかる気がする」
ベルンに後頭部を殴られて視界に星が散った。痛い。
はっ、いかんいかん。まだよくわからない相手と意気投合するするわけにはいかない。気を引き締めていかないと不意打ちで殺されるかもしれないんだ。
「って、当主? なんの? ベルンと何か関係が」
長髪――バアゼは、意外そうな顔をしてベルンの方を見た。そして何かを悟ったのか、苦笑いをしながらため息を吐いた。
「姫の家は我が国の歴史ある剣術流派の本家なのです。流派の現当主は姫の実の父君です。ですので、私どもは姫の父君の命で探しに来たことになりますね。説明が足りず、申し訳ありません」
「姫ってのは?」
「四代前の当主が帝から領地をいただき、それ以降我々の流派の当主が領主を兼ねています。ですので、一人娘のベルン様は姫と」
「へー」
なんか知らなかった情報がガンガン出てくる。できればベルンから直接教えてほしかったんだけど、ベルンは一生教えてくれなかった気がするし、しかたない。
隣に座ってるベルンに確認を取ると、ベルンはすまし顔で頷いた。少しは気まずそうな顔とかするんじゃないかと思ったのに、黙ってたことへの罪悪感とか今更知られたことの気恥ずかしさなんてかけらも感じていないようだ。やはりベルンは一筋縄ではいかない。その胸中を推し量ることは僕にはできない。
バアゼは僕が納得したことを理解したのか、続きを話す。
「そこで一度隔離し、冷静になっていただいたうえで本心を問いただし、その後に説得に入ろうとか考えていたのです。勿論、ワニト様にもご説明はして、場合によっては一緒に来ていただく予定だったのですが、何分ワニト様の為人がわからず、どういった対応をされるかわからなかったので、事後承諾という形での説明をすることにしました。私が姫の説得をするということになったので、ワニト様への説明をロドウィに任せたのですが」
「あの狂人に? 一言も話す間もなく殺されそうになったんだけど?」
人選を間違えすぎではないだろうか。
僕と似たようなことをバアゼも感じていたようで、冷汗を流しながら頷いた。被害者である僕としてはここで胸倉を掴んで怒鳴りつけても文句は言われない気もするけど、薄々事情を理解して来た僕は最後まで聞くことにする。
「正直な話、危ないのではとは思っていました。しかし、ロドウィは野心こそありますが、最低限の理性は持っていたので、そこまで無茶はしないだろうと。……おそらく当主の言葉によって野心に火が付き、眼がくらんでしまったのではないかと」
「言葉?」
「もし姫を連れ帰ることができたら、姫も娶ることを許すと、そうおっしゃられたのです」
ふむ。
それは目が眩むの仕方がない気がする。だってベルンだもの。ベルンと結婚できるんですもの。たとえものすごくベルンが好きだとして、折角苦労してベルンを見つけ出したとしても、ベルンが心に決めた人がいたなら意味がない。いくら父親が許可を出したとしてもだ。だから僕を殺したくなるのはわかる。
僕がにやけているとベルンに頬っぺたをつねられた。その痛みで、この話は解決したわけではないことに気付く。その条件にはバアゼも含まれているのだ。
僕の疑うような視線を浴びて、バアゼは照れ臭そうに頭をかいた。
「周囲には秘密にしておりましたが、私には既に恋人がいます。決してワニト様の寝首をかこうなどとはしませんので、ご安心ください」
「へぇ」
バアゼはロドウィって奴より強そうな気がするから、それが本当なら非常に助かる。嘘だったら瞬殺されて終わりだけど、まあ、警戒だけはしとこう。
「因みに、不意打ち対策だとすると鉄板は余り意味がありません。外から見ても何か仕込んでいるのはバレバレですし、斬鉄くらいならばロドウィでもできます。というか、恐らく仕掛けていたでしょう。魔術で刀を壊していなければ死んでましたよ」
「えぇ」
なんでだよ。なんで同じような硬さの物をぶつけて片方が一方的に負けるんだ。理不尽すぎる。闘技か。闘技とやらのせいなのか。
しかし、向こう側の言い分は分かった。
つまりはロドウィが暴走したから、ロドウィが悪いから、それで許してほしい。そういうことなのだろう。
冷静になって考えていると、段々と腹が立ってきた。理由があったとしても僕の村を焼いたロドウィも、そうなることを想定していなかったバアゼも。何より、本人のことなど何も考えてない無責任な言葉で人を惑わせたベルンの父親にはとにかく腹が立つ。そもそもベルンが家出するってなったときになぜ止めなかったのか。何か原因があったはずだ。ベルンが帰りたくないと言うような理由が。それを解決せずに、ベルンの家出を許して、挙句の果てに探して連れて帰ったらそいつに嫁がせる? 身勝手すぎて腹が立つ。
「……ベルンが家を出た時、止めなかったのは何故? 今さら来たのは何故」
僕の言葉にバアゼは顔をしかめた。余程聞かれたくないことだったらしい。
「止めようとは、したのです」
「なら、なんで……! 止められてないじゃないか、結局。何かあって、それが嫌で家を出たんでだろ。ベルンは」
「すべては、私の腕の未熟さゆえに」
一切の言い訳をしない態度に僕はかっとなった。
「それ――」
「あー、旦那様、ちょっといいか」
「いだだだだだだだ」
僕は右肩を握りつぶされそうになって悲鳴を上げた。勿論この場でそんなことをするのはベルンだ。ベルンの木製の指先が僕の鎖骨をへし折ろうとしている。
なぜか上ずった声を出すベルン。
「ま、まあそんなに責めてやるな。バアゼも必死に止めようとしてくれたのだ。確か。多分」
「でも、何歳かは分からないけど、成人になったかなってないかの女の子が家を出ようとしたんだよ。力づくで止めたって別に」
「いや、止めようとしたんだ。バアゼはな。いや、バアゼ以外も。うん」
僕がベルンの方を振り返ると珍しく苦笑いをして露骨に目を逸らした。よく見ると汗をかいているようにも見える。初めて見る表情だ。これは……後ろめたさ?
僕が困惑していると、バアゼが口を開いた。
「姫は一五の時に家を出ました。その理由は女性は当主にはなれないという掟からです。我々の流派の当主は最強の剣士が継ぐことが習わし。しかし、当時最強の剣士であったのは姫であるベルン様だったのです」
「えっ」
「勿論、夜中に家を抜け出したベルン様を我々は引き止めました。しかし、十六人がかりで挑みましたがあえなく返り討ちに。当主が来られる前に姫は去ってしまったのです」
これが当時の傷です、とバアゼは上着を脱いだ。そこには右肩から左の腰まで伸びる刀傷の痕が残っていた。相当に深い傷だろう。おそらく僕の傷と同じくらいには。つまり普通に死にかけるような傷ということ。
バアゼは握りしめた拳をぶるぶると震わせながら悔しそうに背を丸める。
「私に姫を止める力があれば姫が家を出ることはなかったのでしょう。そして姫がこのようにおいたわしい姿になることもなかった。すべては私の未熟さゆえに。どうぞ処罰をなさってください」
「ベルン……」
「う……」
バアゼが僕をだましているのではないようだ。だってベルンから流れる汗が滝のようになってるし。
僕はいたたまれない気持ちになった。バアゼはきっと苦労人だ。よく見ると目には隈ができている。横暴な姫様と身勝手な同僚に囲まれ、さぞ気疲れしたのだろう。
非常に聞くのが怖いのだけど、これは聞いておかないといけない。
「ちなみに今さら探しに来た理由は?」
バアゼは頭を下げたまま教えてくれた。
「姫の消息は当主の命により逐一届けられていたのですが、一年ほど前から掴めなくなっていました。中には大けがをして奴隷となったとの噂もあったので、今から丁度一年前、当主が各地方に二人組で人を派遣したのです。ここまで遅くなってしまったことへの言い訳はありません」
一年ずっと探し続けていたと。
僕は心の中で見たことのないベルンの父親に対して頭を下げた。何も知らずに好き勝手考えて申し訳ございません。
「ベルン」
「わわ、わかっている。当時は気が立っていたんだ、手加減せずに斬ったのは悪かったとは思う。けど今更だろう。な、バアゼ。別に怒ってはいない、よな」
「当然です。斬られて死にかけたとはいえ、そんなものは剣士の宿命。恨む理由など微塵も」
本当にかけらも起こっているようには見えないのが恐ろしいところだ。忠臣? ってやつなんだろう。僕のバアゼに対する疑念は既に消え失せていた。
僕はベルンに耳打ちする。
「……帰ってあげてもいいんじゃないかな。いくら仲違い、というか、喧嘩して気まずいからって、ずっと心配して探してくれてたんだから顔見世ぐらいしても罰は当たらないと思う。っていうか、バアゼとかバアゼとかバアゼがかわいそすぎると思う。もし断ったらなんかずっとここら辺に居座りそうな気もするし、遠いからってのは理由にはならない」
少しの間の後、ベルンははっとしたように僕の肩から手を離した。既に力は抜けていたけど、いつ来るかわからない圧力に怯えなくてよくなった僕も力を抜く。
「……旦那様が一緒なら」
「何?」
囁くような声だったから聞こえなかった。
「別に帰っていい。そういうつもりだ。こうなった以上父にも顔を見せとくべきなのは私にもわかる。何より旦那様には私の父に言うべきことがあるのではないか? 言っておくが私の父は私のことを溺愛していた。幼い頃は自分より強い男しか認めないと公言していたぞ? 大丈夫か旦那様?」
早口でまくし立てるベルンの言葉に僕は気が重くなった。口ぶりからするにロドウィなんかよりはるかに強いのだろう。そんな相手に娘さんを僕にくださいなんて言って、無事に帰ってくることができるんだろうか。
なんかお腹が痛くなってきた。もう治ったはずのお腹がチリチリと痛む。
しかし、一年間もベルンを探して世界を放浪していたバアゼを労いたい気持ちもあるし、迷ってたって避けては通れない気がする。なら、やることは一つ。
「バアゼの出港予定はいつなの?」
「いつ、とは?」
「船で故郷に帰る予定だったんでしょ? ベルンを連れて。その予定がわからなきゃ僕だって準備できないよ」
「三日後の午前にここを出港する予定でしたが、よろしいのですか? 私が言うのもなんですが、村の復興や田畑の世話など、簡単に離れるわけにはいかないのでは。船で直行するとはいえパタタまでは遠く、長い期間離れることになります」
「いいのいいの。どうせベルンの両親には挨拶に行きたいって考えてたし、良い機会だから。ね」
ベルンはやや表情を硬くして頷いた。
「その、なんだ。父への報告も必要だろう。旦那様が行くと言うなら、私も同行する」
そう言ってベルンは顔を伏せた。耳が赤い理由が気になる。
これは……照れているのでは⁉
と僕がベルンの顔を覗き込もうとしていると、ずっと黙って様子を見ていたムツが口を開いた。
「ふむ、別の大陸に行くのは初めてじゃな。どんな獲物がいるのか楽しみじゃ」
「え? ムツも来るの?」
ムツは仮にも火の森の主。人間の感覚とは違うのかもしれないけど、主か森を留守にしては不味いのではないだろうか。今回の旅はかなり長期のものになるはず、とバアゼも言っている。
しかし、そんな僕の懸念を吹き飛ばすかのように、ムツはからからと笑った。
「我がおらんでも娘も孫もおる。孫はまだ幼くとも娘はもう一人前。そうじゃ、我は隠居するぞ。火の森は娘に譲ろう。決めた。隠居しよう」
子供いたのか。孫もいたのか。この様子だと曾孫もいるかもしれない。
そんな驚愕の事実を知ったが、考えても仕方ない。ムツがついていくと言ったら何があってもついてくるだろう。僕が本気で頼めば止めてくれるだろうが、困ることと言えば多少町に出るときに気を使うくらいで、心強いし、旅の道連れは大いに越したことはない。
「バアゼ、ムツもついて行っていいよね?」
「我は行くと決めた。主が何を言っても無駄じゃ」
バアゼは目を丸くして頷いた。
こうして、僕たちはベルンの故郷に向かうことになった。
「あ、その前に少し寄り道するよ」
「寄り道?」
「そう、寄り道」
神器魔道具遺失物。それらが売られる競売に。
〼〼〼〼




