第二十三話
「いつまで悩んでおる」
「うーん」
「ベルンが主を置いて故郷へ帰るわけなかろ。信じてやったらどうじゃ」
「……うーん」
そもそも僕はベルンに好かれているのだろうか。そこが問題だ。嫌われてはいないと思う。けれど、それ以上のことは言えない。
ベルンのことを思い出そうとして思い出せるのは、小馬鹿にしたような笑みと、どこか怒っているかのような表情、悪戯っぽい微笑と、どこか遠くを眺めているような眼差し。そして、絶対に心の内を悟られてなるものかと言わんばかりの、凛とした後姿。どれも表面的な物だ。しかも、ベルンは自分の気持ちを滅多に口にしないから、そのとき何を考えていたのかがさっぱりわからない。
奥ゆかしい、というのだろう。きっと。
わからない。女の心はわからない。
今、僕たちは森を進んでいる。日は既に沈んでいる。月明かりはあるが、森の中は既に闇に包まれていて、僕のような一般人には何も見えない。僕たちに驚き飛び去る鳥と、虫の音があちこちから響いているのは分かるが、それが何匹だとか、どこへ向かったとかはさっぱりだ。
奴らの拠点は夜燕が見つけてくれたので、夜襲を仕掛けようとしているところなのだが、こうも暗いと森を歩くのも一苦労だ。ムツが先導してくれていなければ、僕は迷子になっている自身がある。
今回の方針としては、誘拐犯は基本皆殺し。ただし、ベルンの知り合いの可能性が非常に高いので場合によっては無力化で済まし、話し合い。無理ならベルンを連れて逃げる。恐らく大立回りをすることになるので、人が来る時間を遅らせるために森の一部に放火をすることは確定事項で。人質を取られたりは面倒臭いので、できれば先にベルンを確保する。ただし、状況を見て臨機応変に対応すること。
要するに当たって砕く。
ムツが案内をしてくれてる夜燕に話しかける。
「勘の良い雌がおるでの、勘づかれた場合は主らがごまかせ」
「わかりました!」
「火の森の主の仰せのままに!」
「もう少し静かに話せ。一応人目を忍んでおる」
「申し訳ございません!」
「ごめんなさい!」
「ぬぅ」
普段はあまり人間とは話してくれないから知らなかったけど、鳥たちは意外と陽気だ。おまけに、あまり深くものを考えないらしい。夜燕がそういう種なのかもしれないが、昼間にあった別の鳥たちも大体似たような性格をしてた気もする。
町の外周を沿うように森を移動し、宿屋の近くまで移動する。移動が完了したらできるだけ影になる部分を意識して町を駆け抜ける。僕たちがやろうとしていることが余り大手を振ってすべきことではないというのもあるが、やはり一番はムツを見られないようにするためだ。もしムツを一般の町人に見られたら騒ぎになるだろうし、一般ではない町人に見られたらさらに大きな騒ぎになるだろう。そしたらベルン奪還どころではない。
夜の街は昼の喧騒が幻であったかのように静かだ。広場は露店が並んでいたであろう広場は伽藍としていて、残されたごみやがらくたが月の光を受けて転がっている。硬く踏みしめられた砂は気を使わなくても音は響かず、窓から漏れる明かりも少ないのは好都合だ。
夜燕たちによれば、ベルンが宿泊しているのは三階の端の部屋らしい。一階だと都合がよかったのだけど、人生そう上手くはいかない。僕はムツに乗せてもらって宿屋の屋根に飛び乗った。
しばし動きを止める。
「ここか?」
ムツの問いに夜燕は屋根の端をつついて見せた。
そちらからは光が漏れていて、窓は開いているようだ。中に人がいることは確かだが、本当にその部屋であっているのだろうか。夜燕たちの話を聞いていると少し心配になってくる。
音魔術はかなり苦手なんだけど、部屋の中の音を拾ってみることにしよう。
力属性音魔術。
音。
音。
音。
見えない壁を作り、音を捻じ曲げる、想像。
『……かラ…………縺ェ蟄ァ……のてボァァァ』
できてる。かなり雑音混じりだけど。
ムツに親指と人差し指で丸をつくり、そのまま耳を澄ます。できれば内容まで聞き取りたいけど、できるだろうか。
『……ぉはぁぁんんんあおお……ううぅー……して…………だから……のを……つまり…………お前は……』
調整していると段々と聞き取れるようになってきた。全神経を注がないと魔術を維持できないけど、全力でやってもあと二フチ(約二〇〇秒)はもつ。
しかし、そう思った瞬間、嫌な言葉を聞いてしまった。
『誰かいるな』
途端に夜燕が三匹飛び立ち、下にある窓から微かに見えるように去っていった。僕が何か指示を出した訳じゃないので、そういった判断は野生の獣の方が鋭いらしい。
僕はそのまま動かずに耳を済ます。ああ、ついでに熱も下には伝わらないように操作しておこう。
『鳥か?』
『……そうだな』
そういうことにしといて。
どうやら中にいるのは男二人女一人。恐らくベルンと長髪と僕の腹を斬ってくれた奴だろう。火魔術で正確な位置を把握することもできるけど、逆に察知される可能性もあるのでしない。
『まあいい。先程の話の続きをせよ』
これはベルンだ。随分と格式張った話し方をしている。
『それについては一つご報告があります。その男――ワニトと申しましたか。ロドウィ』
これは長髪だろう。昼間より幾分か声が沈んでいる気がする。
『へいへい、俺はそういう役回りなのね。まあいいっすけど』
こいつの声は忘れてない。村に火をつけて、僕を斬った奴だ。殺す。こいつは絶対に殺す。
『その男はですね、事後承諾という形で説得しようとしてたんすけど、逆上して襲ってきたんで勢い余って殺してしまいました。すんません』
まるで手が滑って皿を落として割ってしまった、程度の口調で平然と言い放った。誤魔化す気がないのか、それとも普段からこんな調子なのか。ベルンはどんな反応するんだろう。
『ほう、逆上ね』
『ええ』
『どんな風に?』
『包丁持って襲ってきましたー』
『それはそれは。怪我はなかったか?』
『素人でしたから』
『そうか』
細瓜の育て方を確認するかのような淡々とした応対に、僕は少し悲しい気分になる。いくら自分の目の前で起こったことではないとはいえ、僕が死んだというのだから驚くなり悲しむなりしてほしい。
しかし、一見して穏やかな会話はそこで終わる。ベルンの口調が一変した。
『貴様、背後から斬ったな?』
それは、直接聞いているわけではない僕でも刃物を喉元に突き付けられているかのように感じるほど、強烈な昂ぶりの籠った詰問。いや、断定だった。
しん、と部屋が静まり返った。
長髪が抗議の声を上げる。
『姫! いくらロドウィでも、それは――』
『それも、完全な不意打ちだろう。ワニトが逆上する様は用意に想像できるが、包丁を持って襲ってきただと? ワニトは隙だらけだから素人だと判断したんだろうが、もしワニトが戦う気になっていたら包丁なんて必要ない。お前はとっくに灰になって畑に撒かれているだろう』
淡々と事実だけを話すように、低く一定の調子でベルンは言う。それは落ち着いているとも感じれる口調だが、僕はベルンがこれ以上なく怒っているのだとわかった。
ぴりぴりと肌を刺すような感覚をする。なんだろう。気のせいなはずなのに、気のせいだとも言い切れない、不思議な感覚。
『違いますって。ま、けどそういうことなんで、素直に一緒に帰ってもらいます。な、バアゼ』
『……ええ』
少しの間の後、そいつは言った。長髪も肯定した。こいつもどうやら敵だ。なんの遠慮もなしに当初の計画通り動くことができる。
『ロドウィの処罰は帰ってからでお願いします。親族への賠償も後日』
『えぇー、俺をかばってよ。俺悪くないし』
『黙れ。大体お前が絶対に大丈夫だというから任せたんだ。お前がやり過ぎなければ丸く収まっていたものを』
『みんなして俺を悪者扱いかよ。ちぇっ』
外で盗み聞きしている僕でさえ冷汗をかきそうなのに、こいつは頭がおかしいんだろうか。はっきりとわかる。ベルンが放っているのは殺意だ。いつの間にか夜燕たちが一匹もいなくなっているのは、これに耐えられなくなっているからだろう。
脇で涼しい顔をしているムツと目が合うと、にやにやと意地悪い笑みを返された。何を笑っているのかと文句を言おうとして、僕自身も笑っていることに気づく。なんで笑っているのか、と考えてすぐに気づく。ベルンが僕のために怒っているのが嬉しいのだ。なんて単純。
ベルンがきっぱりとした言葉で宣言する。
『父上に何を言われたが知らんが、お前たちに言っておくべきことがある』
続く言葉で、僕は間抜けな声を出してしまう。
『ワニトが例え死んでいようと、私の夫はワニトただ一人であり、これは生涯変わることはない』
「え?」
瞬間、足元である屋根が崩れ、僕は部屋の中へと落下した。勿論受け身なんてとれるわけがないので、頭から無様に落下する。僕が首の骨を折って無様に死ななかった理由は、ムツが受け止めてくれたからに過ぎない。
落ちてくる屋根の瓦礫を咄嗟に燃やしきる。大きな音を立てては従業員が来てしまう。あ、そうだった、ついでに山火事を点火。
部屋は煙と灰と埃と砂で視界が効かなくなる。
「よう言った。それでこそワニトの妻よ!」
かつてないほどの上機嫌さで、ムツが叫んだ。それによって、これが部屋の中にいた人物によって引き起こされたことではなく、ムツがやったことだと僕は直感的に理解した。
僕たちは丁度ベルンの目の前に降り立った。
目の前の男は二人とも、見たことのある顔だ。
振り返るとベルンと目があった。ベルンはほっとしているような、どこか恥ずかしがっているような、なんとなく怒っているように顔を赤くしていて、すぐに顔ごと目を逸らされてしまった。
「……生きてたのか」
「ベルンのおかげ」
「盗み聞きは殴る」
「ベルンの拳は本当に痛いので勘弁してください」
ムツの尻尾と同じくらい痛いので。
しかし、そんな再開の会話をのんびりとしている暇はない。
背後で硬いものがぶつかり合う音がした。
「無粋な輩じゃ」
「げっ、なんだこの化け狐!」
ムツがロドウィとかいうムカつく奴の剣を牙で止めてくれていた。つくづく不意打ちの好きな奴だ。けど、僕にはムツという強い味方がいるから不意打ちはきかない。
助けてくれてありがとう。けどそいつは僕が殺す。
「ムツ」
「おお、男を見せるかワニト」
僕が立ち上がるとムツは一歩さがり、相手も距離を取る。魔術師相手に距離を取るなんて随分な余裕だ。
まあ、好都合。
炎。
即座に首を焼こうとするが、素早い歩法で避けられた。手足なども同時に狙ってみるが当たらない。局所狙いが駄目なのかと試しに火球を作ってぶつけてみるが、それも剣ですっぱりと切り飛ばされてしまう。三つくらい同時に作ってみても駄目。全て避けられ、斬られ、相手の体に届かない。
四つ、五つ、六つ。切り飛ばされて散る数より多く火球を生成して当てようとするが、一向に当たる気配はない。宙を踊り狂う火球の数が二〇を超えても当てられる気がしないので、僕は戦法を変える。
火の弾を連ね、縄とする。点で駄目なら線で。
火縄を一直線に飛ばす。同時に囲うように左右にも飛ばして、逃げ場を消していく。真ん中の火縄が飛ばされても気にしない。その間に上下にも飛ばして網を作る。一気に引き絞るんだ。一つが斬られても他で焼き切れるように。
しかし、上手くいかない。剣が振るわれると火はまるで粘土か何かのように形を変え、切り離された先は急激に荒ぶり制御ができなくなる。二振り、三振り、と目にも止まらない速度で剣先が閃き、僕の作った火縄はズタズタにされた。
ひええ、なんだこの一人。これはあれか、剣豪とかいう人種か。もしこれが標準的な剣士であるというなら、僕が今まで見てきたのは木の棒を振り回すやんちゃ坊主しかいない。というか火を斬るな。斬れるようなもんじゃないだろう。
ロドウィが楽しそうに歓声をあげる。
「うっは、すげーな、少しでも失敗すると死んでるぞこれ」
「ロドウィ!」
「邪魔をするでない」
間に入ろうとした長髪をムツがすかさず止めにはいった。ありがたや、ありがたや。二人相手とか無理無理。
しかし、どうやって殺そう。適当に火球を投げつけながら考える。
押し包んで蒸し焼きか。
火の波で押し流すか。
どっちもこの部屋が無事ではすまないから駄目だ。莫大な火力で焼ききってしまうのが一番楽だけど、そうもいかないのが屋内の戦いでの辛いところ。貴重な戦闘の経験として覚えておこう。
小さめの火の壁を飛ばしてみるが、剣の一振りで真ん中から裂けてしまった。火力が足りない。
うーん。だめっぽい。
しばし頭を悩ませ方法を決定する。
「しっかし、なんで生きてんの? 腹ばっくりやったはずなのに」
「斬れてなかったんじゃない? 下手くそがなまくら使ってたから」
「言うねぇ! じゃあ今度は真っ二つにするわ」
魔力を最大限練り上げる。
火、火、火。
ロドウィは顔の横に剣を構えた。
「劫火――」
「姫を惑わす輩は――」
あれ、そういえばベルンはお姫様なんだろうか。姫って呼ばれてるけど。
ロドウィの一挙一投足を見逃さないように見てたつもりだけど、そいつは気づけば僕の目の前にいて、気づけば剣を振り抜いていた。
腹部に重い衝撃が響く。
「斬る――ってあれ」
「っ……だから言ったじゃん」
不思議そうな顔をしてるロドウィの手足を、僕は不敵に笑って焼き崩した。
「そんななまくらじゃ切れないって」
ロドウィが持っていた剣が床を転がる。いや、それは正確には剣だったものであり、 眩しく発光するほどに赤熱し、衝撃で刃が潰れ、刀身が変形してしまったそれは既に剣とは呼べないだろう。
そんなものでも破れてしまった服の切り口から鉄板を取り出し、僕はロドウィの上に捨てた。
あー重かった。
「あつ、あ、ああああ、あつい! 痛い! ああ、あつい!」
うるさい。
僕はロドウィの首を焼き切った。
ムツの方へ向き直ると、二人は戦ってはいなかった。長髪の人は眉間に皺を寄せて剣を下ろしていて、ムツは愉快そうに僕を眺めている。
「あれ? そっちの、えーっと」
「バアゼ、です」
「バアゼはやる気ないの? 僕はたった今君の仲間を殺したわけだけど」
バアゼは辛そうな顔をする。
「あなたは、姫の夫となったワニト様で間違いないですか?」
「そうですワニトです」
「……でしたら、私がすべきことはありません。私が許せないのでしたらどうぞ処断してください」
バアゼは剣を鞘に収めて僕に向かって跪いた。
うむ、よくわからない。バアゼは何がしたいんだろうか。というか何を言ってるのかわからない。処断ってなんだろうか。僕にそんな権利ないのに、何に対する処断? というかロドウィは仲間ではないんだろうか。辛そうではあるけど、仲間を殺された怒りとかを全く感じない。
僕はベルンに救いを求める。
「そういえば、この人たち誰? ベルンの知り合い?」
ベルンは難しい顔をして頷いた。
〼〼〼




