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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第二十二話

本日は二話投稿しています。

 人間以外が使う魔術は、どうにも純粋な魔術とは言い切れない気がする。例えばムツが火を起こすとき、人間が行うときより遥かに少ない魔力量で火がつく。僕だったらどんなに純度を高めても足りないような量の魔力で、大量の火を起こす。しかし、その代わりというか、ムツは尻尾を使わなければうまく操れないらしい。まるで腕を振り回さないと魔術を制御できない未熟な魔術師の様だ。そういったチグハグ感が、僕に違和感を与えている。

 何故そんなこと考えているというと、今目の前でムツが魔術を使っているからだ。僕に触れられるほどの距離で尾をうねらせているというのに、僕が感じる魔力がかなり薄味だからだ。

 森のあちこちに火が灯る。火は集まり炎となり、天を突くような壁となる。それらはともすれば凄惨な山火事を引き起こしかねないが、ムツの精密な操作によって幹や枝葉をなぞるように、しかし決して触れないように、少しずつ移動する。いつもの罠のように、円を狭めているのだ。火力はその魔力に見合わないほどのもの。まるで幻の炎が壁となって迫ってきているような見事な魔術は、僕にだって絶対にできない。

 火から逃げて僕たちの目の前に来た蒼角鹿が、ムツを見て凍り付いた。

「そこの者。我の問に答えよ。虚偽は許さん」

「は、はい。火の森の主」

 おや、ここら辺はもうムツの縄張りではないだろうに、ムツのことを知っているのか。ムツは意外と有名なのかもしれない。

震えながら答える鹿の足が今にも崩れ落ちそうなのが、なんとも間抜けな印象を受ける。

「ここらで黒い毛の人間を見なかったか? 探しておる」

 鹿はまるで媚びへつらうように、上目遣いで問い返した。

「ええと、あの、あれですよ。答えるのは吝かではないですし、火の森の主がお困りなら喜んで協力いたします。ですが、ほら、その問に答えたら見逃してもらえるので?」

「苦しんで死にたいか? 目玉が沸騰するのを感じながらゆっくりと全身の毛を燃やされたいか? 死なぬように傷口を焼かれ血を止められながら、ゆっくりと臓物を食われたいか?」

「ひいぃ! 冗談です! 二匹の雄が一匹の雌を連れて日の昇る方角へ向かったのを見ました! ですから、命だけはお助けを!」

 ムツはふんと鼻を鳴らした。下らん心配するより前にやるべきことがあるだろう、とでも言わんばかりだ。

 ムツが操る火が鹿の青い角を撫でまわすかのように宙を滑る。

「ワニトよ、鹿肉は美味でな。この時期は丸々と太っておる」

「うーん、そういえば少しお腹空いたかも」

「嘘じゃないです! 嘘じゃないんです! 本当ですから!」

「どう思う?」

「まあ嘘ついてるようには見えないね」

 鹿の表情は僕にはわからないけど。

 ムツも僕と同意見だったのか、嘘だったら食いに来ると脅しをかけ、蒼角鹿を解放してやった。そして、ムツはまた僕を乗せ走り出す。

 これで何度目の方向確認だろうか。面倒かもしれないが、こうして細かく方向を確認することは大事だ。ベルンを浚った奴等が町に向かってくれてるならいいんだけど、小さな漁村とかに船を用意していたら見逃すことになる。これによって時間がいくらか余分にかかったとしても、ムツの足なら追い付くことはできるだろう。

 時には兎を捕らえ、時には鳥を落とし、方向を確認しながら慎重に進む。

 その結果、あいつらは一番大きな港町に行ったようだということがわかった。

 町に近づいてくると共に徐々に人の行き交いは増え、町の方向がはっきりとしてくる。それと共に、あまり目立ちたくない僕らは道を外れて進む。ここまでくるともう獣たちに話を聞く必要はない。僕はムツから降りて森の中を進む。

潮の香りがする。僕の鼻でも分かるほど海が近いのだ。

 不意に森が途切れた。足元は崖になっていて、眼下には港町が広がっていた。

「ふむ、中々に発展しているようじゃの。流石は港町といったところか」

 感心したようにムツが呟く。この口ぶりからして来たことはあるみたいだけど、いったいいつ来たのだろうか。少なくとも一年や二年じゃなさそうだけど。

「そうだね、前来たときよりは少し大きくなってる気がする。って言ってもこれで二回目か。よくわかんないかも」

「どうする? しらみ潰しに宿を探すか?」

「うーん、まあ多くても四、五軒だろうし、それもありかもね。とりあえず船の予定とか聞きつつ、町の様子を見てくるよ。もし出港してるっぽかったら、悪いけどこのまま南に行こう」

「うむ」

 ムツの足なら船より早く次の港に行けるだろう。しかし、船がどの港で停泊するかもわからない状況で陸から船を負うのはかなり難易度が高い。というか無謀だ。だからできればこの町で追い詰めたいけど、上手くいくだろうか。

 僕が焦りを感じていると、ムツがじろりと睨んでくる。

「ただし、気を付けよ。焦りすぎて背後からぐさりとやられんようにの」

「町中だし、大丈夫だとは思うんだけど……」

 刺されるところを想像して腹の痛みを思い出してしまった。背筋がすうっと冷える。

 うん、備えだけはしとこう。僕は防備を固めることを決意した。

 僕はムツに森で待っててもらい、町へと入っていった。

 大きな町ではないとはいえ、昼と夕の間である今は人通りが多い。道端には屋台が立ち並び、その隙間を埋めるように物売りが景気の良い声をあげている。家屋の白い壁は日差しを反射して眩しく、舗装されてない道もまた白い砂。僕たちの村とは色彩からして違う風景は、新鮮な気分にさせてくれる。

 海風が潮の匂いを運んできた。風が吹いてきた方向に目を凝らすと、家や屋台の隙間からキラキラと水面が光を反射している様子が見える。おそらく海だろう。耳を澄ますと喧騒に混じって波の音も聞こえる。

 山がないせいか広く感じる空を見上げてみると、僕が暇人だと思ったのか、商人が声をかけてきた。

「安い! 安いよ! ここの海で採れた貝珠(ノマト)の首飾りだ! この黄金の輝きを恋人に贈ったら一発でメロメロ!」

「いえ結構です」

「どう? 今日の朝とれた笊鰯(パタフピレ)だから新鮮だよ? 骨も柔らかいから子供にも老人にも安心」

「ああ、連れが魚駄目なんで」

「お客さん、お目が高い! それは最近東の方から輸入した奴だよ。お、興味ある? ない? ある?」

「ないです」

 熱気に当てられてくらくらとしながら、僕は船着き場へと向かった。

 船着き場は砂浜だった。浜からは木の桟橋がいくつも伸びていて、その脇には大型の帆船が一つ、それより二回り小さいものが三つ、そして漁船が大量に並んでいる。大型の帆船では乗員らしき人々が慌ただしく作業をしていて、今にも出港しそうだ。

 僕は慌てて荷を運んでいる人に話しかけた。

「あのー、すみません! ちょっとお話しがあるんですが!」

「なんだい! 今忙しいから後にしてくれ!」

 にべもない。しかし、だからと言って簡単に諦めるわけにはいかない。

「そう言わず! 少し質問したいだけですから!」

「駄目だって! もうすぐ出向なんだから、遊んでる暇はないの!」

「作業しながらでいいですから! この船はどちらに向かうんですか?」

「あのなぁ」

「この船はどちらに向かうんですか?」

「……南からぐるっと回ってニヌテュリェの方さ」

「にぬ?」

 押し勝った。しかし、どこだ。場所がわからない。

 乗員の後ろをひょこひょこと着いていきながら、さらに質問をする。乗員さんは面倒くさそうにしながらも、乱暴に答えてくれる。

「それは南ですか?」

「違うよ、西だ西! 沿岸沿いにぐるっと回って西にいくの!」

 となると、パタタ大陸(ベルンの故郷)へ直通ということはなさそうか。けど、立ち寄った港で乗り換える可能性はある。

「あのー、僕も乗せてもらえませんか? ちょっとパタタ大陸に用事があって」

「はあ!? だめだめ! この船はそういう船じゃないの! 商品を運ぶんだよ! それに、素性の知れない輩を乗せるなんて危険なことはしないから。他の船に頼みな。ほら、あれとかは確か南から来てたはずだから!」

 乗員はそう吐き捨てて船に乗り込んでいった。指差していた方角を見ると、一隻の帆船がある。

 提案は断られてしまったが、この警戒の強さからしてよそ者を乗せることはなさそうだ。そうだったら奴らも乗れないだろうし、。この船は気にしなくていいだろう。

「ありがとうございます!」

 礼を言うが、乗員は振り返りもせずに去っていった。

 示された帆船に近づいてみるが、今は誰も乗っていないらしい。船の中には見張りがいるのかもしれないが、無許可で乗り込んで盗人と勘違いされても面倒だ。今日は出港する様子もないし、宿屋を当たってみることにしよう。

 僕は町を見て回り、宿屋が三つであること、宿泊名簿は見せてくれないことなどを確認して、一度森に戻った。

 ムツに報告をするとムツは尻尾を一本ばたつかせた。

「ふむ。なるほど」

「どう思う?」

「まあ大丈夫じゃろ。我の足で走ってきたのじゃ、例え丸一日遅く出てても追い付けておるはずじゃ。とりあえず宿の様子を探ろうぞ」

「それで?」

「これでじゃ」

 僕が指さしたのは、ムツの目の前に一列になって並んだ三〇羽ほどの夜燕(キャスノー)だ。

「よいか、者ども、黒毛の雌を探せ。足のない雌じゃ。見つけたら我のもとに逐一報告に来い。見事本物を見つけたものには我の庇護を与えよう。励め」

「ははー!」

「火の森の主!」

「がんばる! がんばる!」

「いくぞぉ!」

「おー!」

 ざあっと夜燕たちが一斉に飛び立ち、町へと向かって行った。これは少し目立つかもしれないが大丈夫だろうか。

 しかし、こうして様々な生命が言うことを聞いているのを見ると、ムツはやっぱり名の知れた獣なんだなと実感する。

「あまりこういうのは好かんのだが、まあ致し方あるまい。数で攻めるのがこういったときの常道。つまらんことで躊躇ってて逃しては笑い話もならん」

「なんで好きじゃないの?」

「庇護を与えるとか、面倒じゃろ。たまに守ってやらねばならんのじゃぞ」

「ああ、なるほど」

 なんともムツらしいや。偉そうにすることも崇められることも好きなくせに、周囲に供を侍らせてないのはそういう理由か。どんな世界でも親は子を守らなければならないと。それを面倒くさがるのはなんともらしい。

 ぐぅ、と腹が鳴る。ただ乗せてもらってただけの僕が空腹なのだから、走りっぱなしのムツはさぞお腹が空いているだろう。

「ムツ、なんか食べる?」

「肉」

「はいはい」

 短く簡明な返事を聞き、苦笑しながら再び町に向かった。

 道端の会話を聞く限り、先程の鳥たちについては、特に不審に思われたりはしていないようだ。まあ、夜燕は小さい上に大して害はないし、それが一斉に飛び立ったからと言って話題にはならないのだろう。当然だ。神経質になっている。

 僕は適当に買い物をするが、中々肉がない。あるのは魚や臭いの強い薫製肉ばかりで、ムツは気に入らないだろう。港町であることを考えると当然だが、生肉が全然売ってないのは住人が困るんじゃないだろうか。毎日魚ばかり食べて肉は食べないとか、変わった習慣があるのだろうか。

 キョロキョロと見回しながら歩き回っていると、僕の目に八百屋が目に入った。

「む、細瓜」

 涼しい風を思い出す。木陰。咀嚼音。繋いだ手。

 僕は顔を横に振り、歩き出そうとした。しかし、進行方向を確認しなかったせいか、誰かとぶつかってしまった。

 相手の持っていた紙袋が地面に落ち、ころころと転がる。

「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ、前も見ずに……」

 僕は転がった細瓜を拾って相手に渡そうとし、一瞬固まった。相手は長い黒髪をもつ、背の高い青年だった。

 警戒心が全身を強ばらせ、思わず細瓜を取り落とす。

「あ、あわわ、すみません。また落としてしまって」

「慌てずとも大丈夫ですよ。少し買いすぎてしまったので、一本くらい駄目になっても」

 そういう青年の紙袋には、細瓜がぎっしりと詰まっていた。いや、細瓜しか入っていなかった。

 落ち着け。落ち着け。変に警戒すると悟られる。

「どうかしましたか? 顔色が悪いようですが」

「珍しい髪の色をしていたので、少し驚いてしまいまして。ひょっとして、異郷の方ですか?」

「ええ。南の方から」

 当たりかもしれない。脇にじんわりと汗がにじむのは、気温が高いというだけの理由ではないだろう。

 探りを入れるんだ。世間話でもしているかのように。このまま。このまま。

「おや、やはりそうでしたか。では何か買い付けに? それとも珍しいもの売りに来たのでしょうか」

「ああ、いえ、その」

 青年は良い淀み、苦笑いをした。

「人探しに」

 僕の予感が確信に変わった。

 全力で情報を搾り取る。あくまで、自然に。

「へぇ、それはまた遥々こんなところまで。お一人でですか?」

「いえ、二人でです」

 朗報か。敵の数は少ない。

「大変ですねぇ」

「そうですね、行方知れずだったので足跡を辿るのには苦労しました。幸いだったのは、こちらでは珍しい容姿をしていた、という点ですね」

「おや、というと、もしかしてもう見つけられたんですか?」

「はい」

「それはそれは。おめでとうございます」

 心の中でめらめらと怒りがわいてくる。いかにも善人ですといった顔をして、涼しい顔で言ってのけるなんて。お前たちが何をしたか僕は知っているぞ。今すぐ燃やしてやろうか。

 改めて風貌を確認する。背は高く、ゆったりとした服の上からでもわかるくらい体は引き締まっている。腰にはやはり片刃であるだろう曲剣。凛とした佇まいからは、強者の余裕を感じる。恐らくここで魔力を起こしても、放つ前に僕は斬られて死ぬだろう。そんな予感がする。

 心の中で舌打ちをする。化け物め。

「ではもう帰るのですか?」

「いえ、少し用事ができたので、人を待っています。そして、用事を済ませてからですね。その時はまたこの町に来ます」

「そうでしたか。ぜひこの地方を満喫していってください」

 用事とはなんだろうか。すぐ帰ると思い込んでいたからこれは予想外の返答だった。しかし、こちらとしてみては都合のいいこと。偶然出会えたことも含めて運が向いてきている。

 僕が心の中でほくそ笑んでいると、青年がふっと小さくため息を吐いた。

「お疲れですか?」

「……そうですね」

「何かお困りでしょうか。よろしければ手伝いますよ」

「困っているってほどではないです。むしろうまくいっています。今のため息は、一息つける、とそう実感したのでつい出てしまったんですよ」

「肩の荷が降りたと」

 そういうことか。絶対に思い通りにはさせないけど。

「一番の問題が解決したので、そうですね、少しはこの旅を楽しんでみましょうか」

「是非そうしてください。因みに、一番の問題とは探し人を見つけることでしょうか」

 これ以上情報は抜けないと感じ、切り上げようとする。後は宿の場所に当たりをつければ殴り込みにいける。

「それもあるんですが、連れ帰ることの了承を取ることが一番の問題と思っていたんです。なんせ家出をされていたので。ですがそれも解決して、大分気が楽になりました」

 ……ん?

 んん?

「そ、そうですか。では、残りの旅もお気をつけて」

「ええ」

 僕は話を切り上げて背を向けた。動揺が顔に出ていなかっただろうか。大丈夫だろう。大丈夫なはずだ。

 ベルンが、帰ることを了承した? いや、まさかそんなはずはない。ないと言い切れるだろうか。ないはずだ。ない。絶対にない。

 僕は。



〼〼




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