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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第二十一話

 遠くに誰かが立っている。

 艶のある黒髪。

 凛とした立ち姿。

 腰には剣を佩いている。

 顔は見えない。

 背を向けて立っている。

 誰だ。

 きっと女性だろう。

 笑っているのだろうか。

 遠い。

 光が眩しい。

 光? 炎だ。

 近づいて話しかけようとして、僕には足がないことに気付く。

 いや、手もない。僕は椅子に座らされているだけだ。

 ベルン?

 振り向いてほしい。のに、振り向いてくれない。けど、確信した。

 遠くに立っているのはベルンだ。なんで。いや、よかった。見つかったんだね。君の足は。

 けど、僕は動けなくなってしまった。君の横に立って、君の手を握りたいのに、僕は動くことができない。

 ベルンは緑色の光に向かって歩き出した。

 待って、行かないで。どこに行くんだい。

 僕がそう声をかけると、ベルンは振り返って――。

 と、そこで僕は目を覚ました。

 僕は寝台に寝かされていた。清潔な布と柔らかな枕の感触と幼いころはよく見ていた天井が、僕が寝ている場所を教えてくれる。町長宅の子供部屋だ。今は誰も使っておらず、客間として使われていたはず。

 顔だけ動かして横を見ると、ルナカが驚いた顔をしてこちらを見ていた。

「おはよ。ムツいる?」

 がたり、とルナカが椅子から立ち上がるが、眉を寄せたまま立ち尽くしている。そして、ルナカが何かするより先にチビどもが僕の回りに群がってきた。僕が気づかなかっただけでチビどもも最初から部屋にいたらしい。

「ワニトが起きた!」

「大丈夫? いたくない?」

「むりさせちゃ、だめ! 怪我人はしずかにねかすの!」

「ワニトー、ワニトー、うっ、うぅぅ」

 怒濤の勢いはいつも通りだが、皆顔に陰りが見える。なんだかんだ言ってけが人である僕を心配してくれているんだろう。

「はいはい、落ち着いて。痛くないから大丈夫。無理してない。後でちゃんと相手してやるから、とりあえずムツ呼んできて。村にいるでしょ?」

「わかった!」

「すわっててね。ねててね」

 チビどものうち二人が部屋を飛び出していった。やはり女の子二人だ。行動が早いのはいつものことだけど、これだけ素直に言うことを聞いてくれるのは新鮮な気分。

 そわそわしてるチビどもの後ろで、ルナカがぼそりと呟いた。

「……知ってたんだ。あの魔獣」

「僕の友だち」

 不機嫌そうにルナカは黙りこんだ。教えなかったことに腹をたてているんだろうか。でもムツのことは誰にも教えるつもりはなかったんだから、ルナカを特別扱いしたわけでもチビどもを特別扱いしたわけでもないから、と心の中で言い訳してみる。実際に口には出さないのは、口に出すと殴られるからだ。

 ムツを待つ間に、体調を確認してみる。それなりの量の血を流した割には気怠さはないが、お腹は怖くて触ることができない。腕や足が動くということは髄は無事であるはずなので、それは安心できる要素だ。目は見える、耳も聞こえる。よし、特に問題はないはず。

 そういえば、少し気になることを思い出したので聞いてみる。

「そういえば、ルナカはビックリしなかった? ムツ、あのでっかい狐を見て」

 ルナカは僕を見てため息を吐いた。それだけでなんとなくルナカが言いたいことがわかってしまった。どうやら、僕がムツのことを黙ってたことが気に入らないらしい。

「したけど、デデ爺が対応してくれたから、あんまり怖くはなかった。それに、村の火を消してくれたし、あの子達も信頼してるみたいだったし」

「うんうん。ムツは良い奴だから安心して良いよ」

「うざ」

「なんでさ」

 意味がわからない。こともないけど。

 ルナカと僕の会話が途切れたと思ったのか、袖をぐいと引かれた。そちらに視線を移すと、ルトライが泣きながら僕を見ていた。

「あのね、あのね。ベル姉がいないんだ」

 先ほどの夢を思い出す。だけど、それをぐっと押しとどめて笑顔で対応する。僕が後ろ向きな態度を取ったらルトライを余計に泣かせてしまう。

「うん。そうだね、だからこれから探しに行こうと」

「でね、ぼく見たよ。ベル姉が黒い髪の人に連れていかれちゃうの」

「本当に?」

 僕は思わず体を起こしてしまうが、腹部が痛んだりはしなかった。代わりに世界に砂が撒かれたかのように視界が曇り、頭の奥がじわりと痛む。どうやら傷は治ったようだけど、まだ血は足りないらしい。

 さらにルトライ問い詰めようとしたが、僕が寝台に倒れこむと同時に部屋の扉が開き、ムツとデデーさんが入ってきた。

「おう、ワニト調子が良さそうで何よりじゃ。ベルンの賢明な判断に感謝するがよいぞ」

「まったくだよ、って知ってたの?」

「腹を見てみろ。翠の筋が入っておる。となれば答えは一つ。馬鹿でもわかる」

 恐る恐る服を捲って確認すると、言われたとおり翠の線が真一文字に引かれている。腹回りの六割くらいの長さだろうか。この様子だと、腸も綺麗にかっさばかれたようだ。もし母樹の果汁がなければ、と想像してぞっとした。

 とはいえ、僕は生きている。ならばやることは一つ。

「それより、ベルンが誰かに連れていかれてしまったんだ。誘拐犯をぶっ殺しに行きたいから、協力してよ」

「よいぞ。我も主が起きるのを待っておった。我の縄張りで好き勝手してくれた賊は生かしては帰さん。火の森の主である我に対して火を放つことでの宣戦布告じゃ。その賊も死ぬ覚悟はできておるじゃろ」

 そんなつもりがあろうとなかろうと関係ないがな。ムツはそう言って獰猛に笑った。

 話が早くて助かる。

「そういうことでじゃ、賊の特徴を言え。男か? 女か? 人数は? 得物はなんじゃ?」

「とりあえず、僕を襲って村に火を放ったのは、黒髪の男だったよ。僕と変わらないか、少し上くらいの年齢。紙は短くて鬚も生えてなくて、片刃の剣を佩いてた。もしかするとベルンの同郷かも」

「ふむ。その可能性は高いの。人売りならルナカを連れて行かん理由がない」

 僕とムツが話しているとまたルトライに袖を引かれた。

「ぼくが見た人は、長い髪だったよ?」

「あー……そっか、一人だけとは限らないもんね。そっか、なるほど。そっちの人の髪も黒かったんだよね」

「うん。なんか優しそうな人だった。ベル姉をどこに連れてくの、って聞いたら、すまないって言って走ってっちゃった。追いかけたけど、とっても走るの速くて追い付けなかった。ごめん、ワニト。ぼく、ぼく」

「いやいや、よく頑張った。ありがとな」

 また泣きべそかきはじめたルトライの頭を撫でて慰めた。

 しかし、僕を斬った奴とは大分印象が違う。簡単に人を殺してついでに放火するような奴等が、幼いとは言え目撃者を放っておくのだろうか。別人だということはわかっているが、同じ集団ならある程度やり口は似るんじゃないだろうか。そうでないと集団なんて簡単に分裂する。ひょっとして同じ集団ではないのだろうか。それとも単純に統率が取れていないだけか。

「方向はわかる? どっちに走っていったか」

「あっち」

 ルトライが指を指したのは東だった。僕らが住む国の都は南西にあり、そちらに向かうほど村が増え、町は大きくなる。僕が通っている町も南にあり、東にはあまり大きな町はない。どういうつもりだろう。

 髪の色からして、コウかリテ、グクの国の人だろう。故郷に帰ろうとしているのなら海を渡る必要があり、南にまっすぐ進むのが一番近い。わざわざ東に進むなんて……。

 そんな僕の悩みに答えるように、デデーさんが呟いた。

「船だな。岸に沿って南下するつもりだろう。歩けねぇ、その上自分からついていくつもりもねぇ嬢ちゃんを連れていくなら船に乗せちまうのが手っ取り早い。東の海域は危ねぇのがうようよいるが、一応港町から船は出てるし、話を聞く感じ腕の立つ奴等なんだろ。魚を恐れないなら速いわな」

「へー」

「なるほど。誉めてやろう」

「ありがとうございます、火の森の主」

 恭しく礼をするデデーさん。普段の横暴な姿に見慣れてるから似合わないと感じてしまう。

 僕は寝台を下りて背伸びをする。肩や首がゴキゴキいうが、気だるさは大分薄れてきた。ついでに火を起こして体の周囲を回してみる。こちらも全く問題はない。

 そんな僕を心配そうに見つめるデデーさんと目が合った。

「ワニト。無理はするな。お前は戦士じゃない」

「わかってますよ、デデーさん。今度は不意打ちなんて食らいません。というか近づきません。遠くから一方的にやります。というか真っ向からやったら絶対に負けないんです。絶対に」

「我もついておる。無用の心配じゃ」

「お願いします、火の森の主。……ワニト」

 頭を上げたデデーさんに、何かを手渡される。それは皮紙ではなく樹紙による一通の手紙だった。

「知り合いから連絡が来てな、近々エセアカの都で魔道具や術具、神器の競売があるらしいんだ。絶対に目的のものが出品されるわけでなし、買えるかどうかも状況次第というとで、これは渡すか迷っていたんだが……まあ、折角遠出するんだ。ついでに嬢ちゃんと観光でもしてこい」

 ばん、と背中を叩かれる。不敵な笑みを浮かべるデデーさんに、僕もにやりと笑って見せた。

「いこ、ムツ」

「任せるがよい。火急の用ゆえに、特別に尾で運んでやる」

 僕たちはそうして、村長の家を出た。

 しかし、僕がムツに乗るために荷物を纏めていると、いつの間にか外に出ていたルナカに声をかけられた。

「行くの?」

「え? まあ、もちろん」

「もう死んでるかもしれないのに?」

 思わず黙ってしまう。それは可能性を感じながらも、決して考えないようにしていたことだからだ。

 そんな僕をせせら笑うように、ルナカは言った。

「ま、あの娘が死んでても生きて帰ってきなさいよ。そしたら私がかわいそうなあんたの奥さんになってあげるから」

 これはルナカなりの心配であり、その照れ隠しであり、ただの冗談だろう。それぐらいは分かるくらいは付き合いが長い。けど、その余裕ある態度がちょっとムカついたので、僕も応戦する。

「人の心配してる余裕があるなら、さっさと兄さんに告白すれば?」

「なっ――!?」

 効果覿面。

 ルナカは顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。

「な、なななな、何言って」

「ばればれだから。え、今までばれてないとでも思ってたの? 兄さんは気づいてないだろうけど、気づいてないのはよっぽど鈍感な奴だけだよ」

「っ……」

 耳まで真っ赤にしたルナカは目を吊り上げ、拳を振り上げるが、その手を降り下ろすことはなく、その場でうつ向く。表情は見えなくなってしまったが、拳が小刻みに震えているので、恥ずかしがっていることはわかる。

 というか、気づかれてないと本気で思っていたのか。あんまり人の恋路をからかうつもりはなかったけど、つい言ってしまった。

 虫の羽音より小さな声で、ルナカが呟く。

「言えるわけ、ない」

「第二夫人は嫌なの?」

「そうじゃなくて、あの二人は本当に仲が良いし、シャトさんも好きだから、私が余計なことして変になるのが嫌。それに、この村に他に奥さんがいる人いないし」

「シャトさんは気にしないと思うけどなぁ。もちろん兄さんも。まあ、この村に奥さん二人いる人はいないけど」

 あの助平兄さんは気にしないだろう。あとシャトさんは既にルナカの気持ちに気づいている。知らないのは当人たちだけか。

 ムツに尻尾で背中を叩かれた。早く行くぞという催促だ。

「ま、そういうわけだから、行ってくる」

 ムツに乗り、尻尾で押さえてもらう。手綱は用意してないけど、こうしてもらえば落ちることはないはず。

 僕が乗ったことを確認するとムツは直ぐに走り出した。

 森に入る直前に振り返ってルナカを見ると、頭を抱えて悶えていた。

 いい気味だ。これを機に、僕に八つ当たりをするのをやめてくれることを祈ろう。





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