第二十五話
今日は二話投稿しています。ご注意を。
寄り道だ。
船で南下し、隣国のエセアカへ入り、エセアカでも有数の港町であるマギダで一度船を降りる。エセアカの都で行われると言う競売を見るためだ。バアゼも非常に協力的で、旅は順調に進む。
海路で二〇日、陸路で三日。
僕たちはエセアカの都にたどり着いた。
エセアカは大きな町だった。道路は石畳で舗装され、建物もしっかりとした木造建築。大小様々な通りが網目上に走り、気を抜くと道に迷ってしまいそうだ。水道なるものがあちこちを走っていて、各所にある給水塔に水を供給しているので、川まで水を汲みに行かずとも手軽に水を飲める。おまけに、ムツが堂々と歩いていても騒ぎが起きたりしないのが素晴らしい。明らかに主人らしき人が側にいて、暴れだしたりしない限り大丈夫だというのは、衛兵さんたちへの信頼の現れだろう。
僕はベルンの椅子を押しながら周囲を見渡す。
「おー、広いし、人多いし……活気あるなぁ」
「都だと言うならこんなものだろう。ガフノシの都だって大差ない。雰囲気こそ違えど私の国もそうだ」
「ガフノシ?」
「旦那様は自分の住んでる国の名前も知らないのか」
ベルンに困惑されてしまった。けれど仕方ないと思う。税とかは村長が纏めてやってくれてるから、たまに村と隣町を行き来するぐらいの一般的な村民は国を意識することなんてほとんどない。うちの国は兵役もないし。だからそんな哀れみの視線を見ないでください。
クカカ、とムツが笑った。
「これはよいのぅ。小さな村と違ってのんびりできてよい。たまに敵意を見せてくる鬱陶しいのもおるが、まあよい。そこの、バアゼよ。面倒事が起きた場合には貴様に任せるぞ」
「は、ムツ様。お任せください」
「ワニトは荒事はてんで駄目での。殺るか殺られるかしかできん。全く不器用な男よ。南への船旅は長くなるじゃろうし、船では鍛えてやってくれ」
「げっ」
これまでの旅の道中の様子から考えるに、バアゼは人外だ。いや、超人だ。僕は片腕で逆立ちなんて絶対にできないし、そんなことを自然と強要されるようなことがあったら体を壊してしまう。
「お任せを」
「しなくていいから」
「いいのか? 私より腕力ないままで」
それは言わないで欲しかった。薄々気づいてはいたけど、義手である左手はともかく生えてきた右腕は全盛期の力を取り戻しているらしく、僕が腕をプルプルさせて持つ鍋を片手で軽く運べている。考えてみれば今現在はどうかわからなくても、少なくとも一五歳時点でこの人外より強かったんだから、それくらいの腕力はあって当然なのかもしれない。
格好つかないなぁ。
「まあまあ。ワニト様は魔術師ですし、やるとなってもそこまで激しくはしませんよ。気が向いたらで大丈夫です」
「ありがとう。ぜひそうして……」
わかってたことだけど、バアゼは多分いい人だ。苦労人だ。気が利く。眉目秀麗。質実剛健。腕も立ち女性に優しい忠義の徒。なんだろう、完璧超人だろうか。
僕たちは雑談しながら地図に示された場所に向かった。
デデーさんの知り合いによる丁寧な図によって示された競売場は、やや広めの広場にあった。広場の中心は円形の窪地になっていて、窪地へと降りる階段は客が据わるための椅子を兼ねているらしい。今も競売を行っているらしく、それなりに盛況なようだ。
僕たちが様子をうかがっていると、大量の紙束を持った人が話しかけてきた。
「お客さんですかー? 是非是非見ていってくださいねー」
そう言って有無を言わさず樹紙を押し付けてきた。そして返事をする間もなく立ち去る。
渡されたそれを見てみると、何やらびっしりと文字が書き込まれていた。
「旦那様、読めるか?」
「一応。村の子供はデデーさんに色々と教わっているから、第一共通言語なら」
なになに。えーと。
それは競売の日程と規則の書かれたものだった。二、三日ごとに出品される品目の種類が決まっていて、その目玉商品などが連ねられている。他には競り落としの方法、代金支払いの規則、果ては飛び入りの出品方法まで書かれていて、案内が丁寧な割には大雑把な管理をしているようだ。
僕たちが求めている魔道具、神器については一週間後の予定だ。どうやら間に合ったらしい。
それを説明しようと振り返ると、他の二人と一匹は席について競売を見ていた。ベルンも器用に移動椅子のまま階段を降りて、空いている場所を見つけている。素早い。
なんとなく置いて行かれた気分になりながらベルンの横に座り、下の舞台を眺める。今はどうやら呪具、又は曰くある物品を扱っているようだ。
「こちら、嵌めた人は必ず不幸な末路を遂げているという逸話のある指輪でございます! 過去の所有者は七名! いずれも不審死であるそうですが、それを確かめたいという方は御座いませんか!」
こんなの買う人いるのか。ございませんよ。なんで好き好んで不審死するかもしれない指輪を買わなきゃいけないんだ。
しかし、売り手が値段を告げるとあちこちから十数本の手が上がった。
「五〇〇〇〇ボアトから! おお、皆さん興味津々でございますね! では五五〇〇〇ボアトはいかがですか! なるほど。皆さん闘志をみなぎらせていますね。まだまだ足りませんか! では六五〇〇〇でいかがでしょう! むむ! 大分減ってきましたね! 七〇〇〇〇! 七二五〇〇!」
高いよ。なんで不幸を買おうとするんだ。
そのまま複数の客が手を上げ続けたため、売り手は値段をどんどん引き上げ、最終的には最後まで手を挙げていた青年が一五〇〇〇〇ボアトで買い上げ、主人らしき夫人に贈っていた。そんなものを贈られて喜ぶなんて、駄目だ、金持ちの気持ちはわからない。
隣にいるベルンに聞いてみる。
「あれ、欲しい?」
「……旦那様、流石に趣味が悪いぞ」
ですよね。
その後も奇々怪々な競売は続く。実演できるものは実演し、できないものは売り手が朗々とそれの由来や物語を語って見せる。
「次の出品物は闘志のコートです! これをつけると筋力が倍になりますが、目の前の人間すべてを殴りたくなります。その投資は抑えられない! 一説によると、とある盗賊団の頭の怨念が残っているとか!」
「魔の果実! 魔の果実です! 見た目はただの果実! しかし、決して腐らず、いくら齧っても一晩放置すれば元通り! ただしお味の方は保障いたしません! とある殺人鬼が人体に植えたものだからか、腐った人肉の味がするようですよ! 私は食べていませんがね!」
「こちら謎の筆記具となっております。通常通り使用した場合、これは素晴らしい書き心地をあなたに与えるでしょう! しかし、決して墨を補給しようとしてはいけません! これを分解、破壊、その他もろもろの敵対行為をした場合、あなたはもう夜眠ることもできなくなるでしょう。あなたの脳裏には常にこれによって殺された人々の怨嗟の声が響き続けるのですから!」
意外と見ていると面白いかもしれないと感じてきてしまった。勿論買うつもりは全くないし、そもそもほしいとも思わないけど、裏にある物語を聞くのは単純に面白い。それに、こうした呪具はどういった仕組みでできているんだろうとか、そういう話も気になる。
ムツは知らないだろうか。
「こうしたのは、念が残っておるか、魂が憑りついておるかのどちらかじゃろう。神器などとは別分類になっておることから、人為的に作れるものでもないのではないか? ま、詳しくは知らんが、こうしたものは稀に見る」
「そうなのか」
「といっても何割が本物かは知らんぞ。まあ不幸を呼ぶだのなんだのは嘘じゃろ」
年の功か。何か苦い思い出があるのか、ムツは僅かだが眉にしわを寄せていた。
「こちらは魔剣となっております! 遥か昔に死した騎士の携えていた一品を、発掘してきたものとなります! 決して錆びず、欠けず、歪まない! ただし、鞘から抜けるかどうかは運次第! 腕に自信ありのあなた! 折れない魔剣はご入用ではないですか!」
がたり、とバアゼが腰を浮かせた。思わずそちらに目を向けると、バアゼは我に返ったように席に座る。
「……欲しいの?」
バアゼは両手を額に当てて、長く息を吐いた。
「少しだけ」
欲しいのかよ。
僕の唖然とした表情に気付いたバアゼが、言い訳をしようとして口ごもった。その様子を見る限り、どうやら本当に欲しいらしい。
「魔剣ですよ。魔剣。浪漫じゃないですか」
「いざという時抜けなかったらどうするの?」
「その時は、予備の剣を用意しといて……」
目が輝いているなあ。
僕がバアゼの静かだが熱い語りを聞いていると、どうやらその魔剣は無事売れたようだった。八〇〇〇〇〇〇ボアト。高すぎ。
僕は少し呆れつつも、席を外そうとした。
しかし、次の売り手の呼びかけに思わず足を止める。
「次、呪いの黒靴です! 脚の立たなくなった老人でも、生まれたばかりの赤ん坊でも、蝶のように舞い踊ることのできるという靴! なんと素晴らしい! ただし、一度履いてまうと脱ぐ気にならず、履いている間踊らずにはいられない! ええ、呪いの靴ですよ! ですが、皆さん欲しくありませんか!」
一瞬だけ期待した。しかし、それは直ぐに消えてしまう。そもそもベルンは靴を履く足がないし、踊り続けないといけない呪いだなんて危なすぎる。それじゃあ歩けるようになっても意味がない。
実演として奴隷らしき老人がそれを履かされ、華麗なステップを披露した。履いた瞬間に靴から黒い糸のようなものが伸びて老人の足を中程まで覆ったのかやや不気味だけど、それでも年齢にそぐわない切れを見せてくれる。
狂ったように踊る老人を数人がかりで押さえつけ、無理矢理靴を脱がせると、再び競りが始まった。
「こちら二〇〇〇〇ボアトから! おやおや、あまり人気ないですねー! チャンスですよ皆さん! 二五〇〇〇です! おお、まだいけそうですか! では三〇〇〇〇です! 三〇〇〇〇ボアト!」
順調に値が上がっていくのを眺めていると、隣にいるベルンに袖を引かれた。
目が合うと、輝くベルンの眼が雄弁に語ってきた。
「……欲しいの?」
凄い勢いでうなずかれた。ちび共がムツを見つけた時の顔をしている。
「おお、四〇〇〇〇です! 皆さん、よろしいのですか! 世にも珍しい呪いの逸品が、今あなたの手に届く場所に! 四五〇〇〇! 四五〇〇〇です!」
既に手を上げ続けているのは四人ほどになっている。決断は早めにしなければならない。
あの靴は本物だろうか。見たところまあ本物だと思う。老人がもともとあれだけ踊れる可能性もあるが、制止されたときの必死さや、踊りのキレは常人には出せない気がするし、少し探ってみたところ、老人の足から熱をほとんど感じなかった。あれは普段からほとんど歩いていない人の足だ。だから本物ではあるだろう。しかし、本物だとすると、踊らなければならない。それでは普通の足として使えない。
そこまで考えて、ベルンが踊りたいのではないか、と気づいた。ベルンは長いこと歩くどころか立つことすらできていない。剣士であるベルンが立てないというのは鳥が飛べないのと似たようなことで、そのストレスを少しでも発散したいのではないか。そう気づいた。
なら、買おう。所持金内で収まってくれるなら。
僕は手を挙げた。
「六五〇〇〇! おお、ここに来て新たな買い手です! 横にいる恋人のためでしょうか、呪いに手を出す少年が現れました! こちらとしてはありがたい限りですが、止めるべきでしょうか! 否! 彼もまた勇気と好奇心を持った同士です!」
会場におお、とどよめきが上がる。一斉に注目を浴びて緊張するが、それでも胸を張って手を上げる。絶対にひかないぞ、という意思をみなぎらせて。
「ではではではでは! 値が上がります! 七〇〇〇〇! 七〇〇〇〇です! ああっと、ここで二人脱落! 未来ある若者の勇気に敬意を表したのでしょうか!」
ヒューヒューと指笛が響く。呪い付きだけどな、と誰かが叫んで笑い声が起こる。降りた厚化粧の女性が僕に目配せをしてきたので、僕は引きつった笑いを返しておいた。
「では、七二五〇〇! おっと、両者引きません」
相手はしかめっ面をして男性だ。
「七五〇〇〇! まだいけますか? 七六〇〇〇! んん、素晴らしい勇気です!」
えーと、今お金があれだけあって、これからの度に必要なのが多分あれくらいで、んん、つまり最終的に使えるお金は。
「七七〇〇〇! 七七五〇〇! 大丈夫ですか! まだいけますか! 七八〇〇〇!」
うぬぬ。譲ってください、そこのおじさま!
僕の願いが通じたのか、相手の男性はしかめっ面のまま手を下ろした。途端に売り子は高らかに声を上げ、僕の勝利を告げる。
「七九〇〇〇! あっと、ここで最後の一人が決まりました! 七八〇〇〇ボアトで、お買い上げとなります!」
会場に拍手が沸いた。僕は懐の財布を確認しつつ、靴を買いに立ち上がる。
ベルンを確認すると、嬉しそうに僕へ腕をのばしている。僕はベルンを抱え上げると、そのまま二人で舞台の底へと降りて行った。
「おめでとうございます。こちら商品の、呪いの黒靴となります」
「王銭で大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。釣銭を用意しますので少々お待ちください。ああ、商品の方は試していただいても大丈夫ですが、管理はお客様でお願いしますよ」
そこで、はっと気づく。そうだ、そもそも足ないから履けないじゃん。だから買うことを考えなかったというのに、馬鹿か僕は。
とりあえずベルンに渡してみる。すると、ベルンは自身の、もし足があるとしたら足の指先、だろう位置にそれを添えた。
その瞬間、靴から黒い糸が大量に伸び、ベルンの太ももまでを、まるでそこに足があるかのように覆った。慌てる僕を置いて、ベルンはゆっくりと地面に降り立つ。
「おお、履けた」
「いや、うん。おめでとう? それ履いたに入るの? というか、履けるのか。というか……踊らされないの?」
ベルンは平然とした顔をして僕の目の前に立っている。先ほど見せた老人の狂態は影も形もない。やはり演技だったのだろうか。いや、それなら呪いの品としてではなく、もう少しちゃんとした商品として高く売れていたはずだ。
混乱しているのは僕だけでは無いようで、売り手も唖然とした表情で固まっている。
「舞っているさ。これは、佇。舞の一所作であり、立っている、という舞さ」
ベルンは得意げに言った。
「雷流剣術、私の流派は奥義の習得に舞が必修でね、これでも一通り叩き込まれているんだ。だからこんなこともできる。うん、嬉しいな」
ととと、軽く足踏みをする。その動きにベルン以外の意思が混じっているようには見えない。
僕の理解の遅い頭より先に、売り手の人は理解したようだ。興奮した様子で客に向かって叫ぶ。
「ななななーんと! この少女は自身の持つ舞の技術で呪いを抑え込んだとのこと! 皆様見ましたでしょうか! この少女は両足を持たず、呪いの力によって両足を得ました! これが呪いの品だということは疑いようがないはず! しかし! この幼く麗しい少女は、ただ呪いの品を扱うのではなく、完全に使いこなしているのです! 驚きです! 皆様、これぞ呪具使いの真の姿ではないでしょうか!」
売り手の口上を無視してベルンは僕の手を握った。ベルンと僕の目が合う。ベルンの背は僕より僅かに低いくらい。そこに違和感を覚え、ベルンが立っているからだと気づいた。
「旦那様」
僕はベルンに手を引かれて、部隊の中央に躍り出る。
「折角だ、踊ろう」
そして、ベルンに手を引かれるまま、促されるまま、くるくると踊り始めてしまった。
「歩み(ウォフカ)」
僕は踊りを踊ったことはない。運動は慣れてないし、拍子をとるのも苦手。けれど、これもベルンのおかげなのだろうか。水の流れに乗るようにして、ベルンの導きに従って、足踏みをし、ベルンを抱え、空を見上げる。
「跳び(デー)」
最初は唖然としていた客もベルンの流麗な舞に興が乗ってきたのか、次第に楽しむ表情へと変わっていく。僕の稚拙な踊りさえもベルンの舞を引き立てる、程よい雑味と鳴っているみたいだ。歓声が上がり、笑いが巻き起こり、僕たちの踊りを止めようとするものは誰もいない。
「地団駄」
軽やかな足踏み。
「扇ぎ(ウィテクァ)」
優雅な円運動。
「爪立ち(フィ)」
そして、つかの間の静止。
くるり、くるりと僕たちは背中合わせに回って。
気づけば背中からベルンが消えている。
それに驚いて体勢を崩すと、いつの間にか横にいるベルンと腕が絡まる。
ベルンの姿が僕の視界に現れては消える。
手を引かれ、肩を引かれ、何かを考えるまでもなく足が出る。
そして気づけばベルンと向かい合って。
耳元でささやかれる。
「旦那様。ありがとう」
そのままベルンは僕の胸に頭を埋めた。
「私に色々な物をくれて、ありがとう」
面と向かって礼を言われて僕はどぎまぎするけど、そんな気持ちはすぐに上塗りされる。ベルンの肩は震えていた。少し遅れて僕の服の胸元が濡れてゆく。僕はベルンの背中へと手を回し、強く強く抱きしめる。
暖かいぬくもりだ。僕が支えて無理矢理立たせているわけでもない、柔らかで自然な抱擁。
満ち足りている。そんな言葉が僕を包む。
よかったと思う。始まりが何であれ、過程がどうであれ。僕たちがこうして向かい合って、抱きしめあって、多分同じ気持ちでここにいる。それだけで、僕の選択は間違いではなかったと思える。これでよかったんだ、きっと。
これでよかったんだ。
「馬鹿だな、ベルンは。お礼なんて」
僕たちは割れんばかりの拍手の中、口付けをした。
それから僕たちは旅をして、ベルンの家に行く。ベルンの父親に挨拶をして、ベルンと結婚をする。それから僕が働き口を探して、それからムツが問題を起こして、それから、それから、それから、まだまだ数え切れないほどの出来事が僕たちを待ち受けているだろう。けど、それはもう語ることはないと思う。
だって、これが僕にとって一番の出来事であり、人生の最大の分岐点。
僕はベルンと一緒にいられるなら、それだけでこの先ずっと幸せだってそう思えるから。
これ以上僕の口から語るなんて、それは野暮ってもんだろう。
完結です。拙作を読んでくださったすべての読者に感謝。




