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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第十九話

 畑の雑草を一つずつ引っこ抜いて行く。こういった作業には僕は魔術を使えないから、地道に丁寧にやるしかない。根が深いものは鎌で掘り起こし、土を払って外に放り投げる。ギラギラと照りつける太陽に負けて汗が滴り落ちるが、その水分はすぐに畑の土に吸収された。

 実った細瓜(ワレヘコ)を一本ずつ収穫して行く。この瞬間は至福の瞬間であり、これからまだ食べる楽しみが残っていると思うとさらに喜びは増す。これももちろん手作業だが、そんなことは全く苦にならない。虫がつかず、病気にもならずにこの行程まで来ることが、最高。

 周囲を確認した後で味を確かめてみる。シャク、という涼やかな音ともに仄かな甘味を持った水分があふれでてきて、喉の乾きを癒してくれる。新鮮さを感じさせてくれる歯ごたえは程よい振動を口内に響かせるし、飲み込んだ後に僅かに残る苦みも合っている。うん、美味だ。

「盗み食いか、旦那様」

 いつの間にかベルンが横にいた。移動椅子を押す音さえ気づかなかった。随分と移動椅子での移動に慣れたようだ。

 ベルンは首を軽くかしげながら胡乱げに僕の正面に回り込む。

「ぬ、盗んでないよ。そもそも僕の畑の作物だし」

「それでも私の目を盗んで食べていただろう。やましくないならこそこそせずに食べればいいだろうに。私にも一本くれ」

 だってベルンに見つかるとその場で大量に食べられちゃうんだもん。

 僕は諦めつつもベルンに細瓜の入った篭を渡す。すると、ベルンは顔を輝かせてそれを受け取った。なんとも屈託のない笑顔だ。

「切りもいいし、少し休憩しようか」

「ん」

 僕たちは近くの大きな木の影へと移動し、隣り合って座る。太陽からの照りつけは非常に強いが、大きく張り出した枝と大量の葉がそれを遮り、涼しさを僕たちに与えてくれる。日は真上にあり、影は濃い。木陰で見るベルンの顔からは陰影が消え、明度が下がり、いつもとは少し違って見える。

 僕は細瓜をかじり、ベルンはちゅーちゅーと細瓜を吸う。細瓜は南の方にもあるらしく、故郷ではこうやって食べていたらしい。

 たまに吹く風が熱を奪って行く。汗が冷え、体が冷えて行くのを感じる。熱を奪われることが心地よく感じる季節だ。涼しい。

 少しの間そうしていると、不意にベルンに腕を掴まれた。

「どうしたの?」

 ベルンは遠くの森を凝視していた。

 ベルンの視線を追ってみるが、なにも見えない。僕の視力は悪いわけではないけど、特別よいわけでもないから、何かがあってベルンには見えてるのかもしれない。ベルンは目も良い。前聞いたときには見方にこつがあると言っていたけど……。

「今、森に」

「何かあった?」

 もう一度確認してみるが、やはりなにも見えない。

 ベルンの指が僕の腕に食い込む。少し痛いが、それよりもベルンの様子が気になる。目付きが鋭く、どこか敵意を漲らせているような張り詰めた雰囲気だ。

「いや、なんでもない。気のせいだろう」

 言葉ではそう言うが、ベルンの表情はそうは言ってない。怖いものを見たというわけではなく、信じられないものを見たというわけでもなく、嫌なものを見たというわけでもない、まるで敵を発見した時のような表情。そうである一方、その敵に対して何か思うところのあるかのような。

 追及しようとするけど、遠くからかけられた声に中断される。

「おーい」

 遠くから兄が僕らへと近づいてきた。

 兄はどこか浮かない顔だ。汗を大量に流しているが、そんなことも気にならない何かがあったらしい。

「ワニト、仕事だ」

「どうしたの? また害獣でも出た? 盗賊とか?」

「違う。スダギさんが死んだ」

 兄さんは沈痛な面持ちで首を振った。

 スダギさんは齢七〇を越えるお婆さんだ。この村で二番目のお年寄り。最近体調を崩していたらしいが、この暑さに体力が尽きたのだろうか。食欲も減っていたらしいし、痛ましくはあるが、ある意味寿命だろう。

「葬式は今晩?」

「ああ、天気もいいし今晩済ませると会合で決まった。悪いが準備しといてくれ」

「わかった」

 僕がため息を吐きながら頷くと、兄さんは足早に去っていった。

 複雑な気分で立ち尽くす僕の腕をベルンがひいた。

「葬式を、旦那様が仕切るのか? 旦那様は神主……神職だったのか?」

「いや、神職なんてそんな立派なものじゃないよ。神官みたいな役職はこの村にはない。いるのは葬儀屋で、葬儀屋の仕事は簡単。火葬を執り行うこと」

 僕はただ燃やすだけ。

「とりあえず、今日の仕事は終わろうか。夜はなにも食べられないから、今のうちにご飯を食べておこう。というわけで、お願いします、ベルンさん」

「ん」

 さっきのことは気になるが、ベルンも話さないということはさほど重要ではないのだろう。きっとそうだ。

 僕たちは普段は取らない昼食をとり、夜に備えて昼寝をした。

 スダギさんはこの村で一番のお年寄りだった。まあボケかけてる上に小言の多いお婆さんだったから、誰からも好かれてるって訳じゃなかったけど、僕と会うといつも巾着から豆を取り出して押し付けてくるので、僕はありがたくそれをもらって食べていた。食べると何故か、最近の若者はなっとらん、と小言を言ってくるのだが、それでも僕は嫌いじゃなかった。

 あれは一体なんだったんだろう。

 寝るために思考を止めようとしていると、ベルンが僕の頬をつまんで引っ張ってきた。

「やへへふははひ」

「今日の昼御飯は美味しかったか?」

「うん。おひひはっは」

「ならいい」

 よくわからないが、ベルンが満足そうなので、よかった。

 そして、夜。

 天気は良好。空には雲一つなく、星が爛々と輝いている。月は欠けきる直前らしく、かなり細長い。月が満ちていると命魔に持っていかれてしまうので、今晩は葬式日和だ。

 僕たちは陽が沈み終えた後に起きだし、服を着替える。葬式には青地の服を着ると決まっているからだ。ベルンには喪服を用意していなかったが、藍色の簡素な窄衣(帯や止め紐などが必要のない一体成型された衣服)があったのでそれを着てもらう。僕は両親が死んだときの服がまだぎりぎり着れたので、それを着る。僕もベルンも何もしゃべらないせいで、暗い室内には衣擦れの音だけが響く。

広場に向かうために外に出ると、村の方向にかがり火が見えた。明かりがないと少し歩きづらいが、目指す場所ははっきりしているのでわざわざつけることはしない。僕はベルンの移動椅子を押しながら、ゆっくりと広部へ向かう。

僕たちが到着した時には、広場には既にほとんどの村人が集まっていた。しかし、そこにいる人数の割にはしゃべっている人は少ないので、広場にはスダキさんの家族の泣き声がよく響く。言葉を発することが禁止されているわけではないが、できるだけ死者の親族以外はしゃべらないこととなっている。なんともあやふやな決まりだが、そういうものらしい。スダキさんの家族が集まっている広場の中央には簡易的な木製の寝台が置かれていて、その足元にはよく乾いた藁が少し積まれている。寝台にはスダギさんが寝かされていて、胸には長い杖を抱かされていた。

 僕たちは最後だったらしく、僕たちが到着すると同時にスダギさんの家族は遺体から離れ、周囲の人たちに混ざる。それを確認した村長が厳かに告げる。

「これより、葬儀を執り行う。ワニト、問題はないな?」

「はい。問題はありません」

 僕は頷く。葬台の準備ができているなら他に準備は要らない。

 微かな話し声も完全に消えた。葬台を囲う村人が目を瞑っていくのを見て僕も目を瞑る。誰かに左手を握られる感覚があったが、恐らくベルンだろう。

 村長が持っていた鉄の鐘を、やはり鉄の小槌で叩いた。

「我ら地に住むものが、今宵また体を置き、天へと還る」

 澄んだ鐘の音が響く。

「心を連れ、魂は昇る」

 鐘の音に合わせて、僕は魔力を起こす。

「記憶は、骨と共に地へ」

 普段は威厳もへったくれもない村長だけど、やるときはやる。この聖句に魔術的な意味はないけど、それでも聖なる言葉であることは間違いなく、正しく唱える必要がある。

「その悪は火に焼かれ、善は火と共に輝く」

 村長の声は朗々と広場を包む。

「成すべきことは成したか」

 鐘を、三回。

「我ら知らず、天へ送る」

 鐘を、六回。

「その命、受け入れたまえ」

 村長が低い声を轟かせた。

「リェハ・ラ・ニクァルマ!」

 村人全員で復唱する。

「リェハ・ラ・ニクァルマ!」

 同時に、僕は中央の諸々へ点火した。

 吹き上がる炎が一瞬で遺体を包み込み、広場を煌々と照らし出す。炎を中心の放射状に影が延び、幾何学的な紋様を作り出す。

 火力はそれなり。操作はあまりしない。あるがままに炎を吹き上がらせ、スダギさんを焼く。

 しばらくの間、皆無言だった。ある人は祈るように目を閉じ、ある人は踊るように形を変える炎を見つめ、ある人は天へ昇るスダギさんを探すように空を仰いだ。だが、それもすぐに終わる。できるだけ早く、できるだけ綺麗に焼くのが僕の仕事で、それは僕にとって唯一の取り柄だった。

 それらを焼き付くし、火を消すと、広場の中央には灰とそれに埋もれた骨が残っていた。

「以降、遺族による葬儀とする」

 村長の号令によって、僕たちは三々五々広場から去っていった。

 これから骨を集めるのも、灰を集めるのも、それを処理するのも、家族の人たちがやるべきこと。僕たちがやるべきことは何もない。

 帰りの短い道中、ベルンが話しかけてきた。

「こっちでも、遺体は燃やすのか」

「そうだよ。天に、ニクァルマの元に還すために、できるだけ燃やすんだ。そうすると、煙になって空を飛べる。天へ届く。そう言われてる」

「それは、素敵だな」

 ベルンが少し笑った気がした。僕は後ろから移動椅子を押しているし、ベルンは前を向きっぱなしだから表情は見えないけど、なんとなくそんな気がした。

「骨はどうするんだ?」

「埋める。大体祖先と同じ場所に」

「記憶は骨と共に地へ?」

「そう。天に還ってさよなら、じゃ残された人も寂しいから、骨だけはおいていってもらう。僕なら骨も燃やしちゃえるけどね」

 そんなことしたら怒られてしまう。

 また一人知っている人が死んだ。黙々と歩いていると、今更ながらそんな実感がわいてきた。それは何とも言いにくい感覚で、はっきり言えることは少しだけ寂しさを感じているということ。

 不意に、ベルンがぽつりと呟いた。

「私も死んだら……旦那様が焼いてくれるか?」

 それを想像して、僕は苦笑した。

「ベルンに先に死なれたくはないかな」



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