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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第十六話

 しとしとと降る雨は先ほどよりは小粒になっているが、顔に当たる勢いは強い。ムツが走る速度は普通の人間の何倍もあるからだ。背中にしがみついている僕も目を開けているのが若干辛いくらいだ。

 ムツが尾で僕の背中を叩いた。

「策はあるか?」

「っていっても、僕にできるのは魔術をぶっぱなすことだけだからなぁ。策なんて言われても、まあないことはないけど」

 ムツは迷いなく雨の中を走る。罪竜の臭いをたどっているらしい。何刻も前の臭いを雨の中追跡できるなんで、人間では到底できない。

「罪竜って名前からじゃ外見が想像できないな。竜族ってなんか名前わかりにくいよね。どんな体型してるの? 蜥蜴みたいな? それとも(ボエ)?」

(ゲス)みたいであったな。そやつの口は人を丸のみにできるほどで、前足は太く短いが、まあ体と比べてはじゃ。角は二本生えていて、後ろに向かってのびておる。眼は二つだが、片方は潰したから見えまい。翼は退化しきっており飛ぶことはない。その代り常に土の中に潜っており、体のほとんどが見えん。恐らく四足じゃが、体全体が見えとらんからはっきりしたことは言えんな」

「頭は出てる?」

「頭部は地上を観察するためか、常に一部が露出しておる。特に目は大きいな。視覚に頼っておる」

「じゃあ狙うならそこだ」

 竜か。小さい竜族ならよく狩るけど、人より大きなのは見るのも初めてだ。

 僕は揺られながらも集中して魔力を起こす。大量に起こすのは苦手だが、できるだけ多く起こす。そして、練り上げはじっくりと行い、できる限り純度を高める。戦闘中に練った場合は鉄を溶かす程度までしか温度を上げられないけど、ゆっくりとやればそれより遥かに高い温度まで熱を加えられる。

 火。

 火。

 火。

 そして、ここからが人の術を見せる時だ。

まず、魔力の整列(ティヒメタ)。基本的に時間経過と共にまた散って行く魔力を、長時間とどめておく為の技術だ。魔力の粒を一つ一つ固める、想像。これを丁寧に行い、罪竜に近づくまでにできるだけ魔力を用意する。

 さらに、魔力の無奈(ツォグ)。魔力を他の生命に感じさせないようにするために、見かけ上は不活性状態にできる技術。魔力を押し固めて殻で覆う,想像。これにより、罪竜をできる限り油断させる。

「……何をしておる? 妙なことをしておるようじゃが」

「整列と無奈。魔力量産中」

「永らえと隠しか。奥義だと聞いていたんじゃが」

 誰に聞いたんだろうか。昔食べた人間とかだろうか。

「いや、全然。普通に教えてもらえたし、魔術の指南書にも乗ってたし。んー、なんだろうね。時代かね」

「人間はせわしないのう」

「必死に生きてるのさ」

「違いない」

 そうか、昔は奥義なんて言われてたのか。ムツが何歳かは知らないけど、デデーさんも知ってた技術だし、それほど珍しくもないはずなんだけど。まあいいや。

 ムツは息一つ乱さず走り続ける。今日は僕の顔に葉っぱがあたったりしていないので、珍しく僕に気を使ってくれているのだろう。

 そうして、半刻ほど走っただろうか。気づけば森の木はまばらになり、地面は雨のせいだとは言い切れないほどにぬかるんできている。湿地帯に入ったようだ。

 ムツの足が止まった。

「いた?」

「近いな。正確な位置は分からんが、大まかな位置は分かった。どうする?」

「向こうから見えないように、こっちが観察するってできる?」

「恐らくできる。奴は視覚と聴覚に頼っておる。この雨の中ではどちらもまともに働きはせんじゃろ」

「嗅覚も働かないと思うんだけどなぁ」

「移動するぞ」

「わっぷ」

 北西に真っすぐ進んだという感覚が間違ってなければ、さらにこのまま進んでも町や村はなかったはず。それはつまり奴が通った経路に人は住んでいなかったことと、この付近にも誰もいないだろうということを示していて、それはいろいろと都合がいい。

 ムツは走りづらいだろう山中を音もなく駆け、全く手間取ることなく小高い丘の上へと移動した。

 高所のため見張らしはいい。しかも、木立と茂みが上手くしたからの視界を遮ってくれている。これなら一方的に観察ができるだろう。

 僕はムツから降り、しゃがみこんでムツと同じ方向を見る。

「どれ?」

「あれじゃ」

「……どれ?」

 ムツが示す方を見るが、泥だらけの湿地が広がっているだけだ。竜らしき生物は見当たらない。ここから先は本当に木々がまばらになっていくので、僕が見落としているわけではないだろう。いや、そういえば地面に潜っているんだっけ。

「だとしたら、普通の人間に見つけるのは難しい?」

「いや、そんなことはない。あそこに岩があるじゃろ?」

「あるね」

「あそこにも岩があるじゃろ?」

「あるね」

「あれが角じゃ。擬態しておる」

「は?」

 僕はあんぐりと口を開いた。

 ムツが示した岩は、周囲に比較するものが少ないせいでわかりづらいが、恐らく高さは僕の三倍くらい。横幅も三人くらいで手をつながなければ届かないくらいだろう。さらに、二つの岩は大人が大股で計っても十歩は必要なくらい離れている。あそこが頭部だとしたら、全体としてはどれ程の大きさになるのか。

 笑えない。

「ちょっと作戦変更しないとダメかも。でかくない?」

「数百本はありそうな牙の数本がかすっただけであの傷じゃからな。そりゃあ図体は大きい。まあもっと大きい奴を見たこともあるがな」

「はいはい」

「で、どうする」

 言われてみると、確かに岩は鏡で映したかのように同じ形をしている。角というのは間違いないだろう。岩と岩の間の地面は少し色が違う気がすのは、鱗か何かのせいだろうか。角よりさらに奥にも角と似たような岩が点々と着き立っているのは、背びれのような何かだろう。見ているごとに革新が強まってきた。奴はそこにいる。

 小雨に濡れながら、罪竜を観察する。どうにもデカイ。鱗も固そうだ。最初は一点集中で脳にダメージを与えるつもりだったけど、そんなことしてる間にムツの言ってたみたいに潰されちゃいそうだ。

 もう少し情報が欲しい。

「ムツの炎だとどうだった?」

「我の炎だと鱗を焼くところまでは行けたが、肉までは届かんかった。奴は鱗の上に泥で装甲を加えておる。雨も降っているしの。泥と火では相性が悪すぎる」

「なるほど」

 何かに気をとられている隙に真上から狙おうかと思ってたけど、それも厳しいか。脳かそれに近い重要な臓器を焼いて即死させないと。

「ねぇ、ムツ――」

 僕がムツに質問を続けようとした時だった。

 ドン、と地面を揺らすような鈍い音が響いた。気づいたときには、僕はムツの尻尾に引っ張られて地面を転がっていた。

 泥が飛び散り口に入る。服が泥だらけになり、下着まで一瞬で水を吸う。文句を言おうにも突然のことに何が起こったのか理解できていない。泥を吐き出すまもなく僕は仰向けに転がり、空を見上げ、そして、そこで初めて何が起きたのかを悟った。

 人を数人纏めて潰せそうなほど巨大な岩が、空からいくつも降ってきていた。

 それを見た次の瞬間、その岩は僕たちのすぐ近くに着弾し、木々を薙ぎ払った。豪快な破壊音と衝撃が辺りを揺らす。しかし、ムツはかけらも慌てる素振りを見せずに、尻尾で細かな破片を丁寧にはらった。

 地面に仰向けに転がったままムツに訊く。

「……今のは?」

「罪竜の隆地じゃ。泥遊びが得意らしくての、ああして戯れてきよる」

「あれにばれた?」

「いや、ばれてはいないようじゃ。どうやら気になったからちょっとつついてみただけみたいの。品のないやり方じゃ」

 これでちょっとつついてみただけか。僕らとは規模が違う。

 罪竜に目を向けると、ズブズブと湿地に沈んでいっていた。はっきりと奴の姿を目にできる。皮膚に纏っていた装甲を飛ばしてきたのか、一部鱗も露出している。

 鈍色の光沢のある鱗が顔全てを覆っている。少しだけ見えた腹部も同様だ。角の横で振動している円形の板は耳のようなものだろうか。目はぎょろりと突き出ていて、竜族特有の細長い瞳孔は忙しなく周囲を警戒している。それはまるで鼠のような挙動で、あれだけ巨大な体を持っているというのに臆病だというのは本当の様だ。

「開拓地って、あんなのがたくさんいるの?」

「いや、さすがにあれは地域の主ぐらいじゃの。」

「つまり、いっぱいいるのか」

 怖いな。

 けど、なんとなく行けそうな気がする。

「いつまでもこうしてても埒が明かないし、狩りに行こうか」

「なんぞあるのか?」

 不思議そうなムツに、僕は胸を張って作戦を話す。

「一、僕がか弱い人間のふりして囮になる。二、奴が餌だと思って僕を食べようとする。三、僕がどかーんってする。四、焼肉が完成する」

 ムツが呆れた顔をして僕を見ている。

 なぜだろうか、と考えて、僕はこの作戦の重大な欠陥を発見してしまった。

「ひょっとして、あいつ草食?」

「いや、肉食じゃが……」

 じゃあ問題ないな。そう思ったんだけど、ムツは全然そう思ってないようだ。

「あいつ話聞いてくれなさそうだし、焼いちゃお。もしやばそうだったら、助けてね」

「……まあ、主が言うなら大丈夫なのか、の」

「火力は足りる。口の中から脳を焼けばね。だから問題は、死んだあいつに押し潰されないかっていうのと、反動で吹っ飛ぶかもしれない僕が生きているかどうかっていうの」

「大問題じゃの」

「頑張るから。ムツが助けてくれるって信じてる」

 はああ、とムツはため息を吐いた。なんだかとても気苦労してそうなため息だった。

 じゃあ、逃げられる前に始めよう。

 僕はふらふらと丘を降りる。まるで、たまたま山菜をとっていたら突然の落岩に怪我をした人間みたいに。

 そして、湿地を見回して、首を傾げる。今のは一体なんだったんだろうか。

 ため息を一つ。よくわからないや。

 膝に手を当てて、顔を下げる。開けた場所で少し休みたいな。

 辺りをキョロキョロ。あそこにいい感じの岩があるじゃないか。

 足取りふらふら。もう少しで休めるぞ。

 目の前が急に盛り上がる。うわあ、いったい何がおこったんだ?

 目の前に現れる巨大な洞窟に驚く。なんて大きいんだ。

 ぎらつく鋭い歯を見て後ずさる。まるで破城槌。

 ざらざらとしたおろし板みたいな舌に目を見開く。僕をすりつぶす気かい?

 粘つく唾液に声をあげる。僕は食べものじゃないよ。

 僕は目の前の罪竜へ向けて両手を掲げた。

お前が今日の晩御飯だ。

「ばーん」

 僕は火炎の魔力を解き放った。

 閃光が周囲を塗りつぶし、わかっていても思わず目を閉じてしまう。泥と雨水が爆発して僕を上へ後ろへと吹き飛ばす。以前試した火炎による飛行を思い出す浮遊感だ。熱は僕にまで届かないように操るけど、衝撃はあまり減衰できずに骨がミシミシと悲鳴を上げり。肺から酸素が絞り出される感覚がする。血がすべて背中側に集まってしまうような感覚。

 ぼんやりとした頭で思った。これなら奴に踏み潰されることはないだろうけど、着地はどうしよう。

 僕の背中で爆発が起きた。といってもそれは小規模なもので、僕の勢いを僅かに弱める程度のものだ。しかし、それは単発では終わらず、僕の勢いを少しずつ削り取っていく。

 そして、爆発の連続の後に来るべき泥へと落ちる感覚は来ず、最後は、もふもふした毛皮の感触で迎えられる。一本だけ色の違う五本の尻尾が僕を包み込む。

やっぱりムツは最高だよ。

「どう?」

「いい焼きっぷりじゃ。ちょっと火力が強すぎた気もするがな」

 ムツの尻尾に顔を起こしてもらって、僕は罪竜の方を見た。そこには、上顎より上が吹き飛び、舌が黒こげになった竜の焼肉があった。目算通り脳は綺麗に焼けたようだ。脳だけじゃなくて、背中の半分くらいまで吹き飛んでて、前足も二本とも体と別れて地面に突き刺さっているけど。

 確かに少しやりすぎた気がする。これじゃ、食べられる部位探すのが大変だ。

 ぐーと腹が鳴る。

 そうだ。ベルンがご飯作っててくれるんだった。こんなまずそうな竜の肉は要らない。どうせ泥みたいな味がするんだろうさ。

「お腹すいた。帰ろ。もう動けない」

「帰りはゆっくり走ってやろう。背中に吐かれても困るしの」

「ありがとームツ愛してるー」

 罪竜の死体が、湿地の泥に飲まれて行く。衝撃で吹き飛んだ泥の波の揺り戻しが来たのだ。

「しっかしケチな奴だったね。樹の実一個でこんなところまで追いかけてきちゃってさ。欲張りは身を亡ぼすんだぞー」

「あれは数年に一度しか実らんからな。実るのも一度に一つだけじゃ。そう言うてるな」

「え?」

「ケチな奴じゃったな」

「……ごめんなー。罪竜。まあこれも自然の摂理だから」

 悪いことした気もするけど、まあ世の中殺すか殺されるかだからしょうがない。元気が出たらまた肉を食べに来るから許してくれ。

体の節々が痛くてたまらない僕は、しがみつくことさえできず、結局ムツの尻尾に包まれて帰った。

 いつもこうやって運んでくれたらいいのに。そう思いながら。






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