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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第十三話

「旦那様は間抜けだな」

「そう言わないでよ、勝負に集中してたんだ。獲物の種類とか完全に頭から抜けてた」

「子供の様なことを。まあ、鹿肉は旨いから私は嬉しい」

「なら運んできた甲斐があったよ。あー重かった」

 全身の筋肉が悲鳴をあげている。特に辛いのは太腿と背中と肩と二の腕。明日は確実に筋肉痛で動けないだろう。

 寝台に転がると、ベルンは椅子に座って左手をなにやら動かしていた。

「何してるの?」

「機能回復、というか、魔術の修練を」

 背後から忍び足で近づいて覗き込んでみる。何やら面白そうなことをしているという予感は当たっていて、炭筆を使って布に何か書いているのだが、全く動じないあたり特に隠したいわけでもないようだ。

「絵を描くと、手首と指先を細かく扱わなければいけないから、いい訓練になると思った。中々難しい」

「で、何描いてるの?」

「……中々、難しい」

 ベルンの言葉が正しければ、何かを描いているのだろう。しかし、何の絵かはさっぱりわからない。人のようにも見えるけど、頭の天辺が平らだし、目は六つあるように見えるから恐らく違うだろう。横にいるのはなんだろうか。馬に見えなくもない、気がする。色がついていればもう少し分かりやすいだろうけど、白黒だとやっぱり分かりにくい。

 僕がぶつぶつと呟いていると、ベルンの手が止まった。なにかあったのかと顔を見ると、三白眼で睨み付けて来ている。

「どうかした?」

「……どうせ下手くそさ」

「え?」

「もういい、止めだ止め! まだ早かった!」

「わっ、ごめん、やめっ、投げないで」

 ベルンは炭筆を左手でへし折ると、僕に向かって投げつけてそっぽを向いた。突然のことに混乱するけど、どうやら僕の失言らしい。というか冷静になって考えると完全に失言だ。

 とりあえず散らばった炭筆を拾い集め、何やらよくわからない絵の描いてある布を折り畳む。その布に見覚えはないので、チビどもに頼んだのだろう。捨てる気は全く起きないので、適当な場所にしまっておく。

 どうしようか。

 ご機嫌をとりつつ気を逸らせるような魔術の練習か。何かあるかな。

「あ、そうだ。ベルンは手決(ルサキャソ)って知ってる?」

「……知らない」

「これも手を動かす練習になるかもよ。ちょっとやってみない?」

「……」

 ベルンはゆっくりと僕へと振り向いた。目付きだけで不機嫌そうだとわかるほど、目付きが悪い。

 ええい、気圧されるな。

「ここら辺の地方ではみんな知ってるんだけど、何か軽い決めごとをするときの手遊びでね。掛け声と同時に手の型を変える。手の型は五種類あって、その中から一つを選んで、勝敗を決める。片手でできるよ」

 少しは興味を惹けたみたい。目付きから不機嫌さが減っている。

 人差し指と中指を揃えて立てる。

「これが剣。人と木に強くて、虫と水に弱い」

 すべての指を伸ばしてくっつける。

「これが水。虫と剣に強くて、人と木に弱いって感じ。どう? 指をよく動かすから魔術の練習になると思うんだけど」

「やってみる。全部教えて」

 やった。上手く気を逸らせた。

 ベルンに手の型を一通り教え、さらに何度か繰り返す。五種類の強弱は一応は分かりやすいようになってるはずだけど、しっくり来ない人には来ないから、一度で完全に覚えたとはいかないのは当たり前だからだ。しかし、ベルンはすぐに把握し、早速実践となった。

「掛け声は、やむなし、恨みなし、容赦なし。の、三回勝負。いくよ」

 拳を構えて。

「やむなし」

 剣と水。負け。

「恨みなし」

 木と人。勝ち。

「容赦なし!」

 虫と……なんだこれ。中指と小指だけがピンと伸び、他の指は中途半端に曲がってがくがくと痙攣している。

 ベルンの方を見ると眉をしかめていた。どうやら魔術の制御が上手くいってないようだ。

「まだやっぱり難しい?」

「そのための、修練」

「がんばろっか」

「うん」

 ベルンの魔術の上達はめざましい。しかし、やはり膨大な数の間接を持つ指を制御するのは難しいようで、ここ数日でやっと棒状の物を落とさずに持てるようになったぐらいだ。魂力の問題もあるし、一日中本当の自分の腕みたいに、とはまだまだいかない。

「のんびりと一回勝負でいこうか。よーうしゃなし」

 虫と人、かな。僕の負け。

「容赦なし」

 剣と剣。

「この場合は?」

「引き分け」

「なるほど。容赦なし」

 しばらくの間、淡々と手決をし続ける。たまに上手く手の形が決まらないこともあるけど、大体は上手く決まるのはさすがだ。なんとなく感じてたけど、ベルンは頭の回転が早い。既に手の形自体は覚えているようだ。

 勝率は五分五分。まあそういう遊びだから当然だけど、さっきからベルンの目が本気なのはなぜだろうか。必勝法でも探してるんだろうか。心理戦でも仕掛けてくるんだろうか。こんなの運任せみたいなもんだから、必勝法なんてないのに。

 少しベルンの掛け声が止まったので、話しかけてみる。

「これは一応真剣勝負とすることもできるんだ。その場合は、三回勝負を一回りとして、一回りの間は同じ手を出せない。もちろん矢継ぎ早に三回勝負をするから、素早い判断が必要で……」

 ベルンからの反応がない。

「ベルン?」

「おええええええええええええ」

「わ、わわ、わ」

 ベルンが夕食を吐いた。

 慌てて吐瀉物で汚れないように布を構え、反射的に口許へ当てようとする義手を押さえる。予想外の力に驚くけど、義手を汚すのはあまりよくないから、無理矢理押さえる。少し落ち着いたら布を丸め、背中を優しくさする。

 原因はなんだろうか、と見てみてすぐに気づいた。ベルンの魂魄が不規則に弾け、震え、瞬いている。魔術の過使用による魂魄痙攣だ。僕も昔はよくなっていたからかなり馴染はあるが、かなり無茶しない限りそうならない。恐らく、普段なら気づいたであろう倦怠感などの違和感に、遊びに集中していたために気づかなかったのだろう。

「あ、ごめ、ん」

「大丈夫。無理しないで。落ち着いて魔術を止めてみて」

「け、ど、だん、が、よご、れ」

「大丈夫、大丈夫。足がつったようなものだから」

 つんと鼻に刺激臭が届くけど、そんなのは気にならない。それより、ベルンのことが心配だ。

 そうして背中をさすっていると、やがてベルンは落ち着いたようで、魂魄の動きも正常に戻った。軽度のものだったらしい。まあ、強力な魔術を使用したわけでもないので、当然と言えば当然だ。

 けど、ビックリした。心臓が止まるかと思った。

 一度ベルンから離れ、桶を用意して水瓶の水で自身の軽く腕を洗う。ついでに、その桶に汚れた布も突っ込んで、洗濯用の桶にしてしまう。それらがすんだら杯に水を掬ってベルンの口を濯がせる。そして、床や机の上に散った吐瀉物を軽く拭き取り、ベルンを寝台に寝かせた。一応水を含ませた布をおでこに乗せて、頭を冷やしておく。

 一通り済むと、僕も寝台に腰かけて一息ついた。

 こうして静かにしてると虫の鳴き声が聞こえる。一年でも気温の高いこの時期は、虫族にとっても生きやすいらしい。

「……すまない」

「え? 何が?」

 ベルンが少し口ごもった。

「その、吐いたし、それを片付けさせた」

 珍しくしおらしい台詞に、僕は苦笑してしまった。

「今さら何言ってるの、普段から水浴びとか、厠、とか」

 駄目だ、思い出すと顔が熱くなってきた。無心になろう。伸・染・収・離・写・操。

 そんな僕の何が面白かったのか、ベルンが珍しくくすくすと笑った。

「それもそうだ」

「そうだよ」

 いったい何を言っているのか。

 そうだ。忘れる前に注意をしとかなくちゃ。魂魄痙攣になっても死にはしないと言っても、無茶をしていいということにはならない。

「今のは魔術の使いすぎが原因だよ。気持ち悪くなったり、異様なだるさを感じたら使うのは止めよう。普通はそこまでならないんだけどね」

「ん。わかった。無理をするのは得意だが、控えることにしよう」

 ベルンのおでこに乗った布を再び水で冷やし、水気を飛ばして乗せ直す。そこで、なんとなく質問が口をついた。

「ベルンは、家に帰りたい?」

「なんで?」

 なんでだろう。

 ベルンの眼を見ていたらそう思った。自分でもうまく言葉にできないけど、そう思った。ベルンの眼が一瞬どこかを見たような気がしたからだろうか。いや。

「なんとなく、ベルンが懐かしそうにしてたから?」

 ベルンは口を閉じた。しかし、すぐに口を開く。

「私は家出したみたいなものだから、あまり帰りたくはないかもしれない。兄弟はいないし、父とは不仲だ。会いたい奴も、いない」

 嘘か本当かはわからなかった。ベルンはとても表情を隠すのが上手い。特に、何か遠くのものを見ようとしているような目をしているときは、本当に何一つわからない。恐らくわざ

と隠しているのだろう。秘密は人を美しくする、というやつだろうか。そんなベルンはとても美しい。

 まあ、そのうち知ることができるといいな。

「今日はもう寝ようか。灯り消すね」

「ああ、そうしよう」

 しかし、そこで油灯の火を消そうとしたとき、玄関の扉が叩かれた。

 警戒しつつも扉を少し開けると、そこにいたのは昼間の商人さんだった。

「今晩は」

「今晩は、どうかしたんですか?」

「いえ、昼間の非礼を詫びに来たのですが」

 ちらりと視線がベルンへと飛んだ。そういえば隠すのを忘れてたけど、まあそんな何日も滞在する訳でもないだろうし、絶対に隠したいわけでもない。別に問題はないだろう。

「夜に来るものではなかったですね。失礼、村長さんには独身と聞いていたもので」

「いえいえ、気にしないでください」

 実際独身だし。

「そんなわけにもいきません。すぐに退散します。これをどうぞ」

 そう言って商人さんが差し出してきたのは、装飾の少ない首飾りだった。銀色の金属の鎖の先に、青の小さな宝石がついている。青か。

「ええ! こんなの受け取れませんよ。非礼も特に受けた記憶はありませんし、受け取る理由がありません」

 僕は慌てて断る。しかし、商人さんはびしっと掌をこちらに突きつけると、苦い顔をして言った。

「いえ。商人の基本は人を見ること。それができなかった私は未熟であり、相応の態度をとれなかったことはそれ即ち非礼なのです。まあ多少痛くはありますが、素晴らしい技術を見せてもらったこともありますし、自分への戒めという意味もこもってます。是非、奥方に贈られてください」

 断ろうとも思ったが、商人さんは退く気がないように見える。それに、ベルンがこれを身につけた姿を想像し似合うと思ってしまった。しかも、青い宝石だ。ベルンに丁度いい。

 まあ、貰えるなら貰っとけば、いいのだろうか。

 物欲が疼く。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

「いえ。私は流浪の旅商人ですが、いずれまたこの村を訪れます。その時は是非ご贔屓を」

 そう言って商人さんは去っていった。

「ベルン」

「それは奥方に贈るんじゃないのか?」

「うぐっ」

 そこを突かれると痛い。早くこの宙ぶらりんな状況をなんとかしたくはあるけど、僕が頑張ったところでどうにもならない。今は待つしかないのだ。

 どうやって送ったらベルンは受け取ってくれるのだろうかと考えながら、僕は火を奪った。



∆∆∆



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