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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第十二話

 村に旅商人がやって来た。実に二月ぶりだ。

 この村は位置的にはそこまで僻地というわけでもないのだが、都市との間に山が入り組んでいるせいで、非常に人の出入りが少ない。別に特産物があるわけでもないしね。そのため、村で用意のできないものが必要になった場合は、最寄りの町まで遠出をしなければならない。そんな面倒を消してくれる旅商人はこの村ではありがたがられていて、数少ない金銭の消費先でもある。

 村の中央の広場に人が集まって、がやがやと騒いでいる。

「お兄さん、これなぁに?」

「これはね、遠見硝子といって遠くを見ることができるんだ。ほら、こっちを覗いてごらん」

「本当だ! すごーい!」

「これは?」

「墨刻筆だよ。墨が筒の中にあって、一々筆先につける必要がないんだ」

「ほー、便利な炭筆か。手が汚れないのはいいな」

「こっちは?」

「時計だよ。時間がわかるんだ。オルシン時刻表って知ってる?」

「知ってるー! デデじぃに教えてもらった!」

 大人気だ。

 しかし、チビどもがはしゃぐのはいいんだけど、大人たちまで目を輝かせて取り囲まなくてもいいんじゃないかな。四方八方から飛んでくる質問に商人さんは目を白黒させてるし。それでもすべての質問に丁寧に応対するのは流石と言うべきだろうか。

 僕も色々聞きたくはあるけど、流石に少し大変そうだ。時間をおいてみんなが落ち着いた頃に質問することにしよう。

「塩はあるかしら。今切らしちゃってるのよ」

「もちろんですよ。ジキロの塩田で精製された純度の高い塩を用意してあります。買われていきますか?」

「お願いするわ」

 うちも塩が欲しいな。この前買い忘れた。

「少し医薬品が減ってるからのぅ、何かお勧めの品はあるかのぅ」

「とりあえず、包帯として使用できる目の細かい布なら用意があります。他には切り傷によく効く軟膏と、眠れない方のための眠り薬がお勧めです」

「おお、ありがたい」

 それは欲しい。僕は生命魔術は陰属性も陽属性も使えないから。

「うわぁ、かっこいい? なにこれ」

「それはね、銃っていう飛び道具なんだ。この筒の中から弾が出て、得物を仕留める。銃の弾は矢より速く飛ぶんだよ。猟師の方がいたら是非お勧めしたいんだけどね」

「猟師、いるよ! ワニト! 来て来て!」

 おっとお呼びがかかってしまった。まあ僕にはたぶん必要ないんだけど、後学のために話くらいは聞いとこうか。

「どうしたの、リョエ」

「これ、ワニト! よくお肉を持ってきてくれるんだ!」

「はあ、猟師の方ですか?」

 これ、と指さされた僕は商人さんに疑わしそうな顔で見られてしまう。弓や弩を使っているようには腕や背中の筋肉が原因だろうか。常日頃山歩きしているようには見えない足腰の筋肉が原因だろうか。いずれにせよ、僕は猟師には見えないようだ。

「いえいえ、たまに魔術で猟をしている程度です」

「ああ、なるほど。魔術師の方でしたか」

 僕の言葉に、商人さんは納得したようだった。魂魄の雰囲気を聞く限り、商人さんは魔術に精通しているわけではないようだけど、なんか誤解されてはないだろうか。

「あのねあのね、ワニトね、すごいんだよ! ひゅって炎飛ばして、あっという間に兎とか捕まえちゃうの! 全然逃がさないんだから!」

「ふふふ、お嬢ちゃん、魔術も凄いけど銃も凄いぞー! 特にこの銃なんて弾が音より速く飛ぶから、上手い人が使ったら弓よりたくさん狩れるんだ。闘技も必要ない」

「えー、ワニトの方が凄いよー。そんな物使わなくても強いよー」

「そうそう。ワニトはさいきょうだよね」

「そんな鉄管じゃ無理だよ。っていうか喇叭みたい」

 子供の頃は自分の身近な人が一番だと思い込みたいものだ。だからチビどもの反応は仕方ないんだけど、商人の眉がピクピク動いている。笑顔でこそいるものの、内心は穏やかでないようだ。

 子供の言うことにそこまで反応しなくてもいいと思うんだけどな。

 とりあえず気を逸らしてみよう。

「ところで商人さん。商人さんは魔道具は扱っていませんか? もし扱っていたら見せていただきたいんですが」

「うちはそういったものは扱ってませんね。魔道具はどうしても扱いが難しいし、性能が一定ではない物ばかり。そういったものは後々に問題が起きる可能性もあるので、うちは取り扱いません。信用第一ですから」

「そうですか。残念です」

「勿論、旅商人ですから粗悪品を売りつけて逃げることも可能です。ですが、それは駄目です。絶対にやってはいけません。もししたら旅商人組合から追放されます。ほら、この木の紋章があるでしょう。馬王商会と飛竜配達が合同で発行している商人しての免許です。これには一種の魔術がかかっていて、詐欺などがあった場合には大抵特定されます」

「へー、凄いんですね」

 できれば義手や義足に関する情報も聞きたいけど、まだ回りにたくさんの人がいる。怪しまれたくないので、ここら辺で話を切り上げておく。

 上手く話を逸らせただろうか。ちらりと商人さんの方を見ると、やや鼻を膨らませて僕の方を見ていた。

「お兄さん、魔術は使用回数に限界があるんですよね」

「まあ、魂魄を酷使しますから。使いすぎると疲れてきますね」

「なら、いざって時のために銃を買っておきませんか? これは良い品ですよ。ユキセメ国の名工による元込め式レバーアクション連発銃。弾薬は――」

 逸らせてなかった。

 僕は話に熱が入る前に慌てて断りを入れる。

「あの、魔術が使えなくなるまで暴れたりしないんで大丈夫ですよ。慣れてますし、それなりに魂力もある方ですし」

 ここらに住む獲物はおとなしいものばかりだし、それなりに魔術は鍛えているつもりだ。だから必要ないと素直に伝えただけだが、言い方を間違えたらしい。より商人の目がつり上がった。

 別に銃を信用してないとかではなくて、扱える気がしないってだけなんだけど。

「その油断がよくない! 万が一を考えることが重要なんです! 追われる鹿の角は剣。どんなことがあるかはわかりませんよ。魔術を放つには間に合わない。そんなときにこれを持っていれば指を動かすだけで獲物を倒せます。」

 商人さんがムキになっているのがわかる。どうやら意地でもこの銃を売るつもりのようだ。

 どうしよう。

「僕はすごく不器用なんですよ。買っても多分扱えないんで」

「いえ、これは素人でも扱いやすいように色々と工夫がこなされてまして、私でも扱えるほどです。実際にこの旅の道中で既に五回ほど私の命を救ってくれています。私は恥ずかしながらあまり手先は器用でなくてね、子供の頃は画家になりたいなんてのたまっていたのですが、あまりに不器用で諦めたんですよ。そんな私でも、この銃を使えばばきゅんと一発。小さな得物なら簡単に仕留められます。どうですか? 少し使ってみませんか?」

 なら自分で使っていればいいんですよ。そう言いたいけど、そんな度胸は僕にはない。

 ……断りにくい。こうぐいぐいと押してくる相手はどうも苦手だ。

 結局押し切られる形で少し使ってみてから決めると言うことになり、商人と一緒に森に入ることになった。弾薬は試射のうちは無料らしいし、別に損はないだろう。チビどももついてきたがったが、流石に却下だ。危険が少ないといっても万一何かあったら申し訳がたたない。

 商人さんは嬉しそうに銃の扱いやら性能やらを話してくれる。それを聞く限りだと非常に便利な武器のようだ。そして、非常に恐ろしい武器だ。特に、闘技を扱えず、魔術での防御もできない僕にとっては。

 やっぱり火魔術は扱いにくい。

 そう思ってしまう。

 森に入り少し進むと、商人さんが立ち止まった。

「ところで、普段はどうやって獲物を見つけているんです?」

「魔術での追い込みですね。実際にやって見せましょうか」

 できるだけ波動が飛ばないように魔力を起こし、練る。そして、魔力を巨大な輪っか状に薄く長く伸ばして、それを遠くに放る。

「今何かしました?」

 不思議そうな顔をする商人さんに、手短に説明する。

「野生の動物は敏感ですから、ほんの少しの熱源でも警戒して避けたりするんですよ。だから熱源を輪にして少しずつ縮めていけば」

「輪の中心に逃げてゆくと。なるほど」

「上手く輪に入ってくれてれば、あと四〇ヤー(約四〇秒)ぐらいで視界に入ると思います」

 しゃがんで輪の中心予定地を指差す。商人さんも同様にしゃがみこむと、銃を構えた。

 取り合えず見本を見せてくれるらしいけど、大丈夫だろうか。火薬を使うらしいけど、爆発したりしないんだろうか。いざというときのために、爆熱を和らげる準備だけはしとこう。

 そして、徐々に輪を縮ませ、獲物が囲まれていると気づくかどうかというタイミングで、相手が姿を見せた。

 小型の獣族。耳が大きくて牙が鋭いが、温厚で臆病な草食種、茶耳兎だ。

 お手並み拝見、と思った瞬間、耳元で破裂音が響いた。

「わっ」

「やりました」

「え? え?」

 音のした方を見ると商人さんが満足そうな顔をしている。茶耳兎に視線を戻すと、腹から血を流して倒れている。

「どうですか、一瞬でしょう」

「見えませんでしたね……」

 弾が見えなかった。音に気を取られて翼見ていなかったというのはあるが、翼見ていても結果は変わらない気がする。本当に何かが飛んでいったのかと疑いたくなるほどだ。

 倒れた獲物の方へ近づきながら、商人さんが説明してくれる。

「衝撃で火薬を爆発させるんです。そのお陰で着火が必要ありません。しかも、弾が飛ぶ速度は音とほぼ同じ。どうです? すばらしいでしょう?」

「凄いですねぇ。びっくりしましたよ」

「そうでしょう、そうでしょう。ほら、見てみてくださいよ、傷口も小さいので毛皮として使える部分も多い。小さな獲物なら一撃です!」

 茶耳兎を拾い上げてみるともう死んでいた。弾が当たったであろう箇所からは赤い血がだらだらと流れている。反対側に貫通していないところを見ると、あまり威力はないようだ。

 むむ、満足そうなのはいいんだが、僕としても少しはやり返したい。銃がすごい物であることは間違いないんだけど、魔術だって負けてないと思う。

「これ、少し音が出ますね」

「あ、ああ。まあそれはそうですね。しかし、一発で仕留めれば大丈夫ですよ」

 そうじゃなくてなぁ。

 僕は嫌味にならないように笑顔をつくった。

「他の獲物が逃げてしまったかもしれないので、少し場所を移しましょう」

「あ、はい」

 僕の言いたいことを理解したらしい商人さんを連れ、僕たちは場所を移した。

 しかし、どうするか。魔術の有用さを示すために大きい獲物を狩ってみてもいいけど、今日はムツがいないから村に持って帰るのが大変だ。僕も、そして商人さんもそこまで筋力がなさそうなので、鹿とかを運ぶのは難しいだろう。だからといってあの速さより速く獲物を捕らえることも難しい。勝てるのは精密さぐらいだろうか。

 そこで僕は一つ思い付いた。

 魔力で輪を作りつつ、商人さんに提案する。

「商人さん、次の獲物、どっちが先に狩るか勝負しませんか?」

 少しムッとした顔をしたあと、商人さんは口角をあげる。

「いいですよ。電魔術にだって負けない自信がありますけどね」

 不敵な笑みだ。なんだか少しワクワクしてきた。

「あと五〇ヤーほどで、あそこの木を中心に縮めます。あと……四〇」

 ここの宣言でずるをする気はない。適当な情報を出せば先に魔術を打てるだろうけど、そんなことしても魔術が負けたと言っているようなものだ。

 残り二〇。

 残り一〇。

 いつ来てもおかしくない。集中しろ。勝負は一瞬。

 五、四、三。

 草むらががさりと揺れた。

「っ!」

 見えたのは白角鹿。瞬時に照準を合わせ、その喉を焼く。

 肉を焼きすぎないように、火加減はレアで。

 突然首が燃え上がり、鹿は苦しみながら地面をのたうつ。しかし、それも数秒。火ができるだけ通らないようにするのには一瞬で焼き切ってすぐに火を奪うのが大切なので、火力はそれなりに上げるからだ。案の定、すぐに血管と気道を焼かれて鹿は息絶えた。

「あれ? え、あれ?」

「どうかしました?」

 上手くいったので口許を綻ばせながら聞いてみる。理由はわかってるんだけどね。

 眉を八の字にしながら商人さんは答えた。

「すみません、不発だったみたいで。普段はそこまで起きないんですどね、くっそー、なんでこんなときに」

 ぶつぶつと言いながら慎重に銃を分解しようとする商人さんを、僕は慌てて止めた。

「いえいえ、故障じゃないですよ」

「え? それは、どういう」

「火薬の爆発の瞬間、僕が火薬の火を奪ったんですよ。いやー、できるかなと思ったらできちゃいました」

「……え?」

「火魔術が得意分野なんですよ」

 僕を凝視してくる商人さん。その視線で、僕は我に返った。

 結局これ、卑怯じゃん。

 直接的に攻撃はしていないとはいえ、妨害行為であることに間違いはない。それをしたり顔で解説しつつ得意になっているとか、冷静に考えると頭がおかしい。というかすごく恥ずかしい。

「あ、そうだ。僕にもちょっと撃たしてみてくださいよ。僕が試し撃ちしないと意味がないじゃないですかーあははやだなーもう」

「それはいいですけど、さっきの」

「どう打つんです? ああ、ここの引き金を引けばいいのかな。複雑な機械は扱いがよくわからない!」

「先に撃鉄起こしてください。弾は入ってるんで。ってそうじゃなくて」

「そうですかそうですね。ちょっとあの木を狙ってみますね。うん、駄目だ当たりませんよ。僕あまり手先が器用じゃないんでやっぱり銃は難しいですね。商人さんの腕は素晴らしい」

「ええまあ。ありがとうございます?」

 ひたすら早口で何かまくし立てるが、何を言っているのか僕も理解していない。というか、恥ずかしいです。恥ずかしい。

 ごまかせたかな?

 商人さんは複雑そうな顔で僕の方を見ていた。

「……とりあえず獲物を持って村に戻りましょうか」

「はい。そうですね」

 後でチビどもにからかわれそうだ。ベルンに知られても鼻で笑われるだろう。ああ、気が重い。

 ため息を吐きながら獲物に近づき、僕ははたと気づいた。僕が殺したのは白角鹿。それも大人の雄。白角鹿の肉の味に雄雌で大した差は出ないが、体の大きさは全然違う。体重は僕と同じくらいか、それ以上はあるだろう。

 どうやって持ち帰るんだこれ。

 僕と商人さんは顔を合わせ、歩いてきた距離を思い返してため息を吐いた。



∆∆



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