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手と足  作者: 仁崎 真昼
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第十一話

 左手の義手完成から一週間。月が木の月に変わり、三日ほど経ったある日。

「……あっ」

「……ワニト、くん? その子は? というか、川で何を?」

 僕はシャトさんにベルンとの水浴びの現場を見られてしまった。

 慌ててすぐさま弁解をしたが、シャトさんも兄に隠しておくことはできないとのことで、兄にも伝わってしまった。そうなると当然、兄は説明を求めてくる。しかし、とりあえず僕の家で説明すると言うことで、場を仕切り直した。

 改めて、僕の家で向かい合う僕とベルンと兄とシャトさんと甥と姪。

「さて、説明してもらおうか、ワニト」

「ワニトくん。家族で隠し事はよくないのよ」

「わにとー。あそぼー」

「あー、うー」

 二歳の姪は言うまでもなく、六歳の甥も状況が掴めていないようだ。じたばたとシャトさんの膝の上でもがいては、頭を撫でられて黙らされている。

 僕はベルンの隣に座って、ベルンを紹介する。

「えーっと、ベルンって言うんだ。紹介してなかったけど」

「初めまして、ベルンと申します」

「あ、始めまして。この馬鹿の兄のユーホと言います。こちらは家内のシャトと、子供……ってそうじゃなくてだな」

 礼儀正しい挨拶に一瞬つられかける兄だが、すぐに持ち直した。このままベルンが上手く転がしてくれればこの場は乗り切れたのだが、そう上手くはいかないようだ。

「ズバリ聞くぞ。ワニト、このお嬢さん」

「ベルンです」

「こちらのベルンさんとの関係は?」

 うぐぐ、一番答えにくい質問をしてくるな。

 僕はベルンをチラリと見るが、ベルンはいつもと変わりない。一見人当たりの良さそうな笑顔を浮かべているようで、よく見ればただの愛想笑いだとわかるような微笑を張り付け、お前と仲良くする気はないと言外に告げているような表情。だと思ってたけど、なんか少し様子が違う。なんでちょっと楽しそうな顔をしてるんだよ。

 ベルンからの援護は諦め、どうごまかすか思考する。友人が家に来ていることにするか、流れの旅人を泊めていることにするか。

 いや、そんな嘘はすぐにばれる。男は度胸が大事。

「奴隷商から買って、求婚の最中」

 正直にぶちまけたら、兄が卒倒した。

「あらあら、まあ、大変。あなた、大丈夫?」

「お前、ワニト、お前なぁ……!」

 兄はすぐに目を覚ますと、立ち上がって僕に指を付きつけてきた。

 僕は水の入った杯を渡し、落ち着くよう身ぶりする。流石に汗まみれで息の粗い男に充血した目で睨み付けられながら尋問されるのは嫌だ。兄はそれを受け取って一息に飲み干すと、ふうふうと呼吸を整えた。

「いいかワニト、別に奴隷を買ったのは気にしない。お前が稼いだ金でどんなことをしようと法に触れてないからな。求婚したのも構わん。お前が誰に惚れようが好きにすればいいと思っている。だがな、この子は足がない。手も片方だけだ。そんな子に求婚するだなんて、断ったら見捨てるから野垂れ死ね、と脅迫しているのと同じだぞ」

「えっ」

 な、なんだって!?

 ベルンに目で問いかけると、大真面目な顔してと頷かれた。シャトさんに救いを求めても、困った顔で頷かれた。

 あれ? 僕って最低な男?

「今さらだぞ、旦那様。私は旦那様の思うがままに弄ばれる運命にあるのだ。か弱い乙女が金で買われ、一つ屋根の下二人きりの生活。既にあんなことやこんなことも……」

「あらまあ」

「わ、ワニトォ!」

 兄が叫んだ。ベルンは目を伏せて左手で口元を隠しているが、あれは絶対に笑っている。援護は諦めていたけど、背後から刺されるとは思わなかった。

「誤解だ! 確かに厠に連れて行ったりとか水浴びさせたりとか、身の回りの世話はしてるけど、いやらしいことはしてない!」

「それが既にけしからんのだ、馬鹿者!」

「おお、接吻をしたのは気のせいだったか。会ったその日にされた気がするが。乙女の唇を奪っておいて、忘れてしまったのか。まあ、旦那様にとって私はその程度の存在なのだろう。うう」

 さらに燃料を投下するベルン。シャトさんは目を輝かせているが、兄の顔には青筋がたっていた。

「まあ! 大胆ね」

「そ、それは求婚の作法なんだ」

「求婚の作法だと右手の中指に接吻するはずなんだがなぁ、お前はいったいどこにしたんだ?」

 しゃべるとしゃべるほど襤褸が出る状況に、僕の顔は青くなり、兄の顔は赤くなる。女性陣は楽しそうだ。

 この話はもう止めよう!

「とにかく! 僕はベルンに求婚してるの! 部外者は黙っててください!」

「部外者って、兄さんはお前のことを心配しているんだぞ!」

「それでもなの!」

「あーもうお前は昔から何にもできないくせに頑固で口ばっかり達者で! 臆病な割に突拍子もないことばっかり」

「兄さんだって人のこと子供子供っていつまでも同じ様なことばっかり。僕はとっくに成人してるし自立してますー!」

「だいたいなんだよ! その義手デデーさんが作ってたやつだろ! なんで両手用意してあげないんだ!」

「右肩は骨が歪んでて動かすと痛いって言うからだよ! 何も知らないのに口出すな!」

「な、ん、だ、と!」

 話は平行線をたどりそうだった。

 というかただの怒鳴りあいだった。

 僕たちが怒鳴りあっている間に、ベルンとシャトさんは何やら約束をしている。

「ベルンちゃん、今度私の家に招待してもいいかしら。お茶でもしながら色々とお話を聞きたいわ。村の外から来た人の話を聞くの好きなのよね」

「喜んで。ただ、まだこの義手に慣れてないので、うまくものを持てませんし、色々と迷惑をかけるかもしれませんが」

「いいのよ、そんなこと。お話ししましょ。くだらない世間話を。ああ、同い年の子もいたほうがいいわね。ルナカちゃんも呼びましょう」

 ベルン敬語使えたんだね。君の知らない一面を見れて嬉しいよ。

 その後、僕と兄はお互いの体力が切れるまで主張をぶつけ合い、ベルンとシャトさんはのんびりとおしゃべりをした。が、最後は甥と姪が眠たがっていると言う理由で一時休戦。四人は自分達の家へと帰っていった。

 因みに、兄の主張は、ベルンを親元に返すべきだ、というものだった。

 鼻息の荒い僕に、ベルンが話しかけてくる。

「愉快なお兄さんだな。いや、お義兄さんになるのかもしれないのか」

「ベルン……」

「なんだ? 今すぐ求婚の返事を聞きたいのか?」

 呆れたような顔で僕を見てくるベルンに、僕の意思は少し揺れた。

「いや、まだ駄目。まだ」

 けど。せめて両腕。最低でも移動椅子を自力で動かし、移動ができるようになるまでは聞きたくない。じゃないと、卑怯過ぎる。

 くだらない意地だ。矛盾している。

「まあ、今日も魔術の訓練をしよう」

「お、まだ教えられることはあるのか? 旦那様」

「ふふふ、まだベルンは三種の基本技術を学んだだけなんだ。動かすだけならそれでも問題ないけど、ついでだから練習してみよう」

 兄に知られてしまったのは驚いたが、いつかは話さなければならなかったので、丁度いいと考えよう。文句を言ってはいるが、なんだかんだ甘いので協力してくれるだろう。シャトさんはやはり気にしていなかったし。

 そうして、どことなく安堵感を感じながら、この日は眠りについた。

 次の日、俺は朝家を出る前にチビどもに捕まった。

「ワニトー、最近ムツ来ないのなんで?」

 言われて気づいたが、最近本当にムツを見ていない。チビどもの相手はベルンがしてくれているから気づかなかったけど、これだけ長期間来ないのも珍しい。最後にあったのはいつだっけ。

「知らないよ。気まぐれじゃないの?」

「つまんないよ」

「ワニトなんか怒らせたんじゃないの?」

「怒らせたとしたらお前らだな。嫌だっていってるのに尻尾触ったりしただろ」

「だって、ふわふわだもん」

 だもんじゃない。膨れられても困る。

 いつまでも服の裾を捕まれていては仕事ができないので、適当に慰めるとしよう。どうせ暇になったら来るだろうし。

「まあ、そのうち来るって。来たらお前らも呼んでやるから。な」

「やくそく」

「はいはい」

 しかし、かれこれ半月以上か。

 森でうろうろしているのは耐えられないって言ってたし、どこか遠出しているのだろうか。ムツの足なら半月もあれば、未踏域ぐらいまでは行けちゃいそうな気がする。

「あぢー」

 木の月は日が長く、気温が上がる。雨も降り、植物が育つ。

 ぎらぎらと照りつける太陽に髪が焦がされそうになりながら、僕は畑の雑草を抜いていった。

「まあ、そのうち帰って来るでしょ」





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