第十話
今日は二話投稿しています
「この間抜け」
「いや、本当にもう、返す言葉もないです」
「そんなだからまだお姫様が振り向いてくれねぇんだ。はーあ、魔術だけは一人前だと思っていたが、ダメダメだな。やっぱりワニトは半人前だ」
「おっしゃる通りです」
デデーさんの言葉はもっともだった。正論過ぎて反論なんてする気も起きない。
木と水を勘違いしたこともそうだけど、念のためにほかの属性も一通り試したりもしなかったし、勘違いしたまま思考停止で同じ属性を練習させるだけって。なんのための教師役なんだか。玉属性であれば色々と楽だ、という願望が目を曇らせたんだろうか。いや、単純に何も考えてなかっただけですごめんなさい。
デデーさんは葉巻を取り出しながら言った。
「で、内部に水を入れられるようにしてほしい、と。それを九割完成して表面の仕上げをしようとしてる段階で言うかね」
あー、怒ってる。表情は怖くて確認できてないけど、絶対怒ってるよこれ。
けど、今はそんな恐怖も吹き飛ぶくらい、嬉しくて仕方がなかった。
「お願いします。追加で料金は払うんで。お願いします」
「……はぁ、そんなにやけた面で頼まれると、やる気しねぇなぁ。今日は酒のんで寝るか」
「ごめんなさいぃ! お願いします! お願いします!」
徐にデデーさんは図面を手に取り、豪快に引き裂いた。景気のいい音を立てて紙はまっぷたつになる。
「まぁ、水圧駆動にしろとか言うんじゃねぇなら許してやる。もともとそんなに凝った作りでもねえし、中を丁寧にくり貫いて耐水加工するだけだ。ただし、追加料金はしっかりもらうぞ」
「ありがとう、デデーさん!」
やった! この偏屈頑固職人ならきっといいものをつくってくれる!
僕は何度もお礼を言いながら、畑の手入れに戻った。
そして、五日後。
僕の家に一本の義手が届いた。
特に包装もされてない木箱を開けると、大量の木屑の中にそれは埋もれていた。掘り起こして持ってみると、予想外に軽い。そして、想像していたよりずっと、人間らしく、自然で、美しい造形だった。
外形は木製で人体に近い滑らかな曲線を描き、すべての指の関節がきちんと用意してある。親指が特に複雑な造りで、本物の指とおなじくらいの動きができるのではないだろうか。下膊部も木製だが、こちらは空洞で、内部は妙に光沢がある。肘の接続部分には、革製で固定の補助の役割を持つであろう帯が三本伸びている。
「材料はできるだけ軽くて変形のないものを選んだ……つってもこの村でとれる木材だから大したものじゃねえ。表面は二番までしか磨いてないから、気になる場合はワニトに磨いてもらえ。ただし、磨いた場合は表面をまた加工するから家に持ってこい。漆は被れるか知らんから塗ってない。と、まあゴタゴタ語るのもなんだし、ちょっと着けてみるか」
僕の期待に満ちた視線に気づいたのか、いつもは長々と続く説明を早めに切り上げてくれた。デデーさんも気が利くじゃないか。
「ワニト、俺が説明するからお前が着けろ。これから何度もやることになるんだがら慣れておけ」
「はい!」
「まず革帯の留め具を全て弛める。すっと下膊部が二つに割れるだろ? 間にこの当て布を挟んで、木の部分を開いて、曲げたときに肘に当たらない部位まで差し込む」
この留め具は恐らく自作か。ああ、帯を折り返す部分があって、それで締め付けを保持すると。
「この内側は?」
「中空の強度保持に鉄と金箔鉱の合金を薄く張り付けてある。青玉鉱でやろうとしてたんだが衝撃に弱くてな、多少重くはなったが、錆びねぇ腐らねぇおまけに強靭。全体で見れば悪くねぇはずだ」
ふむ。よくわからん。
ベルンの様子をうかがってみたが、ベルンもなんとなくしかわかってない様子。鍛冶や金属に関する知識は僕にはないの知ってるだろうに、職人という人種は話したがりで困る。
「わかったわかった。そんな目で見んな。続きな。で、はめたら閉じて、帯を閉めるんだが、このときに閉めすぎねぇようにしろ。圧迫感を感じねぇくらいが丁度いい。血がとまっちまうことが最悪だからな、外れてもはめなおしゃいいんだ。で、帯で固定する。そうそう」
恐らく、装着できたはず。
「まだ終わりじゃねぇぞ。手の甲を横にスライドさせろ」
見よう見まねで引っ張ってみると、手の甲の部分がずれて内部の空洞が見えた。
ああ、そうか。これは飾りじゃないんだ。
「そこに水を注げば管を伝って水が指先まで届く。血管ならぬ水管だな。こっちの内部も金箔鋼で鍍金してあるから、万一管が破れても問題ねぇ。が、水は腐るから三日に一度は変えてくれ」
ゆっくりと水を注ぐ。これが、ベルンの左手の血となるのか。そんな間抜けな感想を抱きながら、こぼれないように、丁寧に。
注ぎ終わると手の甲を閉じ、ベルンの手を離した。
「どう?」
「軽い」
「うんうん、腕の径にぴったりだ。見た目も悪くねぇだろう。常に着けることになるんだから、外見も凝らなきゃ駄目だよなぁ」
デデーさんの満足げな感想を聞き流しながら、僕はベルンを見つめた。
ベルンが魔力を起こす。
「やってみよう」
「水――」
ゆっくりと魔力を練り上げる。魔力の純度をあげるために、丁寧に、じっくりと。魔術を起こすときに重要なのは、量と純度。量だけ大きくても、純度が伴わなければ意味がない。
ベルンの魔力が左手、指先へと集まってゆく。
「動け」
ベルンが呟いた。
「動け」
指先がかたかたと震える。
「動け」
その震えが止まる。
僕たちは固唾を飲んで見守った。
「動けっ!」
カチン、と。
ベルンの気合に応じたかのように、音を立てて義手が握り拳を作った。
「動いた……」
「動いたね」
ベルンは指を一本ずつ伸ばし、また折りたたむという動作を繰り返す。何秒もかけて小指を伸ばし、また何秒もかけて小指を曲げる。最初はぎこちなかったそんな動作も、繰り返すごとに少しずつ早くなっていく。
僕は声をかけずにベルンの横顔を眺める。そんな僕に全く気付く様子もなく、ベルンは嬉しそうに指を曲げ伸ばししていた。
どれくらいの時間そうしていただろうか。不意にベルンが寝台に仰向けに倒れこんだ。
「……やっ……たー……」
その様子があまりに可愛らしくて、僕は口元を手で隠して目を逸らす。ここで余計なこと言ったら、なんとなくベルンは見栄を張ってその喜びを隠してしまう気がする。
そして、ベルンから目を逸らして初めて、デデーさんは既にいなくなっていたことに気付いた。
ベルンが左手を天井に向かって伸ばす。そして、また開いて閉じてを繰り返す。
僕もベルンに並んで寝台に転がり、その手に自分の手を重ねてみた。
「気分はどう?」
「上々」
僕の指とベルンの指が複雑に絡み合い。
僕たちは初めて手を繋いだ。
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