通り魔
玄関でなく庭から通されたのは、三角屋根の、側面がガラス張りのテラスである。そこでは、庭の広さや建築物の珍しさなどからレイナの家がお金持ちだと察した万里が、無駄に緊張して身を縮こまらせており、逆に、庭を観察する余裕のある片岡が、お茶の用意の為母屋に消えたレイナを待っていた。それから5分もしないうちに、ティーコージーを被せたポットと人数分のカップを、盆の上に用意したレイナが戻って来て、お茶を注いでくれる。
「ごめんなさいね。今、母屋に両親のお客さんが来ているの」
言って、まず万里の前にカップを置き、次いで片岡の分の紅茶をカップに注いだ。その時、ふと片岡がレイナの手元を確認する。彼の視線を追って、万里もレイナの袖口に白い包帯らしきものを確認したタイミングで、片岡が口を開いた。
「腕、どうかしたのか」
それに、ちらりと目をやったレイナだが、カップをテーブルの上に置く為に彼から視線を逸らすと、「ちょっと庭でね」と濁す。万里は大丈夫かなとは思いつつも、緊張が解けずに無口になってしまっていて、二人の邪魔にならないように、借りて来た猫状態であった。緊張でガッチガチの万里に、ふっと笑みをこぼしたレイナは、最後に自分の分を入れてテーブルに置くと、空いていた席に座る。
「それで、珍しい二人組だけれど、ご用はなぁに?」
問われて、万里は片岡と目を合わせた。例によって例の如く、「席を外そうか?」との合図だが、彼は少しだけ考え、結局万里にも聞かせる事にしたらしく、首を振る。そして、通学カバンである革のトートからファイルを出すと、それに挟まっていた写真を一枚取り出した。
「君に用があるのは、俺だ。人を探している。桐葉の二年生で、“竹内 雅臣”という男子生徒だ」
レイナの方に差し出されたのは、雑踏に紛れる男子学生数名が纏めて映っている写真で、どうも隠し撮りのようだと万里は思う。レイナはそれを手に取った。
「ふぅん」
まじまじと見るレイナに、片岡は口頭で、写真の中央から左に二番目の奴だと説明する。万里は部外者であるので大人しく黙って二人の様子を眺めるだけだが、レイナは写真から件の人物を見つけたらしく、視線を止めた。そこで片岡が続ける。
「常日頃、それこそ先代から“見回り番”の世話になっている奴で、姿が見えない事は珍しくないんだが、流石に5日も家に帰らないと、親がうるさいらしくてな。俺の方に、会長から依頼が来た」
レイナは無感動に「ふぅん」と頷いただけだが、真面目に学校に行く小心者で小市民の万里は、ディープな世界だなとの感想を抱く。少し疑問に思って「都市警護隊には?」と尋ねると、「大事にしたくないんだろう」と片岡が返してくれた。そのタイミングで、レイナが「この子、知ってるわ」と言う。
「君は、日比野会長の言う通り、情報通なんだな。どこで見たのか教えてくれ」
「西地区の、アンカレインブリッジ。貴方、“見回り番”だから、ご存知よね」
意味深に返事をしたレイナに、片岡はその鋭い目を細め、険しい顔になった。西地区は詳しくない万里であるが、話しに出たアンカレインブリッジは知っている。河を跨いで隣町へ道路や鉄道を通す、大きな連絡橋の通称だ。ぽかんとする万里を気遣う様子は全くなく、二人は話を進める。
「そいつがよく仲間と居るのは、知っている。しかも、隣町の所属だってのもな。最近、争っている勢力が増えて騒がしいし、その関係で行方を晦ませているって事か?」
「それは、わからないわ」
静かなレイナの声に、片岡は重く息を吐く。彼が聞きたい内容ではないのだと、万里にもわかったので、彼女は、普段通り半眼で泰然とするレイナを見た。何となく楽しそうな雰囲気というか、違和感を感じたので、片岡に代わり、万里が続ける。
「でも、それ、レイナが直接見たわけじゃないんでしょ。誰からの話?」
万里のセリフに、「え」と片岡は顔を上げた。するとレイナは少しだけ目尻を細める。悪戯が成功した様な雰囲気を受ける小さな笑みに、万里は確信を持って「そうでしょ」と頷いた。レイナは、大事な話程、もったいぶって後出しにする傾向にあるのではないかと、最近になって万里は疑うようになっていたのだ。さらに、女子特有の、友達の友達の友達という関係を上手く扱える人間なのだろう事も、学校生活から感じているのも理由である。
「ふふふ。この男子生徒を知っているのは、中央地区から西地区に出掛ける女の子たちよ」
実に楽しそうに微笑み、レイナは暴露する。話の様子から、万里は何となくイケナイ事する女子生徒たちを想像したが、片岡はさらに「あぁ」と察したような声を出したので、「あ、やっぱりそうなんだ」と難しい顔をした。
「女の子たちの間で、彼は有名なの」
「暴行か?」
「いいえ、優しいらしいわ。とぉっても」
「ヒモかよ」
レイナの含みあるセリフから、「そんな良い男か?」とばかりに、片岡が吐き捨てる。話について行けなくなっている万里がおろおろする中、再びレイナは「ふふ」と笑った。
「でもね。最近、ちょっと変だったんですって」
はっとして片岡が、レイナを見る。万里は雰囲気に呑まれたのか、何故だか、少しだけ寒気がした。
「黒い男の噂を知っている? 夕暮れ時に現れる、影みたいな人らしいわ」
その言葉に、片岡はさらに眉根を寄せた。そして万里は、先程の寒気の理由が、何となく怪談話をする直前の空気を察したからだと知る。
「え、何で怪談話?」
そういう系統の話は苦手なのだけれどと、万里はレイナを窺うが、険しい顔の片岡は茶化すことなく黙っている。何だか違う方向に空気が怖くなってきたと、眉毛をハの字にする万里に構わず、レイナは続けた。
「その黒い男の噂だけれど、それを見ると、また数日以内に再び現れるそうよ。今度は、見た人を影に引き摺りこむ為に。だから、逃げないといけないんですって。――で、その男の子、見たらしいわ。黒い男を」
「だから、何で、怪談話!?」
万里は弱りきった様子で突っ込んだが、片岡は変に真面目な顔になって、声を潜めた。
「あんたも知っているんだな。この半月に、その噂で人が消えているの」
一瞬、万里は片岡が言っている事がわからなかった。が、理解すると「え!?」と、腰を浮かせて片岡を見る。彼は、長めの前髪で隠れきれない鋭い目で、驚く万里を見つめていた。真顔だと知って、万里は益々目を丸くする。何も言えなくなって、するすると座ると、片岡が嘆息した。
「こいつの話も含めて、四件、似たような話が出ている。失踪前に、もれなく、“黒い男”だ。そういうオカルト的な話は、“見回り番”にもどうしようもない。だから、“魔女”。あんたに話を聞きに来た」
「それって、同一犯って事?」
まだオカルト的な話にしたくない万里はそう言うが、レイナは薄らと微笑んだまま「わからないわ」と答える。普段、学校で見る彼女の動作と違いがないのに、万里は違う雰囲気を彼女から感じて、困った顔をした。片岡もレイナ同様に頷き、真剣な声音で彼女に頭を下げる。
「“魔女”、占ってくれ」
お茶を飲んで、話をして、片岡の希望通りにレイナが占って、そんな事をしていたらあっという間に夕方になっていた。真剣に向き合い、カードを捲っているレイナと片岡を横目に、万里はガラスから透けてくる夕日に目を細める。すると、最後の言葉を聞いた片岡が、レイナに礼を言うと立ち上がった。
「ありがとう。助かった」
「まだ役に立つと決まったわけではないわ。時間は留める事はできないもの」
言ってレイナは、いつぞやに見せてくれた飾り箱の中にカードを仕舞う。最後に引いたカードは、笛を吹く男の絵が描いてあるようだが、万里が占ってもらった中で見た事がないので、どういう意味があるかわからない。依頼人は一応片岡だからと、話半分、ぼーっと庭を眺めていたからだ。そして、もう遅くなるからとの理由で、片岡も帰り支度を始めた事で、聞く機会を逃したのもある。
「二ノ宮さん、帰ろう」
片岡に促され、万里は立ち上がった。レイナは見送りしてくれるらしく、二人の後をついてきてくれる。ちらっと、玄関前で万里は、その美人な友達を振り返った。二、三秒ほどか、押し黙った万里は、遠慮勝ちに、レイナに声をかける。
「あのさ、レイナ」
「なぁに?」
一体いつの間に戻ったのか、占いを終えた彼女は、学校で見るふんわりした美女に戻っている。万里の不安そうな声に、柔らかく小首を傾げたレイナを、彼女はじっと睨むように見つめた。
「危ない事、してない、よね?」
それにふっと破顔した美女は、次いで、「よしよし」とばかりに万里の頭を撫でた。
「大丈夫。――さぁ、“番犬”さんに、置いて行かれるわよ。また、来週ね」
レイナに言われた通り、少し先を行く片岡が、万里に声をかけている。伺う様にレイナを見ていたが、普段とそうそう違いは見られず、万里は言葉を受け取って、「わかった」と頷いた。
「じゃあ、また、月曜日にっ」
言って駆け出し、途中振り返って手を振ると、万里は片岡の方へと走り寄った。
「何してたの」
隣にやってきた万里に、片岡は自然と声をかける。それに「うーん」と難しく唸っていた万里だったが、やっぱり不安になって片岡を見た。
「ねぇ、片岡君。レイナ、危ない事してないよね?」
万里としては、荒事専門の“見回り番”に「そんなことないよ」との太鼓判が欲しかったわけだが、片岡はちょっと考えると、「さぁね」と肩を竦めた。
「あれだけの情報通だから、何か後ろ暗いこともあるんじゃないかって、個人的には考えるよ。でも、桐葉の会長にも白樺の会長にも彼女は信用されているし、“見回り番”で関わる奴にも彼女に悪さしようとする奴は居ないみたいだった。何て言うのかな、表の人間にも裏の人間にも、彼女は気にかけられている。もちろん、悪い意味じゃないよ」
片岡の素直な感想を貰い、益々万里は唸る。歩みは止まらないからと、片岡はしばらく万里を放置して先を進んでいたが、何か自分の中で決着がついたのか、万里はばっと顔を上げた。
「片岡君! 私に何か手伝えることってないかな!?」
彼女の中で、一大決心したように片岡には見えたが、今日の事も成り行きと、彼はさっぱり「無いな」と言い切る。目に見えてがっかりした万里に、彼は呆れた様子だ。
「大体、君、何が出来るの」
「うぐっ」
万里の脳内では、いつぞや緑深に言われた言葉が蘇り、口を引き結んだ。しかしすぐに、万里はN=worldで【鍵開け】とも呼ばれる情報収集能力があると、気を持ち直す。問題は、それを片岡に言えない事だ。
「ぐぬぬ…」
「ぐぬぬ、じゃないでしょ。大人しく、生徒会でホチキス止めしときなよ」
「あれは、…あれは、私、関係ないもん…」
大体、生徒会役員ではないと前にも紹介したではないかとの、彼女の恨みがましい視線に、再び片岡は呆れたようにため息を吐いた。
「言っておくけれどね、生徒会の仕事って、役員だけではとても回らないんだよ。特に、俺なんかは放課後の見回りが義務だし、雑用は残っている役員に回す事が多い。それでも足りないから、信用のできる生徒にボランティアしてもらってる事も多いよ。君が役に立ちたいっていうなら、そういう小さな事からやったら良いんじゃないかな」
片岡の全くの正論に、万里は気まずく視線を逸らした。ぱぁんと右ジャブでも来た気分で、「ふぁい」と肩を落とす。そういう子どもっぽい所も、片岡の何かに引っ掛かったのか、彼は「まぁ、頑張ってね」と興味なさそうに励ました。
「――お兄ちゃんに言われたみたい…」
瞬間、トラストの顔が浮かんでそう言えば、ちょっと興味が湧いたらしい片岡に、「君、兄弟が居るの?」と尋ねられた。万里は拗ねた顔を止めて頷き、トラスト(便宜上の兄だ)が、いかに薄情かを冗談を交えて話す。すると彼は「くすくす」笑っており、初めて見た笑顔に、万里は「わっ」と嬉しくなった。
「良いね。楽しそうだ」
「そんな事ないよ。この間もね――…」
夕日に染まる坂道を行きながら、上機嫌で続きを話そうとした万里の足が止まる。二歩先に進んだ片岡が、不思議そうに彼女を振り返った。
「二ノ宮さん?」
声をかけられたが答えず、万里は「きーん」と鳴り始めた耳鳴りに集中する。この耳鳴りは、狭間に渡る音だと理解して動きが止まったわけだが、片岡には説明出来ようもない。このまま万里の体が片岡から見えなくなるのかと身構えた彼女だったが、そういう変化は起きていないようで、彼が変な顔しながら近寄るのを見ていた。
「どうしたの?」
「う、うん…耳鳴りが――」
体調の変化だと思ってくれるかと説明しようとした所、万里は片岡の向こう側100Mの地点に、景色が揺らぐのを見た。次の瞬間、そこから人が飛び出してくるのも確認する。現実世界で初めて認識する、≪宿主≫だと気付いて、「あ」と声を出すと、片岡が訝しげに振り返った。
刹那、その人影の後ろから、黒い影が飛びかかるのを、奇しくも万里と片岡の両者は見る。次いで、悲鳴か咆哮のような、絶叫が響いた。ぼんやりした形しか認識できない距離だが、二人が見ている前で、上に乗った黒い影が、下の人の何かを食い千切る。もう一度、悲鳴がした。そこで片岡は我に返ったらしい。
「二ノ宮さん、ここに居てっ。それから、都市警護隊に連絡!!」
言って、坂道を駆け下りていく片岡の後ろ姿を見て、万里は、慌ててデバイスを起動した。目元と口元にホログラムが展開すると通信が開始される。そして、都市警護隊は優秀らしく、ワンコールの後、落ち着いた男性の声がした。
「都市警護隊です。どうされましたか」
「ひ、東地区、花園バス停から北に行った所です。路上で誰か襲われているのっ、助けてください!!」
「わかりました。お嬢さん、貴女のデバイス位置を、回線から特定します」
「お、お願いします!!」
こんな時になんだが、緑深の件があった後、デバイスを分けておいて良かったと万里は思った。そこではっとして片岡の姿を確認すれば、彼が路上に倒れている人の傍に走り寄る時には、その上にいた何かはさっと別の道に走っていく所だ。
「あ、逃げちゃう!」
「…お嬢さんの位置を特定しました。10分以内には到着しますから、そこで待機しておいてください」
「あ、はい。わかりました。 それから、怪我しているみたいなので、救急車もお願いします!!」
「はい、お任せ下さい。通信はそのままでお願いします」
「はい!!」
元気よく返事をして、万里は早足で片岡の後を追った。通信はそのままなので、ホログラムが光って、少し視界が悪い。近くまで行くと、片岡が上着を脱いで、倒れた人の上に被せた所だった。
「片岡君、連絡したよ!」
「わかった。あと、それ以上近寄らないで」
「う、うん」
言われたのは2,3M地点で、万里はその場に止まる。状況としては、片岡は倒れた人に何か声をかけており、大きな悲鳴が聞こえていたせいか、近所の人も玄関先に姿を現していた。おろおろしている万里に野次馬の一人が「どうしたんだい」と声をかけてくるが、万里も首を振るばかりだ。そして、遠くの方から都市警護隊のサイレンが聞き取れる頃には、人だかりが出来ていて、もう大きな事件となっていた。




