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D=Buster's ~空威張り交響曲~  作者: 和砂
第二章:魔女の噂と私の選択
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カクテュールシャンティ


「ただいまー」


「よぉ戻った」


 だらけた声で玄関に入ると、間髪いれずに返事が返って来る。靴を揃えて顔を上げれば、「遅かったな」と、トラストが階段左のドア――リビング兼キッチンダイニングだ――から顔を出していた。彼は、万里の疲れた顔に気付いたか、ちょっとだけ片眉を上げると、「用意は出来ている」と夕飯に促す。現金なもので、食事の準備をしなくて良いとわかった万里は、途端に喜色を浮かべて、「え、何!?」と室内に上がった。


「サバ味噌」


「やったぁ!」


 手放しで喜び、リビングに続こうとした万里に、トラストは待ったをかける。片手で指差しし、それを万里から、階段より奥まった洗面台へ向けた。「手を洗ってこい」とのリアクションに、出鼻をくじかれて、彼女はしゅんとする。


「はぁい」


 とぼとぼと薄暗い廊下の電気を付けて、階段横を通り、正面のトイレの右、浴室へと入った。すぐ左手に洗面台があって、その鏡に映った顔を見て彼女は苦笑する。ちょっとだけ左目の周囲が腫れているのは、きっと封印具を身につけた影響だろう。


「気付かれたかな?」


 きっとトラストは、万里が学校帰りに封印具を使っている事に気付いている。その理由を尋ねてこないのは、興味がないか、それとも知っているのか。知っていて放置されているとしたら、悲しいなあと思いながら、万里は手と、ついでに顔を洗って、ダイニングへ向かった。


「サバ味噌ぉ!」


 空元気を出してドアを開けると、トラストが配膳しているところで、万里も慌てて手伝う。サバ味噌は、皮目を表にして、輪切りにした生姜が乗っていておいしそうだ。味噌汁は、豆腐と玉ねぎにわかめで、副菜として春菊の和え物がついている。ほかほかの白ご飯をよそって、席についた二人は、どちらともなく両手を合わせて、「「いただきます」」と合唱した。

 皮を割って、白身をほぐし、一口含む。魚の味を頬張って、万里は自分がお腹がすいている事に、漸く気付いた。あまり噛まずに呑み込むと、ご飯、お味噌汁と、続ける。そこで、トラストが箸を口にくわえたまま、万里を避けるようにしてリモコンを持った片手を動かし、テレビを付けた。


『昨夜未明、東地区エイター駅にて男性の遺体が発見されたと――』


 テレビから流れて来たのは、緑深が言っていたものだ。「これ、知ってる」と耳で聞いていた万里が言えば、トラストは少し考えるように、「ふん」と何でもない返事をした。


「遺体は見たか」


「まさか。でも、通り過ぎる時に、ホームに“立ち入り禁止”が張られてるのは見たよ」


 緑深に言われて気になっていたから、電車が通過する際、特に注意して見ていたのだ。気持ち、電車待ちの人数が少なかったかなと思ったぐらいで、ただ、黄色いテープがやけに目立つ印象が残っている。


「そうか」


 静かに返事をすると、トラストは再びテレビに注目した。そのまま味噌汁の椀を持って一口飲みこみ、視線はテレビを映したまま、彼は少しだけ考える間を作った後、万里の方を見る。白米をほぐしたサバの身と一緒に咀嚼していた万里は、視線に気付いて「ん?」と顔を向けた。それに難しい顔をして、彼。


「お主も人が良い事よ。まだ、あの小僧と遊んでおるのか」


「うえ!?」


 トラストの言い様に、驚きすぎた万里は咀嚼していた白米の塊を呑み込み、噎せた。慌ててコップの水を嚥下すると、その勢いのまま「知ってたの!?」と身を乗り出す。トラストはその様子に僅かに顔を顰めたが、少し身を引いたぐらいで何も言わず、自分の左目を指した。


「我とお主は繋がっておる。全てわかるわけではないが、あの小僧の気配は読めるのよ」


 言われて万里は、「えぇー」と大きなため息を吐いた。箸を投げ出しそうになったので箸置きに置き、心底疲れた顔で「わかってたなら、助けてよぉ」と突っ伏した。それに「ふん」と鼻で笑い、トラストは万里に指をつきつける。


「あの程度の小僧、ぼこぼこにせんで、何とする」


「無茶言わないでぇ」


 “狭間”で使える異能――多分、魔王の力だ――の行使はしない、特訓はしないと言ったのに、あの凶悪な“緑深”に勝てだなんて、トラストの要求の高さに、万里はへにょっとした。思わず食事を止めた彼女に、心底わからない顔で彼は、「そう難しい事ではないと言うておる」と励ます。


「無理だよ、緑深、怖いもん」


 しょげかえる万里に、盛大にため息を吐いたトラストは、箸の先をガジガジ噛みながら、どう彼女をその気にさせようかと思案したが、名案が浮かばずに黙りこんだ。だから代わりに、「早ぅ、食え」と催促する。もそもそと食事を再開した二人だが、お互いの考えは平行線で、時折物言いたげな視線を交わす他、結論が出ないまま食事を終える。緑深との約束がある万里が、その後に浴室へ直行し、二人は部屋とリビングに別れた。











 そして約束の22時、ちょっと前。“藍蓮”としてD=F=worldへログインした万里は、蛍光グリーンの背景に不釣り合いなアンティーク感のある木製扉の前で、ため息をついていた。五感を体感できるN=worldで、個人が運営するエリアはお店(サイト)として、こういう形で人間が理解しやすく出来ている。この扉を開ければ、情報屋“ウィザード”が運営する交流場、≪カクテュールシャンティ≫だ。

 “藍蓮”としての万里は、生来の人見知りを発揮して、ここを紹介してくれたマスターこと“ウィザード”と、気の良いおしゃべりな“朱珠”や他数名ぐらいしか話をする事はない。稀に同じ【鍵開け】に声をかけられることもあるが、本来は未成年である藍蓮の事、ボロが出ない様に避けている節があり、交遊関係も狭いものだ。知り合いが少ないから、D=F=worldでの“藍蓮”のイメージや立場などを客観的に把握する余裕がなく、都市警護隊(ガーディアン)やD=F=worldで悪名高い“緑深”に追われる立場になった経験からすると、“緑深”に何をさせられるのか、それによる影響はどんなものなのか、想像がつかなくて恐ろしい。

 それに、現実での出来事がなければ、3回とは言わず、ずっとウィザードに匿ってもらうつもりだった藍蓮だ。『緑深と知り合いになりました、ばーん!』とかやってしまった時に、ウィザードにどう思われるか、顰蹙を買ってしまったらどうなるか、わかったものではない。そこまで考えて、『行きたくない』と肩を落とした“藍蓮”の背後から、どんっとぶつかられて、彼女は顔を上げた。


『緑深:よぉ』


 機嫌良く声をかけられ、目立つ大きな一つ目を確認した藍蓮は、盛大に顔を顰める。彼女の変化はしっかり見ているだろうに、彼はより機嫌良く、にっと目を細めた。


『緑深:ちゃんと時間通り来れたな。感心、感心』


 言って、彼は逃がす気は無いぞとばかりに、藍蓮の肩に回した手に力を入れる。ちょっと痛いぐらいに掴まれているし、ぐんぐんドアに向けて押されるしで、藍蓮の顔色は(シュノーケルに隠れているとはいえ)、真っ青だろう。逆らったら不特定多数に向けて身分を公表されるだろうし、逃げる手立ては全く思いつかないのだが、藍蓮はこれからの事を拒絶するように、両手を伸ばした。すると、耳元に顔を近づけたらしい緑深が、声を潜めて「諦めろ」と怖い声で言う。そして、扉が開いた。

 藍蓮は、現実を拒否するように両手を伸ばしたまま、思わず目を閉じる。お店に入り、今日もそこで雑談している数名の話声が聞えていたが、入店してきた二人を見て、一気に静まった。藍蓮は血の気が引く思いで固まるが、緑深は藍蓮の肩を抱いたまま、くつくつと笑う。


『ウィザード:あらあら、まぁ』


 流石と言うべきか、第一声は店主であるウィザードが上げた。


『ウィザード:流石ねぇ。もう捕まえちゃったの。まさか、今とか言わないわよね?』


『緑深:あぁ、少し前にな』


 緑深がウィザードに答えると、周囲が一気にざわめき、藍蓮は片目を開けた。有名になれば一度は追い駆け回されると噂の“緑深”に対して、逃げ出す者、興味深そうに眺める者、捕まっている藍蓮を同情的に見る者、囃す者様々だ。藍蓮は若干の涙目でウィザードに視線を向けたが、大きな被り布で顔の上半分が見えないウィザードのアバターは、可愛らしく肩を竦めて微笑んだだけだった。


『朱珠:それで? 新しい装備品のお披露目会か?』


 藍蓮たちの視界に隠れる柱の向こうの席から、派手な赤い髪の男性アバターが顔を出す。それが馴染みの朱珠だと気付いて、藍蓮は一瞬ぱっと顔を輝かせるが、次に緑深が面白くなさそうに続けた言葉で、再び硬直した。


『緑深:何だ、“朱珠”。来てたのか』


『朱珠:前回、お前さんがここに来た時も居たよ』


『藍蓮:二人とも、知り合い!?』


 明らかに親しい間柄のやり取りに、藍蓮は叫んで交互に二人を見る。急な大声に眉を顰めた緑深に代わり、朱珠がくすくす笑って説明した。


『朱珠:俺も結構、有名人なの。この店に招待される客の大半はそんな有名人で、だから、【狂犬(アタッカー)】とも“知り合い”』


『緑深:お前……、【火奔(ランナー)】を知らなかったのか』


 D=F=worldで二つ名を貰うと大体有名人、との認識の藍蓮は、緑深の呆れた溜め息に、ぎょっと朱珠を見た。【火奔】は、【情報屋(ウィザード)】も含む、D=F=worldの代表格と言われる7名の内の一人である。それに面白くなさそうなのは朱珠で、「折角隠してたのに」と軽い調子でため息を吐いた。続いて、後方で不安げに様子を見ていたゴーグルの少年を親指で示し、「あれは、【電話屋(チャイルド)】」とも教えてくれる。


『藍蓮:コウタ君が、……変装名人?』


『ファイナルコウタ:おい、やめろよ。自分がばらされたからって、他人までバラすの』


 流行や情報に疎い藍蓮でも知っている、現実での情報を得るため特化したハッカーで、デバイス通信の改良や声真似、特定人物への成りきり演技が人外レベルの、これまた代表格7人のうちの一人だ。それまでしおらしかった彼は、朱珠に言われた途端、ギャハギャハ笑い出す。この間まで藍蓮と同様の初心者を装っていて、すっかり騙されていただけに、藍蓮のショックは大きい。少年アバターの外見に似合わない渋い声で、「ごめんな、お嬢ちゃん」と頭を撫でられて、藍蓮は半泣きになった。


『緑深:おい、ジジイ。触んな』


『ファイナルコウタ:ケチケチすんなよ。藍蓮と俺は、友達だぜ?』


『緑深:そうは見えないな』


 色々なショックが大きく、固まる藍蓮の頭からコウタの手を叩き落とし、緑深は「いい機会だ」と周囲へ声を張る。親しげに肩を抱いたのはこのためらしく、彼はにやりと目を細めた。


『緑深:“藍蓮(これ)”は、俺のだ。手を出すなよ』


 ふんっと挑発的に鼻を鳴らした彼に、平静な様子でコウタは苦笑する。


『ファイナルコウタ:お、身バレの犠牲者4人目か。【鍵開け】は今時珍しい初心者(うぶ)なのに、容赦ねぇな』


『朱珠:意外に早かったなぁ。俺、一か月以上は“保つ”と思って賭けてたんだぜ?』


『ウィザード:はいはい、オッズを回収しまぁす』


 朱珠とウィザードの合図に、周囲の客らがデバイスを操作する。無関心であったり、親しくしていたりと、すっかり見たままを信頼していた藍蓮は、人間不信で目から涙が零れそうだ。緑深はそんな様子をつまらなさそうに眺めたが、一度藍蓮を見ると、皆のデバイスからの光――賭け金――を回収していたウィザードに声をかける。


『緑深:おい、“ウィザード”。部屋は?』


 それに彼女は、ふらふらと歩き、持った籠に光を回収していた手を止めて、軽く唇を上げて振り返る。意味深な微笑みのまま、「ダメよぅ」と言った。


『ウィザード:いくら貴方の頼みでも、未成年への猥褻行為は、私、斡旋できないわぁ』


 五感を体感できるN=worldでの犯罪で多い、未成年の売春行為は、社会問題の一つだ。ぎょっと目を見開く藍蓮に、さらに目を見開いた緑深は、間髪いれずに「俺にだって、好みがある!!」と真剣に怒鳴った。耳元で五月蝿かったのと、言われた内容の酷さに一気に冷めて、藍蓮は何とも言えない顔でウィザードを見る。


『ウィザード:あら。あら』


『緑深:良いから、鍵!』


 「ちょっと、そんな言い方は無いんじゃないかしら?」とのウィザードの声を遮り、緑深は乱暴に鍵を受け取ると、すごく惨めな顔になっている藍蓮を引き摺って、≪カクテュールシャンティ≫特有のシステム、個室へと入った。

 ばったんと、彼の機嫌の悪さを示す音が響いた後、ぽつんと立つ藍蓮を放置して、彼は目の前のベッドにどっかり腰を付ける。初めて個室システムを利用する藍蓮は、ベッドの右にライティングテーブルを見て、そこの椅子に腰かけた。


『緑深:っ、ふ――――ぅ』


 すぐカッカッする短気な緑深の事、先程のからかいにも苛立っているのだろう。大きく息を逃がして一つ目を瞬かせ、感情を落ちつける様子をぼうっと眺め、藍蓮は自室でする様に、のんびりと片腕をテーブルに乗せた。


『藍蓮:こっちに呼び出すのは、初めてね。要件は何?』


 緑深は、単に癖だろう、ぎろりと一つ目を動かして藍蓮を見る。


『緑深:店奥に居た奴や【火奔】たちへの顔見せ(あいさつ)だな。あの中に、グランディス人が二人紛れている。そいつらへの警告だ。――守ってやるって言っただろう?』


 彼の言葉に、藍蓮はきょとんとした。“蹴らない”約束はすぐに破られたから、きっと忘れていると思っていた、保護の約束を言われたからだ。緑深は【狂犬】の呼び名がついているも、彼の力や影響力がどれ程かはわからない藍蓮だ。けれど、秘匿されているグランディス人を特定していたり、“二つ名持ち”に意識づける事で牽制していたり、藍蓮を守る意思が感じられて、彼女は少し彼を見直した。目を丸くする藍蓮に、次いで緑深はデバイスを操作し、ホログラムウインドに数個のシステムプログラムのウインドと図面、グラフを展開する。


『緑深:で、だ。クリスタ=Roofの攻略について確認した事が数点ある。第一線のAラインは兎も角、Cラインの構造で――』


 切り替えが早い方なのか、さっさと本題に入る緑深は、先程の苛立った様子もないが、藍蓮を労わる様子も見られない。守る意思はあるが、【鍵開け】を有効活用しようという意思もはっきり示され、一気に藍蓮の機嫌は悪くなった。


『藍蓮:もぅっ! 感動して損した!』


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