破裂する空き缶
一応、学生である万里を気遣ってか、奴からの連絡は、昼休みか放課後のどちらかしかない。たまにどちらにもある時は、大体奴の機嫌が悪い時で、待ち合わせ時間もギリギリに設定し、ちょっと遅れると凄く怒る。誰の話かと言うと、一つ目オバケもとい、“緑深”の話だ。
“魔女”の噂話にうんざりして、そして怖い話を聞いた後独特の、無駄に不気味さを感じてしまうような心持ちで、帰宅している万里のデバイスが、ポンポンと2回鳴った。この着信の仕方は、十中八九、緑深だ。中央公園の南、公園前通りを通っている彼女は、一旦足を止めてデバイスに触れる。ポンとホログラムに現れた差し出し人はやっぱり彼で、万里は大きくため息を吐いた。
「今日は何の用よ」
ぼやいて、デバイスを操作すれば、15分後ぐらいに、駅裏通りの大きな駐車場に来いとある。電車に乗る前で本当に良かったと、今の状況の良い所を見つけて自分を慰め、万里は気合いを入れる為にトラストの指輪を握った。向かう方向は今と一緒だから、そのまま前進を再開する。ただ、駅裏通りは、線路を越えて行かないと行けなくて、少しだけ南へ進路を変えた。
線路を超えると、表通りと違って、道は少し狭く、駅の物影で薄暗くなる。少しだけ不気味な雰囲気に、通りにあるお店は個性的な小物を売るアトリエ兼用のお店だったり、地下にライブハウスがある建物、昔からあるのだろう刃物のお店など、ちょっとだけ空気が違う。小心者の学生が来る場所じゃないなと、浮いた存在になる自分を自覚しながら、万里はおじけ付かない様にだけ胸を張った。
緑深からの連絡は、ご丁寧に地図がついているので、まぁ、迷う事はない。ただ、指示通りに歩いて行くと、薄暗かったり細道を通ったりと、どうにも都市警護隊に見つかったら補導されそうな雰囲気の中を通らなくてはならなくなる。多分、途中で封印具を付けて無人の街へ行けば良いのだろうけれど、あちらでねずみのオバケに遭ったり、鳩みたいな口みたいな化け物にあったりと、散々な目に遭っている万里としては、ギリギリまで粘りたい所だ。
うんうん悩みながら、壁にツタが這っている建物を曲がると、彼女は、換気扇と室外機の路地の奥に、開けた場所を見つけた。大きく『30分100円』の文字を見つけて、そこが指定の場所だとわかる。こそっと路地へ身を滑らせ、万里は指輪を右手に嵌めた。
――ギンッ
強烈な耳鳴りがなって、架空の痛みに両耳を押さえた万里は、その姿がまた変わっている事に気付く。トラストに似た蒼い長髪に、服装は黒チュニックと厚手の巻きスカート、その下は同じく黒のスパッツだ。目元を覆う薄いグレーのシュノーケルに、足元の頑丈そうな革のショートブーツは、何となく、N=worldでの自分のアバターの姿を思い出させた。試しに、無人になったここの、近辺の建物の窓の反射で姿を確認する。確かに自分のアバターそっくりで、万里はどこか納得いかない様子で腰に手を当てた。
「この前は自分そっくりだったのに、今度はこっちに似ているって、どういう事なの」
言った彼女の身長はちょっとだけ高く、体つきも、本来より成長して女性らしくなっている。トラストが言うには、万里はまだ封印具の扱いが下手らしく、能力が安定しないのだとか。上手くいったかどうなのか判断に迷いながらも、デバイスの時間を確認して、彼女は駐車場へ足を踏み入れた。
途端に、びゅっと強い風が吹き、彼女は両手を上げて顔を庇う。続けて上から大きな渦が地面に激突し、周囲に拡散するように風が散った。相変わらず登場が派手だなぁと感心し、風がおさまるのを待って、彼女は腕を解いた。前方に風の渦があり、その中心に一つ目の男がいる。
「遅い」
「うっそだぁ! 指定時間の5分前よ!?」
恒例の罵声を聞き、まさか口癖になってないだろうなと、万里は左手を曲げてデバイスを見せた。確かに指定時間前であるからか、「ちっ」と舌打ちした緑深は、謝罪もせずにふいと顔を背けた。彼が謝罪するとは毛等も思っていない万里は、それに突っ込まずに大人しく、ただ、ぶすくれるだけだ。
「殺人事件?」
そうして彼から聞いた話を反復し、万里は「うえっ」と渋い顔をする。彼女の反応に、「ニュースを見ていないのか」と呆れた様子を見せた彼は、「可能性としての話なんだが」と続けた。
「発見された遺体は、この間の≪狂化≫した人間かもしれない。場所は東地区、エイター駅だ」
ホームプレイスである“東地区”が出た事で、万里はふざけるのを止めた。ただ、この間、彼と留まった駅は事件のあった駅ではない。
「でもおかしくない? エイター駅は、一つ前よ?」
「お前も、沼の様な現象を見ただろう。あれは移動用の異能じゃないかと思う。俺達が見ていたから、場所を変えたんじゃないか?」
「えぇ? それでも、駅なんて見つけやすい場所で、そのぅ……殺人なんてする?」
「駅単位で移動する制約か何かかと考えたんだが…」
万里の指摘は最もだったか、彼は再び唸る様にして口を閉じた。
「どういう方法であれ、石を回収したら、こちらの世界に戻って来る。駅なんて往来がある場所で、急に遺体が、それも死後数日のモノが見つかったなら、“狭間”から戻ったと考えた方が自然だろう?」
緑深の言う事に「なるほど」と納得した万里は、難しい顔をして「そもそも」と続けた。
「殺さなくても石は回収できるんでしょう?」
「加減を知らないか、あの沼の奴も≪狂化≫していたか、そいつが殺人をしてみたかったか、“狭間”の化け物だったか。そんな所じゃないのか」
「大体、俺は犯人じゃないし、わかるわけがない」と彼は言う。それを万里は、じとっとした目で見た。何せ、万里を“蹴らない”と約束したはずの彼は、その二日後には、待ち合わせ時間に遅れたからと、早速約束を破っているのだ。殺人を犯した所は見た事がないとはいえ、過去、万里の首を絞めたり、ここ数日の呼び出しで彼の異能狩りを見ていると、彼が暴力的なのはよくよくわかる。万里の無言の視線に気付いたか、ぎろりと緑深が睨み返したので、彼女は慌てて目を逸らした。
「まぁ、あの時の奴だったかは、もう少し調べてみる。むしろ、違うとしたら、あの時の≪狂化≫した奴がどうなったか、今回の事件は“狭間”が関係するのかどうかの方が、俺は気になるな」
あの時、緑深ごと襲いかかった大きな影は、お世辞にも人助けするようには思えなかったので、万里も≪狂化≫した人間がどうなったかは、気になっている。だが、“狭間”は異能者の他にも、石を狙ってくるオバケたちが居るのであるからして、今回の事件の犯人が、そういった凶暴なオバケの仕業かもしれないと言われて、ぞっとした。
「あのぅ。“狭間”のオバケが石を狙って人を襲ったとして、殺されてこっちに戻って来るとか、あるの?」
「≪狂化≫していても、異能は使える。むしろ、異能を使っているからこそ≪狂化≫している。俺が知っている限りでは、“狭間”の化け物にやられた奴はいない」
と、そこで言葉を切り、彼は大きな一つ目で万里を上から下へと眺めて、にやっとした。
「まぁ、お前はどうなるかわからないが」
それに万里は、きゅっと口をすぼめる。万里としては、この無人の街に来る用事など、目の前の彼に呼び出される以外で、ないのである。
「この街に人を襲う様なオバケが居るとして、この状態にならなければ、襲われる事はないんじゃないの?」
それでこれっきりになってくれれば本当に良いのにと、提案すれば、一つ目を軽く見開いて彼。
「お前は随分冷たい女だな。ここに落ちた人間が、その度に死ぬかもしれないのに、見て見ぬ振りか」
「うぅ。そう言われると、困るんだけれど」
自分の異能が大したことがない――そうトラストにも言われている――と、きちんと自覚している万里からすれば、自分がいたからとして何が出来るかという所なのだが、彼は違うようだ。そもそも異能の素地が違うと、万里が続けると、彼は少しだけ機嫌良く、喉で笑った。
「お前は、『餌』だからな」
そう顎でしゃくられ、気付いた万里は渋々腕を出した。万里が呼び出される理由は、強く異能者を惹きつける(らしい)彼女の特性を利用した“餌”役、または、彼の異能の栄養補給である。渋々顔の万里の腕を下ろさせ、彼は一歩だけ距離を詰めた。
「えー、またぁ?」
「黙ってろ」
本当は腕でも齧っていてくれればと思うのだが、彼は毎回、万里の肩、それも首に近い位置を噛む。諦めて、左に首を傾け、右の鎖骨部分にかかる吐息に我慢すれば、そっとそのあたりを噛まれた。加減はしてくれているからか、抵抗しないからか、前ほど痛くはないのだが、噛まれている間、右頬に彼の髪が触れたりするし、心臓はばっくばくだし、万里は居たたまれなくて仕方がない。それに、固定するためか、万里の二の腕を両手で掴まれているのは、本当に勘弁して欲しい。姿が変わっているとしても、他の人にはあまり見られたくない光景だ。
「まだ?」
言えば、抵抗したと思われたか、少しだけ強く噛まれて、「いてっ」と万里は口を噤んだ。数秒後にやっと解放されたが、少しだけ貧血になった様にふらついて、万里は適当な場所を見つけて腰かける。雰囲気なのか、口に何かの感触でも残っているのか、腕で口元を拭っていた緑深は、さらに機嫌良く自分の左手を見た。今日は、異能の使い過ぎからの骨が突き出したような異形変形はしていないし、万里を齧った後は、あまりそういう風にならないらしい。
「殺人事件の犯人でも捕まえるつもり?」
「向かってくればな」
それまでは放置するつもりのようだ。そっちの方がよっぽど冷たいじゃないかと、万里は顔を顰め、「それなら」と今日の要件を聞こうと立ち上がる。直後、耳鳴りを感じて、足を止めた。
「よし。かかった」
途端に、緑深が一言漏らす。あぁ、今日は異能狩りの方なのかと納得して、万里は大人しく緑深の後ろに移動した。そう言えば、と、唐突に彼女は思い出す。昨日か一昨日か、クラスメートの誰かが話していた怪談の舞台がここら辺の事だった。タイトルは、『破裂する空き缶』。18時以降、駅裏通りの直線道路沿いに空き缶を並べると、順に破裂していくという、不思議話。レイナとの食事中に聞いたものだから、そもそも空き缶をどうして並べたんだという、不作法な突っ込みをしなかったが、本当にどうやって知ったのだろう。
しょうも無い事をぐるぐる考えている処で、緑深は相手の姿を捉えたらしく、前方、駐車場に面した直線道路へと、風を纏って走り出した。薄闇のかかる夕暮れ時に、凄い早さでやって来る一つ目オバケ。そっちの方が、空き缶よりも余程怖い話になるだろうにと万里は考え、ぽたぽたとした速度で彼の後を追った。
「うわあぁぁっ!?」
すると、すぐ近くで悲鳴が上がっている。「あぁ、怖いよねぇ」と他人事に思っている万里だったが、道の向こうに男性の姿を見つけ、「助けてくれっ」と駆けて来られて、困ってしまった。彼の後ろからは、「退・け」と言わんばかりに不機嫌顔になった、一つ目の表情を見たからだ。
しかし、駆けてくる男性にそんな事は関係ない。万里を盾にするように後ろに隠れると、緑深に向けて彼女の背中を突きとばした。わっと姿勢を崩した万里が、一歩前に足をつく瞬間、すぐ横を轟音が通り、風が走る。すると、空き缶が割れるような、パンとした音が聞こえた。
万里の横を通ったのは緑深で、それはわかっている。じゃあ、空き缶はどこからと、体勢を戻した万里が顔を向ければ、冗談のように、直線道路の縁石に、空き缶が並べられていた。怪談話を聞いた誰かが設置したのかもしれないが、そこを緑深が通ったからなのか、次々に風に当たり、順々に破裂して飛ばされていく。
「幽霊の、正体、見たり」
万里がそんなバカな事をやっている間に、緑深は男性を追い詰めたらしく、彼女の後方で悲鳴が上がっている。普段なら痛めつけないと黒い石の所在が分からないらしいのだが、万里を齧った後は石の所在がわかるし、簡単に引き剥がせると緑深は言っていたが、バイオレンスな事になっていないだろうか。恐る恐るそこへ向かえば、ケタケタ笑いながら男性の首を左手で掴み、持ち上げている緑深の姿があった。右手で触れているのは、男性の左肩部分で、そこに多分石があるのだ。
「ああぁぁあぁ」
首を吊り上げているから苦しいのか、それとも黒い石が引きはがされていく過程で意識が朦朧とするのだろうか、男性の目が次第に濁り、口から意味のない言葉が続いている。何となく不味い気がして、万里は、せめて首だけでも離してやらないかと緑深の背中をぽんぽん叩いた。
「引っ込んでろ」
見もせず言われたが、「首掴むと、息が出来ないでしょ」と無理矢理左手にひっついて、下げさせる。黒い石は完全に分離したからか、素直に男を放した緑深は、そのまま自分の首飾りに黒い石を押しあてた。気絶している男性を介抱しながら、万里はその様子をぼんやり眺める。押し当てられた黒い石は、首飾りの真ん中にある大きな黒い石にずぶりと沈み、その時に、少しだけ緑に光って静かになる。
「終わった?」
「あぁ。ところで、その男、どうするつもりだ」
「えぇ!? それを言いたいのは、こっちだよ。首掴んでたら、息出来ないし、気絶したら面倒じゃない」
「そもそもどうやって、“狭間”から元の世界に戻すのだ」と万里が息まけば、彼は軽く肩を竦める。
「そのまま放置しておいても、5分後には向こうへ戻る。もしくは、ここに来る時と逆をすれば良い。その時、起きてもらっていても困る」
その言葉に「あぁ」と納得してしまうのは、彼に染まってきたからだろうかと、万里は悩んだ。正体がばれるのはお互いに困るから、痛めつけないまでも、結局気絶させた方が都合が良い事は察してしまう。
「じゃあ、後はよろしく。自分でしたんだし」
言って万里は、そっと男性を壁に寄りかからせた。緑深からは、「ふん」と鼻で笑うような返事が返ってきたが、後処理はするつもりらしく、特に文句は出ない。「よっこらせ」と立ち上がり、帰宅の旨を伝えると、思い出したように緑深が口を開いた。
「D=F=worldの“カクテュールシャンティ”は知っているか」
「……知ってる」
一般人の使用する電脳社会N=worldの裏側、D=F=worldで、“藍蓮”として通う、お店である。情報屋でもある“ウィザード”が運営するお店で、一種の交流掲示板の様なものだ。【鍵開け】として交流する唯一の場所と言っていい。“藍蓮”を探していた彼にとっては、調査対象の一つだろうし、運営者の“ウィザード”も有名過ぎるぐらい有名なので、知っていて当然なのだが、ここで言われた事で、万里は嫌な予感がして、口をとがらせた。
「なら、そこに、21時に。来れるだろう?」
緑深から提示されたのは、今から電車を乗り継いで帰り、やっと夕飯を食べるぐらいの時間である。不満そうな顔を隠しもせず、万里は反抗した。
「お風呂入りたいから、22時」
「ふぅん。まぁ、良いだろう」
異能狩りが出来て機嫌が良いのか、彼はそう言ってデバイスを操作した。多分、運営主であるウィザードに連絡を取ったのだろうと、万里は予想する。大衆と交流出来る、“酒場"でその様な手順は必要ないが、彼女に個別室を用意して貰うには、そう言った手続きが必要なのだ。尋問でもされるのだろうかと、うんざりした顔をした万里に気付いた緑深は、にたりと笑う。
「遅れるなよ」




