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D=Buster's ~空威張り交響曲~  作者: 和砂
第一章:黒い石の噂と私の望み
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黒い石と異能


「封印具、凄い」


 思わず感嘆する万里だが、目の前に敵が居る以上、ただ感心してばかりもいられない。一つ目男がふらついている隙に、彼の横を通って前の車両に戻ると、転がる自分の鞄を拾った。その頃には、彼女の後を追って、一つ目男がこちらの車両に入って来る。思った以上に耳鳴りのダメージが大きい様子で、多少のふらつきから手を壁についているが、目は怒りを灯して万里を凝視していた。和解はきっと無理だろうなと、見なくてもわかる気配に、万里は酸っぱい物を思い切り噛んだような顔をする。そのタイミングで電車内に、ノイズが酷いアナウンスが流れた。はっとする二人は、次の駅に着くのだと理解し、じりっと互いに距離を図る。


「なるほど…」


 身構えた万里に、唐突に一つ目男が呟き、くんっと鼻を鳴らしたかと思うと、その姿がぶれた。「うぇ!?」と万里が固まる一瞬のうちに彼女の背後を取った彼だったが、その手が伸びる前に、万里と彼の前に水の壁が噴き出し、万里を覆う。「この水、何処から」と万里がぎょっとする間に、二、三撃、風の塊をぶつけられたらしく水面が揺らめいて、水滴が散った。それでも消えない水の壁に、「これ、強くない?」と万里はほっとする。

 思わず脱力してしまいそうなその瞬間、薄壁挟んだ向こうからは舌打ちが聞こえ、揺らめく水面にふっと影が映った。殺気というか、水壁の向こうから凄い勢いで蹴り出されたのを見て閃くものがあり、当たったら絶対痛いという天啓に促され、同時に万里は横に大きく一歩ずれる。瞬間、水の膜が強風に切り裂かれた。バシャッと水が飛び散り、頭から被って、万里は「ひゃ」と目を閉じた。


「“水遣い”。でも、練度は低いな。大したことはない。それより――」


 一つ目男の声がして、瞼にかかった水を拭いながら、万里はそちらを向く。それから彼の左腕が、いつぞやの様に大きく肥大し、骨のような無数の突起を生やしているのを見た。万里が一つ目男の急な変化にぎょっとした隙に、彼は重そうな左手を無視した動きをして彼女の鞄紐を右手で掴むと、さらにぎょっとして逃げようとする彼女を、力任せに引っ張る。

 もう一度アナウンスが鳴り、電車のドアが開いた。振動の止まった電車から彼は、彼と逆方向に踏ん張る彼女の背を蹴り出し、無理矢理電車外に押し出す。急に鞄紐を離されてよろめいた所に、最後は蹴り飛ばすようにして押し出された万里は、両手をついた。強かにぶつけた膝がじんと痛み、変な声を出してしまう。

 と、足元がすぅっとして、はっとした彼女は、後から降りた一つ目男を見た。彼女が感じた通り、彼は電車内より余程広い場所に出た事で、もっと風を扱いやすくなったらしい。右手に白く帯状の渦が巻いているのが見える。


「……――そ。――ら、減っ――な」


 電車のドアが閉まり、次の駅へ動き出す所で、一つ目男が何か呟いた。電車が動いた事で雑音が生まれ、万里は彼の言葉を聞き逃すが、どの道「ぶん殴る」とか「擦り減らす」とか物騒な単語かもしれないから、聞こえなくて良かったのだろう。とにかく立ち上がらないとと、万里が片膝をついた所、彼女は周囲が騒がしいのに気がついた。一つ目男が「すんっ」と鼻を鳴らして、舌打ちする。


「無駄に旨そうな匂いをさせて、雑魚を呼び寄せる、か。“増幅”というか“餌”だな、今気付いた」


 不穏な言葉に惹かれるように、周囲から羽ばたきの様な音が響いた。生き物がいないはずのこの世界で、羽ばたき音と気配に悪い予感しかしない。


「“餌”?」


 万里は自身に言われた言葉を繰り返した。何だか、丸太の様な太い何かがが、ずりっと這いずった様子が見えた気がして、ぎょっとそちらを向いたが、それは気のせいだったようだ。余所を向いた万里は、急に足元から羽ばたきが聞こえて下を向く。

 トトトと、鳩らしき影が左右にふらつきながら、彼女の足元をうろついていた。この無人の世界――狭間――に居るものだから、正しく鳩ではないだろう。ぎょっとして万里が立ち上がったか、僅差で、彼女の足元をふらついていた鳩の頭部分が四方に裂けて、牙のある大きな口が現れる。


「ぎゃ!?」


 即座に足を引き、よろめいた万里の肩を、一つ目男がすっと前に出て引いた。彼はそのまま前に出て、鳩もどきを思い切り踏み潰す。ぱきゃというプラスチックを割るような音と、くちゃっと粘度のある音が、彼の黒い靴の下から響いた。

 見れば、木靴の様に硬そうな材質の靴だがそれのせいでなく、風を纏って踏んだ事で、鳩もどきをミンチにしたらしい。見える風というのもおかしなものだが、踏んだ彼の片足は白い帯状の風らしきものが小さく渦を作っていた。


「うぅ」


 トマトを踏んだように小さく広がった赤い染みに、ドン引きする万里。一つ目男は片足を退かすと、染みの無い別の場所で血の跡を取る様に、足を動かして靴底をコンクリに擦りつける。そのまま「次が来るぞ」と、一応の忠告めいた事を呟いた。すると上、駅の照明もある鉄性の樋から、先程の鳩もどきが数匹降ってくる。ばさぁと音を立ててやって来るその全部が、羽の生えた大きな口なのを見て、万里は「ぎゃあぁ!」と鞄を振りまわした。数が少なかったか、幸運な事に全て叩き落とす事に成功するも、それらはまた起き上がり、再び高く飛んで万里に飛びかかろうとする。逃げの姿勢を取った万里に、眺めていた一つ目がため息を吐いて、動いた。


「≪吹き飛べ≫っ」


 彼は強い語気で、右手を突き出す。広げた手の前で、ひゅっという音と共に白い球が出来たかと思えば、次の瞬間、球が解け、帯が伸び、白い螺旋を描いて風が動いた。飛ぶ鳩もどきは白い渦に閉じ込められ、その風は内部で鳩もどきを引き裂いて、上空へと通り過ぎる。ぼたぼたと、赤い物が前方数メートルの当たりに落ちて来、急なスプラッタに万里は嫌悪の表情だ。

 と、ぼんやり眺めた血みどろの光景に、遠くの方で何かが動いたのを彼女は感じた。彼女の半歩前に出ていた一つ目男も同様に、何かに気付いたようにぴたりと止まる。何を考えたのか、彼も先程とは種類が違う険しい表情をして「いや、違う」と呟いた。


「お前に引き寄せられた雑魚ではなさそうだ――落ち人か、異能者か」


 万里と違い、彼は耳が良いらしい。確認するように片手を右耳に添えてじっとしていたが、物凄く嫌そうな顔をすると、万里の方を見た。


「取引をしないか」


 先程の怒気が嘘のように引き、彼は万里に提案する。「取引?」と繰り返した彼女に、口の端を片方だけ吊り上げる悪人顔を作った。


「俺は、お前の自宅から通う学校まで知っている。やろうと思えば、この異能で侵入もできるだろう。だが、お前が俺に協力するというなら、石も含めて見逃してやる」


 あくまで上から目線に、万里は「何それ」と不満を口にしたが、確かに自分の身分は相手に知られている。トラストも匿っている今、引っ越し出来るだけのお金も、親への説明も難しいと感じた万里は、その提案に乗る事にした。低く声を落として「何をすれば良いの」と彼を見ると、にっと機嫌良く笑った彼は、「こっちだ」と走り出す。風遣いだからか、男性だからか、足が早い。


「ちょ、待って!!」


 置いて行かれないように走り出す万里だが、すぐに息が上がってわき腹が痛くなった。先を行く一つ目男が涼しい顔をしてちらりと万里を振り返り、「のろま」と口を動かすのを見る。むっとして何か言い返そうとした万里だが、その横をバチっと火花が散って、口を噤んだ。


「くそ、追いつかれた」


 一つ目男の舌打ち。彼は急反転すると万里の前に立ち、右腕を顔の前に掲げる。白い帯状の風が彼の前に展開し、バチ、バチと光を散らした。こちらが攻撃されていると漸く気付いて、万里は「えぇ!?」とたたらを踏む。


「狙いは、まぁ、お前の方だろうな。じっとしていろ――≪消し飛べ≫っ!!」


 一つ目は挙動不審になる万里を肩越しに確認すると、そう叫んで右手を振り下ろした。直後、楕円形に彼らの盾になっていた風が変化し、鋭い鎌となって前方へ襲いかかる。バチッとまた光り、風とぶつかって相殺したらしく、弾けた暴風が吹いた。同時に万里は光の中に人影を見て、首を傾げる。


「人?」


 二足歩行で、少々おぼつかない足取りのそれは、汚れて裾や身頃がボロボロのジャンパーを着ている。浮浪者かと一瞬考える風体の男だが、流石の浮浪者でも伸び放題で髪かわからないヒゲをしたり、乱れた髪を直さないなどないだろう。


「一見、人だが、恐らく――≪狂化≫した奴だろうな」


「≪狂化≫?」


「俺はそう呼んでいる。石に操られる意思が弱い者か、異能に溺れて長らく石を身につけている者がああなり、内部に同化しかけている石を回収するまで、そのままだ。そして、それまで他人の石に興味がない者も、石の本能か、他者のを襲い始めるわけだが、――俺は兎も角、お前はどうする」


 大して興味なさそうに一つ目男は答え、何か思いついたらしく、機嫌良く万里を見た。手を差し出しながら、にやりと目を細める。


「俺は風遣いだ。最悪、空も飛べる。助けてやろうか?」


 何か裏があるのは鈍い万里でも見て取れる表情の一つ目男に、彼女は盛大に顔を顰めるも、確かに自分が全力で走っても逃げらる可能性が限りなく低いし、それなりに異能――宿主としての力――が使える彼についていた方が良い気がした。協力すれば色々と助けてくれると解釈して、万里が行なった、ぱっと思いついた事――「蹴らない」「指輪とらない」の問答に、彼は「わかったわかった」と宥める様に言う。そうしてやっと万里は、彼の手を取った。


「それで、何をすればいいのっ」


 二人が悠長にしている暇もあれば、狂化した相手は、こちらに両手をすり合わせるように構えると、両手を突き出して走ってくる。その手がカッと光ったと万里が思った時には、一つ目男は「≪邪魔をするな≫っ」と、相手に向かってもう一度右手を振るった。ばぁんっと何かが激しくぶつかり合う音が響き、次いで、万里の隣で、一つ目男は右手を動かし、風を操る。何度も瞬く光を、避けるように目を細めた万里は、巨大な左手で肩を引き寄せられ、悲鳴を殺して固まった。


「いい加減、腹が減る。お前、後ろを向け」


 “腹が減る”という謎の単語が飛び出したが、何のことかわからず、万里は肩から腕を外されると素直に後ろを向いた。言われた通りに動いた万里の後ろで、彼は「面倒だから、動くなよ」と忠告し、彼女を羽交い締めにする。両腕ごとがっちり捕まえられ、万里は慌てた。背格好は向こうが少しだけ大きいぐらいなのに、左手が肥大しているせいか、両腕に閉じ込められると、こちらがとても華奢になったような、相手の力とか大きさの違いを感じてしまう。わぁわぁと逃れようとした万里に、彼は「動くな」と再度告げた。その際、彼の吐息が首に当たり、万里はびくっと固まった。


「≪渦巻け≫」


 万里が固まった所で、一つ目男が最後に右手指を動かした。万里が暴れる間も、狂化した人間を牽制して風を操っていたので、相手の位置やその攻撃パターンを把握し、その力に負けないだけの風の防護壁を作ったのだ。竜巻の中に居る様に、一つ目男の和装の長い裾、万里の、制服から何故か変化した巻きスカートがバサバサ靡く。


「よし。――これは、イケるか?」


「は?」


 すんすんと匂いを嗅ぎながら、言うなり、一つ目男はあぐっと口を開き、振りかえろうとした万里の肩に噛みついた。予想外の出来事に、万里は「いぃーーっ」と叫ぶ。しかも、結構痛い。肩から背中にかけての肉を、服越しにぐにっと噛まれ、食い千切られはしないが、ぐにぐに数回も噛まれた。


「ちょ、ちょっと――!!」


 痛さと言うよりは恥ずかしさと混乱で、万里は悲鳴を上げる。返事の代わりにもう一度同じ場所を噛まれ、「離して、変態!!」と万里は泣いた。


「ひゃれが、へんひゃいはっ」


「噛みながらしゃべんなっ、痛いっ」


 万里が周囲の風に負けずに言えば、止めとばかりに一層強く噛まれる。その時、万里でも説明が出来ないが、何かが、噛まれた部分から離れた感覚を受けた。そして、一つ目男の口が離れる。羽交い締めにした手を緩めて、元に戻った左手を見せた彼は、機嫌良く「ははっ」と笑った。万里にしてみれば、急に首を絞めたり噛みついたりするし、元来一つ目なので、とても怖い。


「なるほど、あの男が傍に置くはずだっ。お前を喰えば、直接、異能の“威力”が高まる」


「つまり、」


 『私は栄養補給か』と、眉根を寄せて苦い物を齧ったような表情の万里を放置して、一つ目男は戻った左手を振るう。竜巻が一瞬にして解放されて周囲に吹き荒れ、中心部の二人はともかく、外側に居た狂化した人物は「ぐあぁっ」と悲鳴を上げて壁に叩きつけられていた。一つ目男は「体が、軽いっ」と、益々上機嫌である。


「これは凄い。石の場所も、何となくわかる。相当深く入り込んでいるな」


 言って、彼は左手首を上下に動かした。「あぁあ」とか「ぐあ」とかしかしゃべらないので詳細は不明だが、彼は狂化した人間を、風で壁に押し付けて拘束したようで、軽い足取りでそれに近づくと、正面からしげしげと眺めた。


「普段なら、散々痛めつけるか、気絶させる間際に、石が浮き上がって分離する。だが、その必要はないな」


 一つ目がにやりと細まり、左手を掲げて、彼は呻く狂化人間の右の太股、膝近くに伸ばす。「ああぁあ」と、苦しむ様な声の後、万里は、彼の擦り切れる服の間から見える肌の上に、黒い、硬質なモノを確認した。


「黒い、石」


 小指の先よりも、もっと小さな石だ。『あんな小さなものなのに、人に入り込んで操ってしまうだなんて』と驚く感情と一緒に、『あんな小物など目ではないわ』というトラストの声が重なった気がして、万里は「ん?」と止まる。さらに、「ははははは」と一つ目男が笑い声を上げる中、万里は、背後が大きくうねった気配を感じた。


「んん?」


 はっと振り返った先には駅の線路しかないのだが、確かに今、何かが動いた気配を感じた。シンと静まりかえって息を潜めているようにも感じ、彼女は慌てて一つ目男の、長い裾を引っ張り、注意を引く。


「ねぇ、おかしい。何か変なの」


「ちょっと待ってろ。石を回収しないと、この男も元に戻らない。後でな」


 一生懸命引っ張るのに、一つ目男の目は小さい石に釘付けで、ちっともこちらを見ようとしない。万里が憤慨してもっと引っ張ろうとしたその時、ぶわりと背後で大きな何かが立ち上がる気配があり、彼女はびりりと体を震わせた。刹那、一つ目男が、ギンッと万里を、いや、その背後を振り返る。同時に彼は、素早く万里の体に手を回すと、しっかりと抱き込んだ。

 ぎゅっと抱きしめられながら、万里は、目の前に迫る黒い壁が見えたと感じた。それが自分にぶつかると思った瞬間、物凄く冷たい風が足元に渦巻き、ぐんっと上へ引っ張りあげられる。無理矢理頭を下げさせられるような加重がかかったが、数長後に解放されると、今度は逆に落下感が襲ってきて、不安定さに、彼女は「ひゅいっ」と息を飲んで、目の前の体に縋りついた。ジェットコースターは苦手なのだ。


「あああああ、くそったれ。何だ、アレは!?」


 万里がしがみ付いた胴体が大きく肋骨を動かし、肺にある空気の限り、一つ目男が吠える。白い帯状の風が二人の足元に、足場の様に渦巻いているのを確認して、万里も、彼が見下ろしている光景を見ようと顔を向けた。


「沼?」


 駅の雨避けのせいで見にくいが、先程彼らが居た場所に広がる、黒い影のようなモノを、万里はそう表現する。コンクリの床は薄影が入ったような色となり、壁からずり落ちた狂化した男の半身をそのまま引きづり込んでいるのだ。そして少しずつ、自重によって沈んでいく、異様な光景に万里は息を飲む。


「他に異能者の気配はなかったぞ。急に現れた。――お前、わかるか」


 一つ目男が険しい顔をして問うてきたが、万里は首を振った。それに舌打ちで応え、彼は気持ちを落ち着けるかのように深く息を吐くと、万里に回した腕をより強く抱く。


「ここから離れる。舌を噛むから、黙っていろ」


 傍若無人に動いていた一つ目男でさえ慎重に観察している中、万里も緊張しながら頷いた。すると、再び万里は何かの気配を感じる。そちらを見れば、沼になっている端、より影が濃い部分に誰か立っているように見えるのだ。


「ねぇ、アレ」


 万里に促されて一つ目男も確認したようで、彼はより目付きを凶悪にする。目を細めるがそれでわからなかったか、耳に集中して一つ目を閉じた。


「ダメだ、わからん。行くぞ」


 ちっと舌打ちして、彼は足元の風を蹴る。凄い速度が出るのか、再び横に加重がかかり、そうして距離を進んだかと思うと、落下感が襲って来て、万里は身を固くして彼にしがみつく。声は我慢しようと思ったが、彼が一蹴り二蹴りして、高い電柱に停まって進路変更し、下へ落下した事で万里は慌てた。


「ぎゃああぁぁぁあっ、いっ、やあぁ――、きゃあああぁぁあぁ!!」


 自然と彼女の口から絶叫が湧きだし、一つ目が顔を顰める。


「うるっせぇ!!」


 怒鳴られたが、そのせいか、二人は空中でぐるんと後方に二回転する事になり、さらに万里の絶叫が響き渡った。

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