第2話「ワロス」
は、と知らずのうちに口角が上がるのが、自分でもわかった。女神サマと思われる美少女からの問いかけに「過激な方で」と答えたらビックリ。下にいたクジラの口が大きく開きボクたちをパクッと丸呑みにした。クジラに食べられるなんて、一生で一度くらいの体験かもしれない。むしろそうであってほしい。何故かって、意外と怖かったからだ。ちなみに口角が上がったのは楽しいからであって、顔が引き攣ったとかそういうのじゃない。断じてない。
ああでも、
「これっ……すごい……!!!」
こんな素晴らしい景色が見れるのなら多少の恐怖など吹き飛んでしまう。
眼下には、様々な村や町が存在していた。これは正しく、高い場所から落とされなければ見えない景色だった。空を飛ぶ羽の生えた人や獣耳の生えた獣人たち。作られた家や建造物など、なんてファンタジーなんだ。
こんな場所で、ずっと普通の人間として生きてきたボクが死なずに済むのか甚だ疑問だが、自殺して獣耳が生えている時点で普通じゃないので問題はないのかもしれない。
何時までも見ていられるような景色だが、そろそろ下には降ろしてほしいな。
「あ〜の〜さ〜!いつになったら下に着くのー!!」
「簡単よ。貴女が一瞬、目を閉じればオシマイ!!」
急降下の中、女神サマに聞くと思いの外簡単な指示が帰ってきた。にしても目を一瞬閉じるとかテンプレか、許そう。
目を閉じついでに身体中の力を抜いてみると、流されるまま何処にでも行けそうな気分になる。目を閉じて1秒も経たずに不思議な感覚が身体中を駆け巡り、思わず目を開いてしまった。しかしこの選択は正解だっただろう。目の前に映った光景に、先程とは違いただただ息を呑むしかなかった。
ワープゲートのようなものを創造していたが、実際は全く違う。神々の住むような真っ白い空間に、ボクと彼女は浮かんでいた。だが次の瞬間には視界が白く染まり、目が慣れる頃には違う場所にいた。ほんの少し残念に思いながら隣の女神サマを見ると、全てをわかっているような笑みを浮かべていた。
「今の場所、気になるのかしら?」
「そりゃあもちろん」
「じゃあ教えてあげる! 彼処はアタシと同クラスの存在が住む、所謂『天界』と呼ばれる場所よ。巨大な居住区みたいなものかしら?」
あの大きなの空間が居住区……スケールが大きいなぁ。こんな世界に来た時から、さっき見た数々の光景からわかっていたことではあるけど。カルチャーショックは否めない。もちろん、良い意味で。
「ふふふ、随分とこの世界がお気に召したようね。まあそれくらい気に入ってもらわないと、呼んだ甲斐がないから有難いわ!」
そう言う貴女も随分嬉しそうだね。まあ、せっかく呼んでもらったんだから感謝の気持ちくらい示さないと、ボクの気が収まらない。死んだだけでこんな世界に連れて来てくれるなど、ボクにとってはとてもじゃないけど割に合わない。
「えーと、貴女の名前は?」
「そうねぇ……この場は『リーブル』とでもしておこうかしら? 本当の名前は、これから見つけてちょうだい♪」
リーブル……確かフランス語で「自由」だったかな。恐らく偽名だ。
今思ったけど、ボクも新しい名前にした方がいいのかな? 異世界に来てまで同じ名前でいる意味も執着もないことだし、思いついたら名乗り始めよう。
「じゃあリーブル、空中という場ですが改めて……ボクをココに読んでくれたこと心から感謝します。本当にありがとう」
胸に手を当て、静かに頭を下げる。急に感謝の気持ちを露わにしたボクに彼女は酷く驚いたようだ。
「例えこの先、ココに来たことで理不尽なことが起こったとしてもボクは貴女を恨まない。それこそ、病にかかった時も死ぬ時も。どちらもボクは、自身の力が及ばなかったと考える」
この世界では人が死ぬことなど、もしかしたら日常茶飯事かもしれない。それがいつ自分に訪れるかもわからない。だからこそ、今ここで誓おう。
「そしていつか貴女の本当の名を見つけた時、貴女と再会した時、もう一度感謝の気持ちを贈りたい」
顔を上げて彼女を見ると、リーブルは驚きの表情を収め笑みを浮かべていた。
「いいわね、それ。人間と『ヤクソク』をするのは初めてよ。アタシと再会する時、もっともっと貴女が面白くなってることを祈るわ!!」
リーブルに差し出された手を取り、ボクは誓い、彼女は祈った。握った手から溢れる白い光に包まれる中、脳内に直接声が響く。
『貴女の長い長い旅路に、幸多からんことを』
異世界に転生したこの日、ボクは彼女と一つの約束をした。
◇◇◇◇◇◇◇
目を覚まして最初に見たのは、先程までとは打って変わって極普通に見える緑色。感じていた浮遊感もなくちゃんと地面に足がついている、という感覚だ。まあ実際についているのは足ではなく背なのだが。
上体を起こし、改めて周りを確認する。どこかの森に転移したようだ。周りには何も……
「……あ」
何もないことは、なかった。見たところ普通のログハウスのようだけど、一人で住むには広めだ。それは兎も角として、取り敢えずは中に入れてもらいたい。初めて来た場所で一人きりに加えて、行く場所もやることも皆目見当もつかないし、街までの道のりとか諸々教えていただきたい。多分リーブルが言ってた人ってここに住んでいるはずだし。
先ずは三回ノックをする。二回だったらトイレになってしまうから注意だ。数年前、それを友人に言われて驚いたのは懐かしい。
「……応答なし、か」
五分待っても応答は無く、試しに声をかけてみるも動く気配すらない。中に人がいない、もしくは無視されているのだろう。リーブルの言葉を借りると中の人は『お虫』になっている。よし、お虫様と呼んでみよう。
「お虫様、お虫様〜。聞こえているならお返事をしてくださいなお虫様〜。あ、なんかこれ童話の一部分っぽい。確か『鏡よ鏡』だったっけ?」
白雪姫だったかな? 童話はそれなりにしか読まなかったから記憶が曖昧だ。にしてもお虫様って呼んでも出てこないってことは留守か。確定するには早いけど、まあ居留守を使ってるなら本当にお虫様って呼び続けよう。最終確認の意を込めてもう一度、扉を三回ノックする。同じように五分ほど待ってみても反応はない。こうなったら仕方がない。
「お邪魔しますよ、お虫様〜」
鍵穴も付いていない扉に手をかける。案の定、鍵はかかっておらず容易に開けることができた。不用心だとは思うがこの世界では『鍵をかける』という防衛行為がないのかもしれない。
扉を開けた先は、やはり普通の部屋だ。調度品などはタンスや机に椅子といったもの。けれど不思議なのは冷蔵庫やランプ類がないこと。夜になったらきっと暗いのにどうやって過ごしているんだろう。
「やっぱり一人だと広いよね……」
しかしそれにしたって、何人もの人間が住んでいるにしては物が些か少ない気がする。人が生きるために必要な物ってこんなに少なかったっけ?
「ここ、は書斎か」
二つほど部屋を通り過ぎた先、扉の付いていないここは入りやすさを重視したのかな。試しに床に落ちていた一冊を手に持って開いてみるが、やはり読めない。似通っているのはフランス語だろうか。一ヶ月そこらかければなんとか解読できそうだが、今は家主を探す方が先決だ。
「おっ虫っ様〜。どちらにおられますか〜?」
書斎内をぐるりと回ってみるが人らしきものは見当たらない。仕方ない、最後に机を一周してから帰ろう。やはりいないのだろうか……
むにっ
と考えていたらなにか柔らかい感触が足に……。
「い……てぇなぁ〜……あぁ?」
むくり、と起き上がったのは白衣のようなものを着た男。目の下の濃い隈が目立つ、健康優良とは言い難い生活を送ってそうだ。どうやらボクはこの人を踏んでしまったらしい。
「誰だテメェ。あ、まさか村の奴か? 立ち退きなんて俺は真っ平だぜ?」
やれやれと肩を竦める彼は相手の煽り方を熟知していそうな程、人が苛つく行動をする。今までどんな人生を送ってきたんだコイツは。まあ、気を取り直して話を聞こう。
「ボクは村の者ではないのでご安心を。ところでお虫様、少し聞きたいことがあるんですがいいでしょうか?」
「答えるかどうかは内容次第だが……ってちょっと待て、お虫様ってなんだガキ」
「じゃあ先ず一つ」
「聞けやゴラ」
人が話しているのにそれを遮るなんて酷い人だな。『聞くだけはしてやろう』みたいな態度をとったくせに、いざ始まったら止めるのか。クズか。
「お前、今失礼なこと考えただろ」
「いえいえそんなことはありませんとも」
地獄耳なのかお虫様は。いや、話してないからエスパーか。こんな世界だからそういう魔法とかもあるかもしれない。ああでも、前の世界でも目やほんの少しの表情の変化で気づく人もいるって聞いたことがあるな。今回の場合はそちらなのだろうか。
「……ま、いいや。とりあえずお虫様は止めろ。俺の名はアヴィドだ」
「わかりました、じっさまですね」
「俺のどこを見てジジイだと認識したんだよテメェは」
まあじっさまは冗談として。お虫様ことアヴィドさんは怒りながらも最早訂正するつもりはないらしく、どかりと椅子に座った。これが俗にいうツンデレだろうか? 多分違う。
というか、この人って……聞いてみる価値はあるのかもしれない。
「で、俺に聞きたいことってなんだ? 答えられる限りで答えてやるよ」
「……ボクが聞きたかった質問より先に、貴方について幾つか聞いておきたいことができました。お答え願えますか?」
「……いいぜ。今の俺は、久方ぶりの客人が来て機嫌がいい。存分に聞けよ」
アヴィドはボクが聞きたいこともわかっているような、そんな笑みを浮かべて言った。それはいっそのこと、相手を挑発するのが目的なのではと思うような嘲りを含んだ笑みに見える。しかし、この短時間で見た彼の性格からしてこれがデフォルトなのかも。
「貴方の名、『アヴィド』について。けどそれを聞く前に確認しておきたいことがあります。この世界では『フランス語』や『イタリア語』という言葉がありますか?」
「ないな。そんなものはどこにもない」
やっぱりか。これで確信、とまではいかなくても可能性は大いに出てきた。後は賭けだ。
「わかりました。では改めて……アヴィドという言葉は、ボクが元いた場所では『強欲』という意味を持ちます。これはただの興味なので置いておいて下さっても結構です。
そしてここからが本命で、推測です。間違ってた場合は大変失礼ですが、貴方はボクと同じ世界にいたのでは?」
「へえ……理由を聞こうか」
「確信したのはついさっきですが……まあこれは後ほど。
ボクはここに来る前、ある女神サマに出会いました。その際、彼女はそう言った。『変わらない日常ほど退屈なものはない』と。変わらない日常を終わらせるために、ボクを呼んだと。彼女が女神であるという前提で言うのならば、相当長生きのはず。ならばボクの他にも、同じような存在がいても不思議はありません」
「だが、それだけで確信に至るのは早計なんじゃないか?」
アヴィドの言う通り、これだけでは確信を持つのは早い。これで確信を持ったというのならそれはただの馬鹿だ。
「貴方の言う通りです。あくまでこれは確信ではなく可能性として考えていた話。ボクが確信した理由は、貴方の言葉です」
「……」
「貴方は、ボクが質問におかしな返答を二つしました。
一つはフランス語とイタリア語のことを聞いた時。二つ目はボクが推測を話した時。貴方はそれぞれ『そんなものはどこにもない』『理由を聞こうか』としか言いませんでした。普通ならばボクが言った言語と世界について疑問を持つはず。本当にそれらのことを知らなければ、ですが」
さあ、どう出るか。正直この話は穴だらけだ。確信を持った理由だって「興味の方が勝ったから」と言われたら、反論だってできない。人の気持ちなんて他人にはわからないのだから。あとはひたすら、耐えるしかない。
「……くっ、くはははははははははははは!!!」
「わっ……!?」
五分は経ったような気がする長い沈黙を破ったのは、アヴィドだった。酷く楽しそうに大声で笑っている。無意識で人を驚かせるのは止めて欲しいな……沈黙の後の大きな声は耳に痛いのだ。
「いやぁ……こんな楽しいのはいつ振りだ!? 彼奴らと旅をしていた時だな! あれも楽しかったがこれも楽しい!! ああ、これだからこの世界で生きるのは止められないんだ。彼奴らが死んでも生きていた甲斐があったってもんだよなぁ!!」
わははははは、と笑う彼は頭のネジが飛んでしまっているのではと疑問になるくらい可笑しかった。とりあえずどうしようもないのでじっと待っていると、やっと落ち着いたのか息を切らしながらボクの方を見る。その目は、獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝いていた。
「待たせて悪かったな。じゃあ、答え合わせといこうか。お前の予想はほぼ当たっている。正直穴だらけで目も当てられないが、自分でわかっているならいい」
酷い言われようだ。事実だけど。
「俺がこっちに来たのは……100年くらい前のことだったか。交通事故で死んじまってな。俺の時は確か男の神さんだったぞ。どうせなら女神がよかったなぁ」
「あ、男の欲望みたいなのいいんで」
「テメェはいちいち俺を貶めてるのか? 年長者である俺を敬えガキが」
「あはははは、ワロス」
「よっしゃ表に出ろやクソガキ」
いけないいけない。アヴィドの反応が予想以上に面白くて弄り倒すところだった。いや、別にこのまま弄っててもいいんだけど雲行きが怪しくなってきたから止めよう。
「ジョークです。続きをどうぞ」
「ああ、はいはい。まあ俺の話はグダグダ話す必要はないから置いておいて、名前のことだな。お前の言う通り、由来は『強欲』だ。昔の仲間に「アンタって強欲だよな」と言われたのが理由だな」
残念、アヴィドさんの話も結構興味があったんだけどな。そういえば名前まだ決めてないんだった。どうしようかな、適当につけるのは偽名だけでいいし。アヴィドさんみたいに何かのきっかけでつけるのもアリだ。
「次はお前と同じような存在……つまり、異世界人がいるって話だな。まあ直ぐにでも話していいんだが、時間が時間だ。腹も減ったし、飯でも食いながら話そうぜ」
おら手伝えよ、と乱暴な物言いの割に落ちていた本を拾う手は随分と優しい。やはりこの人はツンデレ属性か。男のツンデレって需要は如何程なのだろう。
なんにしても異世界に来てから初の食事だ。言われてみればお腹も程よく空いている。答え合わせの前に、異世界での食事を楽しみにしよう。




