第3話「説明会だよん」
皿とスプーンを出し終わり、アヴィドさんの料理が完成するまで早くも暇になってしまった。最初は料理の方も手伝おうとしたのだが、初めて見る食材ばかりだったので早々に諦めた。
やることは限られてしまっているため、仕方なく窓を開けて外を眺めていることにしたのだが、これはこれで正解だったかもしれない。先程まではよく周りが見えていなかったようで、冷静に考えながらこのログハウス周辺を観察すると、様々な疑問が湧き上がってくる。
鳥のさえずりが聞こえないことや、動物や虫などの姿が見えないことなどが目立つ個所だろう。ふと空を見てみると、あまりに現実味のない光景に無言で目を見開いてしまった。
そこにあったのは、まだ普通の紺色の空。しかし浮かぶのは、相容れないはずの存在である太陽と月。その二つが、同じ時刻に同じような光をまとってそこに在った。時刻の移り変わりなのだろうか? 夕方というのならまだ納得はできるのかもしれない。
「おーいクソガキ、机まで持ってけー」
「はいはい〜」
ナイスタイミングだアヴィドさん。ちょうど、ぐるぐると考え続けるのに疲れてきたところだったんだ。台所に行くと、先程用意した皿にクリームシチューによく似たスープが注がれていた。違いは中に入っている具くらいだろうか?
「あ、そうだ。今って昼時ですか? それとも夕方?」
皿を両手に持ちながらついでに聞くと、彼はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。直ぐには答えてもらえなかったため机まで皿を運び、改めて答えを待つ。ただでさえこの後は答え合わせをするのだ。小さな疑問は手早く解消していきたい。
「そうだな。今は……朝だ。これは朝食だな」
「…まさかの昼夜逆転パターン……?」
ニヤニヤと楽しそうに笑うアヴィドのジジイを殴りたい衝動にかられるが、そこはぐっと堪える。しかしここでは昼は暗くて夜は明るいということか? ダメだ、夜に寝られる気がしない。この世界の人たちは平気なのだろうか?
先が思いやられる、と考えていると既に食事に手をつけていたアヴィドさんが口を開いた。もちろん、口の中のものはちゃんと消化して。
「勘違いしているようだが、こうなっているのはこの森の中だけだから安心しろ。それに昼夜逆転ではないぜ。ここでは一日中この景色だ」
「うん? 森の中だけ……つまり、何らかの力が働いている?」
「そういうことだ」
なるほど。すると、誰かがこの森に魔法をかけたということなのかな? けれどそれができるのは恐らく、アヴィドさんということになるけど。
「おいクソガキ、それ食わないなら貰うぞ」
「……あ、はい。いただきます」
まあ、一応疑問はほぼ解決したからよしとしようか。しかし今更だが、勝手に人の家に上がり込んだ上に食事まで貰っていいのだろうか? もっと言えば初めて会った人から貰ったものを、警戒心の欠片もなく食べていいのだろうか。
「……お前まさか、毒が入ってるなんて思ってるのか?」
「……警戒して損はないと思ってはいます」
早速疑ってることがばれた……さすがおじいさん、そういうところにはよく目が行き届くらしい。
木で作られたスプーンでスープをかき混ぜていると、アヴィドさんは不機嫌な雰囲気を隠しもせずに皿を奪い取った。そんなに空腹だったのだろうか?
しかし予想とは裏腹に、彼はスプーンで一口分掬い、徐に口に入れた。あ、と声を上げる間もなくスープは彼の胃の中に流れる。
酷く怒った様子の彼は皿を突っ返してきた。
「おら、毒なんて入ってねぇだろ。そもそも俺がそんな勿体無い真似をするか!!」
机を強く叩きながら言われても、ボクは会ったばかりで貴方のことをほとんど知らないのだが。なんて言えば更に機嫌が悪くなるのは目に見えているので、大人しく口を噤みスプーンを手に取った。今度は迷いなく、掬ったスープを口の中に入れた。
「……美味しい」
味ははっきり言ってとても良かった。何処ぞのレストランに出しても遜色の無いほどの出来栄えで、いったい何処で修行してきたのだと問い詰めたくなるくらい。ボクも料理には自信があったつもりだったけど、まだまだだったようだ。
それにしてもこの料理はとても美味しい。ベースはやはりクリームに似たものだろうか? 入っている具もクリームシチューに似ている。いや、似せてあるのだろうか? だとしたらアヴィドさんは相当、前の世界の料理が好きだったのかもしれない。
食べ始めたらあっという間に完食してしまい、物足りない気分になっているとアヴィドさんが注ぎ足してくれた。
「貴方が神か……」
「変わり身早いなオイ」
失礼な、人をちゃんと見て判断していると言って欲しい。とりあえずはボクに危害を加えるつもりは無いようだし、信じてみようと思う。まあ、一番の理由は食事が美味しかったからだけども。腹が減っては戦はできぬって言うし、大目に見て欲しい。
◇◇◇◇◇◇◇
食後のお茶を飲んで一息吐く。随分と和やかな時間を過ごした気がするが、目の前にいる人は既に先程まで纏っていた柔らかい雰囲気を消し、気持ちを切り替えているようだ。ピリピリとした空気が嫌でも伝わってくる。
「じゃ、話を進めるとするか。お前と同じような存在についてだったな」
「そうですね。先ず、ボクや貴方の他に何人いるんですか?」
「そんな何人もいねぇよ。お前の同類は、俺だけだ」
これは予想通りだ。そんな何人も別世界から人を呼び込むなんて出来るはずもない。いや、出来たとしても何処かでなんらかの綻びが出るだろう。
「貴方はさっき、100年前にこの世界に来たと言いましたよね。なぜまだ生きているんですか?」
「まあ、お察しの通り種族が変わって寿命も変わったんだよ。それ以上の詳しいことは、この世界について話さないと進まないが……正直面倒だからやりたくねぇなぁ」
職務放棄しやがったぞこのジジイ。今説明を終わられるとボクが困るんだ。なんとか説明を続けさせないと……。
「…そういえば、アヴィドさんはなぜまだ生きようと思ったんですか?」
「……どういう意味だ」
「さっき、貴方は『彼奴らが死んでも生きていた甲斐があった』と言いました。つまり仲間が死んだら死ぬつもりだったが、思い直して生き続けたということじゃないですか? 仲間に止められたか、それとも自分で考えた末の結論なのかはボクにはわかりませんが」
気を引くついでに気になったことを聞いたのだけど……挑発のようになってしまった。これは彼がどう捉えるのかによっては、ボクの生死に関わるかもしれない。もしこの森全体に魔法をかけたのが彼ならば、相当の力を持っていることになる。つまり、怒らせると怖い相手ということになるのだが……アヴィドさんは黙りこくったままなにも話さない。
暫く無言でいたアヴィドさんだったが、ガリガリと頭を掻き鬱陶しげに溜め息を吐いた。
「…ま、放してやってもいいか。組んでた最後の一人が死ぬ前に『お前らがいなくなったらつまらなくなるな』って言っちまってな。其奴は俺が後を追って死ぬつもりだと思ったらしく、泣きながら死ぬな死ぬな連呼してた。まあそれ以来、なるべく死なない努力をしてるだけだ。以上、なにか質問は?」
「ないですが、できればこの世界について色々教えてください」
思ったよりあっさり答えてくれたのは予想外だけど、だからと言って諦めるわけにはいかない。せっかく見つけた同じ境遇の人。逃す手はない。
「チッ、仕方ねえな……色々教えてやるが、だいたいは一回で覚えろ。俺は手取り足取り教えるようなことはしねぇ、面倒だからな。同じ説明は二度としない。わからねえなら見て盗め。それから、俺のことは師匠と呼べ。敬語もいらん」
「…! 了解、師匠!!」
よっし、これで衣食住と知識や戦闘面は概ねクリアだ! アヴィドさん…じゃなかった、師匠ありがとう!!
「はぁ……面倒なモン拾っちまったな」
「聞こえてるよ師匠」
本人の前で言うのはどうかと思うよ師匠。いくら私の割と丈夫かもしれない心もポッキリ折れちゃうからやめていただきたい。
それを言うとなぜか鼻で笑われた。解せぬ。
「取り敢えずはこの世界について? だよな……説明が面倒だ…」
そう言いながらホワイトボードを持ってくるのはなんというか……お人好しなんだなぁ、この人。アヴィドなんて大層な名前をつけているくせに、この人自体は全くそんなことはないのだから矛盾しかない。まあ、元の世界にいたボクにしかわからないからいいか。
そんなことを考えていると、師匠の準備が終わったらしく説明が始まった。
「まあ先ずは大元……つまりこの【世界】についての話な。小説的に言うと世界設定」
「島が浮いてたり、人? が飛んでたりなんでもありみたいな感じ?」
空から見たあの景色は正に圧巻だった。機会があれば、人生にもう一度だけ見てもいいかもしれない。
「なんでもありって訳ではないがな、もちろん。直球に言うとだな、この星は《《とあるクジラの体内にある》》。お前も落とされたならわかるだろう?」
「…ああ、わかるわかる。てことはクジラの数だけ星があるってことで?」
「その通りだ。飲み込みが早くて助かるぜ」
最初に見たあの大きなクジラ。あれがこの星のクジラってことか。他のクジラは見えなかったけど、ある程度近くにはあるのだろう。いや、宇宙の方で考えると遠いか。そりゃ見えないや。
「この星クジラにとってこの星は自身の身体を支えるための器官の一つだ。この星がなんらかの理由で滅べば、クジラも滅ぶ。クジラの方は病気とはほとんど無縁の存在だから、死ぬことはよっぽどのことがなけれほありえない。寿命は約数千年だな」
「戦争が起きれば具合が悪くなるとか、疫病が流行ったらクジラにも影響がある?」
「戦争の方は合ってるが、疫病は少し違う。一つの街程度じゃ影響は出ない。何事も星単位だ」
思った以上に一つ一つのスケールがでかいな。心して聞かないといけないかもしれない。だいたい、勉強と違って範囲が決められてないから、全てのことを世界単位で覚えなきゃいけないのか。でも覚えなかったら後々困るし、勉強だって嫌いだったわけじゃないから、まあ大丈夫だろう。多分。
「ああ、数百年前からは魔法が発達してクジラとクジラを繋ぐことができたな。見た目は飛行船で安全性が皆無のように見えるが、外から防御結界を張った上で安全な道を行くからそんなに心配はないらしい。
一ヶ月に1回ほどの周期で星クジラ同士が近づき、その時に星を行き来できているそうだ。銀河をまたぐ時は1年ほどの周期だな」
「ふーん……やっぱり魔法はあるんだ。錬金術や召喚術とか魔物とかモンスターとか妖怪とかは?」
「種族については後でな。術の類は、ファンタジー要素のものは全て詰め込んだって感じだ」
「ほう……続きを」
はいはい、と面倒臭そうに言った師匠はホワイトボードに大小様々な円を書き始めた。最後に少し迷った末に、トン、と小さな音を立てて点を書いた師匠はやっとボクの方に向きなおる。
「次は種族について。この世界には合計で8つの種族がある。まず1つは、人間だ。この円は種族の多さを示してる。見てわかる通り人間が圧倒的に多い」
「まあお約束だね」
「身体能力などは他の種族には圧倒的に劣るが、その代わり『魔法適性率』が一番高い」
「魔法適性率?」
聞き慣れない言葉だ。これはこの世界特有のものなのかもしれない。
「魔法適性率ってのは、言葉通り魔法に対する適性のことを言う。ある程度の魔法なら学校で習えば子供でもできるし、上級なら修行を積み重ねることで習得することが可能だ。
旅をしているうちに使えるようになったっていう例もあるが、こっちは単純にその魔法を使えるくらいにまで経験を積んだってことだ。
魔法を使うために必要なのは適性率と修行、あとは才能と経験ってとこか。努力で補えるって言っても才能は何処にでも付き纏ってくるモンだ。自分に才能があることでも祈っとけ」
才能か……前の世界でもよく聞いた言葉。できないことを才能がないからって言い訳する子もいたけど、ここではどうなんだろう? 努力家ばかりではないだろうけど、ここでは魔法を使えないと命を落としそうだし、向こうよりはいいとこかな?
「聞いてるか?」
「あ、はい。聞いてます」
「ホントかよ……まあいいや、次は獣人についてだ。この俺が説明してやってんだから、ちゃんと聞けよ」
「はーい」
まあ兎にも角にも、ボク自身が成長してこの世界に馴染まないとどうしようもないんだから、今は考えるより覚えるように専念しないとね。




