第2話:神の底力と【Nihilium Rejection】——ルメリア王国軍に降り注ぐ絶対的な絶望
死のオーラに満ちた不毛な大地に立つアリスは、ゆっくりと顔を上げた。
彼女の目の周りの細い神経が、ゆっくりと肌の表面に浮き出た。燃え盛るような紅蓮の瞳が見開かれ、四方八方を睥睨する。そこに現れたのは、頂点捕食者そのもののような、鋭い縦長の瞳孔であった。
ルメリア王国の数千の騎兵が、狂気と絶望に憑りつかれたような表情で、極限の速度でアリスへと突進してきた。彼らは特殊な槍を構えて突撃し、その槍には極めて強力な魔力が纏われていた。
同時に、両国の数千の魔術師たちが呪文を詠唱し始めた。アリスの頭上の空には、瞬く間に何万もの魔法陣が形成され、爆発寸前の属性の色彩を乱反射させている。それに遅れまいと、弓兵の全列が特殊な付与を施された鋼の矢の雨を放った。
イグラシア帝国の重装ファランクス部隊もまた、迅速に陣形を組み、炎の魔術を付加攻撃として放ちながら、自らの巨体でアリスを押し潰すべく突進してきた。
その全てを捉えるアリスの瞳孔は、左右へと極めて高速に動き、軍勢の動きをただ冷淡に観察していた。
「ウオォォォォォォォォッ!!!!」
何万もの魔法陣が同時に爆発し、天空から属性攻撃の嵐を吐き出した。それは騎兵の斬撃、矢の雨、そして大地を這う炎の波と完全に融合した。
しかし……それらの無数の攻撃と数千の軍勢が、アリスの位置から半径25メートルの領域に侵入したその瞬間――突如として大気が凍りついた。
「【Origin Skill : Nihilum Rejection】」
ズドオォォォォォォォンッ!!!!!
アリスの紅き瞳が極限の輝きを放つ。突如、彼女の身体の中心から不可視の虚無の反発波が爆発し、あらゆる魔力弾、矢、果ては騎兵や重装兵の列に至るまで、乾いた藁のように空中へと粉砕し吹き飛ばした。
弾き飛ばされたのは物理的な物質だけではない。その虚無の力は、領域内のすべての酸素と光の光子をも弾き出したのだ。
ほんの数ミリ秒のうちに、アリスの周囲半径25メートルの空間は、空気すらない完全なる暗黒の真空空間と化した。
アリスの紅蓮の瞳が再び鋭く輝くと、衝撃波がすぐさますべての飛翔体や攻撃、そしてアリスに迫る兵士たちを、まるで埃でも払うかのように跡形もなく消し去った。
凍てつくような漆黒の闇の中、アリスは永遠の彫像のように無表情で堂々と立ち尽くしていた。ただ一対の、縦長の瞳孔を持つ紅き双眸だけが妖しく輝いている。白き女神の眼差しは暗闇を焼き尽くし、吹き飛ばされて跡形もなく消え去った獲物たちをただ冷徹に見つめていた。
たった一撃。その攻撃により、イグラシア帝国の重装兵約一万、ルメリア王国の騎兵約一万五千、合わせて約二万五千もの兵士が命を落とした。
アリスの紅き瞳が、残存するルメリア王国の部隊へと向けられる。そして、新たなる恐怖が幕を開けた。残されたすべての軍馬が突如として苦痛に満ちた大きないななきを上げ、口から泡を吹き、目を剥いて地面に崩れ落ち――あまりの恐怖にショック死したのだ。
生き残ったルメリア王国の歩兵たちは、全身をガタガタと震わせながら陣形を縮小させた。彼らの顔は絶望に染まりきっていたが、それでもなお、後方にいる一部の兵士たちが結界を破り、この理不尽極まりない戦場から逃げ出せるかもしれないという盲目的な希望にすがりついていた。
次の瞬きの一瞬で、アリスの姿が視界から消え去った。誰一人として反応する間すら与えられず、彼女は全速力で疾走し、ルメリア王国の密集した歩兵陣形のど真ん中へと自らを激突させた。
ズドオォォォォンッ!
嵐に打たれた枯れ藁のように、数十、数百という兵士たちが空高く弾き飛ばされた。そしてようやく、アリスはルメリア王国軍の真っ只中でその動きを止めた。
「死ねェェェェッ!!」
長剣を持った一人の兵士がアリスに向けて刃を振り下ろしたが、アリスは視線すら向けることなく、その指先一つで剣の刃を容易く受け止めた。まるで、両者の間に存在する絶対的な力の差を見せつけるかのように。
彼女がほんのわずかに指を動かしただけで、鋼の剣身は粉々に砕け散った。そしてアリスは、流れるような動作でその男を蹴り飛ばし、彼の肉体を原型を留めないほど無惨に粉砕した。
続いて、十人の兵士が至近距離から一斉にアリスへ襲いかかった。
アリスはただ、踵を静かに地面へと打ち付けた。
ほんの数ミリ秒のうちに、槍のように鋭い氷の棘が放射状に大地から突き出し、十人の兵士たちの胸や首を深々と貫いた。彼らは宙に串刺しにされたまま、瞬く間に絶命した。
「ふむ?」
アリスは自らの身体の動きが制限されたのを感じ、わずかに首を傾げた。
敵陣の後方では、九人の魔術師たちが干からびたような身体で膝をつき、荒い息を吐いていた。彼らは自らの生命力の大半を代償として、特殊な封印のアーティファクトを起動させたのだ。
「ハァッ……ハァッ……成功したぞ……ッ」
腐敗したインクのような漆黒の魔術記号が地面から急速に這い上がり、アリスの身体と四肢を厳重に縛り上げた。
しかし、その魔術の枷に囚われながらも、アリスの顔は微塵の焦りも見せず、ただ冷淡なままであった。
「今だ、全員かかれェッ!」
誰かが叫び声を上げた。
ルメリア王国が誇る二十人の精鋭なる近接魔術師たちが、一斉に突進する。様々な属性の魔力オーラが彼らの拳、膝、そして武器を覆い、拘束されたアリスの身体へと無慈悲な雨を降らせようと迫った。
しかし、最初の一撃が彼女の肌に触れる、まさに一ミリ秒前のことだった……。
ピキッ!
封印のインクで描かれた術式がすべて粉々に砕け散った。白き女神、アリス・ヴァシリッサから放たれる圧倒的な圧力に耐えきれなかったのだ。
封印を施した九人の魔術師たちは、眼球が眼窩から飛び出さんばかりに見開き、絶句した。絶対的な恐怖が、彼らの魂を押し潰し始めた。
ズバァァァッ! ズチャァァッ!
突如として、アリスの白い髪の毛が伸び、原初の鋼の針のように硬化した。目にも止まらぬ神速の挙動で、その何千本もの髪の毛が射出され、二十人の近接魔術師たちの頭部を真っ直ぐに貫き――跡形もなく爆散させた。
頭部を失った二十体の肉体が、一斉に地面へと崩れ落ちる。
「ば、馬鹿な……」
封印の魔術師の一人が震える声で呟いた。彼らはついに理解してしまったのだ。自分たちが戦っている相手は、この世界に属する生き物などではないということを。
鎧を纏わぬ一人の老兵が、アリスに向けて駆け出した。彼は極めて速く、そして正確に二振りの剣を振り回し、アリスの首と胸を狙った。
しかしアリスは、舞踏のように滑らかな回転動作で、それらの鋼の刃の斬撃をいとも容易く躱していった。
一目見ただけで、その老練な兵士が双剣の術において極めて豊富な経験を積んでいることが窺えた。それゆえに、アリスはほんのわずかな興味を抱き、彼に視線を向けた。
だが、その興味はわずか数秒しか続かなかった。
ガシッ!
次に放たれた斬撃を、アリスはその老兵の右手首を掴むことで完全に停止させた。
ブチィッ!
老兵を絶対的な恐怖が瞬時に包み込んだ。ほんの数ミリ秒の間に、アリスは無表情のまま老人の右腕を乱暴に引きちぎり、完全に切断してのけた。彼女にとって、それはあまりにも日常的で些細な作業であるかのように。
アリスは一切の時間を無駄にすることなく、引きちぎったその腕を振り抜いた。老兵自身の指がまだ固く握りしめているその剣を用いて、彼自身の首を斬り裂いたのである。
当然ながら、これは皮肉なことであった。その老人は、他ならぬ自分自身の腕によって命を落としたのだから。
その後、アリスは剣を握りしめたままの切断された腕を、まるで槍を投げるかのように、全力を込めて放り投げた。
ズグゥッ!
剣を固く握りしめた老人の腕は凄まじい速度で飛翔し、彼の背後にいた数人の兵士たちの胸を次々と串刺しにして即死させた。
そしてさらに皮肉なことに、その一撃で命を落としたのは、他でもない彼の教え子たちであった。
無数の槍が一斉にアリスへと放たれた。しかし、それらが迫り来るや否や、アリスはそのうちの一本を無造作に掴み取り、ただ一度の素早い回転だけで、自身へ向かっていたすべての槍を容易く弾き飛ばした。
「くそォォッ……!」
アリスは即座にルメリア王国の兵士たちの群れへと突進し、手にした槍で瞬く間に数十人もの兵士を斬り伏せ、命を刈り取っていった。三千年もの長い眠りの後、少しばかりの運動を心から欲していたかのように、アリスはこの一方的な蹂躙劇を大いに楽しんでいるようであった。
数秒後、アリスの握っていた槍が限界を迎えて砕け散る。彼女はその槍の穂先を無造作に投擲し、一人の兵士の頭部を深々と貫いた。
その直後、ゴリアテのような巨体を持つ男が、巨大な斧でアリスを叩き潰そうと襲いかかってきた。
アリスは、威圧感に満ちた絶対的な眼差しでその巨漢をただ冷徹に見据えた。
ドギュゥゥゥゥンッ!
紅き双眸の視線が固定されたわずか一ミリ秒の間に、ゴリアテの巨体は完全に凍りつき、瞬時に木端微塵に爆散した。肉片、骨、そして鮮血が四方八方へと撒き散らされる。その巨漢は物理的な接触によって死んだのではない。アリスの瞳に宿る力によって、ただ視線を向けられただけで圧殺されたのだ。
アリスの周囲に数十の魔法陣が形成される中、彼女は即座に近くの兵士一人の首を掴み上げ、片手でその身体を宙に吊るした。数十もの魔術がアリスに向かって放たれたまさにその瞬間、アリスはその兵士の身体を盾として振り回してすべての攻撃を防ぎつつ、彼自身の体内に氷の爆弾を仕込んだ。
「この戦、なかなか興をそそるではないか」
アリスは氷のように冷徹な声でそう言い放った。
アリスは即座に、氷の爆弾と化したその兵士の肉体を、ルメリア王国軍の遥か後方へと力任せに投げ飛ばした。
ズドオォォォォォォォンッ!!!!!
その肉体は空中で激しく爆発し、極めて鋭利な何千もの氷の針を撒き散らした。氷の豪雨は後方にいた数千の兵士たちの肉体と心臓を瞬く間に引き裂き、一網打尽に殺戮した。この瞬間、結界を破って逃げ延びようとしていたルメリア王国軍の僅かな希望は、完全に粉砕された。
続いてアリスは、自らの両掌から極めて鋭利な穂先を持つ氷の長杖を顕現させ、それを新たな武器として振るった。アリスに近づいたすべての兵士は、ほんの数ミリ秒のうちに両断され、無惨に命を散らしていった。
絶望に染まり逃げ惑うルメリア王国の兵士たちをアリスが次々と斬り伏せている最中――突如として、超高圧の空気弾が不可視の速度で側面から撃ち込まれた。
ズドオォォォォンッ!
極めて高密度の空気の爆発が、アリスの身体の側面を直撃した。
その衝撃は凄まじく、彼女の周囲の大地にクレーターを穿つほどであった。しかし、アリスは吹き飛ばされるどころか、片腕を軽く交差させただけであった。彼女の身体は滑るように半メートルほど後退したのみであり、引きずられた両の踵が地面に二本の深い溝を刻み込んでいた。
衝撃波がゆっくりと収束していく中、アリスは腕を下ろし、優雅でゆったりとした動作で、金色の模様が施された漆黒のローブに付着した埃を軽く払い落とした。そして、彼女の紅き双眸の視線は、攻撃の発生源へとゆっくりと向けられた。
(ふむ……?)
約五十メートル離れた場所に、ルメリア王国の五人の精鋭兵――『チャンピオン』たちの姿があった。
彼らの陣形は、高ランクの冒険者パーティーのように極めて高度に組織化されていた。三人が前衛に立ち、武器と強固な守護オーラを纏いながら、盤石の防御態勢を築き上げている。
その背後では、一人が血まみれになって倒れ込み、魔杖を握るもう一人が、激しく震える手で高位の回復魔術を詠唱していた。
まったく同じ官給品の軍服を着用している一般の歩兵たちとは異なり、この五人はそれぞれ意匠の異なる最高級の鎧やローブを身に纏っていた。
自分たちの最強の奇襲攻撃を放った直後だというのに、五人の顔は冷や汗と絶対的な恐怖に染まりきっていた。かすり傷ひとつ負うことなく、衣服の埃を払うアリスの姿。そして何より、その化け物が今、確かな視線を自分たちに向けているという事実に、彼らは絶望していたのだ。
彼らに引導を渡すべく、アリスの指先が凍てつく霧を放ち始めた、まさにその瞬間――
(母さん、少々お待ちいただけますか?)
(何用だ?)
(母さん、奴らはフリー・チャンピオン……軍の公式な縛りを受けない独立した戦士たちです。国家の飼い犬であるミリタリー・チャンピオンとは異なり、奴らは純粋に金と自由のために戦います。こんな場所で犬死にするような、盲目的な忠誠心など持ち合わせてはおりません)
アリスの肩に張り付くノックスの顔に、おぞましい笑みが浮かんだ。
(奴らをここから生かして帰せば、ルメリア王国において極めて完璧な手駒となることでしょう。どうか母さん、あの五匹の蝿どもを見逃してはやっていただけませんか?)
(よかろう。だが、チャンピオンという言葉は初めて耳にした。詳しく説明せよ。わらわの記憶では、三千年前にはそのような呼称は存在しなかったはずだが)
(もちろんです、ご説明いたしましょう。一定の確率で、強力な魔力やスキルを持って生まれる者たちがおります。その才能を持つ者たちが、後にミリタリー・チャンピオン、あるいはフリー・チャンピオンとなるのです)
(ミリタリー・チャンピオンは国家の特殊兵のようなもの。対してフリー・チャンピオンは傭兵に近く、国際フリー・チャンピオン・ギルドの庇護下にあります)
(なるほどな……。よかろう、奴らは生かしておいてやる)
(ありがとうございます、母さん)
アリスは指先から放ちかけていた凍てつく霧を収めた。彼女の紅蓮の瞳は、数秒間そのまま五人のチャンピオンたちを真っ直ぐに見据えていた。五十メートルという距離など何の障壁にもならないかのように、その眼差しは彼らの魂の深淵までを直接射抜いていた。
やがてアリスは顔を逸らし、五人のチャンピオンたちの横を通り過ぎて歩みを進めた。まるで、奴らの存在など破壊する価値すらないとでも言うように。
五人のチャンピオンたちの周囲の気温が、突如として劇的に低下した。彼らは息を呑み、本能が悲鳴を上げ、アリスが殺戮を再開するために完全に遠ざかるまで、筋肉の微かな痙攣すら許されないほど、自らの肉体を石像のように硬直させるしかなかった。
それからわずか数分のうちに、ルメリア王国軍の全兵力の九十七パーセントが大地に這いつくばる肉塊と化していた。
かつての草原は今や、極めて不毛な血と氷の地獄へと成り果てていた。無惨に爆散した死体、氷の刃で綺麗に切断された四肢、あるいは命乞いをする姿勢のまま凍りついた骸など、あまりにも凄惨な状態で死体があちこちに散乱していた。
死の冷気と混ざり合った極めて濃厚な血の悪臭が大気に漂い、どんな歴戦の老兵であろうと、遠くから嗅いだだけで即座に胃の内容物をぶち撒けてしまうほどの嘔吐を催す香気を生み出していた。言葉を換えるなら、ルメリア王国軍はここに完全に壊滅したのである。
今、アリスはゆっくりとその身を翻した。彼女の紅き双眸は、この赤い檻の中に取り残された最後の標的へと固定された。それは、これまでの一方的な殺戮劇をただ震えながら見ていることしかできなかった、イグラシア帝国の残存兵たちであった。
読んでくださりありがとうございます。皆さんはこのような近接戦闘のシーンはお好きでしょうか? 正直なところ、私は執筆を始めた当初から、こうした高強度の液アクションシーンがとても好きなので、今後の章でもさらに多くの近接戦闘のコレオグラフィー(殺陣)を楽しみにしていてください。
アリスは楽しむことや運動が好きなタイプでもあるため、格下の相手であっても、しばしば自ら近接戦闘に身を投じることになります。
ところで、あとがきを読んでくださっている皆さんに、一つ特別な秘密のヒントを。
実は、アリスには性別がありません。彼女は男性でも女性でもなく、たまたま女性の姿の器を纏っているだけの存在(???)なのです。しかし彼女の能力ゆえに、望めばいつでも自由にその肉体の形を変えることができます。
それでは、バイバイ!
— Fallen Lily




