第1話 : 九神すら畏れた白き災厄。一割の力しか目覚めずとも、絶対的
「妾一人を相手にするのに、九柱の神々が束になってかかってくるとはのう……」
黄金に輝く神聖な鎖が、天空に堂々と立つ銀髪の者の身体にきつく巻き付いていた。すべての鎧と衣服は跡形もなく消し飛び、地平線を裂くほどの狂気に満ちた激戦によって粉砕されていた。それでもなお、神々の軍勢を前にして、彼女の姿は完璧であった――優雅で、無防備で、そして危険極まりない。
彼女こそが、アリス・ヴァシリッサである。
「貴様の存在そのものが過ちだ。この世界に存在してはならないのだ」と、地平を揺るがす声で一柱の神が言い放った。
アリスはただ、見下すような薄い笑みを浮かべた。
魔力の制御を完全に奪われる直前の、ほんの一瞬の出来事。彼女は自身の指を切り裂いて血を流し、その血に知力ステータスの一部を注ぎ込み、たった一滴の血に自我を与えた。その血の滴は落下し、雲の隙間をすり抜けて、ついには大地へと落ちていった。
やがて、その漆黒の血の滴は、赤い瞳と大きく裂けた口を持つ頭部を形成し始めた。
「母さん……私は、必ずやあなたを復活させます」
その黒い血の塊は、気配を完全に絶ったまま、極めて素早い動きで地中へと潜り込んだ。
透き通った『原初の聖水』が瞬時に凍りつき、巨大な塊となってアリスの両脚を縛り、魔力循環を封じた。息をつく暇すら与えず、黒き稲妻が彼女の身体を打ち据えて絡みつく――それは神経を蝕む凶悪な寄生虫のように食い込み、アリスの魔力流を破壊していった。
それだけでは終わらない。黒き炎が彼女の滑らかな肌を包み込んだ。その熱は物理防御を削り取り、常人の魂ならば容易に粉砕するほどの激痛をもたらす。しかし、アリスの顔は冷たいままであり、微塵の苦痛すら感じていないかのようだった。
無表情のまま、彼女は女王としての絶対的な傲慢さをもって、その静かなる拷問を耐え忍んでいた。
突如として無数の神聖なる砂が渦を巻き、アリスの身体を覆い尽くし、天空に浮かぶ巨大なピラミッドの構造を形成した。彼女の顔を覆う最後の隙間が完全に閉じる直前、アリスは鋭く、皮肉めいた笑みを浮かべた――それは神々の奥底にある怒りに火をつける、最後の嘲笑であった。
『原初の結晶』が急速に這い上がり、砂のピラミッドを宇宙のいかなる物質よりも硬い永遠の殻で覆い尽くす。結晶で覆われたピラミッドは天空から叩きつけられ、空を裂き、大地の最も隔絶された深淵へと深く突き刺さった。
地底の暗闇の中、黄金のインクで記された一連の古代文字が這い回り、結晶の表面に焼き付いていく。最後の仕上げとして、『虚無』の顕現である無色透明の杭がピラミッドの頂点に深々と突き刺さり、封印全体を絶対的なものとして固定した。
封印は完了した。
空では、九柱の神々の姿が薄れ、透明な大気と溶け合い始めていた。この総攻撃によって彼らの神力は完全に枯渇しており、続いて九つの『鍵の遺物』がそれぞれの神の掌に出現した。
もはや現世に留まることも、鍵を天の玉座へ持ち帰ることもできなくなった神々は、九つの鍵を大陸の九つの果てへと無作為に投げ落とした。そして、すべての鍵の遺物を探し出し、永遠に守護せよという神聖なる啓示を、自らの信徒たちへと下したのである。
神々が知る由もなかったが、アリスの黒い血の滴は、未来におけるアリス復活の計画を練り始めていた。その名はノックス。世界の歴史において、寄生虫となる存在であった。
三千年の時が流れた。
定命の人間にとって、三千年とは数十の文明が誕生し、そして崩壊するほどの時間である。しかし、白き女神アリス・ヴァシリッサの漆黒の血の滴から生まれた存在にとって、三千年などという時間は、まだ十分に合理的で正常な待機期間に過ぎなかった。
自らの創造主を復活させるため、ノックスは不潔な裏社会を這いずり回ってきた。歴史を操作し、王たちの耳に強欲の毒を囁き、神々やその使徒たちに気づかれることなく歴史を工作し続けたのだ。
今日は、ノックスにとって待ちに待った日であった。創造主であるアリス・ヴァシリッサを復活させるためのすべての計略が、寸分の狂いもなく完璧に整ったのである。
「母さんがお戻りになる時間が来ました……」
八時間前。
ノックスは、虚無と次元の境界の神アテリオンを信仰する宗教組織『虚無の聖域教団』の神殿の隠し場所へ潜り込むことに成功していた。数千年に及ぶ狡猾な策略の末、ノックスはアリスの封印を解くことができる鍵の遺物の一つを奪い取り、それを偽物とすり替えたのだ。
もちろん、それは決して容易なことではなかった。ノックスは遺物の完璧なレプリカを作成するためだけに、二千五百年もの間、血の滲むような研究と実験を繰り返してきたのである。
ノックスがその窃盗を実行したのは、虚無の聖域教団が『絶対静寂の夜』を執り行っている最中であった。都市全体の活動が停止し、仄暗いランタンの光の下、完全な沈黙の中で神殿の周囲を行進する神聖な夜。遺物への警備が手薄になったその瞬間こそが、疑念を抱かせることなく運命の鍵をすり替える、影にとっての完璧な隙となったのである。
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水暦736年、イグラシア帝国、辺境都市ヴァレングラード。
ヴァレングラードは辺境都市であると同時に、西からの侵攻に備えたイグラシア帝国の第一防衛線でもあった。多くの商人たちが行き交い、都市としてはかなり繁栄している部類に入る。
だが今日、都市は張り詰めた空気に包まれていた。都市からさほど離れていない場所に、およそ18万ものイグラシア帝国軍が集結し、出陣の時を待っていたからだ。とはいえ、そのすべてが正規兵というわけではない。一部は徴用された平民たちだった。
割合で言えば、正規兵が六割、徴兵が四割といったところか。無論、これには理由がある。万が一敗北した際、軍全体が全滅するのを防ぐための苦肉の策である。しかし、当然ながらこれは戦場にも影響を及ぼし、軍の戦力は決して万全のピーク状態とは言えなかった。
都市の中央には、この地を治める貴族の居館である古い城がそびえ立っていた。現在、その城の一室では極めて緊迫した状況が続いていた。
部屋の奥、玉座に腰を下ろしているのはイグラシア帝国の皇帝その人である。彼の前には長机が置かれ、右側には貴族たちが、左側には軍の武官たちが集結していた。数時間後に迫る開戦に向けて、最後の軍議が開かれているのだ。
皇帝の顔色は青白く、睡眠不足で目を真っ赤に充血させながら、机上の地図を睨みつけていた。
「陛下、まだ遅くはございません。今ならまだ、戦争を回避する道も残されております」
外交官を兼任する一人の貴族が進言した。
「なんと臆病な! これはすでに我がイグラシア帝国の誇りに関わる問題なのだぞ! 奴らはあろうことか、かの地で交易をしていた我が国の民を公然と虐殺したのだ! 貴公は祖国を裏切るつもりか!?」
別の貴族が語気を荒らげて反論する。
「それは……何かの誤解です……。あちらは現在も調査中であると申しており――」
和平交渉を巡って、貴族たちの間で数分間に及ぶ激しい口論が続いた。しかし、ある声がその議論をピタリと止めた。
「陛下! 我が軍の密偵からの報告によりますと、敵軍の兵力はわずか12万とのこと! 我らには圧倒的な数の有利がございます!」
その一言で、室内の空気は一瞬にして活気づき、勝利への希望に満ち溢れた。皇帝の強張った顔にも、わずかに笑みが浮かぶ。
「し、勝算は……いかほどだ?」
荒い息を吐きながら、皇帝が尋ねる。
「間違いなく、八割方の確率で我らの勝利かと」
一人の武官が自信満々に答えた。
イグラシア帝国陣営は、この戦争での勝利を確信し、意気揚々としていた。
だが――皇帝の座る玉座の背後。
そこには仄暗い黒い液体が滲み出しており、その液体は不気味な赤い双眸を浮かべ、三日月のようにおぞましく口を裂いて笑っていた。
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ヴァレングラードから数キロ離れた場所、ヴェルメール平原。
太陽は天空の中央に鎮座し、正午であることを告げている。しかし、普段は穏やかで静寂に包まれたこの平原は、何十万という人間が集結したことで異様な熱気に包まれていた。
東からは、18万に及ぶイグラシア帝国軍が集結していた。彼らの大半は重厚な鎧に身を包み、自身の体ほどもある巨大な盾を構え、『鉄壁のファランクス(密集陣形)』を形成し始めていた。
通常のファランクス陣形とは異なり、この陣形では重鎧と大盾を装備した魔術師を最前列に配置している。この世界において、魔術師には二つの種類が存在する。『近接魔術師』と『通常魔術師』である。
近接魔術師は、詠唱や魔法陣を必要とせずに魔術と物理戦闘を融合させることができる稀有な才能の持ち主だ。一方、通常魔術師は一般的な魔術師のイメージ通り、詠唱と魔法陣を必要とする。当然ながら、破壊力という点においては通常魔術師の方がはるかに上回っている。
現在、イグラシア帝国は保有するほぼすべての近接魔術師をファランクスの最前列に投入していた。勝利をより確実なものとするための布陣である。
この陣形で用いられる近接魔術師は、基本的に火属性を操る者たちだ。敵が接近した際、彼らは歩く火炎放射器のごとく灼熱の炎を吐き出すことができるからである。
後方には弓兵と通常魔術師の一部が待機しており、鉄壁のファランクス部隊へいつでも支援攻撃を行える態勢を整えていた。
魔術による合図とともに、鉄壁のファランクス部隊はルメリア王国軍に向けてゆっくりと前進を開始した。迎え撃つルメリア軍の兵種は多岐にわたるが、その主力を担っているのは騎兵である。
その頃、帝国軍の後方では貴族や武官たちが余裕の笑みを浮かべて語り合っていた。
「どうやら、造作もない戦いになりそうだな」
「当然だ。奴らは数で劣るうえに、重装部隊も持ち合わせておらん」
「これでルメリア王国征服への道が開かれたというわけだ」
「イグラシア帝国の真の栄光は、ここから始まるのだ」
イグラシア帝国の貴族や武官たちは、後方で悠然と勝利の美酒に酔いしれるかのように語り合い、自軍の勝利を微塵も疑っていなかった。
一方、ルメリア王国軍もついに動き出した。約3万の騎兵部隊と、それに同伴する3万の魔術師部隊が突撃を開始したのだ。彼らが駆る馬は3万頭。つまり、一頭の馬に一人の騎兵と一人の魔術師が同乗しているのである。ここでの魔術師の役割は、矢の雨や遠距離魔術から騎兵を保護することにあった。
「放てッ!!!!」
イグラシア軍の指揮官が号令を下す。
宙を埋め尽くす何万本もの矢がルメリア王国軍へと降り注いだ。しかし、ルメリアの魔術師たちは即座に一斉に防御結界を展開し、降り注ぐ矢をすべて弾き落としてみせた。
無傷のまま、ルメリア王国の騎兵部隊は地鳴りを立ててイグラシア帝国軍へと疾走していく。両軍の激突は、もはや目前に迫っていた。
その凄惨な戦場から数百メートル離れた場所。
まん丸の赤い双眸と大きく裂けた口を持つ、漆黒の人型をした化け物――ノックスが、とあるアイテムを握りしめていた。それは彼がアリスの遺跡から手に入れたアーティファクト。血のように赤い、立方体の形をした『真紅の聖域の賢者』であった。
「さあ、儀式の始まりです……」
人間たちの愚かな殺し合いを嘲笑うかのように、ノックスは不気味に呟いた。
ノックスが力を込めると、立方体は粉々に砕け散った。
瞬間、砕けた立方体からどす黒い赤色の血が溢れ出し、地面へと真っ直ぐに滴り落ちる。その血はまるで自らの意志を持つかのように這いずり回り、一辺が2キロメートルにも及ぶ巨大な正方形を大地に描き出したのである。
それから間もなく、その血から天を衝くほどの極めて高い結界が形成され、イグラシア帝国とルメリア王国の全軍を完全に遮断した。数秒後、赤い霧が瞬く間に戦場を覆い尽くし、両軍の兵士たちはピタリと動きを止めた。
彼らが足を止めたのは、驚愕したからではない。その赤き霧による毒に侵され始めたからである。
「ゲホッ! くそっ! なんだこれは!?」
「ルメリア王国の新兵器か!? 畜生!」
「ゴホッ! ゲホッ! 毒の魔術を使ってきやがったぞ!」
一方、ルメリア王国陣営でも、騎兵が駆る馬たちがこの赤い霧の毒によって次々と死に絶え始めていた。馬たちは拷問を受けているかのような悲鳴を上げ、部隊の陣形は瞬く間に大混乱に陥り、多くの兵士たちもまた毒牙にかかっていった。
だが、この戦場に集結した三十万の兵のうち、この赤き霧に感染したのは総計十万人にとどまった。感染を免れた兵士たちは、即座に仲間を助け起こし、応急処置を施そうと奔走していた。
その数秒後。
戦場の真下、地中深くに位置する巨大な水晶のピラミッドの前に、ノックスが姿を現した。その手には、アリスの封印の一部を解くための鍵となる遺物――完全な透明色をした長針が握られていた。
「いよいよその時が来ます……! ハハハハハッ!」
狂喜のあまり、ノックスは高笑いを上げた。
やがてノックスは両腕を横に大きく広げ、封印解除の呪文を詠唱し始めた。
「O, Aetherion Caelum Stasis!」
「In nomine Sanguinis Nigri, ego frango vincula aeterna!」
ノックスの両手から二滴の血が滲み出し、同時にその透明な長針が溶けて透明な液体へと変じた。血液と液体は融合し、古代文字を形成すると、巨大な水晶のピラミッドへと真っ直ぐに向かっていった。
その水晶のピラミッドは絶望的なまでに巨大であった。身長約一・八メートルあるノックスでさえ、その前では一匹の蟻に等しい。
「神々があなたを虚無に幽閉して三千年……。今こそ目覚め、玉座を取り戻すのです、白き女神よ!」
ノックスの歓喜の声が深淵に響き渡った。
瞬間、ピラミッドに突き刺さっていた杭に亀裂が走り、粉々に砕け散った。巨大な水晶のピラミッドそのものにもひびが入り、その裂け目から鮮やかな青い霧が噴出する。霧の煙は三角形の水晶を形成し、ノックスはそれを鷲掴みにすると、直ちにその場から姿を消した。
一方、地上の戦場では。
有毒な赤い霧により、十万の人間が瞬く間に息絶えようとしていた。その戦場の中央にノックスが突如として出現し、霧を一瞬にして霧散させた。これにより、生き残ったすべての者の目に、ノックスの極めて恐ろしい異形が焼き付けられた。
「この定命の者どもは、母さんのための最高の前菜です」
ノックスは周囲を見渡し、三日月のようにおぞましく口を裂いて笑った。
彼の目の前に青い水晶が浮かび上がり、ノックスは再び両腕を横に広げた。
「Exanimis Centum Millia, Devorare in Gemma.....」
突如として、約五十人の影がノックスを包囲した。彼らはルメリア王国とイグラシア帝国の両陣営における実力者たちであった。全員がこの異常事態を察知し、ノックスという存在が自国をも脅かす極めて危険な存在であると本能で理解したのだ。
「総員、あの化け物を叩き潰せェッ!!!!」
実力者の一人が絶叫した。
五十人の強者たちは即座に、魔術、物理攻撃、その他ありとあらゆる最強の攻撃を放った。一斉攻撃である。ノックスの肉体は決して強靭ではないため、直撃すれば致命傷は免れない。
「Exsurge, Regina Alba... アリス・ヴァシリッサ!!!!!」
それらの攻撃が着弾する直前、ノックスは呪文を完成させた。青い水晶が眩い光を放ち、その光芒がノックスへと向かうすべての攻撃を一瞬にして弾き返した。
突如、息絶えた十万の魂と生命エネルギーが、一直線にその水晶へと吸い込まれていく。彼らの死体は跡形もなく消え去り、後には武器と防具だけが虚しく残された。そして青い水晶が真っ直ぐに地面へと落下すると同時に、ノックスは極限の速度でその場から飛び退いた。
底知れぬ、身の毛のよだつような危険なオーラを感じ取った五十人の強者たちもまた、全力で後退し、自軍の陣形へと逃げ戻った。
刹那――十万の魂を苗床として、巨大な樹木が出現した。
その大樹は、アリス・ヴァシリッサの顕現である青い水晶を瞬く間に吸収していく。やがて、その巨大な樹の頂に、一輪の青い花が咲き誇った。
その樹はあまりにも巨大で、天を突くほどに高く、その頂は二百メートルにまで達していた。両軍の兵士たちはただ驚愕し、一連の規格外の事象を前に絶望的な眼差しを向けることしかできない。彼らはただ無力に、間もなく終わるであろう自らの運命を待つことしかできなかった。
二分後。
その花が完全に開花した。そして花の中央に亀裂が入り――そこから、一糸纏わぬ白髪の女性の姿が現れた。
彼女は、ゆっくりと紅蓮の瞳を開く。
その冷徹で絶対的な双眸が静かに周囲を見下ろし、眼下に広がる惨状をただ冷淡に観察していた。
その女こそ、白き女神、アリス・ヴァシリッサであった。
イグラシア帝国軍の二人の兵士が、即座にアリスに向けて矢を放った。しかしアリスは避ける素振りすら見せず、手を軽く振るうだけで、氷のように鋭い爪で二本の矢を粉々に切り裂いた。
瞬きをする間に、アリスはすでに二人の兵士の目の前に立っていた。二人は驚愕し、恐怖で目を大きく見開いた。
「な、なん――」
その言葉が終わるよりも早く、アリスの両手は彼らの首を締め上げていた。ほんの数秒で二人の兵士の肉体は干からび、完全に吸い尽くされ、空っぽになった鎧だけがガシャリと音を立てて地面に崩れ落ちた。
吸収した魂から溢れ出た残留魔力が彼女の身体の周囲で渦を巻き、凍りつきながら、精巧な金色の模様が施された壮麗な漆黒のローブを織り上げた。それは彼女の流れるような長い白髪と、見事な対比をなしていた。
その間、ノックスは猛スピードで這い寄り、アリスの肩に張り付いた。
「おかえりなさいませ……母さん……」
ノックスは口を大きく裂いて笑いながら言った。
アリスの視線が、ノックスへと固定された。彼は封印される直前の最後の数秒に、アリス自身の血を用いて生み出された、彼女自身の創造物である。
思考伝達を通じて、アリスは語りかけ始めた。ノックスは彼女自身の血から創られているため、アリスは彼の名やそれに類する詳細な生体データを、すでに完全に把握していた。
(ノックス、と言ったか。ここで何が起きているのか、わらわに説明せよ……)
(御意に。母さんのご命令のままに、ご説明いたします)
一方、恐怖に駆られた兵士たちは戦場から逃げ出そうとしていた。生き延びるために災害から逃げ惑う、人間の海のような光景であった。両軍の野戦指揮官たちも、部隊を率いて撤退を試みた。
しかし、しばらく進んだところで、彼らを閉じ込める結界の存在に阻まれ、足を止めることとなった。逃げ場を失った両軍の兵士たちを、即座に絶望が包み込んだ。
(なるほど……。現在、二つの国が戦争をしており、お前はその機に乗じてわらわを復活させたというわけだな?)
(その通りです、母さん……)
極度の恐怖に襲われながらも、両軍の強き兵士たちは前進を始めた。しかし、ここでの彼らの目的は、残りの部隊が結界を破壊して逃げ出せるまでの時間を稼ぐことに他ならなかった。
何万もの兵士たちがアリスへと迫り来る。しかし、アリスは無表情のまま、ただ彼らを冷淡に観察していた。
「全軍、あの化け物を攻撃しろォォォォッ!!!!」
「ウオォォォォォッ!!!!」
絶望の咆哮が響き渡り、平原を劈いた。彼らの目的はもはや勝利ではなく、この破壊の女神を前にして生き延びることのみであった。
死のオーラに満ちた不毛な大地に立つアリスは、ゆっくりと顔を上げた。
彼女の目の周りの細い神経が、ゆっくりと肌の表面に浮き出た。燃え盛るような紅蓮の瞳が見開かれ、四方八方を睥睨する。そこに現れたのは、頂点捕食者そのもののような、鋭い縦長の瞳孔であった。
読んでくださりありがとうございます! 正直なところ、これは私のデビュー作であり、皆さんに楽しんでいただけることを心から願っています。これはまだ始まりに過ぎず、この小説のためにかなり壮大な長期プロットを用意しています。
ちょっとした裏話ですが、この小説の基本コンセプトは実は2022年から存在していました。しかし、様々な多忙や継続的な推敲プロセスを経て、ようやく今、最終版をリリースすることに決めました。もちろん、初期バージョンとは比較にならないほどの大幅な改稿とクオリティアップを施しています。
当初は異世界モノも検討していましたが、それを取りやめ、主人公を「ラスボス」のような立ち位置に置いた純ファンタジー(ハイファンタジー)を選択しました。
それに加えて、水と氷の属性を持つ主人公というのは、まだあまり極限まで探求されていない要素だと感じているため、この属性を通じてアリスを描くことに非常に熱意を持っています。あ、そうだ。次の章はかなり盛り上がるので、何かBGMを流しながら読んでいただくのもおすすめですよ。
それでは、第2章でお会いしましょう! 続きが気になる方は、ぜひブックマークやフォローをお願いします。
バイバイ!
— Fallen Lily




