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冒険者と運送者と魔蝶々

 その夜。後の仕事がなかったアランは、お礼と称してカイ、モモ、シュウの三人を縁側に招いた。

 そこからは、ホテプがいつの間にか作り上げた小さなピラミッドや、妙に完成度の高い枯山水庭園が見える。アランは秘蔵の蜂蜜酒(ミード)を三人の杯に注いだ。


「かんぱ~い!」

「ってか、お前らはいいのか? お礼なんて貰っちゃって」


 ギルド員二人の勤務態度に疑問を持つカイに、モモが酒杯を揺らしながら笑いかけた。


「人付き合い、人付き合い! 軍人さんじゃないんだから、これくらい誰に咎められることもないよ」

「ところでアランさん。あの庭の造形、東洋の古い文化のように見えますけど……」


 四つの瞳を細めて庭を観察していたシュウが、不思議そうに問いかけてきた。

 アランは遠い目をして、酒を喉に流し込む。


「……気づいたら、ホテプが作ってたんだ」


 縁側の座布団の上で、ホテプが丸くなっている。

 モモがちょいと指を伸ばして構おうとするが、ホテプはそのたびに、するりと身をかわして離れていった。

 自分から近づくのは良いが、他人から構われるのは嫌がる――まさに猫の習性だ。


「ん? 翅……?」


 アランがふと庭に目を向けると、闇夜から何かが飛来した。

 ふさふさの体毛に包まれた胴体。青い宝石を思わせる複眼と二本の触角。

 そして、芸術品の扇子のように繊細な翅をふよふよと羽ばたかせている。


「魔蛾(モスモス)か……?」

「いえ、魔蝶々ですね。おそらく、魔蜂たちが持ち込んだ花粉の香りに釣られてやってきたんでしょう」


 シュウが観察しながら答えた。

 それは大きな蝶の魔物らしい。

 なぜこの世界で蛾を『モスモス』と呼ぶのかは定かではないが、目の前の生物は明らかに優雅な蝶の姿をしていた。


「毒はないのか?」

「図鑑で見たことがあります。これは他大陸に生息する種ですね。確か毒はなかったはずですよ」

「他の大陸から……?」

「蝶の活動範囲は、意外と広いんです。蝶は気流に乗り海を越えて数千キロを移動することもありますから」


 シュウの言葉を聞き、アランは前世で知ったとある蝶の壮大な旅を思い出した。

 カナダからメキシコまで、命を繋ぎながら四千キロメートルを移動する彼らの物語は、映画やドキュメンタリーにもなるほど有名だった。


「凄いな君は。そんな小さな体で、海を越えてやってきたのか」


 アランが感嘆の溜息をつきながら語りかけると、その魔蝶々は蝶特有のストローのような口を伸ばし、あろうことかアランの蜂蜜酒を器用に飲み尽くしてしまった。


「あっ……」


 魔蝶々は、呆気に取られるアランを尻目に、ふわりと夜空へ飛び上がった。

 星空を写し取ったような翅の模様が、本物の夜空へと溶け込み、瞬く間にその姿が見えなくなる。まるでおとぎ話の一節を読んでいるかのような、幻想的な一瞬だった。


「魔蝶々は、天敵から身を守るために『隠蔽魔法』が使えるんですよ」


 シュウが空を仰ぎながら静かに解説する。皆が名残惜しそうに空を見上げていると、不意に、足元でホテプが弾むような音を立てた。


「え?いた……」


 アランがハッとして振り返ると、そこには、先ほど消えたはずの魔蝶々が平然と姿を現していた。

 その場所がよほど気に入ったのか、魔蝶々はアランのすぐ隣に着地し、再びその美しい翅を休めている。


 どうやら、新たな居候としてこの屋敷に住み着いてしまったようだった。



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