冒険者と運送者と魔蜂
あらかじめ決めた時間と休息日を設定する。
その方が効率の良い作業になる――。
昔、エレナにそう言われたこともあり、アランはこの日を休息日としていた。
「あっ、魔蜂だ」
視線の先でふわふわと舞う黄色い丸い物体は、この世界の蜂だった。
前世に比べると、この世界の虫は「魔物」に分類される種もいて、サイズがかなり大きい。
屋敷の庭を悠然と横切っていくその魔蜂は、ホテプとさほど変わらない体躯をしていた。
色合いこそセイヨウミツバチに近いが、長い毛で包まれているせいか、どこか愛嬌がある。
「お~い、アラン! お届け物だ。いろいろ注文してたな」
「カイ。助かるよ、新しい素材をいろいろ試したくて」
アランの屋敷に現れたのは、運送ギルドで働く友人のカイ・リッキーヤだった。
彼は腕が四本ある「ウデウデ人」専用の制服を爽やかに着こなし、器用に荷物を運び入れてきた。
「……そういえばさ。さっきから、やけに魔蜂が飛んでないか?」
「まさか……」
アランが嫌な予感を抱きつつ、魔蜂が飛び去った方角――屋敷のすぐ近くにある空き倉庫へ目を向けた。
そこには、除夜の鐘のような「魔蜂の巣」が建設されていた。
猫ほどの大きさがある蜂たち、それが壁面にミチミチとひしめき合っている。
前世の感覚なら、見た瞬間に気絶してもおかしくない光景だった。
「……落ち着け。魔物なら冒険者ギルドに報告すれば対処してくれるはずだ。俺がちょっと行ってくるから、お前は絶対に刺激するなよ」
「おう、任せとけ……」
前世の記憶によれば、蜂は黒いものに刺激される習性があったはずだ。
アランは咄嗟にホテプを抱き寄せると、倉庫の方へ近づかないようその身を隠させた。
「こんにちは。冒険者ギルドのモモ・プーリです!」
「同じく、シュウ・セカンです」
やってきたのは、ネズミの耳を持つ獣人の少女モモと、四つの瞳を持つメメ人のシュウだった。
冒険者ギルドは依頼を受けて魔物を退治するだけでなく、貴族の援助を受けて魔物の養殖や効率的な素材採取や研究も行っている。
貴重な素材を扱う錬金術師のアランにとって、彼らはある種、頭の上がらない協力者でもあった。
「あまり近づかないでくださいね。滅多に刺しませんが、立派な針を持ってますから」
「わぁ、見てシュウちゃん。みっちみちだねぇ!」
能天気な声を上げながらモモが網を構えて近づくと、魔蜂の軍団が一斉に彼女へと群がった。
あっという間にモモの姿は消え、そこには魔蜂で構成された『蜂のかまくら』とでも言うべき異様な光景が出現した。
「ギャーッ! あ、熱いーっ! 出してーっ!」
「……熱殺蜂球ですね。侵入した外敵を、おしくらまんじゅうの熱で蒸し殺すやつです」
冷静に解説を述べるシュウに、アランは思わず身を乗り出した。
「ちょっ、大丈夫なんですか!? 」
「やれやれ、これだから新人は……」
シュウは溜息をつくと、巨大なスポイトのような不思議な道具を取り出した。
その先端から強力な吸引力を発生させると、モモに群がっていた魔蜂を一匹ずつ、ポンポンと小気味よい音を立てて吸い込み始めた。
このうちすべての魔蜂は吸い込まれ、布製の大きな袋にミチミチと詰め込まれた。
「その魔蜂は退治しないんですか?」
「これは危険がないタイプですからね。害獣指定されていない個体は、積極的な討伐はしないんですよ」
「冒険者ギルドでは、討伐依頼が出ていない種を勝手に退治しちゃいけない決まりなんだよねぇ」
その説明に、アランは納得したように頷いた。
魔物と言っても、それはゲームに出てくるような単純な『エネミー』ではなくこの世界に息づく野生生物だ。
そこには自然界の食物連鎖やサイクルがあり、ギルドも無差別に討伐を行っているわけではないらしい。
「じゃあ、その魔蜂はどうするんですか?」
「一部を研究所に渡すほかは、養蜂家に引き取ってもらいます」
「なるほど、ハチミツを作るのか」
「お~い、アラン! こんなに立派な巣蜜が手に入ったぞ!」
カイが引いてきた荷台の上には、先ほどの巨大な魔蜂の巣が鎮座していた。
その断面からは、黄金色の蜜がとろりと溢れ出している。
高級品を思わせる芳醇で甘い香りが周囲に漂う。
それまで大人しくしていたホテプも目を輝かせてぴょんぴょんと跳ね回った。
「にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」
見たこともないほど豪華なハチミツを前にホテプはご機嫌な様子で独自の歌を口ずさんでいた。
「食べよ、食べよ!」
「新鮮ですから、巣ごと食べられますよ」
全員で魔蜂の巣をすくい取って頬張る。
濃厚な甘みが口いっぱいに広がり、巣の部分はまるで焼き立てのワッフルのようにサクサクとした心地よい食感だった。
「美味い!」
カイとモモが次々と平らげていく傍らで、アランがホテプに巣蜜を一口食べさせると、その瞳がパッと輝いた。
次の瞬間、ホテプは屋敷の屋根に届くほどの高さまで跳ね上がり、それがスーパーボールのようでそのまま縦横無尽に弾み始めた。
「……蜜蝋ですから、あまり食べ過ぎないでくださいよ」
冷静なシュウの忠告を聞きながら、アランは少し不安げに尋ねた。
「っていうか今更だけど、これ、俺たちが食べちゃって良いのか?」
「これくらいの役得、ギルドも認めてくれるよぉ」
モモは口いっぱいに巣蜜を溜め込みながら、もごもごとした口調で答える。その膨らんだ両頬を見ていると、彼女には本当にハムスターのような頬袋があるのではないかと疑いたくなってしまう。




