呼び出し
数日後、屋敷の音鳴石を鳴らしたのは、意外な人物だった。
「パラケルルス錬金術師様ですね。商業省の使いの者です。副代表が、ぜひ商業省まで足をお運びいただきたいとのことです」
「……すぐに行きます。あと、俺のことはアラン、あるいは『二世』を付けてください。まだ自分はパラケルルスの名を継ぐには値しませんから」
「承知いたしました、アラン様。表に馬車を用意してございます」
何かやらかしただろう?――。そんな不安を抱えつつ、アランは馬車に揺られて商業省へとやってきた。
そこで待っていたのは、商業省の副代表であり、代表オルコット子爵の夫人であるパトラ・オイコットだった。
落ち着いた年齢ながらも気品に溢れ、その佇まいは「商人の鏡」と称えられるに相応しい風格を纏っている。
「副代表……。俺、もしかして何か不手際をしましたか?」
「あら、別にあなたが何かやらかしたわけではないわよ」
使用人によって、目の前に高価そうな紅茶が置かれる。アランは少しばかり緊張の面持ちでそれを見つめた。
名誉男爵であった養母のもとで育ったが、彼女は貴族らしい社交を嫌い研究に没頭していたため、アランは貴族との付き合い方というものを教わってこなかったのだ。
「実はね、レディオ商会から『あなたとの復縁を仲介してほしい』という要請が届いているのよ」
「それは……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「いいのよ。レディオ商会は、あなたと娘のエレナという二人の錬金術師を同時に失い、経営が著しく悪化しているようね」
「俺だけじゃなく、エレナもですか?彼女は実家の支援をしなかったんですか」
「彼女は絶縁されたそうよ。というより、彼女の方から実家を見限ったのでしょうね」
それについて、アランが語る言葉はなかった。それはエレナと、その家族の問題だからだ。
「俺は、あの人たちがどうなろうと知ったことではありません。嫌いとか憎いとかいう以前に、もう俺とレディオ商会には、何の繋がりもありませんから」
「……そう。それなら、私の方からあなたへの接触を禁止するよう言い渡しておきなさい」
「助かります。よろしくお願いします」
「ところで、アラン。あなたは今、何をしているのかしら?」
「……それは、商業省としての質問ですか?」
「いいえ、ただの世間話よ。あなたは今後半年間、制度上どこかの商会に所属することはできないでしょう? けれど、あなたという人材に興味を持っている人は多いのよ」
「本当ですか?」
「『妖精男爵』の地位を持つパラケルルスの後継者で、ハニカムシェルとスライムキャップを作り上げた若き錬金術師。清潔感のある美形となれば、囲いたくなる者はいくらでもいるわ。スカウトはもちろん、もしかしたら養子の申請まで届くかもしれないわね」
「……さすがに、それは飛躍しすぎじゃないですかね」
「それ、ポーズかしら? 過ぎた謙遜は嫌味よ、アラン」
パトラは呆れたように肩をすくめたが、アランは至って真剣だった。
「師匠はあくまで養母ですし、父親が誰かも分かりません。ハニカムシェルにスライムキャップ、師匠やエレナが協力してくれたから形になったんです。見た目なんて、歳をとれば変わります。周囲の評価に見合うだけの中身が、俺にあるとは思えません」
「でも、結局それを評価するのは他人なのよ。実際、あなた宛てにお見合いの打診だって来ているわ。今までは、エレナという婚約者がいたから皆控えていただけなのだけど」
「……そういう話は、すべて断ってください」
「あら? もしかして、もう他にいい人がいるのかしら」
その言葉に、アランの脳裏にはミントやヒッポリュテを思い浮かべるもすぐにその雑念を打ち消す。
彼女たちは確かに魅力的だが、自分とそんな関係になれるはずがない。
「そんなんじゃないですよ。……もう、色恋は懲り懲りだっていうことです」
「まあ、別れてから数日だものね。気が変わったら言ってちょうだい。とびきりいい子を紹介してあげるから」




