いきなり婚約破棄
「君との婚約を破棄させてほしい」
陶器人形のような白い肌に純金の糸を思わせる細く真っ直ぐな髪、儚げな印象を吹き飛ばすような強い焔色の瞳を持った美少女エレナ・レディオが初めて会った喫茶店で、彼女は開口一番そう言い放った。
六年後。エミリアが天に旅立った。
死を予見していたエミリアはレディオ商会と話し合いアランとエレナを婚約させた。
互いに思うところが無かったわけではないが、結婚自体に損得勘定を挟むのが当たり前な考えのある国柄なのもあって二人は婚約を結ぶ。
そこから更に二年を経て互いに自立する年頃になり、本格的に婚姻を結ぼうとする段階でエレナに呼び出された。
そして婚約破棄に至る。
エレナは普段から人をからかったような口調で話すのだが、今回は真剣だった。
両手を組み、顎を乗せているその仕草に目を奪われそうになるほど絵になっていた。
「理由は?」
アランはなんとかその一言を絞り出した。
婚約破棄といえば、物語の中の王子様が令嬢に言い渡すものだが、互いに庶民の身の上で、女の方から切り出すのはあまり聞いたことがない。
どちらかと言えば、これは前世でありふれていた「カップルの別れ話」だった。
恋人のように過ごしてきたわけではない。
気の置けない友人、もしくは姉弟のように過ごしてきたからいきなりその関係を破壊するその言葉が胸の奥に深く突き刺さった。
「大手錬金術ギルド『ラムセス』への採用が決まったのさ」
錬金術師ギルド。
その名の通り、錬金術師の組合。国家規模の「生産プラント」
個人経営の工房では作れない魔導船の装甲や、巨大な水門などの巨大な構造物をギルド所属の錬金術師たちが協力して錬成する。
錬金術師としての知識や技術の共有、もしくは補完するための組合でもあり、錬金術師としての地位や身分を表明することにもなる。
「俺と婚約者でいるの嫌だったのか?」
「悲しいことだ。君にはすまないと思っている。ただ、これ以上錬金術師として互いにメリットがない」
芝居かかった口調でそういうもそれがエレナの本心であり、事実である。
アランはレディオ商会の専属錬金術師。
レディオ商会自体がただの平民の商会であり、大手錬金術師ギルドの一員になったエレナとは地位も錬金術師としての格も違う。
エレナにとってアランと婚約するメリットはない。
「俺、君の家であるレディオ商会の専属をやめることになるがいいのか?」
「別に構わない。両親は両親、私は私さ。これからは互いに自由に進みたい道を選び責任は自分で持つ。それでいいだろ」
「俺は君と結婚できるのなら、それでいいと思っていたんだけどな」
「ほう、良い言葉だ。だが私たちは互いに貴族でもない平民だから自由に動ける。婚約なんて私達には向いてなかった」
エレナは平民と言ったが、彼女のその優雅な立ち振る舞いは貴族と言っても通じるだろう。
椅子から立ち上がったら鮮やかな金髪が広がった。
磁器人形を思わせる白い肌が遠ざかり優雅そのものの仕草でスカートをさばいた。
チラッと、エレナは視線をポテプに送った。
「相変わらず君は丸いな」
エイナは軽くしゃがみ、足元で転がって行ったホテプを撫でた。
いたずらっぽい笑みのまま、エレナは再度口を開く。
「アランを頼んだよ」
アランに聞こえない程度の小声でホテプに囁いた。
猫と美少女、麗しい絵面だ。




