兄の婚約者は…
珍しく家族全員が集まれたディナーのデザートを食べているとき。
「僕の娘たちがなんだか楽しいことをしているという報告が上がってきたんだけれど。話を聞きたいな」
お父さま、つまりこの国の王が話を切り出した。ここで話題にしてきましたか。
「私も気になるなぁ。結論が出た?」
ご自分の結婚のことだもの。ウィル兄さまも、もちろん気にしておられるわよね。
潜入は3人の合意で行ったけれど、言い出したのは私なので、一応責任がある……かな?
「お兄さまの婚約者候補の方のところにこっそり侍女として潜入して、実際どんな方なのかみてきの」
家族の顔を見回す。事情を聞いていなかった双子の弟たちは、
「お姉さまたちが侍女に……!?」
「お姉さまたち綺麗だから、どうしても目立っちゃいそうだよねぇ」
と、私たちの変装に疑い満々だった。まあ実際エル姉さまはバレちゃったし否定はできない。
お父さまとお兄さまは興味津々のご様子。婚約する本人のお兄さまと、婚約の決定権があるお父さまには特にきちんと説明しておきたい。
3人を代表して私が今回の調査の結果を伝えることになった。
「じゃあ、王家が選んで適格だと判断した3人の令嬢たち全員が王太子妃には向かないという結論なんだね?」
お父さまの言葉に私は頷く。
「素敵なご令嬢たちだと思うけれど、王太子妃には向いていないのではないかと思うの」
お父さまはとお兄さまは考えるような表情。お母さまとエル姉さまとシアは話し合いをした当事者だから驚きはなし。双子の方からは、パウリ……ワーカホリック……HSP……となんの事かわからない単語が漏れ聞こえてくる。
今後はどうするのかな。また他の令嬢を選出するのかな、なんて考えていたら、お兄さまが声を上げた。
「アンたちが私の結婚相手を選ぶにあたって、どんな条件を考えていたの?」
「それは……」
お兄さまが幸せになれる人。
妹たちとも仲良くやれる人。
自分に仕えている人たちをぞんざいに扱わないこと。
血縁関係が濃すぎない人。
「最初はこんな感じだったけれど、侍女を経験してからは……」
王族でいることがストレスになりすぎない人。
お兄さまとの結婚が嫌ではない人。
「結婚相手の方も幸せでなければという事も大事だなと思って追加したの」
「なるほど。いい条件だと思うけれど。父上、先ほどの3人以外に候補に上がってくるような令嬢がいますか?」
お父さまは考えたけれど、
「未婚の令嬢でウィルと年齢が釣り合って、婚約者もいない相手となると、今までより範囲を広げて改めて探す必要があるね」
「そうですか。……実は私には、アンの言っていた条件に合いそうな心当たりがあります」
「え?」
びっくりした。お父さまがもっとしっかり探さないと、と言った矢先に、心当たりがあるって。誰のこと?私には心当たりがない。
お父さまは、お、そうかそうか、となんだかわかった顔をしてニヤニヤしている。お父さまも気がついてる?
「本人に確かめたわけではないので、まずは確認しようと思います……アン、少し相談に乗ってもらえるかな。後で部屋を訪ねてもいい?」
お兄さまは最初はお父さまに話し、後半は私に向けて話しかけてきた。
妹たちの中での私だけへのご指名だなんて。頑張らなきゃ。
「もちろん。私に協力できることなら!」
「どうぞ」
私の部屋を訪ねてきたウィル兄さまを招き入れる。キアラがお茶をいれてからソファに座る私の背後に立つ。
お茶を一口飲んだウィル兄さまはほう、と長い息を吐いた。
「相変わらずキアラの入れるお茶は美味しいね」
「そうでしょう!私もキアラの入れてくれたお茶大好きなの。それで兄さま。私、例の話の続きが気になっているんだけど」
「僕の結婚相手の条件に合う令嬢の話だね?」
「そうよ!あの後考えてみたんだけれど思い当たる人がいないわよ」
「気がつかなかったかー」
お兄さまはキアラの方をチラ見した。私が振り返るとキアラは首を振っている。
「……キアラは知ってるの?」
キアラは頷く。え、なんでいつも一緒にいる私がわからないんだろ?
「まあ、もう一度アンの言っていた条件をおさらいしてみようか」
お兄さまの方に向き直り、
「ディナーで話したあれね、1番目にお兄さまが幸せになれる人」
「一緒にいると幸せな人だよ」
「わぁ、惚気!」
からかうように言うと、兄さまがちょっとムッとした顔になった。からかったらいけないやつだったか。真面目にやろう。
「……じゃあ次。妹たちとも仲良くやれる人」
「もう仲良くしているから大丈夫」
すでに私たちのお友達か。誰だろう?
「自分に仕えている人たちをぞんざいに扱わないこと」
「キアラ、君はアンからどんなふうに扱われている?」
キアラが口を開いた。
「率直に申し上げると良い主人です。時折無茶振りもありますが、基本的には大切に扱っていただいていると感じます」
「キアラ?」
「アンは自分に仕えている人をぞんざいに扱ったりしていないだろう?」
「!?」
もしかして、
もしかして、
お兄様の言っている令嬢って……私のこと!?
「……兄妹だよ?」
「アンが言ったのは血縁関係が濃すぎない、だろう。私は父上の血を引いているがゲルトルート王妃の血は引いていない。アンは血筋としてはゲルトルート王妃の姪で、父上の先祖の血は引いているがかなり遠縁だ。どうだい、血筋としては問題ないだろう?」
お互い貴族なので曹祖父母あたりで繋がりがあるけれど、血が濃いとは言えない。
「……そういえばそうね」
「そうだよ。忘れていたかい?」
「忘れていた、というか考えた事もなかったから……」
軽く頭が混乱している。え、兄さまが私を?そういえばさっき一緒にいると幸せな人って、私のことか!?うわ、照れる。時間差で顔が熱くなった。
私がようやく理解したのを見たウィル兄さまがにやりと笑った
「そうか。まあ仕方ないかな。ところでアンは王族が窮屈でストレスが溜まるかい?」
侍女として潜入してから増えた項目。王族でいることがストレスになりすぎない人。イリスさまは難しそうだった。
「……多分、王族は向いているほう……」
繊細なイリスさまに比べたらね。
なんだろう、この意見を聞かれているようで答えが決まっている感じは。どんどん追い詰められている感覚。
「じゃあ最後に言ってた条件は?」
それは……
お兄さまとの結婚が嫌ではない人。
どうかな。お兄さまのことは好きだけど、お兄さまだもの。結婚なんて考えたことなかったから……
「……考えさせて」
結論は先延ばしに。言葉を変えれば逃げた、とも言う。
お兄さまはいい返事を期待しているよと言い残して私の部屋を去った。
「はあああああ」
部屋の扉が閉じられた直後。張り詰めていた気が抜けて、ソファに倒れ込んだ。
「だらしないですよアンネリーゼさま」
と、キアラから速攻でお小言が飛んでくる。
「だってだってだって!急転直下じゃない!?」
ソファに突っ伏していた顔を上げてキアラを見ると、呆れたような顔をしていた。
あ、この顔最近見た気がする。思い起こすと、イリスさまのところに潜入した初日の、自室に下がってキアラと話した時もこの顔だった。
「私からすると全然急転直下なんかじゃないですよ。陛下だって気がついてらっしゃいましたし」
ディナーの時のお父さまのニヤニヤは気が付いてたってこと……?
「私は全然気がついてないし!」
「アンネリーゼさまは鈍いので」
「……いまそんな貶す言葉を直球投げて来なくてもいいじゃない……」
さらにべったりとソファに突っ伏すと、キアラが言葉を重ねてきた。
「アンネリーゼさまはご自分の言われたことに責任を持ちますよね」
「有言実行は大事なことよ」のろのろと体を持ち上げる。
「では、イリスさまの所に潜入した日、ご自分がなんと言われたか覚えておられますか」
「イリスさまが可愛い!」ガバッと上半身を起こした。
「その後です。私がウィリアムさまのご結婚がそんなに大事かと聞いた時、アンネリーゼさま、なんとおっしゃいましたか」
「えっと……ウィル兄さまには幸せでいてもらわないと……?」自分の発言を頑張って思い起こす。
「もっと後です」
「私にできることはなんでもする、……って言った!言ったけど!……無理!」
「アンネリーゼさまは独身で婚約者もいません。血筋が近いならば問題ですが、血縁関係が遠い養子養女との結婚は合法です。独身の殿方と独身の姫君が結婚するのになんの障害がありますか?」
「……身分の差とか」
「ありますか?」
「ないけど!……家族の反対とか」
「ありますか?」
「……なさそうね」
お父さまも気がついていて止めなかったのだから。貴族の結婚は当主に決定権がある。ディナーの時の様子だと、止められる気がしない。
なんだかこの外堀埋められてる感じ……私、選択肢なくない?
「ねえ、キアラ。私、養子の王女なんだよ。政略結婚の駒のための王女でしょう?だから、国外でも嫁ぐつもりでいたのよ。知らない相手だって素直に言われるままに嫁ぐ覚悟をしていたのに」
「アンネリーゼさまは大切にされてますから、陛下はそのように考えていないと思われますけど……。でも、もし仮にアンネリーゼさまが国外に嫁がれたら私とはお別れですね」キアラはそっけない。
「え、キアラ、ついてきてくれないの?」
「婚約者がこの国にいますし」
「そんなぁ、冷たい」
「アンネリーゼさま、よい解決方法があります。ウィリアムさまに嫁げば私はこのままアンネリーゼさまにお仕えします」
「キアラが一緒にいてくれるのは嬉しいけどさあ、お兄さまだよ、お兄さま」
「ウィリアムさまのことがお嫌いなのですか?あんなに幸せになってほしいって言っていて?」
「いや、嫌いじゃないよ。好きだけど。それは家族としてであって」
「どうしても受け入れられないとおっしゃるなら、陛下もアンネリーゼさまを尊重してくださると思いますけどね。でもアンネリーゼさま。先ほど言われるままに嫁ぐ覚悟をしてたって言ったではないですか」
「うっ……。それはそうだけど、まさかこんな身近で」
「アンネリーゼさま」
キアラが私の名前を呼ぶ。この口調は、お説教をする時のものだ。やだ、嫌な予感しかしない。
「……なに」
「観念なさいませ」
私はがっくりと肩を落とした。
この会話の1ヶ月後には観念した私。
さらに2年後、お兄さまと私は盛大な結婚式を挙げた。
王族が不足していて、子供たちの公務は16歳から始まるが、成人は18歳。
登場順
アンネリーゼ(アン)16歳 第二王女(養女)
イリス18歳 侯爵令嬢 超繊細
ウィリアム(ウィル) 22歳 第一王子(王太子)
エレオノーレ(エル)16歳 第一王女
オルテンシア(シア)15歳 第三王女
カトリーヌ20歳 伯爵令嬢 仕事大好きハイスペック
キアラ アンネリーゼの侍女
クリスティーヌ18歳 公爵令嬢 壊滅的うっかり者
ゲルトルート(ゲルト)30代 王妃 エレオノーレ、オルテンシアの生みの母、コンスタンスの妹。ウィリアム(先妻の息子)、アンネリーゼ(姉の娘)、双子(親戚の子)は血のつながらない子供たち。
コンスタンス(コニー) アンネリーゼの生みの母、ゲルトルートの姉(故人)




