にしゅうめ
さらに1週間後。私アンネリーゼとエル姉さま、シア、お母さまの4人が集まって侍女たちが出て行ったところで開口一番。
「カトリーヌさまは王妃になるのを望んでいない。ご本人がはっきり仰ったわ。候補から外してほしいって」エル姉さまが言った。
私は驚いた。
「ご本人が言ったって、どうやって聞き出したの?」
エル姉さまがため息を一つ吐いた。
「私が王女のエレオノーレだってバレちゃったんだけど。なんで変装までして私の侍女になったのって聞かれたのね。それで正直に兄さまの結婚相手の候補の普段の様子を見に来たって言ったら、ね」
「エル姉さまの変装がバレちゃったなんて」
上手にエル姉さまに見えないように化けてたと思ったけれど。
「変装は悪くなかったみたいよ?ただ、4カ国語を話せるっていうのが珍しいって気がついたみたい」
確かに。よほど多国籍な環境で育ったか、しっかり教育を受けていなければ4カ国語も話せるはずがない。カトリーヌさまの侍女になれる振る舞いができるのはしっかり教育を受けられる人間。そうすると高位貴族の可能性が高い。その中で該当者を探すと、エル姉さまくらいしかいない、ってことね。
「カトリーヌさまは言語を生かしていずれ国外に行って暮らしたいって思っているそうよ。でも、伯爵令嬢の立場だし、当主の父親に結婚を決められたら従うしかないとは言っていたの。もし王太子の婚約者候補になったのに資格なしと言われたら国内で他の結婚相手を見つけるのも難しくなるかもしれなくてむしろ好都合、って言われたわ。あ、この話がカトリーヌさまのご実家に伝わると困るからここだけの話ね」
貴族の結婚は当主の意思が優先される。カトリーヌさまの意志を汲むかどうかは当主にかかっているが……カトリーヌさまのお父さま、伯爵は厳しい方だった記憶がある。
「カトリーヌさまが乗り気じゃないなら候補から外した方がいいのかな?でも、王妃でも外国にいったり、外国の人をもてなしたりするから、カトリーヌさまの能力を活かすことができそうなんだけどな」
能力を活かすことだけを考えたら王妃になるのも悪くなさそう。そんなことを考えていたら、お母さまが首を振った。
「王妃の能力だけを見れば適任かもしれない。でももし無理に結婚したとしたら、カトリーヌさまの外国で暮らしたかったっていう夢を諦めさせることになるわ。きっとずっと悔いが残ってしまう。……それに、もしかしたら行きたい外国に想う人がいるのかもしれないわ」お母さまがしみじみとした口調で言う。
エル姉さまを見ると目を見開いていた。
「さすがお母さま。鋭い」
「あら、当たり?」
「口外しない約束でお名前も教えていただいたわ。できるなら彼の近くに行きたいって」ため息混じりに話すエル姉さま。
対照的にシアは目がキラキラさせて、「お姉さま!それは是非叶えて差し上げたいわ!ねえ、お母さま、王家の力でなんとかならない?」とお母さまの手を取った。
お母さまは思案しながら、
「そうね、何かしらのサポートは出来るかもしれないけれど……まずはウィリアムの婚約者が決まらないと候補から外せないわね。イリスさまの方はどうだったの、アン」
私に話が回ってきた。この話の流れでは言いづらいのだけれど。
「私は、イリスさまにとって王太子妃は荷が重いと思った」
「荷が重いって……イリスさまがそう言ったの?」
シアの質問に私は首を振る。
「私と、イリスさまの付きの侍女長の意見なんだけど」
そう前置きして私は今週の出来事を話すことにした。
今週は半ばにイリスさまはお茶会を主催する予定になっていた。お茶会をつつがなく成功させるには準備が要る。お茶やお菓子の手配、出席予定の方に失礼がないように食べ物の好みや嫌いなものの確認、話題の提供、家の中や庭ををどう飾り付けるか。警備や侍女の配置など。
考えて準備しなければいけないことが沢山ある。イリスさまはひとつもミスが出ないように、失敗しないように直前まで念入りに確認をしていた。当日もお客さまを迎え、おもてなしをし、お帰りになるまでずっと気を配っていた。後片付けの指示を出したり、バタバタしていたその日の夜、イリスさまは発熱して翌日から2日ほど寝込まれた。
侍女長によると主催のお茶会の後に寝込むのは珍しくないという。
「気を配って、気を配って、疲れ果ててしまわれるのです。終わった後もあれを失敗してしまったとか、こうすればよかったとお一人で反省会をしておられて。非常に繊細な方なので、見ている方も心配してしまいます。イリスさまは素晴らしい貴族令嬢ですが、ゆくゆくは王妃となる立場は重責かと思います」
私がイリスさまの普段の様子を見るために潜入した王女だということを知っている侍女長の言葉だ。
話を聞いていた他の3人は黙ってしまう。
「イリスさまはすごく繊細なんだね…」シアがポツリと言った。
エル姉様も、「王家に慣れることができたらいいけれど、できなかったら病むかも」と呟く。
「私、自分が繊細かもしれないって思ったことがあったけれど、イリスさまを見てたら私は結構図太いんだなぁって」今週イリスさまを身近で見ていて思っていたことだ。
私の言葉に、エル姉さまとシアが同時にため息をついた。
「失敗にくよくよしてたら公務できないわね。次から次に回ってくるもの」
16歳から公務を始めているエル姉さまならではの言葉だと思う。私も公務は始めたばかり。慣れないことも多くて大変だ。
「生まれた時からだと当たり前って思っちゃうけど、冷静に考えると結構大変な環境だよね」
シアも来年には16歳になる。普通の貴族令嬢なら結婚するまで比較的のんびり過ごせるけれど、王家は仕事待ったなし。今は王族が少ないから一人一人の分担が多いらしい。
今回の婚約者候補の元に潜入作戦だって王家の執事長と侍女長が頑張ってスケジュール調整してくれたから実現できたのだ。……後で私付きの侍女のキアラに頼んで2人には何か差し入れしておこうっと。
「そういうことでイリスさまは候補から外していいかな?」
私が訊ねると、
「異議なし」「同じく」「良いと思うわ」
それぞれから是の返事が戻ってきた。
「それで、結局3人ともなしってことになったけどこれからどうしよう?」
シアの言葉にお母さまは、
「ウィリアムのパートナーの話なんだから、本人の意見を聞いてみましょう。来週末のディナーは家族全員集まれる予定だから、その時にでも話題にしてみましょうか」
「はーい」
「それはそうと、カトリーヌさまとイリスさまのところに行くのはもう良いのかしら?執事長と侍女長に来週のスケジュールを伝えないと」
「私はカトリーヌさまにも挨拶が済んでるし、もう行かないわ」
エル姉さまは準備がいい。
「私は一回挨拶に行きたいかな、あと来週の中日はお婆さまのところに行きたいからそこは空けておいてほしい」
私の言葉にシアがああ、そんな時期なのね、とつぶやいた。
「よかったらシアも一緒に行く?お婆さま喜ばれると思うわ」
「私は遠慮しておく。その日はアン姉さまと水入らずで過ごした方がお婆さまにはいい気がする」
シアが言うと、お母さまも、
「みんなで行くのは別の機会でいいんじゃないかしら。アン、お母さまのことよろしくね」
「はい」
そしてこの日は解散となった。
「お婆さま、お久しぶりです」
「アンネリーゼ!よく来てくれたわね!」
お婆さまにギュッとハグされて私もギュッとハグを返す。
「何年経っても悲しい気持ちは変わらないわね。あなたが来てくれて嬉しいわ」
お婆さまの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。今日は私の生みの親のお母さま、お婆さまの娘のコンスタンスが亡くなった日だ。
私を産んだお母さまはお父さまと一緒に事故で亡くなった。家族に愛されていたお母さまが亡くなったことで家族一同悲しみに暮れたが、特にお婆さまの憔悴は酷かった。らしい。
というのも私は当時幼児で、お母さまのことは覚えていない。何があったのかも物心がついてから聞いただけである。
両親を一気に亡くした私。幼かったので大人の世話を必要としていた。親族も大きなショックを受けて混乱が続き、放置気味にされてしまった私を引き取ってくれたのが、お母さまの実の姉にあたるゲルトルートお母さまだった。すでに王の後妻となりエル姉さまを産んだ後、シアを妊娠している時だったそうだ。ゲルトルートお母様が王にかけあって私を養女として迎えてくれた。私を産んだお母さまとゲルトルートお母さまは血を分けた姉妹だし、お父さまも王族の遠縁だったため、ぎりぎり私の血筋も王族の養女になることに問題がなかったらしい。両親を一度に亡くした悲劇の令嬢という世間の同情や、王族が少ないこともあり私は今、王女として過ごしている。
「アンは年々コニーに似てくるわね。本当にそっくり」
お婆さまは嬉しそうに言う。
シアやエル姉さまもお婆さまの孫だけれど、亡くなったお母さまに似ているのは私。だから命日は私がお婆さまに顔を見せに来てお慰めするのが恒例になっている。
「アンは今年16歳よね」
「はい、お婆さま」
「コニーが婚約したのは16の時だったわ。アンも同じ歳になったのね」
この国の貴族女性は成人と同時に結婚することも多い。成人前から内々に婚約者が決まっていることも珍しくない。
ちなみに私には婚約者がいない。まずは長男のウィル兄さま。次に長女のエル姉さまが決まってから王家の選定にかなった人と婚約することになるんだろうな、とぼんやり考えている。どのような過程になったとしても自分の思う通りになるなんて考えてもいない。王の血を受け継いでいるエル姉さまやシアと違って、私は政略結婚の駒となることでしか王族として育った恩返しができないのだ。民に支えられて民のために生きる王族となった以上わがままは言えない。そう教育されたし、私もそのことについては納得している。
「アンはどんな人と結婚するのかしらね」
王族に自由はないとわかっているお婆さまの案じるようなまなざしが印象に残る訪問になった。




