第一章四話 守護者
至る所に亀裂が走り、瓦礫が散乱する商店街の入口。その中心で赤い巨躯の鬼人の大男が倒れ、傍らには一人の青年が立っている。怒りのままに暴れ自身の脅威を知らしめた大男を、その青年が赤子の手をひねるかの如く打ち倒したのだ。そんな現実離れした光景を目の前にして、周囲の民衆は息を飲み、騒がしかったはずの町の中に静寂が訪れていた。
「ガーディアンです! 全員その場を動かないで下さい!」
そんな張り詰めた静寂を切り裂くように、叫び声が、ただし声量に反して穏やかな声色で木霊する。その途端、張り詰めていたような雰囲気がふと緩んでいくのが感じ取れる。
「ん?」
今度はなんだ、と大男を打ち倒した青年、タクが声のした方を向く。すると、数人の男女が人を掻き分け、タクたちの方へ走ってきているのが見えた。彼らが姿を見せた途端、周囲の民衆は次々に安堵の表情を浮かべ、次第にざわめきが再び町を埋めていく。
「ガーディアンってのは⋯⋯、衛兵みてえなもんか?」
『ガーディアン』。この街に来てから何度か耳にした単語であったが、その姿を見るに治安組織の一種なのだろう、とタクは合点がいった。そうこうしているうちに、怪我人の確認や事情聴取のためか彼らの内の一部が民衆の元へと向かい、残りの者たちがタクの元へやってくる。
「こんにちは。僕はカルム・ニーロと申します。鬼人の男が暴れているとの通報を受けたのですが⋯⋯、これは一体どういう状況なのでしょうか?」
と、タクに近づいた者の内の一人、霞色の髪の若者が尋ねてきた。カルムと名乗るその人物は中性的な顔立ちをしているが、服装を見るにれっきとした男性だと見て取れる。
「ああ、その鬼人だけど、今すぐにでも止めねえと危なそうだったんでな、俺がのしちまった」
「え?」
「へへっ」と笑いながら受け答えをするタク。その言葉にカルムは一瞬理解の追いついていない顔をし、タクと倒れている大男を何度か見比べると、やがて納得したように顔を明るくした。
「なるほど、そうでしたか! 貴方がいなければ僕たちの到着までにもっと被害が出ていたかもしれません。暴漢制圧のご協力、ありがとうございました」
そう言いながらカルムは深いお辞儀をし、対するタクは手を左右に振る。
「そんな大層なことはしてねえさ。むしろ、もう少し穏便に済ませられたら良かったんだけど」
対話を試みた際、もう少し言葉を選んでいればマシな結果に落ち着いていたかもしれない。武力行使になってしまった時点で最善の行動は取れていなかったと、タクは反省を交えて振り返りながら、自身が打ち倒した大男へと目をやった。
そこではガーディアンであろう二人が鬼人の大男を拘束し、担架のような物に乗せている。だが、その巨躯は担架に収まりきらず、足がぷらんとはみ出ているようだ。その様子を見届けて、タクは再びカルムの方へ向き直す。
「とりあえず、後のことはあんたらに任せていいんだよな?」
「ええ、安心してください。今回の騒動は責任をもって僕たちが引き継ぎます。⋯⋯ただそのためにもう少し詳細な話をお聞きしたいので、お手数ですが署までご同行願えますでしょうか? あまり時間は取らせませんので」
と、カルムは申し訳なさそうな表情を浮かべる。同行、つまりは取り調べでもされるのだろう。少々面倒ではあるが、タクもこうなることは首を突っ込んだ時点である程度覚悟していた上に、拒否して別の面倒事に発展するのも望ましくない。と考えて、タクは首を縦に振った。
「いいぜ。あんたらに付いてくよ」
「ありがとうございます。現場の処理は他の者に任せますので、僕たちは先に向かいましょうか」
タクの言葉にカルムはほっとした表情を浮かべ、タクを案内するように商店街の入口から離れていこうとする。タクも彼の後に付いてこうとして、ふと大事なことを思い出した。
「おっと、忘れるとこだった。さっきまで連れがいたんだけど、向かう前に一言かけてもいいか?」
「ええ、構いませんよ」
カルムに承諾を取り、タクはハルの元へと向かう。大男を避けていた民衆も移動を始めたため、人が多く通りづらいが、その隙間を縫ってなんとか辿り着いた。
「ハル、大丈夫か?」
「あ、タク。うん、びっくりしたけど、ケガはしてないよ。タクが守ってくれたおかげだね。ありがとう」
タクの目から確認してみても、ハルの言う通り彼女の体にケガは無さそうだ。
「いいってことよ。んでさ、折角案内してくれてる途中なのに悪いんだが、俺はあのガーディアンって人たちに付いていかなくちゃいけないらしい。てな訳で、その巾着は預けといてもいいか? 手間かけさせちまうが、直せたら届けに来て欲しいんだ」
「全然大丈夫。私に任せて!」
少し申し訳なさそうな様子を見せるタクに、ハルは胸を張って答えてみせた。その張り切り具合にタクも頼もしさを覚える。
「ほんと助かるよ。んじゃ、そろそろ行ってくる。また後でな」
「うん。また後で」
別れの挨拶を済ませ、タクは再びカルムの元へと戻っていく。その後ろ姿を見つめながらしばらく手を振っていたハルは、もう片手に持った巾着袋を見て違和感に気が付く。
「あれ⋯⋯? タク! 中身は!?」
そう。巾着袋の中身が入ったままだったのだ。咄嗟に声をあげるが、既にタクの姿は人混みの中に紛れていて、賑やかさを取り戻した民衆の中ではハルの声も届かない。
巾着袋の中には財布や地図など大切なものも入っているのだが、単にタクが忘れているのか、ハルのことを信頼して預けてくれているのかは不明だ。
「大丈夫かな⋯⋯」
日常に戻りつつある街の中、ハルは手元に残った巾着袋を見てぽつりと呟いた。
*****
「⋯⋯結構待たされるのな」
タクが今いるのは、カルムに案内されて辿り着いたこの町の中でも特に大きな建物、その中のロビーのような場所だ。ここに着いてすぐ、カルムは準備をしてくると言って建物の更に奥へ向かって行った。しかしそれから約二十分程経つが、まだ戻ってくる気配がない。
「ま、どうしようもねえし、気長に待つとすっか」
ロビーの大きなソファに腰掛けながら、待ち時間の中、幾度となく見渡したこの建物に再び目を向けてみる。
この建物も他の建造物と同様に漆喰が主な建材として使われている。高さは外から見た感じ四階ほどあり、この町の中でも一際目立つほど大きい。
また、開放されている大きな玄関の上には『上下左右に向かい合った四枚の盾』を模した紋章が飾られている。確か、カルムたちも同じ紋章の描かれた徽章を身に着けていたはずだ。恐らくは、この紋章がガーディアンのシンボルマークなのだろう。
次に内装だ。建物の大きさに見合った中々に広いこのロビー。内装や照明のおかげか清潔感があり、長居してもあまり疲れなさそうな雰囲気だ。それに、二階まで吹き抜けているためかかなり開放的な印象もある。現在はタクの他にも数人の来客があるようで、ロビーの中にある受付では女性の職員らしき人が訪れた客の対応をしている。
加えて、建物のあちらこちらに他の職員らしき人の姿も見える。ある者は慌ただしく移動していたり、ある者はくつろいでいたり、またある者は別の者と会話をしていたりなど、各々が各々の行動を取っているようだ。
「お役所にしちゃ少し賑やかだな。変な感じだぜ」
「大変長らくお待たせしました」
と、ようやくカルムが戻ってきた。その手にはいくつかの書類と、トレイに乗ったティーセットを抱えている。片方は事情聴取用の書類で、もう片方は客人に出すためのものと見た。
「申し訳ありません。事情聴取のための手続きに少々手間取ってしまいまして、タクさんの貴重なお時間を無駄にしてしまいました」
「大丈夫だよ。別に急ぎの用がある訳でもないし。あと、それお茶だよな? わざわざ持ってきてくれたのか」
「お待たせしてしまいましたから、喉が乾いているのではないかと思いまして、お詫びも兼ねてご馳走させてください。さ、こちらへどうぞ」
そう言いながら、ロビーの奥にある個室へ案内してくれるカルム。タクもその後を追い、部屋に入った後、先程よりやや小さめのソファに腰掛けた。目の前のテーブルにはカルムが用意したティーカップが置かれていて、そこにカルムが流れるような動作で茶を注ぐと、清涼感がありつつ気持ちの落ち着く香りが部屋に漂う。一般的な紅茶の香りとはまた違うようだ。
「面白い匂いだな。ハーブティーか?」
「ええ。実はこれ、僕の私物でして、先日友人から貰ったものなのですが、とても美味しかったのでぜひ他の方にも味わって欲しかったんですよ。もしもお口に合わなかったら取り替えますので、遠慮なく伝えてくださいね」
そんなカルムの前置きを耳にしつつ、タクはティーカップに口をつけ、中身を口に含む。口の中に広がる優しい甘みと、鼻から抜けるハーブの香りが心地よく感じられる。
「うん、美味い。てか結構甘いけど、砂糖は入れてなかったよな?」
「ええ。ハーブの甘みだけですが、大分飲みやすいでしょう?」
「ああ、かなり美味い。気に入ったぜ」
「お気に召したのならなによりです」
気に入って貰えてよかったとニコニコ笑顔のカルムを眺めながら、タクも二度三度と茶を口にする。そうして程よく雰囲気が和んできた段階で、タクから話を切り出した。
「そんじゃ早いうちに済ませちまおうか。そんで最初に聞いておきたいんだけど、あんたらガーディアンって一体なんなんだ? 俺、他の国から来たせいでちょっとここの常識に疎くてさ。見た感じ、おおかた衛兵みたいなもんだろうとは思ってるんだけど」
治安を守るのが仕事というのは一致しているのだろうが、それにしてはタクの知る衛兵とは似つかない点が多々ある。やけに開放的なこの建物もその一つだ。
「ええ、その解釈で概ね大丈夫です。ですが衛兵などとの違いとしては、僕たちガーディアンは領主などでは無く国によって管理されています。そして国中の様々な町や村に派遣されて治安維持や防災、人命救助などの仕事をしているんですよ」
「へえ、なるほどな。ってことは、ここがこの町でのあんたらの拠点ってわけか」
「はい。ガーディアンの拠点は『防安署』と言いまして、王都に置かれているものが防安署本部、この町『グルノアット』に置かれているここは、グルノアット支部になります」
カルムの説明で粗方理解の進んだタクは納得といった表情を浮かべて頷く。そんな前提の確認も程々に、そろそろ本題に入ることとする。あまり時間をかけてしまうと、この町での滞在初日のほとんどが堅苦しい話で潰れてしまいかねない。
「そんじゃ、俺はなにから話せばいい?」
「それではまずお名前とご住所、あとはご職業などを教えて頂けますか?」
タクが話を切り出すと、書類とペンを持ったカルムがタクへ質問を投げかけてくれた。最初だからか、ごくありきたりな問いだ。
「名前は拓。姓は無い。今はちょっと旅をしてて、どっかに住んでるってわけじゃねえんだ。あ、名前は読みと書きが特殊だから書いとくよ」
タクは話の内容を調書に書き込んでいたカルムからペンを借りると、適当な紙に自身の名前を書いてカルムに渡す。それを見てカルムは興味深そうに頷いた。
「なるほど⋯⋯、お名前は北西部などでよく見かける形ですね。ご出身もそちらですか?」
「いや、出身は海外。アンストラって国だけど、知ってるよな? そこで傭兵みたいなもんをやってたんだ」
「なるほど、傭兵⋯⋯。先の騒動を治められたのも戦闘慣れしていたからだとすると納得です。ですけど、アンストラですか⋯⋯」
「そ。なんとなく事情はわかるだろ。まあそこら辺は置いといて、他に聞きたいことはあるか?」
色々と曰く付きな出自ではあるのだが、今この場にあまり関係のある内容ではない。話が逸れても仕方がないため、タクは話題を元に戻そうとする。タクの意を汲んでくれたのか、カルムもこれ以上追及しようとはせず、事情聴取を続けてくれる。
「⋯⋯それでしたら、目撃者の方から貴方が炎を操っていたとお聞きしているのですが、タクさんは『魔法』を使えるということでお間違いないですか?」
「ああ、合ってるよ」
━━『魔法』。それは、亜人と少数の人間が引き起こすことのできる特別な事象のことを指す。それらは『魔力』と呼ばれる力をエネルギー源として発生し、魔力を用いない『科学』では起きるはずのない現象を引き起こすことから、『不可能を可能にする力』とも呼ばれることがある。
そして、当のタクは炎を操る魔法を行使することができるというわけである。
「厳密には炎を生み出した上で操れるんだ。こんな風にな」
と言いながら、タクは人差し指を立てる。するとその指先が赤く光り、小さな火の玉が現れた。その火の玉はタクの指先を離れると、くるくると自由自在にタクたちの周りを飛び回り、やがて再びタクの指先に止まった。
「おお、練度も高いですね。相当訓練されたとお見受けします」
「それほどでもねえさ。まあこういうの以外にも色々できるんだけど⋯⋯ん?」
「どうされました?」
少し自慢気に自らの力を披露している中、突如として口を止めたタク。その様子にカルムが首を傾げる。
「ちょっとな、さっき連れの子に渡した巾着袋に財布を入れたままだったことを思い出してさ」
「そうでしたか。なにか不都合がありましたら、一度取りに戻りますか?」
「いや、それは大丈夫。なんだけど、なんか少し、妙なんだ」
「━━? それはどういう⋯⋯」
怪訝な顔を浮かべながら話すタクの言葉の意図がわからず、カルムが聞き返そうとした、その時だ。
「━━大変だ!」
━━二人の会話を遮るようにして、突然建物内に男の声が響き渡った。建物内にいた人々は何事かとざわめき立ち、タクたちも個室の扉を開け、声の主である建物の入口に立つ男に注目した。
その男はわなわなと震えているようで、その表情はまるで信じられないものを見たというように蒼白。何度か息継ぎを繰り返し、続いて放たれた言葉は、その場にいる人々に新たな事件の幕開けを予感させるのに充分なものであった。
「━━人が、消えちまった⋯⋯!」
*****
「現場は、ここで間違いありませんね」
「ああ、そうだ⋯⋯」
カルムの言葉に頷くのは、先程ガーディアンの拠点へ通報しに来た男。彼の通報から早数分、男曰く『人が消えた』という現場である大通りから外れた道、それに接続している路地の前にタクはカルム共々訪れていた。
ガーディアンであるカルムはともかく、無関係であるはずのタクがこの場にいるのは一見不思議かもしれないが、れっきとした理由が存在する。それには通報者であり、目撃者でもある男の供述が関係していた。
目撃者の男曰く、姿を消した人物は三人。小さな女の子、黒服を着た長身の男、そして青髪の女だ。
目撃者がこの道を通りがかった際、小さな女の子とそれを追いかける黒服の男が路地へと入り、それを見た青髪の女が更に彼らを追いかけて路地へと入っていったそうだ。
その後すぐに悲鳴が聞こえ、目撃者は急いでその路地を確認したが既に人影は一つも無く、すぐさまガーディアンへと通報しに来たという。
もちろんこの町に訪れたばかりのタクに、小さな女の子や黒服の男についての心当たりはないが、問題は青髪の女だった。これは十中八九ハルのことだろう。なにせ先程タクはそのハルに対して青髪の人物を生まれて初めて見たと話したばかりで、そしてこの町に住むハル自身、自分以外に同じ髪色の人物を見たことが無いと言っていたからだ。
そうして行方不明者の一人が知り合いである可能性が高いために、結局タクへの事情聴取は中止、一転して別の事件の調査に関わることになったというわけである。
「つーか、また路地裏か。再三注意しろって言ったんだが、まあしょうがねえ」
タクがハルと出会ったのも路地裏であった。原因はハルがタクを子供から金品を脅し取るようなゴロツキと勘違いしたことだったが、そうやって危険なことに備えもなく首を突っ込むのは避けた方がいいと忠告したばかり。
口を酸っぱくした忠告に意味が無かったと考えると、タクは少々やるせない気持ちを抱える。しかしハルに悪気は無いだろうし、起きてしまった以上は仕方ない。と、すぐに思考を切り替えて、タクは事件の解決に向けてリソースを割くことにする。
「人が消えた。となると、魔法が使われたと見るのが自然ですね。考えられるのは『透明化魔法』や『隠匿魔法』、それから⋯⋯」
「『転移魔法』だな。多分こいつの可能性が一番高い」
推理を開始したカルムをよそに、タクはずかずかと路地に足を踏み入れ、しゃがみ込む。そしてカルムに聞かれるよりも早く、タクは己の足元を指差した。
「ここ、よく見てくれ。舗装されてるせいでわかりづらいけど、足跡だ。そんでこの跡だが、少し奥で途切れてる。単に姿を隠す魔法だったらこうはならねえし、そもそも被害者が騒げば目撃者も気付くはずだ」
人通りが少ないせいか、路地にはうっすらと砂埃が積もっている。その砂埃が僅かだが、確かにこの場所に訪れた者の痕跡を残していた。確認のためにカルムも路地へと入り足元を注視する。
「本当だ、よく気付きましたね。そして途中で途切れている、と⋯⋯。確かに転移魔法の線が濃厚ですね。しかし、そうとなると捜査は困難を極めますよ。なにか手がかりでもあれば話は別なのですが⋯⋯」
この手の事件で最も厄介なのが転移魔法だ。瞬時に別の場所へと移動することができるといった代物だが、移動の過程を踏まないために残す痕跡も極僅か。更に転移距離の限界も使い手によって異なるため、追跡は不可能と言っても過言では無い。
今回の事件が一筋縄ではいかないと察し、顔を引きつらせるカルム。だが、そんな重苦しくなりそうな空気を、タクの声が一変させた。
「あるぜ」
「え?」
予想外の言葉に間抜けな声を上げて、カルムはタクを見やると、対するタクもカルムに顔を向ける。
「あるんだ、手がかりが。一つだけだが、とびっきりでっけえのがな」
光明を見出したように口の端を上げ、タクはそう言い切った。




