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一番最後に笑う者  作者: 48度のぬるま湯
第一章 青髪少女誘拐事件
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第一章三話 赤い炎

 紐を切られてしまった自分の巾着袋を直すため、タクは町娘であるハルの案内に従い、彼女の家を目指していた。しかし、彼女に案内された道を見て、タクは物申さずにはいられない。なぜなら━━、


「━━結局裏路地じゃねえか!」


「あ、あはは⋯⋯」


 ハルの案内しようとする道というのが、先程二人が出会った場所よりも、さらに狭く枝分かれした路地のことであったからだ。まるで人が通行することを想定されていない作りで、高さの不揃いな段差や舗装が不完全な足場であったり、誰かが捨て去った物の数々が散乱して足の踏み場が無かったりと、通行には幾らかの勇気と体力が必要となる。


「普段からこんな道使ってんの? 一人で?」


「危ないのはわかってるんだけど⋯⋯、ほら、大通りって人が多くて動きにくいから、つい⋯⋯」


 確かに大通りは身動きが取りづらく、人の多さに伴う道の汚さのせいでタクも靴と荷物に被害を受けた。荷物に関しては二次被害的な部分があるため例外かもしれないが、道が汚れていたせいで盗まれたのならそれは汚れのせいだ。それに大通りから離れているため騒がしさもなく、落ち着いて歩くのには適しているだろう。


「て、理屈はわかるけどよ、こんな場所いつ誰が悪さしてるかわかんねえんだし、痛い目見てからじゃ遅いぜマジで」


「⋯⋯はい」


 人が少ないのにはそれ相応の理由がある。身を潜めるにはうってつけな上、事件が起きても気づかれにくいと、年若い女性が通るにはかなり危険な場所だ。先程も似たような注意をしたばかりであり、ハル自身も理解はしているだろう。だが念の為タクが再び釘を刺しておくと、対するハルはまたもやバツの悪そうな顔をして頷いた。


「ま、今回は俺がいるから心配は要らねえけどな。心置きなく歩いてくれりゃいいさ」


「っていうと、タクは結構戦えるの?」


 タクの台詞にハルが尋ねる。心配ない、ということは危険な目に遭っても対処が可能ということ。ならば悪党などと出くわしても撃退できるほどの力があるのかと、疑問に思ってのことだろう。その問いかけに、タクは自信ありげな頷きを返す。


「おうよ。こう見えて、昔から色々と揉まれてきたんだ。人よりは腕の立つ自信はあるぜ。つっても、最近は鈍り気味なんだけど」


「へぇー! 服に隠れてると分かりづらいけど、確かにムキムキだね」


 袖をまくり筋肉を自慢をするタクに、ハルは素直な感心の眼差しを向ける。その反応が思いのほか心地よくタクが得意げに鼻を鳴らしていると、ハルの関心は既に他の所へと移っていた。


「そういえば、タクは旅をしてるんだよね? 何が目的なの?」


「⋯⋯さっきも同じようなこと聞かれたな」


 一時間も経たないうちに同じ話をすることになるとは思わなかったが、別に話したところで減るものでもない。タクは快く話すことに決めた。


「簡単に言えば幸せ探しの旅ってやつだ。もう死んじまった友人からの遺言でさ、幸せになれって言われてよ。んで、俺も乗り気になってみたはいいんだが⋯⋯」


「━━だが?」


 言い(よど)んでしまったタクに、ハルは首を傾げる。しばし路地裏が沈黙に包まれる中、タクは閉じていた口を開いた。

 

「━━ぶっちゃけ、幸せってもんがよくわからん」


「わからない?」


 と、タクの口から飛び出たその言葉に、ハルは傾げていた首の角度を更に深め、疑問符を頭に浮かべている様子だ。

 

「言葉の意味そのままだよ。そいつに言われるその時まで、本当に幸せについてなんて考えたこともなくてさ、今更言われても思いつかねえんだ、これが。そんで、色々あって元いた国を出ることになったから、旅がてら幸せってのがなんなのか探してるってわけ」


「そうだったんだ⋯⋯。幸せに感じられることなんて人それぞれ違うもんね」


「そうそう。でも、やっぱり理解するためには他人から話を聞くのが一番手っ取り早い。━━ってな訳で、ハルにとって幸せってなんだ?」


「え、私!?」


 と、唐突ではあるが、タクは話の流れに任せハルに質問を投げかけてみる。急に話を振られ、目を丸くするハルだが、顎に指を当てて唸りながら考えを巡らせている。と、不意にその表情が落ち着きを見せた。やけに神妙な顔つきだ。


「私にとっての幸せ、か⋯⋯。私は⋯⋯大切な人がみんな元気に笑えてるなら、それが幸せ、なんじゃないかな」


「⋯⋯なるほど、大切な人の笑顔、ね。それは確かに、わかる気がするよ。こりゃ、意外と早く答えが見つかっちまったかもしれねえな」


「⋯⋯」

 

 ダメ元で聞いてみただけだったのだか、ハルの語る幸福論が案外腑に落ちたことに驚いている自分がいる。なんて考えていると、横を歩くハルの表情がまだ晴れていないことに気がついた。なにやら思い詰めているような表情にも見える。

 もしや、なにか思わぬ地雷を踏んでしまっただろうか。 

 

「と、ところでさ、俺ここに来たばっかでこの町のことよく知らないんだけど、なんかおすすめな観光スポットとかあったりする? なんか噴水のある広場が名所って話は聞いたんだが」


 ひとまず話題を変えようと、適当な話を振ってみせる。折角の観光なのだし、住人である者こそ知るおすすめの場所があるのなら知っておきたいというのも本心ではある。一方、尋ねられたハルは、タクの声を聞いて一瞬考える素振りを見せ、そしてすぐに「あ」と声を上げた。


「それなら、ちょうどこの路地を抜けた先がその広場だよ。そうだ、その広場の近くにある商店街がオススメかも。この町で一番たくさんのお店が並んでるんだけど、専門店なんかも色んなのがあってね、見てるだけでも楽しいんだ」


「へえ、商店街。そりゃ面白そうだな」


 話題が変わったことで気持ちも切り替わったのか、ハルの表情は先程よりも明るいものに戻った。一安心の気持ちを抱きながら、タクは彼女の提案について考えてみる。


 専門店が並ぶというのなら、確かに物珍しいものの一つや二つは目にできるだろう。ウィンドウショッピングだけなら金欠のタクであっても問題なく楽しむことができるだろうし、確かに妙案かもしれない。


「他にはね、今日はもう見られないけど、明け方の海なんかもおすすめだよ。朝早く起きなきゃだけど、海から太陽が昇ってくる景色がすごく綺麗だから、ぜひ見て欲しいな」


「日の出と海ね。良い事聞かせてもらった」


 連絡船から降りる時に一目だけ海を見たが、確かに見事な水平線が広がっていた。あそこから日が昇るとなれば、それはそれは美しい絶景が見られることだろう。ただ、今のタクの脳裏にはもうひとつ思い浮かぶことがあった。


「⋯⋯海といえば、ハルの髪の毛って海みてえな色してるよな。結構珍しくないか? 俺、青い髪の毛なんて初めて見たんだけど」


 そう言ってタクが目を向けたハルの髪の毛は青色、厳密に言えば海に似た瑠璃色をしている。タクは生まれつきの茶髪であるし、赤髪や黄髪なんてものもしょっちゅう見かけるが、タクはこれまで青髪の人物を見たことがなかった。

 

「うん、よく言われるよ。両親から遺伝したって訳でもなくて、私の他に青い髪の人なんて見たことないし、自分でもなんでこんな髪色なのか分からないんだよね」


「遺伝じゃねえのか、不思議なこともあるもんだな。⋯⋯って、やっと路地も終わりか」


 そんな会話をしている途中、ざわめきが耳に入り始め、やがて二人は路地を抜けた。そこはまた大通りであるようで、タクが少し先へ視線を動かすと、ハルの言う通り、大通りを挟んだ向こう側に大きな広場が存在している。


「話してたらあっという間だったね。馬車の来ないうちに向こう側に行っちゃおっか」

  

 幸いにも今は馬車が通る様子も無いので、ハルの案内に従ってタクは大通りを横断しようとする。その矢先だった。


 ━━耳をつんざくような悲鳴。


 賑やかなこの町の喧騒をかき消すかのように、誰かの悲鳴と、地面が揺れるような衝撃が辺りに響き渡った。

 

「なんだ?」


 何事かとざわつく人々を視界の中に捉えながらタクは音のした方向へ目を向ける。


 原因はすぐにわかった。タクの目線の少し先、一人の男が一軒の店の前で暴れている。だが周りの人々は皆その現場を見ているだけで、止めようとする者は見られない。しかし、それは決して責められることでは無かった。


 ━━理由はその暴れる男にある。


 人間二人分はある背丈に、はち切れんばかりの巨躯は赤く、額には一本のツノ。


 ━━『亜人』と呼ばれる、人間とは異なる特徴を持つ人種が存在する。


 『亜人』には種族ごとの特徴によってそれぞれ固有の名称が存在し、例を挙げるならば、外見に獣の要素を持つ者は『獣人族』、鳥の要素を持つ者は『鳥人族』などと呼ばれる。


 そしてその大男は、『亜人』の中でも鬼の特徴を宿す、『鬼人族』と呼ばれる人種であったのだ。


「なんだろう、トラブルかな? 大きな人が暴れてるみたいだけど⋯⋯」

 

「悪いハル、ちょっと行ってくるわ。これ、預かっといてくれ」


「え? タク!?」

 

 タクは一言言い残しながら持っていた巾着袋をハルへと投げ渡し、驚くハルをよそに鬼人の大男の元へ駆け出す。そして大男のそばに寄り━━、


「おいあんた、一体どうしたんだよ」


 誰も止めに入れないのなら自分が行くべきだろうと、タクは大男との対話を試みる。それに対し、大男はギロリと血走った目を見開いてタクを睨みつけた。


「アア!? テメエはカンケイねエダロ! スっこんデろボウズ!」


「ボウズなんて呼ばれる歳じゃねえが、とりあえず少し落ち着こうぜ。一体なんでそんなにキレてんだよ?」


 唾が顔にかかったが、ここで反応しては大男への刺激になってしまうと我慢して、タクは対話を続けようとする。そんなタクからの問いに対し大男は親指を外へ向け、あっちを見ろと指図をする。その指が示すのは目の前の洋服屋であり、そこには一人の店員がいた。


「ココの店は鬼人に服ヲ売らなイって言イやがるンダ! 種族がチガウってだけでヒト扱いしねエんだから、ヒドイ奴らだゼ、ニンゲンってのはサ!」


「誤解ですよ! 貴方は体が大きすぎるので、私たちの店には貴方が着られるような服は無いってご説明したじゃないですか!」


「口答エするンじゃねエ! オンナジことだろウガ!」


 店員の言葉に再び激昂した大男は近くにあった屋台の屋根を掴むと、思い切り地面に叩きつける。見た目通りの怪力に晒され大きな音を立てた屋根は、骨組みごと滅茶苦茶に壊れてしまっていた。


「おい落ち着け、暴れんな! 危ねえぞ!」


「━━ウガァアアアッ!」


 こんな人の多いところであの巨漢が暴れれば大変な事態になってしまう。しかし、大男はタクの制止に聞く耳を持たず、手当り次第に店の棚や台などを破壊する。


「どイツもコイツもオレヲコケにしヤガッてヨォォォ!!」


「亜人差別絡みだってのは予想ついたけど、流石にキレすぎじゃねえか⋯⋯?」


 薬でもやっているのか、あまりの暴れ様にタクの表情に困惑が浮かぶ。だが呆けているわけにもいかない。このまま自由にさせていれば周囲に危険が及ぶ。辺り見渡すと、店員は身の危険を感じたのかすぐに店の奥へ避難しているのが確認できた。だが、冷静に行動できた者がいる一方で━━、


「誰か! 早くガーディアンを呼んでくれ!」

「ちょっとどいて! 通してよ!」

「痛い! やめて!」


 付近にいた民衆の多くはパニックに陥り、一斉に逃げ惑っている。更にはこの町の人口密度が災いし、転ぶ者や人の壁に阻まれ動けない者など、逃げ遅れも発生してしまっていた。


 このままでは怪我人どころか死人まで出かねない。タクがそんな阿鼻(あび)叫喚(きょうかん)一歩手前の光景に気を取られていると、前方で大きな音。急いでそちらを向けば、大男の姿が消えていた。一体どこにいったのか━━、


「上か!」


「ムゥゥウウン!!」


 見上げてみれば、見た目にそぐわない跳躍をした大男が、タク目掛けて組んだ両手を振り下ろしてくる姿が目に入った。怒りの矛先をそばにいたタクへと向けたのだろう。


 そして、粗暴な破壊をもたらす鉄槌の如き両腕が、タクへと容赦なく振り下ろされ、大地をも震わせるような衝撃が大通りに響き渡った。


 

*****


 

「タク!」

 

 大男の一撃により、舗装された道は粉々に砕かれて瓦礫と化し、衝撃の余波で洋服屋の一部も損壊している。そして、舞い上がった粉塵がその惨状を覆い隠していた。

 

 そんな一撃を正面から受けた一人の青年。その身を案じたハルは彼の名を呼び、巾着を持つ手に思わず力が入る。しかし、返答は無い。粉塵に隠れていて彼の姿は見えないが、この場にいた誰もが彼の無惨な末路を思い浮かべただろう。その一部始終を目撃したハルもその例外ではなかった。しかし、次第に粉塵も晴れ、彼らの目に映った光景は誰の想像とも異なるものであった。


「⋯⋯アァ?」


 首を傾げ、後退る大男の姿。その眼前には、人影が立ちはだかっている。


「こりゃお前、流石においたが過ぎるんじゃねえか?」


 ここまでの破壊を引き起こした衝撃をその身で受けてなお、タクは二本の足で立っていた。無傷の体、平然とした声、そして余裕を含んだ笑みを浮かべながら。


「嘘⋯⋯!」


 目の前の光景が信じられず、驚きのあまりハルの口から声が漏れた。驚きを覚えたのは鬼人の大男も同じだったのか、大男は動揺を隠せないまま大きく後退する。


「ック、クソがァァア!!」

 

 錯乱した大男は、そのまま己が作り出した瓦礫や破片を手当り次第に掴み、次々とタクに向けて投げつけた。だが、そのコントロールは良いものとは呼べず、大小様々な破片が広範囲に飛び散り、タクの後方にいるハルたちの方へと向かってくる。


「きゃあっ!」

 

 だが躱したくとも、周囲の民衆の多くはパニックに巻き込まれたまま体勢を立て直せておらず、身動きが取れない。せめて命だけでも助かるよう、ハルは咄嗟に体を丸め、迫る破片への恐怖に身を固くし、目を瞑る。


 しかし、そうして何秒経過したのか、いつまで経っても訪れるはずの痛みはやってこない。


「⋯⋯?」


 恐る恐る目を開くと、ハルの視界に飛び込んで来たのは強い光。あまりの眩しさに涙が滲み、かろうじて分かるのはその色だけだ。


 ━━赤。炎のような赤。いや、違う。炎の、赤だ。


 涙を拭ったハルの目に映ったのは、赫々と燃え盛る巨大な炎。辺りを激しく照らすそれはタクの腕から吹き上がっていて、ハルたちに降りかかるはずだった破片を一つ残らず燃やし尽くしていた。 


「これ以上、好き勝手はさせてやれねえな!」

 

 大男の飛ばした破片全てが跡形もなく消えると共に、タクの腕から炎がかき消えた。そして啖呵を切ったタクは口の端を上げて、大男へと飛びかかる。


「ヌアアアッ!!」


 対する大男はこちらへ向かってくるタクを見るや否や拳を振りかぶり、タク目掛けて打ち出した。大男の巨躯と、その圧倒的な筋肉量から放たれる打拳は、素人目に見ても、タク程度の体格ならば軽々と打ち飛ばせるであろう程の力が込められている。


 しかし、タクは容易くその腕を払い、そのまま大きく空中に跳んだ。予想外の動き、拳が空振り崩れた体勢、大男が呆気にとられたのが見て取れる。


「━━大人しく寝ときな、癇癪(かんしゃく)野郎!」


 タクはそう吐き捨てて、大男の頭よりも高い位置から、姿勢を崩した大男の顔面へ、落下の勢いを乗せた拳を鋭く叩き込む。無防備にその拳を食らい、ただでさえバランスを崩していた大男は耐えきれず転倒。頭から地面に倒れ込み、鈍い音が響き渡る。


 数秒の沈黙の後、タクが拳を離してみれば、白目を剥きながらぴくりと痙攣する鬼人の姿が露わとなった。

 

「よし! 一件落着ってとこだな」


 仰向けになった大男を見下ろして、タクは一息つくように言い放った。  

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