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一番最後に笑う者  作者: 48度のぬるま湯
第一章 青髪少女誘拐事件
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第一章二話 青い少女

 大通りの脇にある薄暗い路地裏。人が通ることは滅多に無いような細道であるため、半ば露店や近隣住民の物置のように使われている。そこに散らばる数々の物影に隠れながら、一人の少年がぼやいていた。


「ちぇっ、全然入ってねーじゃん。こんなんじゃ割に合わねーよ」


 その少年はスリ師であった。彼はつい先程、大通りで何かに気を取られていた男にわざとぶつかり、その拍子に男が身に付けていた巾着袋を盗んでいたのだ。そのまま子供特有の小さな体格を活かして、ターゲットに追われないよう人混みに身を隠しながらこの場所へと辿り着き、戦利品を確認しようと巾着袋を開いた。


 しかし、中身はこの有様だ。見るからに安そうな衣服に古びた水筒とボロボロの地図、それから薄っぺらい財布だけ。財布の中には多少の金銭こそあったものの、少年の普段の成果と比べれば平均を大きく下回っているのが事実。今回はハズレだと少年は大きく肩を落とす。と、そこで少年は財布の中に奇妙な物が入っていることに気が付いた。

 

「なんだこれ?」


 それは指先程の大きさの、ひとつの小瓶であった。それをつまみ上げよく見てみると、豆粒大の小瓶の中でさらに小さな火が燃えていることが分かる。しかし、油などの燃料となるようなものは見られない。


「あんまり大したことなさそうだけど⋯⋯、こんなもんでも売れば少しは足しになるかな」


 そこそこ奇妙な品ではあるため、案外物好きが高値で買い取ってくれるかもしれないと、落胆していた少年の心に少しの期待が湧く。そんな中、少年がそろそろ場所を変えようと思い立った時だ。

  

「━━よ、ボウズ。なんかイイもんでも見つけたか?」


 ここは少年以外誰もいないはずの路地裏。しかし少年の背後から、先程盗み取った巾着袋の持ち主である男、タクが少年の手元を覗き込んでいた。


「う、うわあああ!」


 まさかこの場にいるはずのない人物が現れたことに驚き、錯乱した少年は咄嗟にポケットからナイフを取り出して振り回す。だがタクはその腕をあっさりと掴むと、少年の抵抗も虚しくナイフを奪い取り遠くの地面へと放り投げた。そしてそのまま、少年の持っていた巾着袋も力ずくで取り返される。


「子供のくせに物騒なもん持ち歩いてんじゃねえよ。危なっかしくて仕方ねえ」


「クソッ! なんでここが分かったんだよ!?」


 人混みに紛れていた少年の姿はタクに見えていなかったはず。それなのに何故タクは少年の位置を特定することができたのだろうか。その謎がわからず少年はタクを問い質す。


「企業秘密だ。バカ正直に教えてまたスられちゃ目も当てられねえからな。ま、こんなガキンチョにスられてる時点でって話なんだけどよ」


 しかしタクはまともに受け答えするつもりなど無い様子。問答が無駄だと悟った少年はじたばたと暴れ、タクの拘束から外れようと試みる。


「チクショー! 離せよ!」

 

「嫌なこった。ま、お前随分ボロボロだし、なんでスリなんかしたかは想像つくけどよ、誰か頼れる大人に━━」

 

「━━ま、待ちなさい!」

 

「⋯⋯ん?」


 ここはタクと少年以外誰もいないはずの路地裏。しかしさらにもう一人の声が路地裏に木霊する。何事かとタクが声のした方向へ目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。

  

「そ、そんな小さな子供に手を上げるなんて、あなた、さ、最低よ!」

 

「⋯⋯は?」


 肩あたりの高さで切りそろえた青い髪の少女。丈の長いワンピースを身に纏ったその様相は、まさに町娘といったところ。そんな彼女は明らかにタクを敵視する目付きで睨み、突如として罵声を浴びせてきた。その事にタクは一瞬戸惑うが、瞬時に自身が少年を襲っていると誤解されているのだと理解する。

 

「いや、そりゃ勘違いだぜ。元はと言えばこいつが⋯⋯あ! おいコラ!」

 

 しかし、弁明をしようとしたタクの隙をついて、少年はタクの腕を振りほどき、流れるような動きで地面に落ちたナイフを拾い、そのままあっという間に大通りの人混みの中に紛れてしまった。


「まったく、逃げ足の早えやつ。⋯⋯まあいいや。それはそれとして、だな」


 最低限荷物は取り返すことができたので、逃げられてしまった以上はもう追う必要も無い、とタクは割り切る。そして誤解を解くための弁明を再開しようと、またもや少女に目を向けた。


「ちょっと! そ、その荷物もあの子のでしょ! それを置いて、どっか行きなさい! じゃ、じゃないとガーディアンを呼ぶから⋯⋯!」


 少女はまだタクの荷物を少年の物だと思い込んでいるようで、敵意を込めた視線をタクへと向けている。しかし、よく見れば少女の身体は震えていて、その声もどんどんと覇気を失っていく。それに気が付いたタクは毒気を抜かれたように息を吐いた。


「そんなビビらなくても何もしねえよ。あと言っとくが、悪いのあっちの方だぜ。俺は自分の荷物をスられたから捕まえてただけだ」


「⋯⋯⋯⋯え!? うそ!?」


 タクの発言に少女の表情は大きく一変し、盛大に驚きを露わにする。しかし今の発言だけで信じてもらえるかはわからないため、畳み掛けるようにタクは潔白の証明を続ける。


「もちろん証拠もある。ほらこれ、この国の通貨じゃねえだろ。少なくともあんな子供が持ち歩くようなもんじゃあねえな」


 至極自然な動作でタクは財布から硬貨を取り出した。この硬貨はタクがこの国に到着した際、所持金の一部を両替せず残しておいたものだ。そうしてタクの発言の信憑性が増したことで、少女の顔はみるみる青ざめていく。


「これでも信じらんねえなら、この地図に書いてあるメモの内容でも言い当ててみせようか。例えばこの町のとこには━━」

 

「━━い、いえ! 大丈夫です! す、すみませんでした! 私としたことが、早とちりしてしまって⋯⋯!」


 そしてついに自身の勘違いを確信した少女は、深々と頭を下げてタクに謝罪をする。対して、タクは誤解が解けたことに胸を撫で下ろした。


「ま、勘違いされるのも仕方なかったとは思うし、誤解が解けた以上どうこう言うつもりはねえよ。けど━━」


 顔を上げた少女の前に、タクは指を突き出す。そのまま少女がこちらに注意を向けたことを確認すると、タクは言葉を続けた。


「ビビっちまうくらいなら、こういう危なそうな場所には首突っ込まない方がいいぜ。戦う力が無けりゃあんたまで危険な目に遭うからな」


「⋯⋯⋯⋯はい」


 自らの行動の危険性を説かれた少女は、己の短慮を反省してか、しゅんとした顔で頷く。その様子を見るに、これ以上責める必要は無さそうだとタクは判断する。


「ま、いざって時に助けにいける勇気は大したもんだ。でも、もし次に首を突っ込む時はもっと人を集めてからにするこったな。てな訳で、柄じゃねえ説教も程々にしておいて、俺はここらで失礼するよ。⋯⋯うわ! あいつスる時に紐切りやがったな!」


 巾着袋を盗む際、少年は先のナイフで巾着袋を破損させていたようだ。それに気付いたタクは(いきどお)りながら路地裏に背を向けようとして、その背中を少女が慌てて呼び止めた。


「あ、あの!」


「ん、どうした?」


 少女の声にタクが振り返ると、少女が真っ直ぐとタクの目を見る。そんな真剣な面持ちを崩さないまま、その口を開いた。


「よければ、その巾着袋、直させてくれませんか? 不快な思いをさせてしまったお詫びがしたいんです」


「いいよいいよ、気にしないでくれ。中身さえ手元に戻りゃ充分だし⋯⋯って思ったが、このままじゃ不便なのも事実だな。んじゃ、折角だし、頼んでもいいか?」


 生憎と、タクは裁縫道具を持ち合わせていないし、裁縫技術も無い。ならば解決方法は新品を買うか修理してもらうかの二択だが、どちらも基本金がかかる。金欠のタクにとって出費は抑えられるだけ抑えたいため、引き受けてくれると言うのなら彼女の言葉に甘えるのが最善策だ。


「はい! 任せてください! そしたら、私の家まで付いてきて貰えますか? 流石に普段から道具を持ち歩いている訳じゃないので⋯⋯」


「俺は構わねえけど⋯⋯、そうホイホイと他人を家に招いていいのか? こんな短時間で俺を信用したってんなら、それこそ甘すぎるぜ?」


「でも、悪い人には見えませんから」


「⋯⋯疑ってきたくせに?」


「そ、それは⋯⋯!」


 タクの指摘にバツの悪そうな顔をする少女。自らの失言を思い返しているのか、また顔を青くする彼女の姿に、タクは思わず笑ってしまう。


「ははっ、悪い悪い、今のは意地悪だ。ま、あんたが良いってんなら、喜んで世話にならせてもらうよ。えっと⋯⋯」


 あまり彼女の気分を害してしまえば自分の巾着袋は直してもらえないかもしれないと、タクは揶揄(からか)ったことに詫びる中、ふと少女の名前をまだ聞いていないことに気が付いた。

 

「そういや、互いに自己紹介がまだだったな。俺の名前はタク。あんたは?」 


「私はハルっていいます。ハル・ニエルド。気軽にハルって呼んでください」


「ハルね。こっちも気軽にタクって呼んでくれ。あと、敬語は外してくれて構わねえ。俺はあんたの上に立ったつもりはねえからな。もっと気楽にいこうぜ」

 

 タクにとって、今この場も旅路のひとつ。どうせならばもっと和気(わき)藹々(あいあい)と会話をしたい、というのがタクの考えであった。


「え? わ、わかりま⋯⋯じゃなかった。わ、わかったよ。⋯⋯これでいい?」


「おうよ。ばっちりだ」


 タクの言葉に従い、ハルは口調を砕けさせた。そして恥ずかし気に頬を綻ばさせると、両手を体の後ろに組み、仕切り直すように再度タクへと話しかけた。

 

「じゃ、道案内させてもらうね、タク!」


「ああ、よろしく頼むぜ。ハル」


 勘違いから始まった出会いも程々に丸く収まり、やがて二人は足並みを揃え、町の奥へと向かっていった。

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