矯正収容所
どこかで見たような箱型の護送車が、大階段に面した歩道脇に停まる・・・。荷台部の扉が開かれ、
出てきたスェルは、政府へ続く幅広く長い階段の方へ歩いていく・・・。ふと立ち止まると、
「収容所職員ケイ・・・」後ろで御辞儀をしていた運転手へ、背を向けたまま声をかける。
「ハッ」暗い色で胸ポケット付き、警備員風の制服を着た彼から返事が返ると、
「仕事終わりに、調べてもらいたい・・・」それに横顔と視線を向けて要求する。
「貧民区の余力について・・・」続けたそれに対し、「その・・・」と申し訳ないように俯き、帽子のつばで目元が隠れる運転手、
「この男、今日の仕事終わりは風俗店に行く予定でして・・・」自らを指さして、そう答えると、
「そうか・・・」
「〝日課〟は何にも優先して守らんとな」何やら納得した老官は、顔を前に戻し、
「なら、他をあたる・・・」再び政府へと歩いていく・・・。
「「あんたは、改革派の生き残り・・・」」手に持たれた携帯端末から、いつか聞いたセリフが聞こえる・・・。
差し出すように端末の画面が向けられた先には、革製のソファーに座る二人とその両脇に立つ二人・・・。どれもスェルと同じような白か灰色の背広を着ていて、政府の高官といったところだろうか・・・。その中のソファー右脇に立つ、白背広の一人が、
「確かに、奴を除くには十分な証拠だが・・・」端末からの音声にリアクションする・・・。
「解せぬな。あれほどの男がこんな盗聴を許すとは・・・」続けて、長い髪を頭頂部で結い額が開けた彼が疑問を語ると、
「信頼でしょうな・・・」笑みを浮かべるその声は、先の運転手のものだ・・・。
「私は所謂、ドッペルゲンガー。彼のために、諜報やら流言、時には暗殺を行う、使用人に似せた替え玉・・・」帽子を脱いで話していたこの短髪の男も、スェル老の手足となって暗躍していた一人であるらしい。そんな彼の正体を聞いても、
顎を拳で支える右脇の若い高官、
「なるほど整形し演じさせた工作員か。しっかり調教し、よっぽど従順にした者しかやらせないだろうな。そうなると尚更・・・」
「裏切る理由がわからない・・・」そう言って、まだ疑いの目を向けてくる。すると、
「単に・・・」端末を弄り始める運転手、
「金のためですよ。一生遊んで暮らせる大金があれば、あの主に従って、危険な権力争いに付き合う必要もない・・・」その不遜な感じに、政府高官達は苛立ちを隠せないでいるが、
「主の首を売ると・・・」右脇にいる彼だけは気にも止めず、冷静に考え込んでいる・・・。しばらくの間の後、
「それで、幾らだ?」考える姿勢のまま、密告者へ目を遣る冷静な高官、
「これほど用意してもらえれば・・・」密告者はすぐさま、さっきから弄っていた端末の画面で要求する金額を提示する・・・。それを見て、
ソファーから腰を上げる中年の高官たち、
「何だ!この金額は!」と太ったチョビ髭、
「調子に乗りよって!」と眼付きの悪い禿げ頭、灰色の背広の二人がそれぞれ怒鳴り立てる。
「いいんですよ・・・」怒る権力者にも、密告者は余裕な様子で、
「今すぐ、この証拠を削除しても・・・」端末の画面に親指をかける・・・。たじろぐ中年高官達、
「落ち着かれよ。先輩方・・・」と、彼らの後ろから若く冷静な高官・・・。その手元では端末を弄っているが、
「ほら、送ったぞ・・・。確認を・・・」そう画面を親指で押しながら、不遜な男のほうへ目を遣る・・・。
「確かに・・・」彼が手元の画面を確認すると、
「さぁ、さっさと渡・・・」すぐさまソファー左脇にいた、坊主頭で白背広の高官が手を差し出して寄ってくる・・・。が、
「後・・・」
「身の安全を保障してもらえますか?」密告者からの追加の注文・・・。近寄ってきていた高官は思わず固まり、
「渡した瞬間に殺されても溜まりませんので・・・」と続けるのを動じた顔で聞いている。その後ろでは、
中年高官二人が目元を陰らせ肩を震わし、今にも爆発しそうな様子だが・・・、
「こちらで安全な受け渡し方を考えろと・・・」それらの右脇で変わらず冷静な若い高官・・・。
一瞬考え込んでから、
「わかった。要人用の旅客機に乗せてやろう」そう顔を上げ、こちらを見てくる・・・。
「国外の上客や国の重役が乗る故に、こちらも妙な工作はできない空間だ・・・。その中に、〝現物〟を届ける手段を幾つか用意しておくから、お前が安全と判断したタイミングで送ってくれ・・・」不敵に笑いながら御辞儀する、この警備員制服の男が望むままに段取りをつけてくれるようだ・・・。
滑走路から飛び立つ、太陽が描かれた旅客機・・・。空へ上り小さくなっていくそれがガラス越しに見える空港のロビーに・・・、二人の高官が立っている・・・。
「良いのか・・・」
「あのような小物の言われるままに・・・」眼付きの悪い中年高官が、隣へ目を遣ると、
「大金も、不遜な態度も、些細なことですよ・・・」まつ毛の濃い、結い髪の若い高官が俯き、携帯端末を確認する。すぐさま顔を上げた彼・・・、
「奴を排除できるのなら・・・」その場を去る様子で歩き出した・・・。
家具やら絨毯やらがやたらと高価そうな部屋で、メイド服の女性たちが黙々と掃除をしている。一人は布巾で家具などを拭き、一人は床に静かな掃除機をかけている・・・。
突然両開きの扉が勢い良く開き、数人の兵士が自動小銃を抱えて、部屋の中に押し入ってくる・・・。別の場所では、盆を持ったまま両手を上げた執事が銃を突き付けられ、盆の上に在ったスープ料理が皿の割れる音とともに絨毯へぶちまけられる・・・。そうして各所で、メイドや執事達が次々と、国飼いの歩兵らに捕まっていく様子だが・・・、
「政府内の使用人は、粗方捕らえましたが・・・」その進捗について、後ろで手を組んだ、角刈りで眉間と額のしわが濃い男が報告している・・・。
「肝心の教育官と、執事長が見当たりません」というそれを受けた、額が開けた冷静な高官・・・。
「察して早々に逃げ出したか・・・」また拳で顎を支えて俯き、
「仕方ない・・・」動き出すように顔を上げると、
「ひとまず、手足だけでも捥いでおこうか・・・」柱に両手を縛られた召使達の方を見る・・・。
「しかし、どうやってドッペルゲンガーとやらと見分ける?」その横から、太ったチョビ髭高官が聞くと、
「必要ないでしょう・・・」濃いまつ毛を下ろし細めた、冷たい目をする結い髪の高官・・・、
「皆、始末すればいい・・・」
「召使などまた雇えば・・・」恐ろしいことを考えながら、怯える捕虜らを見る・・・。
「ま、待て・・・」それを手のひらを前に出し焦った様子で先輩高官が止める・・・。
「殺すことはないだろう。何というか・・・」
「惜しい。罪人にもまだ利用価値はある」命乞いをする彼の目は、美少女の捕虜に向いている。それで先輩の腹積もりを察した後輩は、
「収容所送りですか?」らしくもなく不快そうな顔で中年を横目に見る。その心中では、
(変態どもめ・・・。己が快楽のことしか考えていない)
(先代からこの国を託されているというのに・・・)と憤りを覚えている、後輩高官・・・。
(しかし・・・)また、考え込み、
(保守勢力を保つには・・・、こんな連中でも、繋ぎ止めねばならぬか・・・)という思いで、必死な様子の先輩を見つめると・・・、
「わかりました・・・。刑罰の裁量は、先輩方に任せましょう・・・」目を瞑りながら俯き・・・、投げやりな感じで、先輩へ手を差し出つつ場を離れようとする・・・。
捕虜たちが縛られた処刑場らしき場所を背にして彼は、
(好きに弄ぶといい・・・)と心中で吐き捨てた・・・。
如何わしく発光する看板があちこちに掲げられた繁華街・・・、〝堕天使〟とレモン色に輝く看板の下・・・。客引きをするその風俗店から少し離れたところに見える路地の前に、黒っぽい緑色の貨物車が停まっている・・・。どこかで見たような、その荷台部の両開き扉が開かれると、
女の囚人たちが、警備員に促されて車を降ろされていく・・・。彼女らは皆美人だがどれも虚ろな目で・・・、銃を突き付けられ脅されるままに、暗き路地の中へと消えていく・・・。そんな様子を風俗店〝堕天使〟の入り口前から見ている・・・、
凛々しい眉で髪の短い淑女・・・。総統やらスェル老の近くにいた中性的な〝執事長〟のようだが、今は分かりやすく女性もののスーツを着ている。そんな彼女が如何わしい風俗店へ入っていくわけだが・・・。
赤だかピンクだかの如何わしい色の明かりに照らされた部屋・・・、その中央に置かれたダブルベットの上に美しい長髪の少女がポツンと座っている。どこかで見たかと思えば、処刑場で縛られていた捕虜の一人だ・・・。
そんな室内にドアが開いた音がする。それに全く反応しない彼女だが・・・、人影が近づき・・・、近くまで来ると、そちらへ低い目線を向ける。スーツパンツを身に着けた足元が見えるが・・・、
「安心しろ・・・」スーツ姿のその人物は中性的な声で話しかけてくる。顔まで見ると、
「私だ・・・」執事長がそこに立っている。
「執事長!まさか助けに?」驚いてベットから腰を浮かす美少女。ドッペルゲンガーの疑いで捕まった元メイドの彼女からすれば、上司に当たる目の前の淑女は、
「流石に、ここから出してやることはできないが・・・」
「幸いここは金次第で、〝お気に入り〟を独占できる。それで、身も心も守ってやれるだろう」眉尻を上げての頼もしい笑みを見せてくれる。それを受けて、
「それなら・・・」他所に視線を向けて何かを考えている様子の元部下・・・、
「もう一人お願いできますか?」そう頼みつつ、ベットから離れ立ち上がる・・・。
膝を折りたたんだ正座状態で頭を下げ、球状の頭髪に光る天使の輪を見せてくるそれは・・・、
「選んでいただき、ありがとうございます・・・。とりあえず・・・」
「オイルでも塗りたくりましょうか?」顔を上げるとやはりルウペ少年だが、スカートとブレザー、ネクタイを身に付けた女学生の恰好をしている・・・。
「何やってんですか・・・」戸惑う執事長へ、
「これか?」見せびらかすように低い位置で両手を広げた女装少年・・・。
「客には愛想良くした方が、面倒事を避けられるって。風俗店の店長が・・・」気の抜けた顔で事情を話すと、
「そうではなくてですね・・・。どうしてこんなところにいるのかってことで・・・」危険そうな所に放り込まれながらも変わらず呑気なサイコパスに動じているのか、汗をかいている執事長、
「矯正収容所に送られたはずでは?」と確かめる。
「やっぱ変だよなぁ」
「次期総統の第一候補が、これって・・・」両手を支えにベットへもたれた女学生ルウペ、
「明らかに人権無視の、死人扱い?」続ける彼の話を聞いて、淑女は何かに気づいた様子で、
「挙句が、風俗送りって処置はよくわからんけど・・・」少年が考えるように瞳を上に向けると、「いや・・・」ボソッと呟き、
「わかります・・・」
「あの収容所所長なら・・・」総統候補が酷い扱いを受ける理由に、心当たりがあるようだ。
「〝彼女〟なら、「あなたを殺してもいい」と命じられれば、きっとこうする・・・」ルウペをここへ送ったであろう人物ついて、良く知っているような物言い・・・。
「そうなのか?」明るい灰色の目を向けてくる少年に、「おそらくは・・・」頷いた執事長、
「ひとまず・・・」
「あなたも〝独占〟するよう、店側には注文しておきます」細い曲線が独特な木製椅子から立ち上がり、
「後は、スェル様に相談してから・・・」その上司を意識しているように遠い目をする。その脇で、
「爺ね・・・」胡坐をかきベットに両手で持たれて、嫌そうな顔のルウペ少年。
液晶画面に美女たちの顔画像が並んでいる。中には、捕まった元メイドや女装ルウペのもあり、それらの右下に、丸の中に(独占)と書かれたマークが見える・・・。
「あれ?」それを見ていた誰かが声を溢す。
(もう先客がいる・・・)画面を見上げ思う、太い背中・・・、
(くっ、折角生かしたのに・・・)太ったチョビ髭高官が悔しそうな顔をしている・・・。そんな彼の前で、
「あの~」と話す男の声、
「ここに〝独占〟とあるのですが、どういう?」見上げるほどの高さに掲げられた、先ほどの風俗嬢達が並んだ画面を指さし、細身の男がカウンターに尋ねている。具体的には、女装少年をご所望のそれに、
カウンターの向こうでは、スーツ姿の女性店員が応対して、
「この〝社奉囚〟を他のお客様が独占契約、貸切っておられるということです。最短一週間は、その方以外のお相手をさせることはできません。一週間経つと、社奉囚は全てのお客様に開放されますが、独占されていた方が更新金を支払われた場合、この状態は続き、お客様がそれ以上の金額を払って独占契約をされない限り、お相手をさせることはできません・・・」額に触角のような前髪が二本かかる彼女は、あれこれ説明してくれる・・・。
それを聞いて細身の客、右に〝運〟字、左に車輪の形の耳飾りを付けているのが特徴的な好青年だが、
「今の独占契約以上の料金を支払えば、すぐにでも会えますか?」独占された風俗嬢にどうしても会いたいようだ。
「いえ・・・」申し訳なさそうに頭を下げた女性店員、
「それは今契約中のお客様の信用を損ないますので・・・、〝最短〟」
「一週間は他のお客様との契約は叶いません」彼女がそう断ると、
「そうですか・・・」好青年は他所を見ながら、諦めたように気を落とす・・・。その後ろから、
「待っていられるか・・・」彼の横を通り過ぎる、ゴツい男・・・、
「そっちの勝手なルールなんて知ったことか。こちとら〝お客〟だぞ。四の五の言わず小僧に会わせろ!」無精ひげの厳つい男が、肘をカウンター掛け前のめりになって威圧的に店員に迫る・・・。
(同じ目的か・・・)後ろから耳飾りの青年が不穏な様子を見ていると、
「確かにお客様は大切ですが、他のお客様との契約もありますので・・・」女性店員は乱暴そうな男に動じもせずに、淡々と要求を断る。先ほどと同様、申し訳なさそうに頭を下げる形で・・・。
米神に血管を浮き上がらせた厳つい男、
「融通の利かん受付が・・・、それなら何処にいるかだけ教えろ」肘をカウンターから離し体を起こしながら別の要求・・・。
「直接会いに行く・・・」と続ける彼に、
「それも出来かねます・・・」それでも断る、御辞儀姿勢の店員、
「独占契約したお客様のための商品ですので、それを駄目にしてしまうようなことは・・・」と説明が終わらぬうちに、
「もういい・・・」強引な男はどこかへ向かおうとする・・・。
「中で勝手に探す・・・」〝天〟と書かれた暖簾に区切られた店の奥へと進んでいく様子で・・・、
「困ります!お客様!」店員はこれを引き留めるように手を伸ばす。
「中へは受付で手続きされないと・・・」という彼女の言葉も耳を貸さず、男はずんずんと行ってしまうが・・・、
その足が突然止まる・・・。
「何のつもりだ。貴様・・・」後ろを見ると、フード被った怪しい人物が彼の腕を掴んでいる・・・。
「警備の者です」西洋甲冑の兜ような鉄面を被ったそれは男の声で、
「大人しくこちらのルールに従っていただけますか?」身勝手な客に思いとどまるよう求める・・・。
「断る!気の利かない店のルールなんぞ・・・」ゴツい男が厳つい形相で、後ろへ喚き散らかそうとすると・・・、
(動かん!?)掴まれた腕を見て、焦っている・・・。
「致し方ありませんね・・・」鉄面の縦に空いた空気穴から漏れる、不気味なセリフの後、
「があぁぁぁ」迷惑な客が悶え苦しむ。痛みの元、
掴まれた腕を見ると、
(なんだ!?)
(何かが!入り込んで?)根か血管のようなものが枝分かれしながら、縫うように腕の中を走って来ている・・・。
そんな人間離れなことをやってくる存在は、
「実用的に鍛えられた筋肉に・・・、身体の至る所にある銃痕・・・。なるほど・・・」根を張った男の体内を探っているかのような言動をしてから・・・、
「軍人の方ですか・・・」とその素性を察す・・・。そして、
「大方・・・、先の反乱で痛い目を見た、都市守備隊の残党・・・」
「反乱軍を指揮していたルウペ少年に仲間を殺されて・・・」
「その復讐に来られたというところでしょうか・・・」悶えている男の目的についても・・・。
後ろから続ける鉄面フードの警備、
「しかし、そんな輩の横暴を許しては、店の信用に関わるんですよ・・・。海外からの上客や国の重役、あなたなどより遥かに高位な方々からの信用にね・・・」そう〝身勝手〟を許さない理由を話した後・・・、
「だから、そんな〝上流階級〟達との契約を守れるよう、そして店の雰囲気を損なわせないためにも、店(我々)には・・・」
「あなたの如き暴漢への実力行使の権限が与えられている・・・」静かな言葉と共に、客は激しく仰け反る。これが実力行使だと強調せんとばかりに、〝拷問官〟が痛みを強くしたようだ・・・。
「良くて、痛めつけてから店を追い出され・・・、最悪」
「そのまま収容所に送られることになる・・・」聞かされた可能性に、暴漢は一瞬痛みも忘れてギクッとする。
「晴れてあなたも、〝社会奉仕囚〟の仲間入りというわけです」動揺しながら後ろを気にする彼に、そう付け足す警備・・・、
「今回は前者の処置くらいで収めるつもりですが・・・、どうです?」
「まだ復讐のために無理強いをして・・・」
「最悪の結果になりたいですか?」最後通告と言わんばかりの問いを投げかける・・・。
「わかった!」焦った様子の迷惑客は、
「今日は帰る!帰ってやるよ!」痛みに耐え兼ねたのか、〝最悪の結果〟を避けたかったのか、ルウペ少年を諦めてくれるようで・・・、
「よかった。では・・・」それを聞いた警備はすぐに手を放し、潜入させていた触手のようなものを引き抜く・・・。それが入り込んだものの傷一つない腕を押さえる客、
「またのお越しを・・・」とぼとぼと去っていくその背を、フードの警備は頭を下げて見送った・・・。
迷惑客を追い払った鉄面が受付に寄って来ると、
「ありがとうございます・・・」受付《彼女》が触角如き前髪をだらりとさせて御辞儀する。
「礼なら〝所長〟にいうのだな・・・」他所を向いた怪しい身なりの男が、
「あのような輩がやってくると予見して、私をこちらに遣わされた・・・」そう誰かに言われて来たことを教えると、
「あの方が?」軽く驚く受付、
「それにしても・・・」
「贅沢な警備ですね」
「〝獄長〟の最も信頼する護衛が来られるなんて・・・」と鉄面フードをじっくりと見る。どうやら被ったフードは肩から羽織った体を覆う黒いマントに付随したもののようだ・・・。
「他が信用できないんだよ・・・」話題の人物のことを考えているのだろうか、他所を見ている鉄面、
「知ってるか?」
「スェル老のドッペルゲンガー・・・、政府内の使用人だけでなく、警備やら役人にも化けてるらしい・・・」そんな彼の話から、
「それを警戒してあなたにですか・・・」所長だか獄長の疑心を察する受付・・・。理解が早い彼女へ、
鉄面はマントから手を覗かせて、
「確かに良くも悪くも・・・」
「こんな存在は、化けようもないからな」上へ向けた手のひらから生やした〝触手〟をウネウネと動かすのを見せる・・・。そんな怪物染みた様子に、
「羨ましい限りです・・・」悲しそうに、そう溢す受付、
「きっと私のことも信じてないのでしょうね」彼女が続けると、
「残念だが、そうだろうな・・・」すぐさま鉄面が応え、
「「親しい人間がいつの間にかすり替わっていた」なんて話を聞けば、慎重なあの方のこと・・・、当然気を許しているあなたもそうではないかと疑われる・・・」話題の人物に信頼されているという男は、その心理についてよくわかっているようだ・・・。
それを聞いて軽く首を傾げた受付、
「身内や恋人でも見分けが付かないってこと?そうなったら・・・」
「それこそ人間離れした特徴でもないと、本人確認は無理でしょうね」と、得体の知れない鉄面フードをジロジロ見てから、
「ほんと・・・」
「私も〝研究機関で改造〟してもらおうかしら・・・」皮肉めいたセリフを溢した・・・。
数本の煙突が天へと延び、金属製の足場や階段が複雑に入り組んだ、暗がりの工場・・・。使われていないのか、電灯の一つも灯っていない、そんな施設の川べりに・・・、空いた幾つかの穴が見える・・・。どれも下の縁から下方向にかけて液体が流れ出ていたような痕があり・・・、
痕の先にある河の水は、やはり濁り脂ぎってテカっている。魚の骨まで浮かび、分かりやすく穢れている・・・。汚染された河に沿って進み・・・、草一つない荒廃した河川敷にまで至ると・・・、
川沿いをスーツ姿の細身の人影が歩いている・・・。中性的な容姿の執事長だ。彼女は悲しい目をして、穢れた河に玉葱のようなゴミが流れているのを見ているが・・・、
突然何かに反応して目を見開く。視線の先には、
魚の胴体から足が生えたような両生類らしき影が、濁った水の中を泳いでいる・・・。今度は何かを踏んだ感覚に足元に目を遣ると、
青々とした雑草が、足の裏に力強く反発してくる。足を退けると何事もなかったようにしっかり身を起こす元気な草・・・。それを避けて彼女がまた歩き出すと・・・、
進むほどに自然が再生していくのを体感する・・・。濁った河は徐々に透明に変わり、清水らしい輝きを見せていく・・・。その潤いのおかげで、荒廃した大地も次第に緑を取り戻し、それと共に虫や小動物達も戻ってくる・・・。
緑に囲まれ執事長が歩みを止めると、
清水を湛えた水田を有する農村を見る。公害で失ったはずの、在りし日の田舎の風景・・・。田植え機が水田の中を進み・・・、近くの民家では質素な灰色の着物姿の男が、縁側で握り飯を食べている・・・。湯飲みに口を付けた、農夫らしき彼がこちらに気づくと、
「その小奇麗な姿・・・」と手に持った物を置き、縁側の板敷から腰を上げて、
「浮浪者という訳ではないようですが・・・」
「危ないですよ・・・」縁側へ上るための石台にあった靴を履く。縁側前の庭園に出て妙に小奇麗な農夫は・・・、
執事長の行く先にある民家の正面玄関まで出てくると、
「ここは穢れ国です。我々が〝環境再生〟を進めてはいますが、まだ途上・・・」
「無断でうろつかれては、命の保証はできません・・・」と前まで来て、温和な表情で忠告する・・・。
一連の態度から農夫が何者か察して、相対する執事長、
「スェル老の配下の者です・・・」自らを指すように胸元に手を置く・・・。
「こちらに匿われているのは知っています。どちらにいらっしゃるのでしょうか?」相手の身なりにそぐわない敬った言葉で、詰め寄ると、
「スェ・・・?何の話を?」顎に手を遣り首をかしげる農夫。その様子に、
(警戒されてる?あの方を殺しに来たと・・・)そう見たスーツの女は、
「どうすれば、証明できます?」単刀直入に、知らぬふりの男に尋ねる。
「そうですね・・・」それに農夫は考え込んでから、
「革命軍の一味、例の大国の使者・・・。その〝死に様〟についてお聞かせ願いたい・・・」と手を差し出し逆に質問・・・。それがスェルと近しい人間しか知りえない情報であることを考えると、本人確認といったところだろうか・・・。その答えを知っているこの男も、もう〝追われる老人〟との関係を隠すつもりはないようだが、
目元を陰らせながら続け、
「これは、スェル老がここに隠れていることを肯定する言葉。故にお答え次第で・・・」
「執事長殿と確認できねば、〝命の保証はできません〟・・・」言葉とともに、回答者の首元に注射器が突き付けられる。得体の知れない液体の入るそれを握るのは、スーツ姿の男・・・。そんな状況に、
(〝穢れ国での事故死〟扱いにされる訳ね・・・)と〝不正解〟辿る結末を察し、頬に汗を垂らす執事長・・・。
「脳が焼かれて死んだ・・・。で、いいかしら?」農夫の質問に答える・・・。それに頷いた温和な眉の男、
「疑って申し訳ない・・・。本物と確認できましたので・・・」
「彼の元へ案内させていただきます・・・。こちらへ・・・」顔をこちらへ向けたまま身体を捻り、スェルの元へ案内する素振りを見せる・・・。
路地裏、ゴミ袋が溢れんばかりに詰め込まれた大箱・・・。スライド式の蓋が閉まらない程に満杯で、入りきらなかった分が脇の地面に置かれている・・・。そんな様だから、
カラス達によってゴミ袋は食い破られ、その中身が散乱し・・・、ゴミ回収ボックスの周りは、無残に荒らされている・・・。そんな醜き大宴会に、作業着の人影が現れ、
厄介者達は飛散・・・。自由郷の上空へ・・・。都市から離れ、荒廃した大地を見下ろしながら飛んでいき・・・、
穢れ国の中に一部だけ、青々と茂る地帯が見えてくる。豊かな自然に誘われて一つの小山へ・・・、滑空する勢いのまま森の中へ突っ込もうとしたところ・・・、
首元から何かが刺さったような鈍い音。体内に走る衝撃と痛みを感じながら、地面に落ちたところでその意識は途切れる・・・。
それと同じような内容の映像がズラリと並び流れている。どれもかの都市で始まり青い小山で終わるそれで・・・、画面を分割して表示されているが・・・、
そんなノートパソコンのディスプレイを、スェル老が座って見ている・・・。カッターシャツをラフに着て丸太椅子に座る気品あるこの老人・・・。その周りには、烏の死骸が転がっていて・・・、烏の頭には妙な球体の装置、そしてその首元には水色に輝く金属でできたひし形の刃物が突き刺さっている・・・。
そんな感じの死骸が無数に転がる中、それらが見てきたであろう記憶映像を見ている老人・・・。その足元には、〝丁陽茶〟とラベルに標記された空き缶も転がっていて、銀色の缶底に人影が写り込むと、
スェルはすかさず、振り返りながら何かを投げ、手元からの爆音とともにそれが弾け飛んでいく。
農夫姿の温和な顔へそれは迫り・・・、彼の配下か護衛らしきスーツ姿の男が要人を護らんと飛び掛かると、覆い被さるその上を瞬く間に水色の何かが通り過ぎる。飛んで行った方を農夫が確認すると・・・、
木の幹に深々と突き刺さる、水色ひし形の刃物・・・。
「〝手甲弾き〟に・・・」それを見た農夫の言葉・・・、
「〝脳探り〟・・・」次に頭に装置が突き刺さった烏の死骸を見て、
「新しい技術を早速使いこなしているようですね・・・」立ち上がったスェル老へ目を遣る・・・。
「申し訳ない・・・」と彼は口では謝るものの、冷ややかな目で見下してくる・・・。受けて、
「いや・・・」と護衛を退かす温和な表情の男、
「死角から近づいた、こちらが悪かったのです・・・」殺されかけたこちらほうが申し訳なさそうな様子で、立ち上がる・・・。
「こうしたら、どう反応するか。気になって・・・」と続ける彼だが、それに見向きもせずスェルは、その奥にいる人影に気づき、
「何しに来た?」現れた手下、執事長への第一声・・・。
「「呼びつけるまで、接触してくるな」と言っておいたはずだが・・・」そう冷ややかな目で彼女を見つめると、
「申し訳ありません。どうしても伝えておきたいことがありまして・・・」オドオドしながら返す手下・・・。
「教え子が風俗送りか?」厳かな雰囲気で上目に見てくる老上司は、彼女が話そうとすることを察して、
「は、はい、それです・・・」執事長が肯定すると、
「そんなくだらんことを報告しに、わざわざ会いに来たのか?」俯いて目元が陰る上司・・・。
「こちらの身が危うくなるかもしれんのに・・・」彼がそう続けると、
「くだらないって・・・」と溢し戸惑う手下は、
「後見人となって権力を手に入れるのに、あの方は必要なのでは?」上司のほうへ前のめりになって、そのことを確かめる。すると、
「才を愛する〝君主気取り〟とは、相容れないということだ・・・」執事長、農夫とその護衛、たたずむ三人を前に腰を下ろしたスェル老・・・。
「つまり・・・」聞いて執事長が、
「方向性の違いで、仲違いしたと?」そう解釈すると、
「大体そんな感じだな・・・」腿を肘掛に丸太椅子に座っている老人・・・。
「私の粛清が、アレにとっての宝を壊すんだと・・・」と続けるのを待ってから、
「まぁ普通に・・・」と執事長、
「国にとって有用な人材まで殺してしまう、傍迷惑な御方ですからね。戦略ゲームで君主脳になったあの方が、権力を与えたくないのもわかります・・・」厳かに座るこの上司が嫌われていることに納得する・・・。それを踏まえて彼女、
「ということは・・・」
「あの方を救う気はないのですか?」そのことを察しながらも、一応聞いてくる。白髪の老人は俯き気味になって、、
「そうだな・・・。むしろ・・・」
「危険な目にあってほしいまである・・・」彼の言葉に、思わずゾッとする執事長・・・。そこにスェルは続けて、
「我らが助けもせず、このまま保守派の魔手が伸びれば・・・」
「あのふてぶてしさの根源・・・、見せてくれるかもしれない・・・」教え子の何事にも動じない呆けた顔が気になっていたようだ・・・。そして、
「あるいは、そんなものはなく・・・」やや微笑んだように見えるその口元が話す、
「ただ惨たらしく殺されるのか・・・」不吉な言葉・・・。それに不安になりながら執事長、
「でしたら・・・」
「申し訳ありません・・・。店で、あの方を〝独占契約〟をして来てしまいました・・・」ばつが悪いのか、目をそらす・・・。
「あれでは、あちらも一週間は手出しはできない・・・」そのように上司が危険な目に遭わせたい少年を保護してしまったことを伝えると、
(まあ、今までの方針に添えば、正しい判断だが)老上司はそう思いながらも、
「要らぬことを・・・」目を瞑り、辛辣な言葉。
「気が利き過ぎるのも、問題というわけだな・・・」続ける、その嫌味を受けて、中性的な部下は、
「はい。申し訳ありません・・・」顔に汗を垂らして、そう返事すると、
「すぐに戻って、契約解除を・・・」体を向こうへ横顔と視線だけこちらに向けて、場を去る様子を見せる。
「待て・・・」それを呼び止める、掠れた上司の声。
「お前はこのまま、国を出ろ・・・」
「しばらく都に、政府に近づくな」有無を言わせない高圧的な感じで命じる。
いきなりのそれに、執事長が戸惑っている内に、
「つまり・・・」彼女とは別の、男の声。
「中央で良からぬ事が起きると・・・」そう言って、農夫姿の男が割って入る。老人の「国を出ろ」という命令から察した様子で、
「或いは、起こされる?」そう続けてから、
「なら、私も」
「〝環境再生〟の進捗を報告に行くのですが、止めておいた方が・・・」座る老人を見る。こちら鋭き眼を向けてくるそれは、
「あなたは・・・」
「普通に行ってください」何とも素っ気ない感じの返事・・・。
「変な動きをされては、獲物が危機を察知して逃げてしまいますので・・・」続ける、そんな理由だが、聞いた農夫は、
「つまり・・・」
「保守派連中を葬れる事態が起こるってことでですよね?」前のめりになって、〝リスク〟を確認。その顔に汗を見せて、
「その渦中に飛び込めと?」無茶な要求について問い質す。冷めた目で見てくるシャツの老人は、
「大丈夫ですよ・・・」
「最強の警備員もいますし」農夫の後ろに控えるスーツの男、ボディーガードらしきそれに目を遣る。それでも、
「しかし・・・」死にに行くようなことに頷けない、「ハ」の字眉の農夫は食い下がり、それに、
「行ってください」スェル老人は、食い気味に問答無用とばかりに要求を繰り返す・・・。
「はい・・・」渋々頷き肩を落とす農夫。護衛がその肩を叩いているが、
(弱いな・・・)それを見て思う執事長。
(匿っている立場なのに・・・。まるで逆らえない・・・)
(うちの主が、図々しいのもあるけど・・・)そうして心の内で、老上司の悪口を呟いていると、
「おい・・・」掠れた彼の声が呼ぶ。
「お前はさっさと行け・・・」
「私を危険に晒すな」きつい感じで睨んでくる上司に、
「はっ、はい」部下はすぐさま駆け出し、
草木生い茂る山道を行きながら彼女は考える。
(何だかんだで〝独占〟のまま・・・、あれなら、あの方も安全だけど・・・)
(相変わらずの〝怨敵粛清〟か・・・)
(収容所にまで、被害が及ばなければいいけど・・・)
主の復讐に、ルウペ少年が巻き込まれないか心配しているようだ・・・。
「所長室」と上に掲げられた、漆塗りの木製扉・・・。その前に着いた鉄面フード・・・。風俗店で暴漢を追い払った彼が、扉の脇にある四角い機器のボタンを押そうとすると、
「我らは、「処刑しろ!」と命じたはずだが?」室内から男の声がする・・・。中では、
「申し訳ありません・・・」政府高官が着る士官風制服姿の人物へ、警官制服の女が頭を下げている。顔を上げた、
黒いウェーブヘアで垂れ目の彼女は、
「具体的な日時を指定されてませんでしたので・・・」
「できるだけ〝社会奉仕〟させてから、執行しようと・・・」上目で高官へ言い訳する・・・。それを聞いて、
「よく言う・・・」後ろからでも坊主頭とわかる高官は、
「散々儲けておいて、〝社奉囚〟などと・・・」小ばかにしたような顔で見下してくる。そして目を閉じ、顔を背けた彼は、
「まぁ、そんな言い訳などはどうでもいい・・・。とにかく・・・」
「我ら〝ムルクの光〟は、早急にアレが死ぬことを望んでいる」自分達の派閥による何らかの要求を再度伝え、悠長にやっている収容所所長を急かす・・・。
「・・・わかりました」と頷いた女所長、
「しかし・・・、本当によろしいので?」左手を差し出すそぶりを見せ、
「あの方は現在、唯一の総統候補。処刑してしまい、その上総統閣下にもしものことがあれば・・・」
「〝太陽の血族〟は途絶えてしまうのでは?」そう高官へ確認する。
「ふん・・・」鼻を鳴らした高官は、所長の方を見向きもせず、
「役人風情が、気にすることではない」
「国政を取り仕切る我らには、役人《貴様ら》などには考えも及ばない深い考えがあるのだ」と、彼女の配慮を邪険に扱う・・・。
「国家の歯車でしかない貴様らは、そんな我らが決めたことに何の疑いも持たず、ただ馬鹿みたいに従っていればいい・・・」と続ける坊主頭の言葉と態度に、一瞬眉間にしわを寄せ身体で隠した拳を握りしめて、憤りを隠せない所長・・・。そんな彼女をイラついた顔で睨んだ政府高官は、
「わかったな?今度こそ、〝歯車としての役目〟を果たせよ。下らん言い訳も配慮もいらない・・・。さっさとアレを始末しろ」そう収容所管理者を指さし念押しをして、客用のソファーの後ろにある漆塗り木製扉へ歩いていく・・・。
「さもなくば・・・」とドアノブを掴んだ彼、
「今ある立場も危ういと思え・・・」脅しの言葉と、冷たい視線を残し、「所長室」を出ていく。閉まる扉へ、
「わかりました・・・」女所長は頭を下げる・・・。
「保守派の〝パシリ〟風情が・・・」机の上に足を載せる彼女・・・、
「あれ程の〝商品〟を「殺せ」ですって!?」偉そうに椅子にもたれるそこに鉄面フードが寄ってくると、
「馬鹿いってんじゃないわよ!」足を机から下ろすとともに、眉間にしわを寄せた怒りの表情を見せる。
「アレがどれ程、変態共に〝受ける〟と思ってんの。ああいう〝恵まれた境遇で調子に乗ったガキ〟が、どんだけ奴らから大金を毟り取れるか・・・」そんな彼女の愚痴に、怪しげな風体の男が耳を貸していると、
「そんな金蔓を、処分してしまうなんてあり得ないわ。そうでしょ!?」怒りが彼の方へ飛び火す・・・。収容所の管理者たる所長の、上司であろう彼女のほうを向く鉄面・・・、
(それでも・・・)
(あれが保守派からの最後通告である以上・・・、従うほかない・・・。というのは、聞かずともわかってるだろうに・・・)
(何だ?これは?)返事の前に、質問の意図を考える・・・。
(憂さ晴らしのための〝愚痴〟か?それとも・・・)そうしているうちに、「ねぇ・・・、聞いてるの?」待ちきれない女上司、
「意見が欲しいんだけど・・・」そう急かすと、
(そっちの方か・・・)と意図を理解してから、
「では・・・、私見を述べますが・・・」俯き気味にそれを話す・・・。
「従うべきでしょうな・・・」
「あの使者の態度は誠に許し難いものでしたが・・・、あれは紛れもなく〝政府の意〟・・・」
「御身のことを思うなら、腹の立つ暴言であっても従うべきかと・・・」鉄面の縦に空いた空気穴から輝いたブラウンの目が覗く。
「やっぱり・・・、そうよね」頷いた警官制服の後ろ姿、
「この立場も、相手が〝政府〟だと、決して絶対的ではないし・・・。残念だけど・・・」
「処するしかない・・・か・・・」この怪しげな男を信頼してか、その意見を受け入れる様子の女所長・・・。
「でも、せっかくだし・・・」薄い口紅の口元がそう話すと、
「盛大にやろうかな・・・」楽しそうなやんちゃな顔で黒ずくめの配下を見る・・・。
「公開処刑に観客を呼んで・・・。そうだ!手を下す役も競売して・・・」そして彼女がそこまで考えを話すと、
「つまりは・・・」察した配下、
「〝社奉コロシアム〟ですか・・・」鉄面の側面を向け、女所長がやろうとしていることを先に言う・・・。
(下品なエンターテイメント・・・)鉄面が心の中で、そう付け足したタイミングで・・・、
「〝堕天使〟店長のイーテです。今日の業績報告に参りました・・・」室内に響く機械越しの女の声・・・。所長は机に備付けられた四角い機械を操作して、
「入って・・・」と、これに応じる。
「では私は・・・」鉄面フードは軽く頭を下げ、
「仰っていた通り、〝血祭〟の準備にかかりますので、これで・・・」と、部屋を出ていく様子だが、
「新人!」所長の後ろのほうを向いて、呼び止める。
「お前も手伝え!」そう話す先には、彼と同じような鉄面フードの存在が立っていて、
「はい・・・」と若い男の声で答えたそれを連れ・・・、黒づくめの配下は漆塗りの木製扉のほうへ進む・・・。
扉近くまで行くと、それが開き、ハッと驚いた〝堕天使受付の女〟に出くわす。さっきインターホン越しに〝風俗店店長イーテ〟と名乗っていたのが、この触角のような前髪の彼女のようだが・・・、それが避けて道を譲ると、
会釈しながらその横を行く鉄面フード、そのすれ違いざま、
「相変わらず、気が利きますね・・・」と、イーテは彼に笑みを向け・・・、二人の鉄面フードらと入れ違いで所長室へ入る・・・。
部屋に入った彼女は胸元にタブレット端末を抱え、奥に座る所長に近づき・・・、机越しの正面に来ると思いきや、
彼女の横に、それが椅子を回しこちらへ向くと・・・、画面に色々と数値が表示された板状の機器を手渡し・・・、
女所長の懐に顔を埋めて猫のように甘える・・・。そして猫を可愛がるようにイーテの艶のある黒髪を撫でる垂れ目の女は・・・、
空いたほうの手で渡された端末を持ち、その画面にじっくり目を通している・・・。
しばらくイチャついた後・・・、
「これ・・・」端末を愛猫の顔近くに持ってくる所長、
「キープした客は覚えてる?」と見せられた画面をイーテが見ると、
中央に表示された「反逆メイド」と「捨て御子」の文字・・・。それを見て風俗店店長は、
「〝ドッペルゲンガーの粛清〟で来た娘と、総統様の御子・・・」と溢してから、
「確か…」
「男か女かも分からない中性的な容姿で・・・」それらの独占権を買った客について教える。すると、
「やっぱり・・・」その客、〝執事長〟の事を知っているのか、納得する女所長・・・。甘えるイーテの頭を持ち上げ、
彼女に離れさせると、座る向きを正面の机の方へ戻し、
(あの忌々しい男役が、部下と神輿の安全を確保したわけね・・・)そう察しながら、机の上にタブレット端末を放り投げる・・・。そんな警官服の女は、
(待って・・・)開いた手を前にやったまま固まってから、
顎下に手を遣り、
(あの神輿は〝コロシアム〟行き・・・、それを知ったらあの女は・・・)思いを巡らせた末に、口元に笑みを溢す。それに、
「どうしました?」横から見ていた愛猫イーテが尋ねると、
女所長は意地悪そうな半目で楽しそうに、
「いや、捨て御子を見世物にするんだけどさ・・・」
「面白い展開になりそうだなって・・・」ルウペ少年の公開処刑に何かを期待する・・・。
薄暗いコンクリート製の通路・・・。天井の真ん中に等間隔で細長い電灯が備え付けられているおかげで足元が見えるくらいには明るい・・・。そこを歩く、ゴツい男の後ろ姿、
「すみません・・・」と声を掛けられ振り向いたそれは、やはり風俗店で見かけた無精髭の迷惑客だ・・・。一方の声をかけた側も風俗店で見かけた、耳飾りの好青年で、
「〝社奉囚を戦わせる〟という闘技場というのは、どこでしょうか?」そう尋ねてくる・・・。そんな彼はこのゴツい男の顔を見て、
「あ!あなたは!」例の迷惑客と気づき、
「ん?どこかで見た顔だな・・・」厳つい無精髭のほうも、そう華奢な青年を見下ろす。それに、
「はい。〝堕天使〟で」と耳飾りを揺らしながら頷く好青年。それを見ながら、いつも怒っているような顔の男は、
(確か・・・)
(あの憎きガキを指名していた・・・)自分と同じくルウペ少年に遭いたがっていた客であることを思い出す。そうしていると、
「あなたも、例の情報を掴んで・・・」馴れ馴れしく聞いてくる青年・・・。それを、
(そうだが・・・)という心中で厳つい男は横目に見るが・・・、
「一緒にするな・・・」と眉間のしわを益々濃くさせて、
「お前のような変態とは違う」そっぽを向く。そんな彼の目的を黒づくめフードとの悶着で聞いていた耳飾り青年は、
「確か・・・」
「先日の反乱で殺された仲間の復讐で・・・」思い出すように俯くが、そうしているうちに・・・、
「あっ」と気づくともう、薄暗い通路の先へ進んでしまっている・・・。相手にされない青年は、
「とにかく・・・」
「ついていけば、会えるか・・・」ゴツい男の後を追った・・・。
(ん?どこ行った?・・・)薄暗い分かれ道で、青年は男を見失う・・・。仕方なく適当な道を進んでいくと・・・、
「関係者以外立入禁止」と書かれた立て看板と、その前に立つ中年の警備員に出くわす。腰の後ろに両手を置き、こちらを見てくるそれは、
「一般の方ですか?それなら・・・」
「反対です。来た道を戻って分かれ道をまっすぐ進めば・・・」
「入場ゲートです」と青年の後ろを指し、教えてくれる・・・。言われた通りに行くと・・・、
「触」と表示された小さなタッチパネルを備えた自動改札が並んだところに着く。脇に警備員が立っているそこへ、
懐を探りながら近づく耳飾りの青年、入場のためのカードが入っている財布らしきものを取り出したところ、横から人影が近づく。
牙をむき出し威嚇するような真っ赤な顔の狒々。そんな仮面を被った存在が前を横切る・・・。これを見て、
(そうか・・・)思う青年・・・、
(良からぬ事が行われる、こんなところで顔を晒してしまうのは、マズいか・・・)と俯きながら顔の前に手を遣る。顔を上げると、
(売ってるし・・・)仮面の人物がやってきた先に、お面屋を見つける・・・。
財布を手に持ち、それを自動改札の〝触〟と表示されたパネルにかざすと、前を塞いでいた機械のゲートが開く・・・。そこを通ってしばらく進んでいくと・・・、行く先が騒がしい・・・。そちらにさらに進み、上り階段にまでくると、騒音は身を包むほどに大きくなり、それが歓声であることがわかる。その湧く声と光が上り切った先から入り込んでくる、そんな階段を上っていくと・・・、
虹色で三つ目のアイマスクを付けた耳飾りの青年は、五月蠅いほどに騒がしい闘技場に辿り着く・・・。
枯れた作物・・・。畑に並ぶそれらを横目に、ぼろ着物の農民達は村を離れる・・・。向かう先、輝ける都で待っていたのは、コンクリートビルの隙間で項垂れる日々・・・。そこに、
「虐げられし人々よ。たんと食らうがいい」と、髑髏顔による炊き出し・・・。
〝あいあす〟とかいうぴっちりスーツを着させられ、機関銃を渡されて・・・、
路地で逃げ惑う兵士達を、一方的に撃ち殺す・・・。その何とも言えない高揚感・・・、からの・・・、身体が締め付けられるような感覚・・・。そして身体が勝手に動いて、リモコンらしきものを持った老士官の前に連れていかれる・・・。
そんな記憶・・・、走馬燈のようにそれを思い浮かべていた、白髪の青年は・・・、
鬼気迫る形相で筋骨隆々の男と剣を交える。新品のように傷一つない男の持つ両刃の長剣と、青年の使い込んだボロボロのそれがぶつかると、
筋肉男の怪力故か、単に武器の質の差故か、消耗していた青年の剣が破片を散らしながらへし折れる・・・。そうして武器を破壊した勢いのまま、銀色に輝く長剣は青年の目の前で振り下ろされるが、
その切っ先は、尻餅を着いた彼の股の間に落ちる・・・。辛うじて凶刃を逃れた青年の前で、再び振り上げられる長剣・・・。金剛力士の如き体躯と形相の男は、折れた剣を未だ手に持つ青年を見下ろし、明らかに無力化したその相手を前に得物を頭上に掲げた上段の構えで止めを刺そうとする・・・。勝利を確信した、〝大振り〟という油断・・・。
白髪の青年は咄嗟に折れた長剣の切っ先部分を拾い、指先から血が染み出るほどに強く握ったそれを、
金剛力士の喉元へ突き刺す。
筋肉男は上段の構えのまま倒れ、その前で青年が切れた指先に痛がりながら立ち上がる。襲い来る敵がいなくなり、緊張の糸が解けると・・・、
自分達を取り囲んだ〝闘技場〟の歓声が聞こえてくる・・・。布か革でできた柔らかそうな座席から、不気味な仮面の観客達が必死に戦う自分達を見世物に歓んでいる様子だ・・・。それらに対し別に不快になるでもなく・・・、
真剣な顔になった青年は、
(後、一人・・・。それを倒せば・・・)己のやるべきことに集中する・・・。
「「後一人!」」マイクを通した声が闘技場全体に響く。
「「次の対戦相手を殺せば、このデスゲームから脱出だ!」」黒ずくめでフードを被り口元が空いた鉄面を付けた男が、前の台から伸びたマイクへ向け実況している・・・。
「「果たして、彼は・・・」」そうしている途中、その耳に着けた機械から何かを受けて、
「「え~、時間が来ましたので・・・」」
「「前座は、中断します・・・」」実況者がそう告げると・・・、
剣闘士用の入場口を睨んでいた白髪青年は、背後から数人が迫る気配を感じる。振り返ると警備員服の五人ほどの男たちが、自動小銃を構え・・・、
彼はあっけなく、ハチの巣にされる・・・。その様子を、観客席の出入口近くで見ていた、
耳飾りの青年は、
「酷いな・・・」と溢した・・・。
剣闘士の遺体を、二人の警備員がその足を一本ずつ持ち、引きずって退場していく・・・。それを観客席より高いところにある・・・、
マイク付きの席で見ていた、黒いフードの実況者は、
「「では、改めまして・・・」」
「「本日のメインイベント!」」闘技場内にその声を響かせる・・・。すると、
闘技場中央の土上に、闘士用入場口から人影が現れ、
「「落ちた太陽の御子、ルウペ君による・・・」」
「「無限死闘!」」ボロ着を着た、いつも通りボーとした面の、この少年が闘わされる様子だ・・・。その入場とともに、
「人殺しぃぃぃ!」「反逆者!」「惨たらしく死ね!」観客席から、野次と物が飛んでくる。
「「ああ!物を投げ入れないで!」」そう実況者だか司会者が制止するものの、
構わず続けられ、闘技場初心者の耳飾り青年までが真似する始末・・・、ついには、
投げられた一つが直撃コースで少年へ迫る・・・。が、それは、
力強い男の手に鷲掴みにされ・・・、厳つくてゴツい男がルウペを護るようにその前に立つ・・・。
「痛って・・・」ゴミのような物が軽く少年の頭に当たるが、男が割って入ったことで、観客席からの攻撃は収まる。
「何だ!テメェは?邪魔を・・・」観客の一人がそう喚くと、
「貴様らに・・・」血管の浮き出た手で空き缶を握りつぶし、
「殺す権利はねぇんだよぉぉ!」唾が飛び散るほどに激しく吐き捨てる。それに続いて、
「「そ・・・」」実況役が補足を入れる・・・。
「「その通り・・・、代わって説明しますと・・・」」
「「この〝無限死闘〟という名の〝公開処刑〟は、〝競売〟によって処刑人を決めております。そして彼こそが・・・」」
「「つい先ほど、最高値でその権利を勝ち得た処刑人・・・。この公開処刑の場において、彼以外に囚人を殺す権限はありません」」
「「観客の方々におきましては、どうかその闘技場のルールに従い、彼が競売の末に手にした処刑の権利を遵守していただきたい・・・」」観客を納得させようと、仕切り役が色々と説明してくれるが・・・、その横から、
「「もし・・・」」ウェーブのかかった黒髪の女所長が出てきて、
「「それが破られた場合・・・、処刑人に返金する分とプラスアルファ・・・」」
「「罰金を払ってもらいますので・・・」」四の五の言わず、分かりやすく客を脅す。
「「ご理解の程を・・・」」と続けた後・・・、〝罰金〟に怖気づいたのか、観客も大人しくなり・・・、
「「興が冷める話になりましたが・・・、気を取り直しまして行きましょう・・・」」仕切り役は催しを進めていく・・・。
「「太陽の御子による無限死闘・・・。彼を襲う、処刑人の一番手・・・」」
「先の反乱を生き残った兵舎長、イ=ハイザァァ!」」風俗店から少年を追ってきたこの厳つい男は、そういう名前らしい・・・。
「「その戦闘で、ほとんどの部下を失った彼です・・・。その原因であるルウペ君を相当恨んでいることでしょう・・・」」実況役は適当な事を言っているのだろうが、眉間にしわを寄せ少年を睨むハイザ兵舎長を見るに、強ち間違ってはいないようだ。それに続き、
横で寛ぐ所長は解説役のように、
「「本来、〝一番手〟なんて中間管理職の所得でなれるものじゃない。そんなのを無理して、勝ち取ったのを見ても・・・」」
「「後のことなんて考えられない程、怒り狂ってますね・・・。これは・・・」」そう推察・・・。そして、
「「惨たらしく処刑してくれるでしょう・・・」」そう期待する・・・。隣で実況役は若干引いている様子だが、
「「なるほど・・・、では、それに期待しまして・・・、始めましょう・・・」」淡々と進めていく・・・。
「「無限死闘第一戦目、ア=ルウペ対イ=ハイザ・・・」」
「「始めぇ!」」そう〝処刑開始〟の声が響く中、
「何だ?それは・・・」ハイザはルウペを睨みつける・・・。
「その腑抜けた面は?」
「置かれた状況を理解してないのか?」少年の腑抜けた態度が気に入らないようだが・・・、
「俺の死が見世物にされてる・・・」
「じゃないのか?」そのことをわかっていながら、ルウペは無表情で首をかしげる。それに、
「だったら・・・」目元が陰る軍人、
「それなりのリアクションってのがあるだろ」表情は見えないが、身体を震わせイラついているのはわかる・・・。そんな爆発しそうな男にも、ルウペは全く動じない様子で、
「愛想良くしろってか?風俗店の接客みたいに・・・」
「そうしたほうが、要らん敵を作らないらしいし、それはわかるんだけどさ・・・」
「〝ここ〟でそれをして何になるんだ?」そう灰色の瞳を向けてくる。
「あんたの機嫌を取ったところで、殺しに来るのは変わんないだろ?」と話せば話すほどに、ハイザは神経に触り・・・、
「裁かれる罪人の態度ってもんが・・・」と拳を握りながら、言い返そうとするが、
「いや、もういい!わかった!」何かを押しのけるように、その手を払い、
「お前には、人の心がないようだな」
「だからこそ、あのような虐殺を平気でやれたというわけだ」そう決めつけながら憎しみの形相を見せる。そして、
「だとしやら、良かった・・・」と勝手に納得すると・・・、
「そんなクズが、国のトップにならずに・・・。そして」
「万が一にもそうならないように・・・」
「今この場で殺しておかねば・・・」掴みかかろうとしているように、力んだ両の手をこちらへ向けた、威嚇するクマのような、レスリングの構えを取る・・・。色々話を聞いて、
「なんつうか・・・」ルウペは思ったことを言う・・・。
「真面目な奴は大変だな・・・」
「こんなカオスなとこに来てまで、暴力するのにそんな建前が要るなんて・・・」少年の言葉に、攻撃の構えをしていた軍人は手をビクつかせ呆気にとられるが、続ける太々しいガキの、
「周りの変態共みたいに・・・」
「正直にやればいいのに・・・」観客共と同類に見ている言葉に、
「そうか・・・」ゴゴゴと聞こえてきそうなほどに身を震わせる、目元の陰ったハイザ・・・、遂に・・・、
「なら・・・」
「望みどおりに!」両手を伸ばし、ルウペ少年へと襲い来る・・・。
(あれ?)
(〝地雷〟、踏んだか・・・)襲われる本人は、煽っていた自覚はないようだが・・・。
観客達が驚く前で、柔らかい物を殴ったような鈍い音・・・。
ハイザの顔が歪むほど、その頬にめり込んだ細い拳・・・。それを繰り出したは、飛び込んできた様子の執事長・・・。
カエルのように仰向けになってノックアウトされた厳つい男・・・。その前で仁王立ちする、ワイシャツ姿の彼女はこちらに振り向いて、
「そういうところですよ・・・」
「煽ってるつもりはないのでしょうが、そんな風に人の心理が理解できないから、厄介ごとを招くんです」ルウペを優しく叱りつける。
「あれ?」何か腑に落ちないように、こちらを見る少年・・・、
「爺に助けないよう、言われてんじゃないのか?」教育係の手下が助けに来たことが、不思議なようだ。相変わらず察しが良い彼に、
「よくご存じで・・・」執事長は少々戸惑いながら肯定し、
「そう言われてますし、〝ふてぶてしさの源〟とやらを確認しに来ただけだったのですが・・・」
「あなたに危険が及ぶの見ると、つい・・・」
「身体が動いて・・・」助けに入ることになった経緯を話して、彼女は視線と顔の向きを正面へ戻す。聞いてルウペが、
「情に流されたってか・・・」無表情に確認すると、
「はい・・・。情けない話ですが・・・」横顔と視線を向け、申し訳なさそうにする彼女。それに対し、
「・・・でも」
「何だかんだで助かった・・・」少年は他所を見ながらも、感謝の言葉を呟くので、
(〝お礼〟とは、珍しい・・・)執事長は、心中驚いている・・・。そんなところに、
「ふざけるな!」観客席から怒号が飛んでくる・・・。
「勝てる賭けを滅茶苦茶にしやがって・・・」
「小僧がくたばるのに幾ら賭けたと思ってんだ!」髑髏の仮面の男はそう言い放ってから、まだ続けて、
「運営や警備もだ!こんな事を許しやがって!態と邪魔させて、俺らから金を巻き上げようって、魂胆じゃないのか!」と、その怒りは闘技場運営にも飛び火する・・・。これを聞いて、
「だとしたら、国際問題だ」
「態とでなくても、怠慢で賭けを台無しにしたのだから、当然無効だろ」
「そうだ。金返せぇ!」他の観客まで騒ぎ始めると・・・、
「「ご安心ください。観客の皆さま・・・」」闘技場内に、所長の声が響く。
「「これは、我々の落ち度です。ですから当然、皆さまが賭けた分は、お返しします。賭けに勝った方のほうもしっかりと倍率通りに支払いますので、ご安心を・・・」」黒ずくめの実況役の隣で、女所長は非を認めるものの、
「「ただ・・・」」
「「この無限死闘・・・、このまま続けさせていただきたい」」賭けを台無しにした乱入者を、警備を差し向けて排除するつもりはないらしい・・・。
「「実を言いますと・・・」」と続ける彼女、
「「乱入した彼女は、我々が招き入れました・・・」」髑髏の観客が言っていたことも、強ち間違いではないようだ・・・。
「「彼女は政府内の執事やメイド達を取り仕切る執事長で、先日のドッペルゲンガー事件に加担した、スェル老の手下・・・。自由郷政府も欲しがる、事件の重要参考人です。それを、上司にとっての出世の道具である次期総統候補でこうして釣り出したというわけです・・・」」そう賭けを台無しにした理由を話しつつ、闘技場中央のグラウンド上に立つ二人に注目・・・。
「「このまま警備の者に捕らえさせ、政府に引き渡しても構わないのですが、それではつまらない・・・」」
「「せっかく、闘技場に招いたのですから、この大罪人・・・。皆様を存分に楽しませ、社会奉仕させたく存じます・・・」」場内に声が響く中、気の抜けた半目のルウペに前で、執事長は観客席の上のほうを見上げる・・・。
「「つまりは、いつも通りの囚人を使った、見世物兼賭け試合です・・・。成人女性である分、小僧を甚振るよりは色気のあるショーをお見せできるでしょう・・・」」嫌味たらしく笑みを浮かべて見下す収容所所長と、放送席を睨んだ執事長、何か因縁があるかのように両者の視線がぶつかる・・・。
「「後、もう一つ・・・、勝手をさせていただきたい・・・」」と、黒ずくめの鉄面の隣で真顔に戻る彼女・・・、
「「このまま続ける以上、彼女の相手をすることになる、処刑人の二番手は・・・」」
「「イ=ヘンタ殿ですが・・・」」その放送は、ロッカーの並ぶ更衣室にまで流れていて、
「わしか・・・」ブリーフ姿の中年オヤジがそれに反応する。
「わしにできるかな?」彼が続けたセリフに、
「「無理でしょう・・・」」放送が応えると、
放送室の所長は、
「「ですから、次の相手は我々が用意しましょう・・・」」そう話してから、手に持った携帯端末を操作し、
「「〝ウコン〟、お願い・・・」」その画面に口を近づけ話しかける。すると・・・、
「了解しました・・・」闇の中を歩く人影が返事して、光の下へ・・・。
剣闘士入場口より、鉄面黒フードの人物が現れる・・・。さっきの若い声からして、所長室で〝新人〟と呼ばれていた〝二人目の鉄面フード〟のようだが・・・、
「「紹介しましょう・・・」」闘技場に響く女所長のアナウンスが、彼を紹介してくれる・・・。
「「彼は私の護衛をしている兵士で、〝ウコン〟と呼んでいます。彼に二番手を任せるつもりですが・・・」」
「「賭けの参考に、その素性を明かしておきましょう・・・」」観客に向けて、そう話すと、
「「マントを脱いで・・・」」今度は自分の護衛に向けたアナウンス・・・。命じる通りに鉄面フードが、フード付きの黒いマントを脱ぎ去ると、
「げぇっ」不快な顔を見せるルウペ少年の前に、
忠犬の好青年サオスが、その黒い警察服姿を露にする・・・。そのタイミングで続ける所長、
「「彼こそ、先の反乱において総統様を救った、英雄〝サオス〟・・・。」」そんなアナウンスが流れる中で、
(見かけないとも思ったら・・・)執事長は、ルウペの護衛に付けられたはずの青年に呆れている・・・。そこに続ける所長の声、
「「先ほど御覧になったように執事長は手強いですが、彼なら・・・」」
「「数人の賊やその首領相手にたった一人で互角に戦ったという、この英雄ならば・・・」」放送席から注目する彼を、高く評価して・・・、
虚ろな目に変わり果てたこの英雄に期待する・・・。
「「この乱入者、惨めに辱めて・・・」」
「「殺してくれるでしょう・・・」」と、ルウペ少年らの処刑を・・・。
「えっ!?」顔を歪ませる女所長・・・。闘技場では・・・、
「弱っ」と、拳を突き出した執事長の前で、サオスが膝を着き尻を突き上げた状態で項垂れている。それを彼女の後ろから見ていた、
(何か・・・)ルウペは思う・・・。
(ムカつくな・・・。俺らと戦った時は、あんなに鬱陶しかったのに・・・。忠誠心バフがないだけで・・・)
(これかよ・・・)と白目をむいた情けない英雄を見つめる・・・。一方、
執事長は観客席の上、ガラス越しに見える放送席を見上げ・・・、
不敵な笑みでこちらに手招きしてくる。それに、
「くっ!」所長は歯を食いしばり台に置いた手を握りしめて、分かりやすく悔しがっているが・・・、心中では、
(挑発してくるってことは、やっぱり・・・)
(いるのね。ドッペルゲンガーが、警備員の中に・・・)
(その手には乗らないわよ・・・)と冷静に闘技場中央の中性的な女を見ている・・・。その横、
手元に置いた端末から、
「「所長・・・」」男の声・・・。女所長の信頼する〝一人目の鉄面黒フード〟のそれに、
(サコン・・・)彼女が反応すると、
「「お任せを・・・」」端末からの声は続ける・・・。
「あの余裕を、絶望の顔に変えてやります・・・」と剣闘士入場口より現れる、〝サコン〟と呼ばれる鉄面フード・・・。それを、黒マントの内に入れた携帯端末から、
「「任せる・・・」」女所長の信頼の籠った声が、送り出した・・・。
「お!」観客の一人が闘技場中央を見て気づく。立て続けに、
「おおぉ!」他の客達も気づいたところで、
「「闘技場の主役がついに登場だ・・・」」実況役が、グラウンドに現れたその黒ずくめについて話す・・・。
「「常連の方々には御馴染み・・・」」
「「所長様が最も信頼する護衛、サコン!」」彼が声を張り上げるのに合わせ、黒衣を脱ぎその姿を露にした所長の懐刀・・・。
大きく力強い目をした、ツーブロックカットの男・・・、というより青年のようだが・・・、彼を指して実況役は、
「「今度こそ・・・、この男ならば・・・」」
「「今度こそ、我らの期待に応えてくれるでしょう・・・」」そう続ける・・・。一方、
その男らしい眉と眼力に、
「凛々しい・・・」思わず溢す執事長・・・。それを後ろから、
「惚れたのか?」上目でルウペが覗くと、
「いえ、何というか・・・」彼女は一瞬少年に目を向けてから、前に視線を戻し、
(この下衆な空間に合わない・・・)凛々しき青年を見てそう思う・・・。そんな彼女は突然・・・、驚愕した表情に変わる・・・。視線の先からの青年の声、
「本能的に察したか・・・」
「絶対の死を・・・」その左腕は、肩から指先にかけて膨張していき、皮膚が張り裂けんばかりに膨らんで血管を浮き上がらせたそれは、大きな肉塊となって・・・、
(何!?これ・・・)と立ち竦む執事長の眼前で蠢いている・・・。
「「教えてあげるわ・・・」」彼女の動揺を楽しそうに見ている女所長・・・、
「「彼は、人体実験で生み出された生物兵器・・・」」この〝怪物〟について説明する・・・。
「「マッドサイエンティスト共にそういう実験の場と〝モルモット〟を提供して、その見返りにもらった研究成果ってこと・・・」」そうして話してる内に、肉塊は大きな球体となり・・・、
重量感のある肉団子が地面に落ちて地を揺らす・・・。球体の裏からは血管の浮き出た生々しい管が二本、螺旋状に絡まりながら伸び、肥大したサコンの肩に繋がっている・・・。そんな異形を観察しながら、
(風俗やら見世物・・・)思う執事長、
(囚人を散々弄んでるのだから、それくらいはやるか・・・)そう納得してから、
「申し訳ありません・・・」怪物を注視する横顔を見せて、ルウペに謝る。
「正直、ダメかもしれません・・・」鎖鉄球の如き左腕を持ち上げた敵を前に、弱気な彼女だが・・・、後ろの少年はというと、
(そうか?)と意志のある怪物の目を見て、
(案外、大丈夫そうだけど・・・)肉塊の大鉄球が振り下ろされても、何の危機感もなく立ち尽くしている・・・。そこに、
肉団子が激しく叩きつけられた瞬間、執事長が彼を脇に抱えてその場から飛び退く。
大きな肩越しに充血した目を向けてくる怪物・・・。それから大きく距離を取った彼女は、
(当たれば、即死だろうけど・・・)長い螺旋の先で地面に転がる致命的な球体を見る・・・。それは地面を擦りながら再び動き出し・・・、
サコンが腕の鎖鉄球を横なぎに振って、肉玉がルウペを抱える執事長へ迫る・・・。これを避けようと、
(そんな重いのなんかに・・・)彼女が後ろへ下がろうとすると、
(伸び!)鎖鉄球の鎖部分が伸びて、その避ける先が危うくなる。
咄嗟に彼女は少年を抱えたまま飛び上がり、その下を鎖と鉄球が通り過ぎる。
空中へ逃げた二人を見上げた怪物・・・。胸部を風船のように膨らませると、
「かぁぁっ!」上空へ咆哮・・・。
暴風が執事長を襲い・・・、脇に少年を抱える彼女はそれを飛ばされまいと、空いていた手も使い両手でしっかりと彼の身体を懐に抱える・・・。なぜか戸惑う少年を力強く抱きしめ丸まった彼女は、やがて・・・、
背中から何かにぶつかり、その身を仰け反らせる。そんな彼女を、
観戦者達が振り返り見る・・・。観客席後ろの壁まで飛ばされたようだが・・・、そこに続けて、
二人がいる壁際に肉の鉄球が叩きつけられる。
怪物が繰り出したそれは、鎖鉄球の鎖部分が短くなって、鉄球の拳で殴りつけた感じだが・・・、状況に闘技場全体が静まり返っていると・・・、
「ぬちゃぁ」壁から引き剝がされた鉄球に、粘着質な何かがこびり付き壁との間に肉か皮のカーテンがかかる・・・。
放送席から見ていた女所長が苦笑しながら、
「うわっ」
「やりすぎ・・・」呟くとともに、壁から腕部らしきものが剥がれ落ち地に落ちた・・・。
凄惨な光景に、観客達は息を飲み、吐き気を催している・・・。そんなところを・・・、
怪物サコンが薙ぎ払い蹴散らす・・・。
場外で暴れ出し、次々犠牲者を増やしていくそれを、見下ろす女所長、
(マズいわね・・・)携帯端末を弄り、それを耳元にやると、
「「はい、どうなさいましたか?所長」」部下らしき人間が出る。
「「いつもの暴走よ・・・。鎮めに来て」」彼女が命じると、
「「了解しました・・・。すぐに・・・」」それは承り、これを聞いてから彼女は、放送席のマイクに口を寄せ、
「「ええ・・・」」
「「今、担当の者を呼んでいるので・・・」」
「「できるだけ死なないでください・・・」」パニック状態の闘技場内に、緊張感のないアナウンスが流れる・・・。
目を開けると、ピンク色の壁に包まれている・・・。外からの光が漏れて見えているそれは肉の壁のようで・・・、生暖かい液体の中にいる今の状況と合わせると、まさに胎児の心地だろうか・・・。しばらくすると・・・、
閉まった穴の方へ押しやられ、肉壁を押しやりながら穴を拡げて、明るい外へと生まれ出る・・・。
肉団子の割れ目から粘液塗れの執事長が出てきて、床に産み落とされ這いつくばる・・・。そんな彼女が顔を上げると、
「ルウペ様・・・」同様に粘液塗れの少年が胡坐をかいている・・・。そしてその視線の先、
「この男は・・・」彼女が見て驚いたのは、
顔色の悪く痩せこけた車椅子に座る男・・・。鼻からはチューブが伸びている、弱弱しい彼を、
「革命家リィ!」執事長はそう呼んだ・・・。




