実習活動~ビィ初等科一年生
様子を見に来た上級生は声をかける前に固まった。
小枝に裁縫用の糸をくくりつけた、これまた裁縫用の針をひん曲げただけのなんちゃって釣竿を鼻歌混じりでひょいと引き上げた。
そこにえ?と言う大物がぶら下がっていたからだ。
初等科の他の子が慌てて魚の尻尾を掴む。
ビチビチ
「あ」
スコンと魚に手刀を落とす。
おとなしくなった魚をズルズル引きずってホッとしたように息を吐いた。
「魚、釣れたね」
「こんなんで釣れるんだ?」
「え、先輩がこうするって教えてくれたし? 釣れて当たり前だよ?」
固まったまま思わず違うと上げそうになる声を飲み込む。
そう教えた。教えたが実践までしてるとは。
そもそも初等科が課せられたのは薬草や木の実や採集の簡単なものだ。
魚釣りは困った下級生に上級生の見せ場。
実際ちゃんとした道具を上級生は用意してきていた。
そもそも何であんなに大きな魚が居るのかである。
居ても想定は手のひら大までだ。
何故にあの沢にこんなのが?
どう見ても川幅塞き止めていただろうである。
「魚10匹ぐらいって言われていたけど、これを?」
「……僕、こんなの食べきれないよ?」
「それじゃ運んでまだ釣った方がいいか聞いてこようか?」
「あ、えい」
ビチビチ
「……ビィまだ釣れる?」
「え、いっぱいいるよ?」
「…………えーと一度運んで、まだいるか聞いてこようかって」
ビチビチ
「……いっぱい釣れるね」
「そうだね」
ビチビチ
「ビィ、魚釣りたのしい?」
「たのしい、僕川はあぶないから近づいちゃダメって言われてたから」
初等科の二人が首をかしげる。
「危ない?」
「うん、よく落ちるからぁ」
「あ」
ずるりとビィが転がった。
観察している場合でなくなった。首根っこを捕まえて川から引きずりあげる。
「……何でも危ないから気を付けるように」
尊敬の眼差しが何故か後ろめたさを感じる。
「そ、それから魚はもう良いから あっちに運んで」
「はーい」
「あ、先輩ごめんなさい。針流しちゃった」
ビィは落ちたときに枝を放していたらしい。
「ああ、大丈夫だ」
そう言うと、ホッとしたようにビィが笑う。
なるほど。これは。
ある意味大変だと思った。
初等科三年10~12歳
中等科三年13~15歳
高等科三年16~18歳
実習のグループは、それぞれ一人ずつの9人と先生がつく。
魚釣りをしていたのは初等科の3人。
実際釣り上げたのはビィだけだが。
本来なら初等科の子供たちは、薬草集めに泣かされているはずだった。
初日の数時間で初等科の子達は渡された宿題リストを全て集めきっていた。
普通はラストの方で半泣きで同じグループになった先輩に泣きつくのだ。
先輩もよく理解していて見つけにくい薬草は各自目星をつけて泣き付かれてはじめてヒントを出して尊敬されるはずが初等科の三人はあっという間に戻ってきた。
そして三人で種類と枚数に間違いがないか確かめ、改めて先輩に合っているか確認をお願いして、確認をした方がひきつる状態のよい薬草たちにため息がでる。
「少し予備に取ってきました」
初等科の12歳の子が報告する。
この子が優秀なのかーー。
当初はそう思えた。
この春先のグループは抽選で別けられた。
各クラスと付き添う先生達のそれぞれ箱に数字の書き入れた紙を人数分。
そして担任が順番に紙を出す。
揃った10枚が一つのグループになる。
本来やり直しはしない。しかし問題がでた。
「ここ兄弟です」
そう兄弟で同じグループはやり直し。
「何故に同じになるのだ」
3回目のやり直しにグループ作りの作業はため息が。
「……えーと、公爵家が二人の方が護衛は楽なのでは?」
「……弟がいるときの方が兄が暴走しているが」
「え、それは」
結局やり直し。
「あ、公爵家三人揃いました」
「……ああ、何故にこれがトランプじゃないのだ」
ポーカーならウハウハカードである。
「仕方ない、次のグループは長男の交換、その次のグループは次男の交換。それでばらけさす」
兄弟は裏技でばらばらに配置された。
「で、後は問題がありそうなのはないかな」
あからさまな前衛だけのとか後衛だけの偏りグループはなかった。
裏技が発動したと告知はされなかった。
まぁ普通である。
公爵家の後取りに弟を頼むと頭を下げられた。
怖っ
案の定、二番目にまで頼まれた。
怖っ
二人とも同じことを頼んでいった。
「目を離したら拐われるから」と。
だから一人で行動しないと最初に注意して、初等科の子供たちはまとまって動いている。
あの報告に来る子は少し物足りないだろう。
出来るなら中等科の作業に混ざったり一緒についていたいはずだ。
中等科はちょっとした狩りが入る。
小型の動物の罠を仕掛けたりが中心だが。
罠のつける場所や足跡の見方など覚えることは多い。
初等科の三人は少し休憩を言い渡す。
本当なら魚釣り実践時間だったのだが魚はたんまり入手できてしまった。
テント横の開けた原っぱで遊んでるのを見ながら、下準備である。
「……なあ、これ大王魚だよな? 鱗貰って良いかな」
高等科の二年生が寄ってきた。
「ん? 大王魚の鱗」
宿題リストに載っていたーーような。
「ちょっと待て」
図鑑を開く。
「ああ、本当だ」
「幻の大王魚鱗」
「あんな小川で釣れるのか」
図鑑を見ながら、素材を剥ぎ身を捌く。
これが大王魚。毎年見つからない素材と言われている。
別の魚を捌きにかかろうとして作業を見せたり手伝わせた方がいいと思う。中等科の子と初等科の三人を呼ぼうとして固まる。
原っぱの三人は何かを見上げていた。
三人の直ぐ側に巨大な獣がふんふん臭いを嗅いでいた。
動くな
騒ぐな
頼むからソレを興奮させたりするな
初等科の三人は固まったままのようにみえた。
一番小さい手が伸びる。
ペチペチ
獣の鼻つらをペチペチ。
ヒィー
前足をあげる獣。
ギャー
ビィがお手をさせている。
「よしよし」
よしよしすると獣がでろんと腹を見せた。
「モフモフ」
腹にダイブするビィ。
残りの二人が顔を見合わせてーー同じようにダイブする。
ひょぇーー
「あ、これかな」
横で図鑑をもった高等科の二年生が該当する獣のページを見つけたらしい。
「フェンリルの毛。宿題リストにある」
「……お前取りに行けるか?」
「え、えーと」
「いぬダメだから」
「フェンリルは狼だ」
「子供好きなんだね。あのフェンリル」
好きですまされるのだろうか。
現に、横の先生は青くなったまま石化している。
確か生え変わりの時期なので運が良いと抜け毛が見つかるのだ。
本物に遭遇したことはない。
モフモフを堪能した三人は毛だらけで帰ってきた。
「僕の流した針をふんずけちゃって前足に刺さってたの。抜いてーてきたの」
「そうか」
気を付けよう。忘れ物。
うっかり忘れたら、獣が届けに来る。
いや、届けに来るのは良い。人間を見付けて食いに来る獣出なかったのが救いである。
「先生、すごいですね。今年の護衛は。誰の従魔なんですか、あれ」
「…………ない」
「は?」
「あんなのを従魔にできる奴など知らん」
先生は調子が悪そうだ。ずぅと青い。
まぁ公爵家の子供が混ざっているから何かと大変なんだろう。
毛だらけの子供たちからしっかり毛は回収した。
宿題リストを埋めるのはたのしい。
持たされた宿題を集めつつ移動してゴールを目指す。
ビィの食事がどうなるかと思ったが、釣ってきた魚を食べている。
普段の食事を知っているだけに、スープ一口で1日移動とかになれば絶体脱落するだろうと思っていた。
ビィは水場を見つけると、なんちゃって釣竿を垂らしている。
あれ? 餌は?
と思ったら魚が!
「赤尾来たぁ」
尻尾の赤い魚が釣れていた。
「……中等科の宿題だったな」
食事に困らない。何故だ。
「……初等科の宿題は魚は無いのか?」
「んーと、コッコの羽根」
中等科のリュックに赤尾の尾っぽをくくりつけ揺れている。
干物にそのうちなるだろう。
「コッコは、あそこだ」
少し先の草むらににゅと白い顔が見え隠れする。
あれは捕まえるのは罠か。後は落ちている羽根を拾う方が早い。
「コッコ」
ビィが走っていった。
そして小脇にコッコを抱えて戻ってくる。
え、怪我でもしてたのか?
「卵もあった」
「そうか」
ふと見ると、先生は固まっていた。
視線をたぐれば、茂みに耳が見える。
フェンリルの耳がピクピクしている。
やはりあれは護衛なのか。
まだ魚が山ほどあったので、コッコは羽根を三枚抜かれて放たれた。
なのに横を一緒に歩いているのは何故だろう。
まぁこの先の非常食がついてくるなら良しとしよう。
「中等科は、兎の皮か。三羽か」
何故にビィの腕の中に兎が抱っこされているのだろう。
いや、初等科の子供たちに抱っこされているのだろう。
三羽。
あれを取り上げて皮に加工するのか。
う。胃にくるものが。
これがリーダーの重圧。
いやいや、ビィ以外の二人は合宿を知っているはずだ。
兎も鳥も蛇も捌いて食べたと思われる。
そうなるとビィの注意を?
いや、他の兎を探しにーー。
「ビィ、こっから血抜き」
ギャー
「暴れるから押さえて」
ひょぇーー
「それから……」
ひい
「……教えるの上手いなぁ。あのこ」
「リーダーどったの?」
これが!
公爵家。狩りでも見せていたのだろうか。
「ビィ、大丈夫?」
「お肉」
キランと目が光る。
ああ、魚に飽きたのか。
しかし、肉を煮込んだスープは余り食べなかった。
多分一緒に入れられた物がダメだったのだろう。
少し不満が上がる。
「いや、あれでも食べている方だろう。学園では一口飲んでたら食べたと言われていたから」
全く食べない方が多かったのだから。
ビィは調子を崩した。
「ごめんなさい」
うるっとしたビィ。ヤバイ。
「大丈夫、無理するな。そもそも予定では薬草集めだったのだし、十分前倒しになっている」
かわいい。
は。
フェンリルが見ている。
初等科の二人が見ている。
は。
ワタシハナニヲ
「休んでいなさい」
兄が暴走するといっていた。あれでは暴走してもおかしくないかもしれない。
弟に欲しい。
「ハーハーハハ! 見つけたぞ! フェンリ……ル?」
でろんと、腹を見せたフェンリル。
「…………初等科の」
子供に撫でられているフェンリル。
「あれ?」
暴走兄が無視されている。
「毛ならどうぞ好きなだけ」
「………………ビィは」
うん。目的がビィなのをあっさり白状した。
「寝てるので静かに」
「世話をかける。本当にヤバイときはあれが鳴くと思う」
あれと視線を向けた先はフェンリルだ。
「所で貴重なフェンリルの毛が山に……」
今年は取り放題を開催中だ。
そしてぐるりと見回した視線を見れば、大王魚の鱗と赤尾のーー。
「…………はぁ」
「その辺の川で釣れます」
何処でと聞く前に返事が出てくる。
「魚だから川にいるとは思っていたが、釣れるのか」
「バカスカ」
「ばっ、…………釣りか。苦手なんだよなぁ」
じっくりかかるまで待つのは。
「釣るか」と暴走兄が静かに戻るのを見送り、撫でられている犬を見る。
抜毛の季節。まだ山ほど取れそうだ。
ヘロヘロな鹿はビィの前でパタリと倒れた。
茂みからニューと耳が見える。あれで一応隠れているつもりだ。
「鹿」
ビィがまばたきすると、鹿は震える足を踏ん張り駆け出す。
その先には年長者のグループが待ち構えていた。
「大猟」
「捌くぞ」
食事には困らない。
困ったことに宿題も埋まる。
「なんか公然と不正をしている気分なんですが」
フェンリルの耳がピクピクしている。
「まぁゴールはあっちだな」
ゴール地点。
十日も過ぎるとぞくぞくとグループが集まってくる。
「あのー」
おずおずとビィに声をかける初等科の子供。
「はい」
ビィは手にしていたブラシを手渡す。
「え、えーと」
腹を見せたフェンリルと手の内のブラシを交互に見て、そっとフェンリルに手を伸ばす。
ブラッシング。
その年の研修は、フェンリルの毛玉祭りである。
幻の大王魚鱗が山ほど提出されたり、学園に残った残留の教師たちは何故についていかなかったのだろうと涙した。
「折角のフェンリルの実物が見れたのに!」
「いやいやさわり放題だったぞ」
「ヌオォォーーッ」
「ビィがあーんしてたな」
「ああ、初等科の子達はフェンリルにペロペロされてたな」
「ヌオォォ」
「で、野生のフェンリルが出てきたのは何故ですかな?」
結論は出ている。
ビィがいたからだ。
「まぁ保護獣のフェンリルがちゃんと生息していたのだ。出来たら繁殖の個体数とかわかれば良いのだが」
若い個体だ。
「……付いていたのは同じ個体がずっとですか? どうも毛色が違うのですが」
袋の毛玉を見聞していた教師は色や毛艶が違うようなと首をかしげた。
「それはそうと、薬草もなんですが」
悩める議題は尽きない。
「誰がマンドラドラ引っこ抜いたのですかな?」
おわり。(笑)
研修にならないお茶目なお話でした。
σ( ̄∇ ̄;)




