銀狼の小鳥な心
なぜああなった。
アシュは思う。
気が付くとビーの魅了が切れていた。
だからだろうか、周りの監視が緩んでいる。
だから思わず誘ってしまった。
誘ったのは自分なのに、気がつけば目の前の赤目は怖かった。
そう。魅了で騙されない赤目の覇気。
普段はてんこ盛りの魅惑セットですべてを隠している。
そう隠されていたものがヒシヒシ理解できる。
身体の下にいたはずのビーがいつの間にか上にいた。
細い録に脂肪のついてない身体は軽く少し力を入れれば壊れそうなはずなのに振りほどけない。
壊れそうだから力を入れれない。
ゾクゾクスル。
ビーの息がかかる。
魔王の眷族になるには簡単な儀式ですむ。
その牙で血を吸われれば全てが変わる。
兄弟から血を貰っているのを見たことがある。
あれは力を使いすぎた補充だと。
眷族として主の心のままに。
チューと時折甘噛が混じる。
うん?
なんか違うような?という意識は髪を撫でる手に飛び散った。
気がついたときには、友の背中に隠れていた。
助かった。
呆れ顔のアルは弟を説教する事で、怒りを発散させたようだがその内容があれである。
「まだ怖がって逃げ出すような子供に手を出すな」である。
いや、確かに逃げ出したけど。
子供に襲われ、逃げ出した自分は確かに言う通り子供なのだろう。
あれ以来逃げ回って、二人にならないように注意している。
魔法使いの膝にいる子供にモヤモヤする。
獲物は気がついていないのか鼻の下を伸ばしていてムカつく。
ムカつくが、あそこに乱入など出来ない。
友が引き剥がす。
ホッとする。
女が来て、ジロジロ二人を見 キスマークに言及する。
キスマーク?
そういえば、女たちも男たちも何も聞かれなかったチューの跡。
数日経って、自分の首に虫食いを発見してあれ?とは思っていたが 女たちの視線とひそひそ話に耳のよさが何の跡か理解した。
理解した後から隠れるような服にしたが、数日見せ放題だったのだ。
今さらである。
ビーは吸血しないでチューで兄から離れ、兄は女に縛られていた。
あの友は縄脱けが苦手なのだ。
魔法使いが縛られている。ざまあみろ。
女の視線がこっちを向き逃げる。
ビー以上にあれに捕まってはいけない。
基本ビーのために、ヘロヘロになるほど働かされる。
夏の辺境の地への散歩は、ビーの心のままに翻弄された。
目指す竜の巣箱は襲撃の後で怒り狂っているビーが笑っているのが怖い。
怒れる魔王を押さえていたのは、散歩の隊のリーダーだ。
無精髭をビーが気に入っていたのは知っている。
しかしツルツルの頬にくっつくのも好きなので、二人の兄は何時も身綺麗だ。
暑いのに狼をモフモフしていたり、トカゲみたいな鱗の肌触りも好きだったり好みの範囲が広い。
ビーを側におき昼寝を良くしていた。よく寝れると思う。
容赦なくビーを叱りつけていた。ビーが側に置くのはそう言う相手ばかりだ。
自分を叱る存在。時に甘やかしてもきっちり叱る。
ストップをかけれる存在。
兄たちは血を与えながら、ビーが暴走しないようにしていた。
好感度の調整に失敗した自分は当分側には行けない。
次の生け贄は調教されている。
体力はなさそうだが彼が作る加工品をビーが気に入っている。
細工は苦手だ。側に行けない。
気が付くと、食事をしていた。
余り減ってないが、無理に食べなければならない皿の数々。
横から甘い匂いが漂う。
視界の端でデザートの皿が沢山並んでいる。
どう見ても主な肉は丸っと残されていた。
その皿がスッと自分の方に押しやられる。
「あげる」
「マロンに叱られるぞ?」
「兄さんに夢中」
さっきまでびしばし調教に厳しかったはずだ。
女はあれこれ世話をしている。
皿の肉を自分の皿に移すと、元の皿を戻す。
これで肉はどこかへ消えた。
何処の腹に消えたかまでは追及も野暮だ。
証拠をさっさと食べる。
「歯でも痛いのか?」
ビクンとビーの肩が跳ねる。ギギギと顔が動く。
なるほど。
「な、ナンノコト」
判りやすい。
「固いと顎痛いからな」
回りが静かだ。
「ビー、お肉ちゃんと……あら」
肉の皿はもうきれいだ。
「……ちゃんと噛まないと駄目よ?」
「噛んでる」
チラリと横の皿をみるマロン。
「まあいいわ。アッシュ、体調はもういいの? 食欲は戻ったのかしら?」
「え? 見なかったのは風邪引いてたからなの?」
ビーがデザートの一つを寄越してくる。
「ああ、ありがとう」
きついぞ。肉二枚にーー。
「あ、思い出した」
ビーの手が延びる。
「!」
チクリ。歯が当たる。
ンギャ?
ビーの髪がさわさわする。
「ごちそうさまでした」
ビーが食後のアイサツをして席をたつ。
銀狼はしばらくその場で固まっていた。
安心しては行けない。まだここは狩り場である。
「アッシュ、歯形になってるぞ」
誰かが、襟元を閉めてくれた。
ビーがフラフラしている。
緩くなった警戒網をかいくぐり、街中を鼻歌混じりに歩いていく。
一応護衛がついているみたいだ。
それが街中の獣たちであるが。特に何故かミミックがそこら中にいる。
まぁそれらは大抵契約したご主人様がいる。気にしないといけないのは街道を飾る花や木々だ。
「なるほど、緩くなったわけだ」
小鳥がチョロチョロ足元を無防備に歩いている。
それらも優秀な護衛だ。
例え人が寝静まる深夜でも、獣や植物は視ている。
危険人物を主に近付けはしない。
誰かが視ている。アリバイには困らないだろう。
こそこそ後を追いながら、突き刺さってくる視線にどことなく痒い。
うねうねデイジーの親戚が踊っている。
「あ」
ほんの一瞬、意識を動かした隙に子供は何処かに消えた。
「尾行からかくれんぼか」
うねうねする花にため息を一つ。
白い馬が馬止めに結ばれていた。
ピカピカな毛並みに、アッシュは目を細めた。
きっとビーが好きそうである。
足元に水桶と餌が置かれている。
ビーが見つけたらきっとこの首に飛び付いて来るだろう。
と言うことは。
チラリと視線を向ければ、スライムが足元の水桶に潜り込んでいた。
特等席は確保したらしい。
ちょっと待て。何故いるスライム。
馬は水を飲んでいる。うん。スライム水も美味しいから……。
小鳥が近付いてきて一緒に飲んでいる。
ちゃっかりしている。
しかし、ちょっと待て!
踊る花! 走ってくるな!
馬止めの周りは花が埋まる。器用に水桶に根をいれている。
「あれ、この辺り花壇だったっけ?」
通りすがりの人が呟く。
あっちの花が走ってきました。
そして馬に食べられないよう攻防戦が繰り広げらてます。
知らないうちに世界は変化している。
ビーが馬を見つけて飛び付いた。
流石、ピカピカ。あっさり釣れた。
「うふふ、きれいね。あ、禿げてる」
馬の尻の少し毛が短いところを撫でる。
「かわいいねー」
禿げは意外と好評らしい。
「あ、アッシュ」
げ、見つかった!
「ねー、竜かスライム見なかった?」
スライムなら足元に隠れているが?
「……竜? 渡り中じゃないのか?」
「それがこの前遊びに来てたんだよね」
「遊びに? 来れるのか?」
「あの子たちゲート作れるみたいでさぁ」
転移がディジ。ゲートが竜。
「ゲート?」
「なんかスライムが開いたゲートからお金が出てきたらしくて場所特定してお金返さないと……」
なにやってるんだ。スライム。
スライムもゲート開ける?
「金貨がざくざく」
ミミックの腹にでも繋がったんじゃ?
「金貨? 金貨などそう使えないだろう」
出されてもお釣りが大変なことになる。
「んんでも、大手の商家とか大口は使うからねぇ」
「ああ、そうか。でもザクザク?」
「おじさんが使うの禁止にしたから、ゲート開かなくてさぁ」
「……」
やるな、オジサン。
「……オジサン? 誰?」
「ギルドちよー」
「へぇ」
オジサンなのか。どう血が繋がっているんだ?
「……虫歯治療所は行ったのか?」
ビーが固まる。
「え、エエト?」
逃げたそうとしたビーを捕まえる。
「いーやーっ」
「はいはい、先に治療所な」
何故こんなのに本能が逃げ出せと命じたのか。
よくわからない。
「治った!」
治療後ビーが能天気に復活した。
にかっと笑う。
「……」
気のせいか。牙が……みえる。
あれ?
たらり
「いただきます」
「?!」
うぎゃー
「あ」
本能が逃げ出せと騒ぎ立てる。
そのままにレッツとんずら。
「……成長期なのだからお腹減らないようにお肉食べさせようとしたのに。やっぱり途中でお腹減ったのねえ」
マロンは厳しい。
「助かった」
「いいこと? ビーの料理は必要だから用意されているのよ。もうもらっちゃ駄目よ?」
幼子に言い聞かせるような? あのマロンさん?
「で、預かったスライムの金貨は?」
「ほへ」
おやつにかなりしっかりメニューをモリモリ食べているビーが袋を取り出す。
中身は金貨。ざーとテーブルに取り出す。
あれ?
「ああ、これ偽造だ」
「⁉」
「音が違う」
ビーが金貨をカチカチして首をかしげる。
「流石、野生児」
マロンさん。その呟きはぐさりと来ます。
男は繊細なんですよ!
アルはこれに惚れているのか。好みは人それぞれだし。
「ビー、アッシュが ご褒美欲しいって」
「うぎゃー、言ってないよ」
怖いぞ。乙女!
「後でね、アッシュ」
げふ
後で? 何が?
「とりあえず偽造金貨がこんなにってヤバイのでパパに報告してくる」
その後、ビーの怖いパパと面会することになる。
ビーには激甘なパパ様は、ビーがいないと……。
跡取りのレーガル様と対策を話し合ってるのを聞きながら、跡取りは大変だーとぼんやり考える。
ん? うちの跡取りは母が産む兄弟から選抜だよね?
えーと。
ビーが膝に来た。
えーと。
怖いです。
ビーのパパ様とレーガル様とその他の視線が‼
「な、何してるのビー」
「牙治ったの」
「うん。治療してきたからねー、じゃねえ! つ、つまみぐい禁止だよね」
「む、うーん」
「さっきおやつちゃんと食べたでしょ」
「むぅ」
し、視線が‼
こんな中でチューとか絶対ダメ!
「……これ製作者追記されてる」
「は?」
事件はあっさり解決した。
レッツ鑑定。
それだけである。
後の細かい事は大人に任せて子供は解放された。
はぁ。
どう逃げるか。
部屋に乱入してきたビーにおやつを与えつつ悪巧みを思案する。
だーれ~かヘルプ。
「ビーが待てをしていたな」
「アッシュには、意外と逃げを許してるんですよ」
「……狗好きだからなぁ」
甘やかされている大型犬。
「でもしつけは意外としっかりされていたな」
「所でビーは何処へ?」
「あ」
踏み込んだとき、ビーは寝ていた。
お菓子で満腹にして、絵本を読んでアッシュは逃げきった。
「た、助かった」
今度も背中に逃げてきたアッシュにアルは少し複雑だ。
まあでも、これでいいのだろう。
ビーが咬まずに逃がしてるのだから。
(絵本ってアッシュあなたビーをいくつだと思っているのかしら)
マロンは少し頭痛がした。
銀狼の耳はコインの音の違いを識別する。




