幻の狭間な日常
前半レイチェル
後半息子
子供が泣いている。
小さい子ども。
ビーは怯んだ!
甘やかされて育った末っ子は、泣き叫ぶ年下の幼子の世話の仕方は解らない。
「ええと」
必殺奥義 泣く子は母親へ!
丸投げである。
★☆★☆★☆★☆★☆★
レイチェルの腕のなかで柔らかな動きをして手が動く。
「フフ、良い子」
忍び込んだ元職場は意外なことにすんなり入れてしまった。
普通なら誰かがいるのが普通な場所も誰もいなかった。
「あう」
腕の中の赤子が声を出す。
「だーぅ」
赤子の視線を追って天井を見上げる。
なにもいない。
そういえば、大きな蜘蛛が居るとかメイドたちは噂していた。
見えるなら給金が上がるとか。
足元を何かが通りすぎる。
お嬢様の戌は、気配なく出没するのはいつもの事だ。
滑り込んだ部屋の中で、同じ頃の赤子が寝かされている。
側にいるはずの世話係の気配もなかった。
若旦那様は、お嬢様の心を射止めたことで この家の跡取りとして認められた。
お嬢様の血筋が他の方たちの血筋とは違いすぎたらしい。
でなければ、若旦那様は成人後は家を出る方だった。
メイドたちの噂話は、家を出るはずだった子どもが跡取りとして待遇がひっくり返ったことをよく話していた。
子どものうち能力を認められた子は、家で働く事が決まったグループが基本は勝ち組だった。
それが、自由恋愛でお嬢様を射止めてきたあの方は急遽跡取りとしての教育を受けることになって いまだにどこも大忙しだ。
お嬢様のお子は大切に育てられる。
私とは違いすぎる。
誰にも知られず、ひっそりと子を産んだ。
一族に知られたら子どもが取り上げられてしまうと彼は言っていた。
彼は、家に残されるグループにいた。
他にも家に残される人の家族はそれなりの待遇を受けていた。
生活安泰が、崩れたのは お嬢様を射止めてきた若旦那様にあったのだろう。
彼はもう自由に結婚相手を選べなくなっていた。
だから私は隠された。
でも。
変わらない。
どちらも同じように柔らかな栗毛。
一瞬の闇。
うにゃうにゃ赤子が泣いている。
おしゃべりしていると言うのが正しいかもしれない。
久しぶりに帰ってきた彼は手を伸ばしかけ固まる。
何も言わず彼はそのまま出ていった。
その日が、最後だった。荷造りして家を出た。
流れ着いた田舎町は、意外なほど優しかった。
元メイドの接客やお掃除などの仕事はすんなりと見つかった。
子供は丈夫ですくすくと育ったとても優しい子。
そしてあの日、立派なお使いがきた。
あの子への配慮だったのだろう。
私は変わらず生活をしている。
毎月来る送金。独りの寂しさを理解した。
お嬢様も同じ寂しさを感じただろう。
あの子がいなくなってから、噂話が舞い込んできた。
あの家で赤子が拐われたと。
置いてきた子供は、拐われたと。
それが私への罰だったのだろう。
何も知らずに何年も前の事実が、全てを闇にする。
置いてきた子供は何処へ?
連絡を取ろうとした彼は、あの屋敷に既に居なかった。
何処かへ消えてしまった。
私は独りだった。
お金が送られてくる。
時々、小さなアクセサリーが届く。
あの子は大切にされている。
孤児院にあの子が来ると噂を聞き見に行った。
成長期の子供は、毎回背が伸びていた。
あの子が学園に入って手紙を書いた。
だけど誰も捕らえに来なかった。
この日、いきなり彼が現れた。
でも同時に衛兵も現れた。
私は罰されるのを望んでいたのだ。
それに彼のように早く走れない。
銀狼の彼は諦めたのか逃げてくれた。
なのに、お屋敷に現れた。
竜が暴れている。
なんで。
竜より恐い子どもがいる。
恐い子どもが、子供を渡してきた。
ほんの一瞬前には、5歳ぐらいだったはずなのに抱き留めた後は赤子だった。
時が戻る。
目の前には、アッシュ。腕のなかには私の子。
そして、天井には大きな蜘蛛が。
ゴクリ。
蜘蛛が見ている。
足元を戌が。
「あら」
背後から声がかけられる。
「お嬢様」
「レイチェル、体調はもう良いの? あら」
お嬢様の目が大きくなる。
「まぁ、結婚したの? 可愛い子。パパはどなた?」
「あの、コル様はーー」
「まぁ」
マジマジ赤子を覗き込んだお嬢様の目がほそまる。
「ふふふ。少しアッシュもお願いできる?」
「え」
両腕に赤子。
「お、お嬢様?」
遠くから騒がしい音が聞こえる。
何故か、旦那様や先代様の声が混じっているような?
「私、コルが一族の者とは知らなかったわよ?」
縮み上がっている男性陣。
「コルは私の弟だ」
「だーかーらー、私は執事見習いだとしか教えられなかったわけは御立派な理由が有りますのよね?」
お嬢様。戌が大きくなっております。
大人の銀狼は、銀狼らしさを隠せるようになる。
蜘蛛が隅っこで縮んでいる。
ええと、お嬢様?
その日、猫を被っていたお嬢様の猫は逃げ去り、巨大な戌がのしのし闊歩するお屋敷になった。
それは、まばたきするほどの束の間の夢。
☆★☆★☆★☆★☆★☆
父親は何時も忙しく、一人留守番が普通だった。
母親は死んだとばかり思っていた。
ある時、母が生きているらしいと聞いた。
知らなければ良かった。
会いに行った先で見たのは、同じ年頃の子供を育てている人だった。
もしかしたら双子で、一人ずつ引き取ったのかもしれない。
あそこにいるのが自分だったかも知れないと思うと切ない。
寂しさを忘れるように、柄の悪い子供の集団に入った。
取り替えっ子?
母親と一緒にいた子供は、母親の子ではなかったという。
ならば、何故自分は。
何を望む
何を差し出す
視界が、天井をはう蜘蛛を捕らえる。
恐っ
何あれ?
若い母親の腕の中、母親の視線が別の子供に向けられる。
取り替えっ子?
取り替えたのは母だ。
自分をおいて違う子を抱いて部屋を出た背中を見送り蜘蛛が降りてくるのを見ていた。
蜘蛛が、触れようとした瞬間扉が開き誰か入ってくる。
蜘蛛が素早く身を隠す。
人が出入りする。合間に蜘蛛が。
恐っ
暗くなった頃、若い父親が忍び込んできた。
「うぎゃー(蜘蛛がっ)」
「シー」
蜘蛛を磔にして、父親は素早く逃げた。
ああ。そうか、
父子の生活が始まる。
そうか、
何を望む
何を望む
何を差し出す
母親と楽しそうに笑う子供にショックを受けて逃げ帰った。
ああ
何を望む
泣いた子供抱きあげた 子供。
あれ?
若い母親がいる。
乙女が暴れている。
あんなに恐かった蜘蛛が隅で震えている。
ン?
一番恐いのは誰?
闇が揺らめく。
願いは何




