逃走
朝一で彼が発した言葉は「逃げられた」だった。
巣の中に半ば無理矢理 弟を抱き寄せて眠った。
ぎゅうぎゅう詰めであったが、卵と雛と親二頭に小さくなった娘竜。
ぬくぬくした微睡みの終わりは蹴り出される事であった。
「ビィ」
死にかけていた黒い雛は元気に親から半分消化した肉をもらい食べている。
鱗が元から黒く鮮やかな光沢を発して成長すれば見事だろうと予想できた。
肝心のビィはいない。抱っこして寝たのにである。
レオば伸びをしている。
見た感じ怪我は治っている。そして。
「うわ」
ビィが確かチクチクした背中は、銀色の魔方陣が光っていた。
ビィ。何細工しているの?
銀色の糸で縫っていたと思うが、光輝くーー。
「レオ、背中すごいぞ」
シャキンとポーズを決めるレオ。
とりあえず、肉を捧げる。
「リリンと一緒にいることを許してください」
シャキン
うん。威嚇されました。
キャシャー!
うん。リリンが恐い。
頼みのビィがいない。
うん。詰んでます。
底無しのリュックから獲物を捧げる。
レオの好物はウサギ。黒い雛も大好きだ!
どうだ!
ニヤリ!
竜との攻防は続く!
☆ ☆ ☆
男は駆けていた。道のない密林。下草が地面を隠し繁った枝は光を遮る。
抱えた荷物を放り出したい、最も荷物を届けなければ報酬が貰えないので放り出せる筈もなく。
仲間を捨てて来た。
ある程度の犠牲は心得てはいたが、自分が今置かれている状況はないはずだった。
竜は、羽根を潰し飛べなくしてきた。
死にかけた雛と死にかけた卵。そして怪我の回復と動けるようになる日数を考えても速すぎる。
街まで出てしまえば竜は勝手に街の住人が対応する筈だった。
そもそも男を追っているのは竜ではない。
視界の端でウサギが鳴く。カサリと茂みが揺れて猪が威嚇する。
そして鹿が蹄を鳴らす。
どれも人間を見て逃げていかない。
狼の耳が見え隠れし、脇道に通じる分岐点には熊がドーンと陣取っていた。
何かに終われている。
木々に架かる蜘蛛の糸を目にして、追い込まれた事をはっきり認識する。
グルグル回り、元の所に戻されたのだ。
蜘蛛のギチギチ鳴らす音が響く。
「ねぇまだそれ盗っていく気なの?」
あり得ない声が聞こえた。
振り返ると、子供が居た。虎が子供の横で甘えている。
虎の足元に小さな猿がチョンと押さえられていた。
「捕まえたの? すごーい」
虎が腹を見せてご満悦。子供が腹を撫でる。
「この子、中々お前の事が大好きで手荒にしてゴメンね?」
猿の首根っこを捕まえて撫でられると、猿が毛を膨らましていた。
「ねぇ、これと交換しない?」
猿がでかい目をうるうるさせている。
猿は偵察に使う従獣だった。
「お前たちが俺らを無事に逃がすつもりはないだろう」
「……この子が食べるご飯も持っていっていいよ?」
猿は適当に雑食だ。森の中で餌など与えなかった。
実際、色々な実を持ってきた。良く解らぬ実を小さな袋に貯めてある。
上から巨大な蜘蛛が降ってきた。
蜘蛛は糸玉を捧げる。
あり得ない光景が繰り広げられている。
「……うん? くれるの?」
撫で撫で。
蜘蛛は撫でられるのに満足すると木の上に戻っていった。
「お前、人間か?」
子供は微笑む。
「ねぇオジサン。今ならこの蜘蛛の糸も付けるよ?」
変わった色の糸玉を子供が撫でる。
「あれ?」
懐から瓶を取り出して蓋をあける。
「あ、こら、空じゃなくてこっちでしょ」
ふよふよ飛び立とうとした何かを糸玉に投げつける。
猿が隙を見て逃げたした。うるうる足元に来た。
俺の所に来ないで逃げればいいのに。
サックリ。
糸玉にナイフを入れると、糸がほぐれた。
ペチペチと中身の頬を叩く。
「なっ」
捨てて逃げた仲間が糸玉から出てきた。
「ねぇオジサン、キキがなんて言っているか聞いたことないの?」
キキは足元の猿の名だ。
「……」
足元の葉っぱをむしっている。
「ーー?」
足元の葉っぱ? 何処かで見た気がする。
ペシ
チョップをかまされた糸玉から出された仲間は、飛び起き周りを見て乾いた笑みを浮かべた。
虎が自分の臭いを嗅いでいたら粗相をしてもしょうがない。
「おやびん」
情けない顔をするな。
「……キキ、逃げろ」
戻って来なくていいーー。
どうせ保護区の獣から逃げられても、きっと街に行けば捕まったのだ。
「あ」
猿が素早く逃げる。荷物を抱えて。
「……フム、行っちゃったね」
「ガウ」
「え? 追わなくて良いよ? 卵はね、行きたいところに行くから」
撫で撫で。
虎がにへらとしてするりと繁みに消える。
「とりあえずオジサンたち、ここら立ち入り禁止だからおとなしく捕まってね?」
狼の腹を撫でる子供。木上からの嫌な声が聴こえる。
撫でらると獣は消えていくが、気配はそこいらに潜む。
「オジサンたち、行くよ」
子供がにっこりと笑う。
「あ、ついでに足元の葉っぱ採取してね?」
無邪気に仕事が言い渡された。
「ふんふんふん」
ニョキニョキ
「ランランラン」
ニョキニョキ
「あ、実! 採って? あっちの花も」
ニョキニョキ
季節外れの収穫祭りに、げんなりする。
子供が容赦なく指示を飛ばすので、採取スキルが上がり放題だ。
「リーラーラーーラ」
ニョキニョキ
「そのキノコ採って」
狼の耳が繁みに見える。反対側には熊の仁王立ち。
後は、鹿やら猪やらがついてくる。
逃げられない。
「あ、自然薯掘って?」
採取スキルが……。
ニョキニョキ
「あれ採って」
☆ ☆ ☆
「もう嫌だ!」
駆け出す姿を見送り、元気だなと感想を出す。
確か三日前に、糸玉に捕獲されて良く生きていたと思うのだ。
その後もしっかりとした足取りで歩き、以前より体調良くないか?と思っていた。
しかし、ここで逃げても迷子だぞ?
子供が興味無さげに背中を見送り俺を見る。
「うわああぁぁーー」
やはり何かに遭遇したらしい。悲鳴が情けない。
「あ、ワイバーン」
開けた野原にはワイバーンがガン見していた。
そしてメリメリと大地にめり込んだ。
「ヨシヨシ」
子供がペチペチしている。
腰を抜かした男がアワアワしている。
そして
「おやびん」
ワイバーンの真ん中に情けない声で助けを求める人間がいた。
あいつらはいつのまにかはぐれたーー。
「たーすーけーてー」
できるか!
「オジサンたちワイバーンと仲良くなったの?」
「ひぃ」
子供に声をかけられて飛び上がっている。
「あら」
動かない男に子供が近付き、瓶を出す。
ペチペチ
「うん? ロリコン? ダメよ?」
そうそいつは幼子が飯より好きだ。
ペチペチ
「うん? 加虐性癖? 被虐に変更」
ベシベシ
「えーと、仕事大好きで、整理整頓。世話好きと仲間思い、家族愛」
何か改造されている。
「あいつ昨日から目を覚まさないんですが」
「お前も改造してもらえ」
「ゥェ?」
ペチペチされ目覚めた男は、お前誰状態の気持ちの悪い性格になっていた。
なむ
☆ ☆ ☆
「もう嫌だぁぁ」
何度目かの逃走。あいつは逃走スキルが上がっている。
偵察任務に使おう。但し運はない。
なので
「うぎゃ」
そう何かと遭遇したらしい。毎度の事だ。
「アワアワ」
うん。この展開飽きた。
「あら芋虫。ご飯にする」
お前が飛び出す度に要らん食材が増える。
「焼くか……」
もう頼むから逃げようとするな。
「ム、虫だよ、それ」
「成虫よりましだな」
うん。だから食材を増やすな。
「うぎゃ」
ぁぁ、だから食材を増やすな!
子供の背後から近付いた男は子供に触れる前に遥か上空に引き上げられた。情けない悲鳴をあげる。
蔓に絡まって、あれは刺激を受けると縮むのだ。
気が付かず触ったのだろう。子供は容赦なく、蔓を切る。
落ちてきた男に子供はにこりと微笑んだ。
「大丈夫? あ、根っこ掘っといてね」
そう、縮む蔓の根っこは薬になる。
「ふんふんふん」
仕事を増やすな。
そう街での地道なつまらない仕事を懐かしむ。
頼むから子供よ! 早く大人のいる場所に合流してくれ!
熊が見えなくなったと思ったら、ケルベロスが現れた。
腹を見せてパタパタ尻尾を振る姿に、一同がびびる。
「お前たち、あれに危害を加えようとかあれから逃げようとか考えるな」
食べたくない食材と仕事が増えるだけだ。
もう皆が学習していた。子供の側から離れるとえらい目に遭う。
近付きすぎても駄目だ。
「ランランラン、湿原! あら?」
巨大蛇と遭遇。
「……良い模様の蛇革ね?」
蛇は一目散に逃げ出した。
「あ、……蛇スープにしようと思ったのに」
蛇よ。逃げて正解だったらしい。うっかり腹を見せて居たら鍋の中に刻まれていただろう。
「あっちかな?」
子供が指差した先に、人工物が見えてほっとした。
街が恋しい。
人が懐かしい。
「あ、フィリア様」
げふ
死と生を司る破壊の女神。
「ビィ」
「ちょうど良かった。ご飯一緒に食べよう?」
女神を攻略する魔王が此所に。
「…………ビィの手作りか?」
「うん」
女神をたぶらかす魔王がーー。
「お前たち、薪集めてきてね?」
魔王は人使いが……。しくしく。
「ビィの役にたっているのか?」
「たってるよ? 高い木の実とか硬い地面掘ったりとか」
「そうか、ならもうすこし活きるといい」
ぞくり
魂に刻まれる何か。
「はい、フィリア様 あーん」
逃げられない。
頼むから子供よ! 人間の大人の居るところへ行ってくれ




