人間の拠点を目指す
いよいよ帝国を目標に旅を開始したディビエイル一行。
今は洋館から森林を抜け、一番近い人間の集落に向けて移動中である。
一番近いと言っても、洋館からはかなり距離はある、そもそも洋館のある場所が辺鄙過ぎるのだ。
歩きながらサプルが聞いてきた。
「来る時も思ってたんだがディビー、お前達はなんであんな森林の奥深くに住んでたんだ?」
「そうじゃのう、先に言っておくと、あの洋館はもともと儂のものではない、恐らく大昔に誰か人間が住んでおったのじゃろう、あれを見つけた時は誰もおらんかった。ただ、たくさん人間の文献が残されておったから勝手に過ごしていただけじゃ」
「そうなのか、じゃあ質問を変えよう、なんであの洋館に行ったんだ?」
「あそこに行くまでは儂は放浪しておっての、お前達は知っておるか分からんが、あの洋館より北側にはまだまだ大地が続いておる、儂は人間のことを知る為に色々な場所で人間が作った文献や書物を探しておった、その途中であの洋館を見つけたのじゃ」
「じゃああそこに行くまでにも人間がいる場所に立ち寄ってたんだな、そこでは何も見つけられなかったのか?」
「小さな村や集落が多かったからの、そういった文献の類を置いてある場所はほとんどなかったのじゃ、ある程度の大きさの場所に行っても当時の儂は人間との交渉の仕方が不得手だったでのう、文献があれば見せてくれんかと問うても皆怪訝な顔をして追い払われたぞ」
「追い払われた?確かにそこの集落の都合もあるかもしれないが、よっぽどじゃなければ追い払うなんてしないと思うが・・」
サプルは少し思考を巡らせてみた。
そしてもしかしたらと思い聞いてみる。
「俺たちが初めて会った時、もっと幼い女の子の姿だったよな・・?その姿で行ったんじゃないのか?」
「その時はまだ違う姿だったのじゃ」
「その時の姿になれるか?」
「うむ」
そういうとディビエイルは姿を変えようとする。
その前にフォロアが一旦静止した。
「ディビエイル様、お召し物の方を」
「おぉ、そうじゃな」
そういうと、おもむろにその場で脱ぎ始めた。
「サプル、どうしてまだ見ているのです?もしかしてその眼球は存在が許されていないかもしれないのかしら?」
ウォッツがそれでどうするつもりなのか分からないが、裁縫道具を手に持って聞いてきた。
慌ててサプルは後ろを向いた。
「(なんでいつも俺ばかりなんだ・・ここにはチルドフもいるだろう)」
そう思いチルドフを見るが、既に後ろを向いて地面に座り、ガントレットの手入れをしていた。
これがサプルとチルドフの差である。
「儂は別に構わんのじゃが」
半脱ぎになりながらディビエイルは言うが
ウォッツ・フォロア「「ダメです」」
「お、おぅ・・」
女性2人に気押されたのはディビエイルにとっては初めてだ。
意外と迫力があった。
「ディビエイルさん!貴方はもっとご自分の姿を意識してください!女の私から見ても貴方はすごく美人なんです、それが貴方の力で作られたものだったとしてもです」
フォロアも強く頷いていた。
「私に、貴方の一糸纏わぬ姿を見てしまったサプルを縄でぐるぐる巻きにして警吏に引き渡さなくてはいけないような真似をさせないで下さい」
結構な言われようだ。
「そうなのか、儂の今のこの姿は人間にとっては美人なのじゃな。覚えておこう」
フォロアが大きな布でディビエイルを隠しながら服を脱がせてくれた。
「ではやるぞ」
ディビエイルの姿が変わり出した。少女版ディビエイルより更に小さいようだ。
その様子を一応目の前で見ていたウォッツだったが、首を傾げていた。
「・・・・えっと・・これは?」
やがて変化は終わったようである。
「もう見ても良いぞ」
「ちゃんと服は着たか?」
「着とらん」
「ダメじゃねーか!!ウォッツっ!?」
「いえ、その・・大丈夫だと思います」
「・・・・・?」
サプルは恐る恐る振り返ってみる。
チルドフも同じタイミングで振り向いた。
「これは・・・」
「おい、こいつぁあれじゃねーか?ほら、確か・・アニマだっけか?」
「俺も同じことを思った、一番近いものを挙げろと言われれば・・ハニワだな」
目の前に直線で筒状の土の塊の集合体が人型を模して立っていた。
他の者にこれは何かと聞いたら多分埴輪だろうと多くが答えるはずだ。
だが皆が想像する埴輪像より顔と思われる部分がのっぺりしている、目と口に関してほぼ横線である。
「これなら服も必要ないであろう」
口の部分が上下にパカパカ動きながら声を発している。
どうやって喋っているのかわからないが、ちゃんとディビエイルの声がする。
「最早、服どうこうの話じゃない気もするが・・それが最初の姿か?」
「いや、これの前は姿と呼べるようなものではなかったぞ、お前達にわかる言葉で言うなら、靄といったところじゃの」
「一応聞くが、なんでその姿に?」
「ふむ、人間と意思疎通を図ろうにも姿がなくては不便かと思うてのう、放浪しておる途中で地面にこれが生えておるのを見つけた、恐らく人間の産物だと思い真似てみたのじゃ」
「それが原因だな、よく『追い払われる』だけで済んでいたもんだな。ハニワが自分で動きながら話しかけてくるとか不気味すぎるだろ・・」
「今から考えれば確かにそうじゃったのう」
わっはっは、とディビエイルが笑った。埴輪なので表情が全く変わっていないが。
「じゃあ、最初に俺たちが会った時の女の子の姿は?」
「あぁ、あれはあの洋館を見つける前に最後に立ち寄った人間の集落があっての、その中で1人だけ儂のことを追い払わず、話を聞いてくれる幼子がいたのじゃ」
「子供は意外とそういうの、怖がらなかったりする子も居るからな」
「うむ、まだ子供故、知識は多くなかったが、儂のこの姿がもしかしたら他の者達に怪しがられておるかもしれんと教えてくれたのじゃ、そこで儂は聞いてみた、ならばお前の姿を真似しても良いか?と」
「なるほどな、それであの女の子の姿に変わっていたってことか」
「その者にはそれ以来世話になっておる、のうフォーよ」
「・・・・・へ?」
サプルがフォロアの方を見た。ディビエイルの後ろで目を閉じ、控えているようだ。
「(あれが小さい頃のフォロアさんの姿だったのか・・それが、何があって、今のこの・・)」
フォロアが片目を薄く開いてサプルを見た。
「・・・・・何か?」
「あ、いや・・」
「サプル、ディビエイルさんに聞いたでしょう?短い寿命をどうして自分で更に短くしようとするんですか」
「すまん・・」
今のはサプルが悪いので素直に謝罪した。
「事情は粗方理解した、姿を変えさせてすまなかったな、もう戻ってくれて大丈夫だ」
そう言うと後ろを振り向き少し離れた、ちゃんと学習したようだ。
だがいくら見えないとは言っても音や声は聞こえてくるものである。あまり聞きたくない女性達の声であっても。
「ディビエイルさん、本当に綺麗なお身体をしていますね・・少し触ってみてもいいですか・・?」
「構わんぞ」
「すごい、暖かくて柔らかい・・このまま抱きついても良いですか?」
「好きにせい」
「うわぁ・・幸せってこう言うことなのかもしれません・・」
「あの、ディビエイル様・・」
「儂の服を両手で握りしめて何をソワソワしておるんじゃフォーよ、お前もやりたいなら近う寄るが良い」
「そのような事は・・」
「違ったか?なら良いのじゃ」
「後ろから失礼します!」
「うむ」
という会話が繰り広げられていた。サプルは全く見ていない、見ていないが何が行われているかは会話で事細かく説明してくれているので想像に難くない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ポンと肩にチルドフの手が置かれた。
「サプル、漢にはな、絶っ対に越えられない高〜ぇ壁があるんだよ、知ってっか?」
「チルドフ、俺たち何しにここまできたんだっけ・・」
「残り短い人生、新しい目標見つけて歩くのも悪かねぇ、俺はいくらでも付き合うからよ」
「ありがとな・・」
そう言い、サプルは目頭を熱くしながら空を仰いだ。そんなサプルを慰めるように良い風が吹いていた。
すっかり元通りになったディビエイルと更に森を進む勇者一行。この辺りは深い森林地帯の為、昼間であってもあまり日の光が届きづらい。夜は視界が更に悪くなるだろう。
「日も暮れてきたし、今日はこの辺りまでだな」
サプルがそう言いながら荷物を地面に下ろした。ウォッツとチルドフもそれに合わせた。
「割と早めなんじゃのう」
「まぁな、夜の森は危険だぞ、早めに野営の準備して火を起こさないとな」
ゴソゴソと寝床を作りながら答えた。
「とは言っても、元々片道の旅だと思っていたから食材がほとんど残ってない・・チルドフ、悪いが森で何か獲ってきてくれないか?」
「了解だ」
チルドフが立ち上がった。
「あまり無理はしなく大丈夫だからな」
「おぅ」
チルドフが歩きながら後ろ手にヒラヒラ手を振り森に入って行った。
それを見送りながらサプルは火を起こしている。
「お前達は普段何を食べておるのじゃ?」
「そうだな・・拠点に滞在している間はその場所の食堂だったり宿の飯を食べたりだが、こういった野営の時は拠点で買い込んだ食材を調理したりする。物によって長期保存が可能だったり直ぐにダメになってしまう食材もあったり、まぁ色々だな」
そうなのか?とフォロアを見ると小さく頷いた。かくいうフォロアはどこから取り出したのか、なぜかテーブルと椅子とティーポットを準備していた。
「今は何も持っとらんのか?」
そう問うとサプルがリュックから皮袋を取り出し見せてくれる。
「干し肉が数枚と、野菜の切れ端が数種類ってところだな」
「これでどれくらいの量になるのじゃ?」
「大体、1人で一食分に届かないってところかな」
「なるほどのう、干し肉とやらを一枚もらっても構わんかの?」
「あぁ、あんまり美味しいもんじゃないぞ」
サプルが干し肉を一枚手渡してくれた。
これが干し肉か〜と言いながらディビエイルが観察していた。
そして一通り観察が終わると左手の手のひらに乗せた。
「食べないのか?」
サプルがそう言うと同時にディビエイルの手の上の干し肉がいきなり巨大化した。
「量を増やしてみたぞ、これで足りるかのう?」
「・・マジかよ」
そう言ってディビエイルが干し肉を返してきた。ディビエイルが軽そうに片手で持っていたのでサプルがそのまま受け取ろうとするが・・
「うぉっ!」
咄嗟に両手で抱えた、ちゃんと見た目通り、ズシっとした重さの肉になっていた。
「すまん、重かったか?元の肉の500倍といったところじゃ」
元の干し肉が大体20g程であろうか、それが500倍になった、つまり・・
「10kgの塊肉になったって事か・・重い訳だぜ」
そう言って傍にあった石の上に置いた。
「ホントになんでもありだな、だが助かるよ、あんまり甘えすぎるのも良くないと思うが、食料の問題を気にしなくてよくなるのは有難いことだからな」
「それは良かったのじゃ」
そう言って微笑んだ。
サプルでもドキリとしてしまうような優しい微笑みだ。
「(全く、何でこいつが凶魔の祖なんて呼ばれてるんだ・・ますます意味が分からない)」
やがて、兎や鳥を数匹獲ってきたチルドフが戻ってきて巨大化した干し肉を見て「なんだこりゃあ!」と叫んでいた。
また森の中を数日進んでいると今度はウォッツがパーティメンバーと少しだけ距離を開けながら歩くようになっていた。何やら自分の匂いを嗅ぎながらソワソワしている。ディビエイルが近づきながら声を掛けた。
「どうしたのじゃ、体調でも悪いのかの?」
「あ、えっと、その・・」
ウォッツが小声で返してきた。
「・・そういえば最近水浴びを出来ていないと思いまして・・」
「水浴び?」
「はい・・ディビエイルさん、今の私の匂い、どう思います・・?」
「匂い?そういえば人間の匂いなど気にしたこともなかったのう、嗅いでも構わんのか?」
「な、何でも言って下さい!」
ウォッツが覚悟を決めたようにパッと両手を広げた。
ディビエイルの綺麗な顔が近づいてきてウォッツはドキドキだ。同性(?)とはいえ他人に匂いを嗅がれるのは恥ずかしいだろう。ふんふんと言う軽い息遣いが聞こえてくる。
「あまり人間がわからん儂に意見を求めるのも参考にならんと思うがのう」
「ど、どうですかね・・?」
「言語化するならそうじゃのう・・久しく入ってなかった書棚部屋に入り、埃がフワリと舞い上がった床の香りの奥の方に微かにフォーが洗濯したものの干し忘れてしまい放置されておった服の匂いと言ったところかの」
滅茶苦茶具体的に言われた、何故かフォロアにもダメージが入っていたが。
想定外にブッ刺さる答えが返ってきてウォッツは絶望の表情を浮かべた。
「うぅ・・そうですよね・・何でも言って下さいと言ったのは私ですから・・」
ガックリ気を落としていた。フォロア諸共。
「それで?これがどうしたのじゃ?」
「そっか、ディビエイルさんは気にならないんでしたね。人間は匂いに敏感な生き物でして、特に自分以外の人や物の匂いが気になります。自分の匂いはわかりにくいですから」
「そうなんじゃな」
「場合によってはその時の匂いがトラウマになったり良い思い出になったりする時もあります、普段忘れているのに、その匂いを嗅いだ瞬間に一気に記憶が蘇ってしまう事だってあるんですよ」
「そんなこともあるのか!興味深いのう」
「女性の場合は男性よりも特に匂いを気にする傾向にあると思います、自分が臭いのは嫌ですから。だから定期的に水浴びを行い、匂いを出来るだけ抑えたいんですよ」
「そんなこともせんといかんとは、人間はまこと大変じゃのう」
「ディビエイルさん、私の匂いを嗅いでいただく時に近づいてきて思ったんですが、失礼ながら何故そのような良い香りがなさるんですか?」
「初めて言われたのう、儂は良い匂いなのか、嬉しい気がするのう」
ディビエイルは自分の匂いを嗅いでいた。
「そもそも何故匂いがするのじゃ?」
「え?そうですね・・物にはどれも匂いが存在しますが、人間の話でいえば常に目には見えませんが体臭という形で体から匂いが分泌されています、身体の表面から揮発した分子が人間の鼻に奥に届き、それが脳内で匂いとして認識する・・みたいな感じだったと思います」
「では何故匂いに差が出るのじゃ?」
「普段の食生活や年齢、体調によっても変わってくるんじゃないかと、あと人間は汗をかきますからそれも影響しますね」
「では、儂が良い匂いと感じるならば恐らく、普段フォーの淹れてくれたお茶しか口にしていないからじゃなかろうかの」
「そっか・・普段ディビエイルさん、ハーブティーしか飲んでないから余計な匂いがしないんだ、汗もかかないし、体調も変化しない、年齢はよくわからないけど・・匂いの原因自体がないんだ、羨ましい・・」
「羨ましいとな?」
「全女性の憧れだと思います、試しにサプル達の匂いを嗅いできてみて下さい」
「わかった」
サプル達の方へ向かう。
いきなりディビエイルが近づいてきてサプルが一瞬たじろいだ。
「な、何だ?どうした・・?」
「ふむ」
クンクンと匂いを嗅いでいた。
サプルはよく分からなかったが美人に近づかれて悪い気はしていなかった。
「おぉ、これは・・」
「どうですか、ディビエイルさん?」
ウォッツとフォロアも近くにやってきた。
「ふむ、そろそろ処分せねばと思い5年程中庭に放置しておったサプルの父親のガイツが履いておった皮長靴が地面と一体化して苔が好き放題生えておったものを手にした時の匂いがするぞ」
「・・・は?」
サプルは混乱している。
「すごいものじゃ・・本当に匂いを嗅いでガイツの事を思い出したぞ」
「それがディビエイルさんの嫌な思い出になっているんですか?」
「いや、一緒にいたフォーが『そんな誰の特にもならない呪物、早く燃やしましょう』と言っていたのも思い出したぞ、不思議なものじゃのう」
「これが匂いの力なんですよ!時には他人を破壊する武器にだってなるんですからね!」
「うむ!覚えておこう」
サプルの知らないところで女性陣がわいわい騒いでいた、フォロアに至っては近づくと蹴り殺すと言わんばかりにこちらを見ていた。
「何なんだ一体・・」
「サプル、お前・・・『臭い』って言われたんだぞ」
「・・・・・そういう事か」
チルドフが優しい声で説明してくれた。
「確かに最近身体を洗えてなかったな」
先ほどのやりとりについて説明されたサプルが若干傷つきながら理解した。
「まだ拠点まで距離があるからな、先に川を探すとするか」
「そうしましょう!」
ウォッツが気合を入れていた。
森林地帯で川を探すのはそこまで難しくはない。木が生い茂るということは水分も豊富にあるということ。
草木が多く生えている方向に向かい、川の流れる音に耳を傾ける。加えて探知魔法もある。
ウォッツが魔法で方向を先導しながら進むと、程なく川は見つかった。
「さぁ、入りましょう!すぐに飛び込みましょう!あ、男性達は遥か遠くに行ってて下さい、間違っても上流には行かないように」
「はいはいわかったよ・・」
そう言いながら下流の方へ向かう。サプル達も勿論水浴びする、その後の水が上流から流れてくるのがウォッツは嫌なのだろう。父親の後にお風呂に入りたくない娘のような感じだ。
「お前はあやつらがあまり好きではないのか?」
「そんなことはありません、大切な仲間ですよ、ですがそれとこれとは話が違いますから」
「なかなか複雑じゃのう」
そんな会話をしながらウォッツはいそいそと服を脱いでいた。
フォロアは相変わらずディビエイルの後ろに静かに控えていた。
「お前は入らんのか?洋館にいた時はよく風呂に入っておったじゃろう」
「いえ、今は外ですので」
「じゃがお前もこやつらのように水浴びせねば匂いがするのではないのか?」
「しばらくは問題ありません」
「本当か?では儂が近くで念入りに匂いを嗅いでも平気じゃな?」
「そ、それは・・」
「何をちょっと嬉しそうにしておる、良いから早よ入れ」
「しかし・・」
「仕方ないのう、儂も一緒に入ってやるから背中を流すが良かろう」
「喜んで!」
「喜ぶでないわ」
フォロアが嬉しそうに自分とディビエイルの入浴の準備を始めた。
ウォッツは既に水浴びをし、自分の身体を擦っているところだ。
「そういえば、洋館の風呂ではお湯が出ておったがあれはフォーが自分で出しておったのか?」
「いえ、あの洋館にお風呂の水がお湯になるように魔術回路が組み込まれておりました、それのおかげでお湯でお風呂に入れておりました」
「何じゃそうじゃったのか。いつも風呂上がりに湯気をホコホコさせておったのはそういう理由か」
「フォロアさんと一緒に入ったことはないのですか?」
「無くはないが、儂には必要ないからのう、一緒に入るとフォーの機嫌が良くなるのでたまにの」
すっかり裸になったディビエイルとフォロアが川縁に向かってきた。ディビエイルは前を何も隠さず、フォロアは少しだけ隠しながら。
「人間は毎日風呂に入るのか?」
川縁に腰掛けながらディビエイルが聞いてきた。
「いえ、流石に毎日は・・勿論、入りたいのは山々なんですが、お風呂は贅沢品ですから」
「そうなのか?」
「はい、拠点によってはお風呂がない場所もありますし、設置してあってもお湯を沸かすのにもコストがかかります、特に旅人なんかは移動時間も長いのでお風呂に入れない日の方が多いです。毎日入れるのは帝国の貴族以上かお金持ちくらいですね」
「そうか、ではこういう時ぐらいは湯を浴びると良い」
そう言うとディビエイルは川に手を入れた。
それからすぐに川に入っていたウォッツが反応した。
「・・ん?あれ・・え、暖かい・・?お湯!?」
「この川の水を摂氏40度に変えた、これくらいで良いか?」
「これは・・すごいです・・、まさかここでお湯に浸かることが出来るなんて・・」
川縁に頭を乗せてはぁ〜〜〜と言いながらウォッツが寛いでいる。
フォロアもお湯になった川の水でディビエイルをせっせと洗っている、ディビエイルは洗わなくても大丈夫なのだが、フォロアがディビエイルのお世話をしたいのである。一通り洗い終わると、フォロアは自らも洗い始めた。
ディビエイルも川に浸かりながらウォッツの横に座った。
「気持ち良いかの?」
「はいぃぃ・・ダメになりますうぅぅ・・・」
フニャフニャになっていた。
やがてフォロアも洗い終わり川に入り、ディビエイルの横に座った、肩が触れる距離と言うより、実際にくっついているが、ディビエイルが気にした様子はなさそうだ。
「また途中で川に入るとなったら温度を変えてやろうぞ」
「嬉しいですうぅぅ・・・、あ、でも程々の方がいいかもしれないです、あまり川の水の温度が急激に変化したりするともしその川に魚とか住んでいたとしたら直ぐに死んじゃって生態系が崩れちゃうと思うんですよ。なのでこの川も入り終わったら元の温度に戻して下さいね」
「なるほど、わかったのじゃ」
「勿論、私たちは嬉しいんですけど、あまり人間のわがままで自然の摂理を曲げてしまうのも申し訳ないので・・
、でもありがとうございました」
ウォッツは笑ってディビエイルにお礼を言った。
それから少しして3人は川から上がった。
一方、下流のサプル達はと言うと・・・
「なぁサプル・・こんな暖ったけぇ水が流れてる川なんかあるんだな」
「な訳ないだろ、温泉じゃないんだ、恐らくディビーが何かしたんだろうよ」
しっかり川に浸かっていた。その後いきなり冷たくなった川に悲鳴をあげ川から慌てて出ていた。
そんな生活を続けながら約1ヶ月、勇者一行はようやく森林から抜け平原に出てきた。
サプルが伸びをしながら言った。
「ふぅ、ようやくここまで戻ってきたな」
「ディビエイルさんのおかげで来る時より楽でしたね」
「睡眠の必要がないから夜の見張りをしてくれてすごく助かるよ」
「任せておくといいのじゃ」
勇者達だけの旅の時は毎晩交代で夜の見張りをしていた、だがディビエイルを含めた新たなパーティになった時に見張りの話になりディビエイルが『儂は睡眠が必要ないから見張りは儂がやろう、お前達は寝ておくが良い』と提案した。
流石に悪いのでやはり交代でやろうと言い、フォロアもディビエイル様が夜通しやらずとも・・と言っていたが、どちらにしろディビエイルはずっと起きているとのことだったので折角だから甘えることにした。
最初こそフォロアはディビエイル様だけにしていただく訳には参りませんと頑張っていたが、そのうちうつらうつらとし始めていたためディビエイルに寝ておけと言われていた。
「毎晩よく眠れていました、何だか外で寝ているのに快適で、とても静かな気がしてたんですよね・・」
「言われてみればそうだったな・・いや、待てよ・・まさか」
そう思いディビエイルを見た。
「儂らの付近の温度を一定に保ち、夜の間は外からの音の音量を下げておった、気に入ってくれてよかったわい」
「気温や環境音まで操作できるんですか・・そういえば川の温度も変えてましたね」
「ディビー、凄くありがたいがそこまで気を使わなくても大丈夫だぞ?俺たちはこういった旅には慣れてる」
「構わんぞ、夜は暇じゃし、それにお前達人間は睡眠を快適に過ごせれば日中の作業効率が上がるのじゃろう?この旅にお前達は必要じゃからの、お互い様といったところじゃろう」
解釈次第では利用するために接待しているという意味にも聞こえるが、そこまで考えている訳ではなく、純粋に仲間を支えたいという気持ちの現れなのだろう。
「人間てのは、あまり他人からよくされ過ぎても申し訳ない気持ちになってしまうんだ、それにこういう環境が当たり前になってしまうとどんどん駄目人間になってしまう、まぁ中にはそれを甘んじて受け入れすぎてカスになった人間も帝国にいるがな・・」
「お前達はそんなことにならんじゃろう?」
「勿論、そうならないように意識はするつもりだ、だが人間は低い方に流されやすいもんさ、どれだけ志を高く保っていても、ちょっとしたきっかけで堕落してしまう、残念だがそれも人間の習性なんだよな」
「難しいものじゃのう」
「悪いな、人間て本当不便な生き物なんだよ。やめろと言ってる訳じゃないんだ、お前の気持ちは純粋に嬉しいし有難いとも思っている、だが俺たちが駄目にならない為に程々にしてくれると助かるよ」
「わかった、覚えておくのじゃ」
「よし、じゃあ進もう」
平原を3日ほど進むとようやく最初の拠点が見えてきた。
「見えてきたぞ、あれが俺たちが最後に立ち寄った人間の村、『トスファー』だ」
「おお、やっときたのう」
「ていっても、旅の途中に少し腰を落ち着けるだけの小さな村だがな、ギルドとかはないぞ」
「だが村は村じゃ、人間が沢山おるのじゃろう?」
「まぁそれなりにはな」
「では入りに行こうぞ」
「そのつもりで来たからな、行こう」
そういって勇者一行は村に向けて歩みを進めた。
その様子を遠くの木の陰から見ている者がいた。
その者は何も言わず何かを紙に書き、鳩の足に結びそれを飛ばした。
それはそこから遥か南、帝国のある方向へ飛んでいった。




