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道化師  作者: ぷん太郎
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第七章 ルシアンとの最後の対話

王都に、反乱軍が迫っていた。


城壁の上では兵が配置につき、王宮でも慌ただしく準備が進められている。


門は閉じられ、街にはいつもとは違う緊張が漂っていた。


その門の前に、一人の男が立っていた。


ヴィクターだった。


その後ろには、数人の兵がいる。


反乱軍の本隊は、まだ王都の外にいた。


ヴィクターは門を見上げると、ゆっくりと息を吐いた。


「父上に伝えろ」


門を守る兵が警戒する。


「ヴィクターが来た、と」


兵は顔を見合わせた。


しばらくして、一人が王宮へ走っていく。


やがて戻ってきた兵は、緊張した面持ちで頭を下げた。


「……陛下が、通せと」


門が開いた。


ヴィクターは何も言わず、そのまま王宮へ入った。


剣を抜く者はいない。


誰も彼を止めない。


ただ、すれ違う兵たちの視線だけが、静かに追ってくる。


王宮の奥へ進む。


見慣れた廊下。


幼い頃に何度も歩いた場所だった。


けれど、今はもう、自分の帰る場所ではない。


やがて、玉座の間の扉が見えた。


ヴィクターは足を止めた。


一度だけ目を閉じる。


そして扉を開いた。


「父上」


ルシアンは玉座に座っていた。


机の上には、北方から届いた報告書が一枚だけ置かれている。


ルシアンは顔を上げた。


そこに立っていたのは、数ヶ月前に王都を追われた息子だった。


服は以前より簡素になっている。


身体つきも、少し変わったように見えた。


だが、目だけは変わっていない。


「……久しぶりだな」


「はい」


それだけだった。


父子の間に、長い沈黙が落ちる。


ルシアンはヴィクターの姿を静かに見ていた。


村で暮らしていたことも。


狩りをしていたことも。


どこで誰と会い、何を話していたのかも。


すべてを知っているわけではない。


それでも、ここへ戻ってきた理由だけは分かっていた。


「兵を連れて戻ってきたか」


「はい」


「そうか」


ルシアンは玉座から立ち上がった。


「お前なら、何かを選ぶと思っていた」


ヴィクターの眉がわずかに動く。


「……最初から、こうなると思っていたのですか?」


「いや」


ルシアンは首を振った。


「何を選ぶかまでは分からなかった」


ヴィクターは黙った。


その答えは、どこか父らしかった。


正しい未来を知っていたわけではない。


ただ、息子が自分自身で決めることだけを信じていた。


「父上は」


ヴィクターが口を開く。


「私が間違っていると思いますか」


ルシアンはすぐには答えなかった。


「分からない」


ヴィクターが顔を上げる。


「……分からない?」


「ああ」


「あなたが?」


「私も人間だからな」


その言葉に、ヴィクターは少しだけ目を伏せた。


かつて自分が否定された理由。


父が何度も口にしていた言葉。


自分の判断を疑うこと。


間違っていれば変えること。


それを今、父自身が口にしている。


「それでも」


ヴィクターは顔を上げた。


「私は進みます」


ルシアンは何も言わなかった。


ただ、息子を見ていた。


その視線に、ヴィクターは妙な苛立ちを覚えた。


昔からそうだった。


何かを褒めるでもない。


怒鳴るでもない。


ただ、自分の判断を見ている。


まるで答えを待つように。


「……父上」


「何だ」


「私は、あなたより優れた王になります」


初めて、ルシアンの表情がわずかに緩んだ。


笑ったわけではない。


ただ、ほんの少しだけ。


「そうなればいい」


ヴィクターの呼吸が止まった。


「……」


「私は、お前がそうなることを望んでいる」


ヴィクターは何も言えなかった。


望んでいる。


その言葉だけなら、何度でも聞けた。


だが、その先がない。


「ならば、なぜ」


声が少しだけ低くなる。


「なぜ、私を王にしなかったのですか」


ルシアンは答えた。


「まだ、お前には早かった」


「……それだけですか」


「ああ」


ヴィクターは父を見つめた。


何かを探すように。


けれど、ルシアンはそれ以上言わなかった。


褒めることも。


謝ることも。


息子を引き留めることも。


ただ、そこに立っている。


ヴィクターは剣に手をかけた。


「……ならば、自分で証明します」


剣が抜かれる。


金属音が、静かな玉座の間に響いた。


ルシアンは自分の剣へ手を伸ばした。


だが、抜かなかった。


「最後まで、自分で決めろ」


ヴィクターの手が止まる。


父を見る。


ルシアンも、息子を見ている。


その目には恐れも、怒りもなかった。


ただ、いつものように。


自分の選択を、自分で引き受けろ。


そう言っているようだった。


ヴィクターは剣を構えた。


「……はい」


その向こうで、王都の鐘が鳴った。


戦が始まる。

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