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道化師  作者: ぷん太郎
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第六章 ヴィクターの反乱

季節が、一つ過ぎた。


ヴィクターは村で暮らしながら、少しずつ情報を集めていた。


北方領の税。


国境の兵。


王都へ向かう街道。


王宮の中で、父に不満を持つ者たち。


そして――


自分が追放されたあとも、何一つ変わらない王宮。


ある日の夜。


ヴィクターは一人、机に向かっていた。


机の上には、何枚もの紙が広げられている。


北方領の地図。


兵の配置。


貴族たちの名前。


王都までの道。


その中央に、王都の名があった。


ヴィクターは、しばらく地図を見つめていた。


やがて、一枚の紙を手に取る。


そこには、ジェスターから聞いた名前がいくつか書かれていた。


「……これだけあれば」


呟いて、止まる。


これだけあれば、何ができる。


兵を集めることはできる。


協力者もいる。


王都へ入る道も分かる。


だが、それだけではない。


父は強い。


判断も早い。


何より、王として国を動かす権限を持っている。


ヴィクターは目を閉じた。


追放された日のことを思い出す。


『だから、お前を王にはしない』


あの言葉が、今でも残っている。


「……父上」


静かな部屋に声が落ちる。


「あなたは、私が間違っていると言った」


ヴィクターは目を開いた。


「ならば、証明する」


それだけだった。


怒りでもない。


衝動でもない。


一つの判断だった。


---


数日後。


村を、一人の男が訪れた。


北方領の貴族だった。


ヴィクターは、彼を家の中へ通した。


「本当に、殿下なのですか」


「ああ」


「なぜ、今まで……」


「それはどうでもいい」


ヴィクターは地図を広げた。


「聞きたいことがある」


男は地図へ目を落とした。


「北方領の兵を、どれだけ動かせる?」


男は黙った。


「……何をなさるおつもりですか」


「王都へ戻る」


男の顔が強張った。


「それは……」


「父上に会う」


「殿下」


「私は王になる」


男は言葉を失った。


ヴィクターは続ける。


「父上が私を王にしないと言った」


「……はい」


「ならば、父上の判断そのものを覆す」


「陛下に、反旗を?」


「ああ」


迷いはなかった。


男はしばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりと頭を下げた。


「……私にできることなら」


ヴィクターは頷いた。


「頼む」


それから、少しずつ人が集まった。


北方領の兵。


父に不満を持つ貴族。


王都の外で待つ者たち。


ヴィクターは一人ずつ話を聞いた。


誰に何を約束するのか。


誰を信用するのか。


どこまで兵を動かすのか。


何を守るのか。


何を捨てるのか。


決めていった。


ジェスターから聞いた情報は、その中で使われた。


だが、ジェスターが「こうしろ」と言ったことは一度もなかった。


ただ、情報があった。


ヴィクターは、それを自分で選んだ。


---


ある夜。


王都へ向かう準備が整った。


ヴィクターは馬に乗る前に、村を振り返った。


ここで過ごした日々を思い出す。


薪を割ったこと。


狩りをしたこと。


村人と食事をしたこと。


税を払ったあと、残った金を数えたこと。


王宮にいた頃には、知らなかったことばかりだった。


「……これも、私の国だ」


小さく呟く。


そして馬首を王都へ向けた。


---


その頃。


王宮。


ルシアンは、いつものように執務室にいた。


一人の兵士が、慌ただしく駆け込んでくる。


「陛下」


「何だ」


「北方より、急報です」


ルシアンが顔を上げた。


兵士は息を整える。


「北方領の一部の兵が、命令を無視して南下しています」


「数は?」


「確認できているだけで、千を超えています」


ルシアンの目が細くなる。


「……そうか」


兵士は続けた。


「さらに、複数の貴族が軍を率いて合流しているとのことです」


「目的は?」


「まだ、はっきりとは……」


その時。


廊下から足音が聞こえた。


ジェスターが入ってくる。


「陛下」


ルシアンはジェスターを見る。


「聞いたか?」


「はい」


「お前は何か知っているか?」


ジェスターは少し考えた。


「知っています」


「誰だ?」


ジェスターは答えた。


「ヴィクターです」


ルシアンの目が、ほんのわずかに動いた。


「……そうか」


ジェスターは何も言わなかった。


兵士が息を呑む。


ルシアンだけが、しばらく何も言わなかった。


やがて、静かに立ち上がる。


「戻ってくるか」


ジェスターは少しだけ笑った。


「ええ」


ルシアンは窓の外を見る。


王都の向こう。


まだ姿の見えない息子がいる。


「……ならば、迎える準備をしろ」


兵士が頭を下げる。


「はっ」


兵士が部屋を出ていく。


残ったジェスターに、ルシアンが言った。


「お前は、何を知っている?」


ジェスターは答える。


「いくつか」


「私に話していないこともあるな」


「はい」


「そうか」


ルシアンはそれ以上追及しなかった。


ジェスターは微笑んだ。


「よろしいのですか?」


「何がだ」


「私が、ヴィクターに情報を渡していたことです」


ルシアンはジェスターを見る。


「知っている」


「……そうですか」


「お前が何を話したかも、おおよそな」


ジェスターは少し目を細めた。


「では、なぜ何もおっしゃらなかったのです?」


ルシアンは答えた。


「お前が選んだことだからだ」


ジェスターの笑みが、ほんの少しだけ深くなる。


「なるほど」


ルシアンは窓の外へ視線を戻した。


「そして、あいつが選んだことでもある」


ジェスターは何も言わなかった。


王都の遠く。


やがて、戦の足音が近づいてくる。


ジェスターはその音を聞きながら、小さく呟いた。


「……やっぱり、面白いですね」


ルシアンは振り返らなかった。

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