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道化師  作者: ぷん太郎
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16/17

アナザーストーリー 城から見た王と道化師(1)

新しい王が即位してから、しばらく経った頃。


城では、ひとつの奇妙なことが誰にも説明されないまま続いていた。


王の隣には、いつも道化師がいる。


それ自体は珍しいことではない。


先王の頃から、そうだった。


ただ、新しい王になってからは、少しだけ様子が違っていた。


---


『執事』


先王の頃から城に仕えている執事は、二人の変化をよく知っていた。


ヴィクターが王になったばかりの頃、ジェスターが隣に立っているだけで、彼は時折、眉を寄せていた。


議会の途中で口を挟む。


廊下を歩いている途中で突然いなくなる。


誰かから聞いたという妙な情報を持ってくる。


そして、その情報が時々、驚くほど役に立つ。


先王も、似たようなことを何度も経験していた。


ただし、先王はジェスターの話を聞き流すのが上手かった。


必要な時だけ問い返し、必要がなければ、そのまま仕事を続ける。


ヴィクターには、それがまだ難しいらしい。


「陛下」


ある日の午後、執事は王の執務室でそう声をかけた。


「何だ?」


「ジェスター様がお見えです」


ヴィクターは顔を上げた。


「……また何か持ってきたのか?」


「おそらく」


少し間を置いて、執事は続けた。


「先王陛下も、よく同じことを仰っていました」


ヴィクターの手が止まった。


「父上も?」


「ええ」


それだけ言って、執事は頭を下げた。


長く仕えてきた者だけが知っていることは、時として、説明しない方がよい。


やがて扉が開き、ジェスターが入ってくる。


「陛下、少しよろしいですか?」


「今度は何だ」


「庭の薔薇が、去年より早く咲いたそうです」


「……それは政務に関係するのか?」


「分かりません」


執事は視線を伏せた。


先王の頃と、何も変わっていない。


ただ一つ違うのは。


以前は先王が困った顔をすることなど、ほとんどなかったことだった。


---


『 メイド』


王宮のメイドたちは、ジェスターを嫌ってはいなかった。


むしろ――人気があった。


端整な顔立ちをしている。


背も高く、立っているだけで目を引く。


いつも丁寧で、女性に対しても紳士的だった。


廊下ですれ違えば、必ず道を譲る。


重そうな荷物を持っていれば、何も言わずに持っていく。


名前を覚えるのも早かった。


一度しか話したことのないメイドに、


「今日は髪を結んでいるんですね。よくお似合いです」


などと自然に言うものだから、言われた本人はその日一日、仕事に集中できなくなる。


もちろん、ジェスターに特別な意図があるわけではない。


本人は本当に、ただ思ったことを口にしているだけだった。


だから余計に困る。


「ジェスター様って、絶対私たちの名前覚えてるよね」


「覚えてるよ。私なんて一度しか話してないのに呼ばれた」


「でも、何考えてるか全然分からない」


「そこがいいんじゃない?」


そんな会話が、休憩室では時々交わされていた。


ある日、廊下の向こうからヴィクターが歩いてきた。


メイドたちは慌てて姿勢を正す。


その隣には、もちろんジェスターがいる。


ジェスターはメイドたちに気づくと、いつものように軽く頭を下げた。


「お疲れさまです」


それだけだった。


ヴィクターは通り過ぎてから、少しだけ振り返った。


「……何をしていた?」


「少しお話をしていただけです」


「そうか」


それ以上は何も言わない。


メイドたちは顔を見合わせた。


王は、まだ知らないらしい。


自分の隣にいる道化師が、城の女性たちからどんな目で見られているのかを。


---


『 コック』


厨房では、ジェスターの評判はまた少し違った。


甘いものが好きだからだ。


焼き菓子があれば、かなりの確率で顔を出す。


「今日は何ですか?」


「新しい菓子です」


「いただいても?」


「どうぞ」


ジェスターは嬉しそうに食べる。


その様子を見ていると、作る側としても悪い気はしない。


ある日、ヴィクターが厨房の前を通りかかった。


ジェスターが焼き菓子を一つ持っている。


「また食べているのか」


「はい」


「仕事は?」


「していますよ」


「それは仕事ではないだろう」


「大切な仕事です」


ヴィクターは呆れたように息を吐いた。


コックは笑いを堪えながら二人を見ていた。


ふと、昔のことを思い出す。


先王も、甘いものが嫌いではなかった。


ジェスターがよく菓子を持っていった。


ある時など、二人で厨房の隅に立ったまま、焼きたての菓子を食べていた。


今思えば、あれも王と道化師にしては妙な光景だった。


けれど、不思議と違和感はなかった。


今も同じだ。


ヴィクターはジェスターに文句を言いながら、その菓子を一つ取った。


「……悪くない」


「でしょう?」


ジェスターが笑う。


コックは思う。


王というものは、案外こういうところで人間らしくなるものなのかもしれない。


---


『大臣』


大臣たちにとって、ジェスターは厄介な存在だった。


身分は低い。


正式な役職もない。


それなのに、王の隣にいる。


しかも議会中に口を挟む。


「北の村では今年、麦が少ないそうですよ」


「市場の塩が値上がりしています」


「南の街道は最近、使う人が減ったそうです」


出所を尋ねれば、商人だったり、兵士だったり、町の人間だったりする。


根拠が薄いこともある。


だが、時々それが正しい。


だから無視もしづらい。


先王の頃からそうだった。


先王はジェスターの話を聞くと、必要なものだけを拾った。


「誰から聞いた?」


「どこで?」


「確かなのか?」


そして最後には必ず、自分で決めた。


新王も、最近は少しずつ同じことをするようになっていた。


ある日の議会。


ジェスターがまた口を挟んだ。


「陛下」


「何だ」


「東の市場で、最近パンが少し小さくなったそうです」


大臣たちは一瞬、沈黙した。


ヴィクターはジェスターを見る。


「それは誰から聞いた?」


「市場の商人です」


「調べておけ」


「はい」


大臣は驚いた。


以前なら、ヴィクターは一度眉を寄せてから、「今は議会中だ」と言っていた。


今は違う。


必要かどうかを自分で判断している。


ジェスターも、それ以上は何も言わない。


ただ、王の前に一つの選択肢を置く。


大臣はそこで初めて気づいた。


ジェスターは王を動かしているのではない。


王が選ぶためのものを、持ってきているだけなのだ。


---


『 兵士』


城の兵士たちは、もっと単純だった。


ジェスターは不思議な男だ。


王の隣を歩いている。


王の肩に手を置くこともある。


なのに、誰も止めない。


ある若い兵士が、先輩に尋ねたことがある。


「なぜ、あの人だけあんなに自由なんです?」


先輩は少し考えた。


「さあな」


「危なくないんですか?」


「危ないと思うぞ」


「じゃあ、なぜ……」


先輩は肩をすくめた。


「先王陛下の頃から、あれだ」


それ以上の説明はなかった。


ただ、兵士たちは一つだけ知っている。


王が廊下を歩けば、ジェスターも歩く。


王が立ち止まれば、ジェスターも立ち止まる。


そして、王が振り返れば、そこにいる。


ある日、若い兵士が体調を崩した。


本人は隠して勤務を続けようとしていた。


それに気づいたのはジェスターだった。


「少し休んだ方がいいですよ」


「大丈夫です」


「そうですか」


ジェスターはそれ以上、何も言わなかった。


ただ、その日の夕方。


ヴィクターが兵士を呼んだ。


「今日は休め」


「しかし――」


「命令だ」


兵士は驚いた。


後から聞けば、ジェスターが王に伝えていたらしい。


兵士はその時、初めて思った。


道化師は、案外よく人を見ている。


---


『 そして、城から見た二人』


城で働く者たちは、誰も二人のことを完全には知らない。


執事は、先王とジェスターの時間を知っている。


メイドは、ジェスターが意外に人気があることを知っている。


コックは、甘いものを前にした時の二人を知っている。


大臣は、議会でのジェスターを知っている。


兵士は、廊下を歩く二人を知っている。


けれど、そのどれも二人のすべてではない。


王は道化師を信用しているのか。


道化師は王に忠誠を誓っているのか。


それとも、ただ面白がって隣にいるだけなのか。


誰にも分からない。


ただ、一つだけ。


先王の時代から変わらないことがある。


王の隣には、道化師がいる。


そして新しい王になってからも、それは変わらなかった。


違うのは、ヴィクターが少しずつ、ジェスターとの付き合い方を覚えていることだった。


何を聞き、何を捨てるのか。


何を信じ、何を疑うのか。


そして、最後に何を選ぶのか。


それを決めるのは、いつだって王自身だった。


夕暮れの廊下を、二人が歩いていく。


少し前をヴィクターが歩き、その半歩後ろをジェスターがついていく。


しばらくして、ジェスターが何かを言った。


ヴィクターが足を止める。


振り返る。


少し困ったような顔をする。


それから、何かを答える。


二人はまた歩き出した。


城の誰も、その会話の内容を知らない。


だからこそ、今日もまた誰かが思う。


――あの二人は、一体どういう関係なのだろう。


答えを知っている者は、たぶん城の中にはいない。


ただ、明日になればまた。


王の隣には、道化師がいる。


それだけは、誰もが知っていた。

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