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道化師  作者: ぷん太郎
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15/17

アナザーストーリー 王と道化師の午後

王宮の午後は、静かだった。


午前中の議会が終わり、次の執務まで少し時間がある。


ルシアンは執務室の窓際に立ち、届いた書類に目を通していた。


その隣の椅子には、誰も座っていない。


代わりに、窓の外から声がした。


「陛下」


ルシアンは顔を上げなかった。


「何だ」


「そこ、開けてもいいですか?」


「もう開いている」


「そうでした」


窓からジェスターが入ってきた。


ルシアンは書類から目を離さない。


「……普通に扉から来い」


「扉から入るより、こちらの方が早かったので」


「王宮の道化師が窓から入ってくるのを、私はどう説明すればいい」


「面白かった、と」


「私が困る」


ジェスターは笑った。


それ以上、謝ることもしない。


ルシアンも、それ以上言わなかった。


ジェスターは窓辺に腰を下ろし、持っていた菓子を食べ始めた。


しばらく、紙をめくる音だけが続く。


やがてジェスターが口を開いた。


「陛下」


「何だ」


「北の商人が、今年は麦が少ないと言っていました」


ルシアンの手が止まる。


「誰から聞いた」


「市場です」


「どこの市場だ」


「城下の」


「名前は」


ジェスターは少し考えた。


「……忘れました」


ルシアンは顔を上げた。


ジェスターは悪びれた様子もなく、菓子を食べている。


「役に立たんな」


「そうでしょうか」


「情報を持ってくるなら、もう少し覚えておけ」


「では、次は覚えておきます」


「次があるのか」


「たぶん」


ルシアンは小さく息を吐いた。


だが、書類の端に何かを書き留めた。


ジェスターはそれを見て、少しだけ笑った。


「聞いてくださるんですね」


「聞いているだけだ。信じているわけではない」


「ええ」


「お前も、私が信じると思って話しているわけではないだろう」


「もちろんです」


それで話は終わった。


ジェスターはまた菓子を食べ、ルシアンは書類に戻る。


互いに何も言わない。


それでも、そこにいることを気にしている様子はなかった。


しばらくして、ジェスターが立ち上がった。


「では、私はこれで」


「どこへ行く」


「特には決めていません」


「そうか」


ジェスターは扉へ向かった。


その途中で、ふと振り返る。


「陛下」


「何だ」


「甘いもの、いかがですか?」


手には、残り一つになった菓子があった。


ルシアンはそれを見る。


「……もらおう」


ジェスターが戻ってくる。


菓子を受け取り、一口食べる。


「……甘いな」


「甘いものですから」


「そういう意味ではない」


ジェスターが笑った。


ルシアンも、ほんの少しだけ口元を緩める。


それだけだった。


特別な会話でもない。


重要な約束でもない。


ただ、王と道化師が過ごした、何でもない午後。


けれど、そういう時間が積み重なっていくうちに。


ジェスターはいつの間にか、王の隣にいることが当たり前になっていた。


そしてルシアンも、それを追い払う理由を見つけなくなっていた。


それがいつからだったのか。


二人とも、覚えていなかった。

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