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道化師  作者: ぷん太郎
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14/17

アナザーストーリー 王と道化師の一日

王になってから、ヴィクターは以前より忙しくなった。


朝から報告を受け、書類に目を通し、昼には議会がある。午後には各地から届いた案件を処理し、夕方になればまた別の報告が積み上がっている。


王になる前から忙しかったはずなのに、今は一つ一つの判断に重さがあった。


そして、その隣には相変わらずジェスターがいる。


議会の日も、それは変わらなかった。


重い扉が閉じられ、諸侯たちが席につく。


その日の議題は北部の税制についてだった。


収穫量の減少に伴い、今年の税を一部減免するべきか。それとも国庫を優先し、例年通り徴収するべきか。


数字だけを見れば、簡単な話ではない。


ヴィクターが資料に目を落としていると、隣から声がした。


「陛下」


聞き慣れた声だった。


「……何だ」


「北の村では、今年あまり麦が取れていないそうですよ」


議会の空気が、わずかに止まった。


ヴィクターは顔を上げる。


「その報告は、どこからだ?」


「先日、町に来ていた商人からです」


「正式な報告にはないな」


「そうですね」


ジェスターはそれ以上、何も言わなかった。


ヴィクターは少し考え、側近に確認を命じた。


調べてみれば、確かに一部の村で収穫量が落ちていた。


正式な報告より、現場の情報の方が早かったらしい。


税の判断は、それを踏まえて改められた。


議会が再び進み始めたところで、ジェスターがまた口を開く。


「そういえば、北の街道の橋が壊れているそうです」


ヴィクターは目を閉じた。


「……今、それは必要か?」


「分かりません」


あっさりした返事だった。


「ただ、同じ道を使っていた人たちは、最近別の道を使っているそうです」


「なぜ誰も報告していない?」


「誰にも聞かれなかったからでは?」


ヴィクターは黙った。


議会の中にいる者たちは、皆、国のことを考えている。


けれど、その「国」は書類の上にある。


道を使う者、橋を渡る者、税を納める者。


そういう人間の声は、報告書になるまで届かない。


ジェスターは、それを拾ってくる。


どこからともなく。


そして、必要かどうかも判断しないまま、王の前に置いていく。


ヴィクターは資料をめくった。


「……橋の件は後で調べる」


「はい」


ジェスターは満足そうでもなかった。


役に立ったことを喜ぶでもなく、褒められたい様子もない。


ただ、そこにあるものを置いただけ。


それがジェスターだった。


議会が進むにつれ、彼の口から出てくる話はますます脈絡がなくなった。


北の村の不作。


壊れた橋。


市場で値上がりしている塩。


城下町のパン屋が最近、朝の開店を少し早めたこと。


そして、庭に見慣れない猫がいること。


「……最後のは何だ」


「猫です」


「聞けば分かる」


「そうですね」


ヴィクターは額を押さえた。


「今は議会中だ」


「存じています」


「ならば――」


言いかけて、ヴィクターは口を閉じた。


ジェスターは笑っていない。


ふざけているわけでもない。


本当に、ただ情報を置いている。


重要かどうか。


役に立つかどうか。


採用するかどうか。


それを決めるのは、最初から自分ではないのだ。


ヴィクターはふと、父の姿を思い出した。


父も、ジェスターが議会で口を挟むことを止めなかった。


もちろん、何でもそのまま受け入れていたわけではない。


「それは誰から聞いた」


「どこでだ」


「根拠はあるのか」


必要なら問い返し、必要なければ聞き流す。


ジェスターが持ってきたものを、最後に選んでいたのは父だった。


そのことに、今さら気づいた。


「……父上は」


思わず口に出ていた。


ジェスターが隣を見る。


「はい?」


「よくやっていたな」


「何をです?」


ヴィクターは一瞬黙った。


それから、少しだけ疲れた顔で言った。


「お前の相手をすることを」


ジェスターは目を細めた。


「陛下も、そのうち慣れますよ」


「慣れたくない」


即答だった。


ジェスターが小さく笑った。


議会が終わる。


立ち上がったヴィクターの後ろから、ジェスターもついてくる。


「陛下」


「今度は何だ」


「明日の朝、城下のパン屋が新しいパンを焼くそうです」


「……それは私に必要な情報か?」


「さあ」


ジェスターはいつものように答えた。


「陛下が必要だと思えば、必要なのでは?」


ヴィクターは振り返った。


その言葉の意味を、しばらく考える。


ジェスターは答えを持っているわけではない。


持っている情報を、ただ王の前に置く。


王が拾うか、捨てるか。


信じるか、疑うか。


そこから何を選ぶか。


すべてを王に返してしまう。


それは、父がずっとしていたことでもあった。


ヴィクターは小さく息を吐いた。


「……なるほど」


「何か分かりましたか?」


「いや」


歩き出す。


「まだ分からない」


ジェスターはその隣を歩いた。


「それでいいと思いますよ」


王は、少しだけ眉を寄せた。


何を拾い、何を捨てるのか。


それを決めるのは、自分なのだから。

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