↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道化師  作者: ぷん太郎
PR
13/17

アナザーストーリー 休日の道化師

王宮から少し離れた丘に、ひとつの墓があった。


まだ新しい墓石だった。


周囲には余計な装飾もなく、ただ名前だけが刻まれている。


――ルシアン。


前の王。


そして、先代の王。


墓の前には、誰もいなかった。


風が草を揺らしている。


鳥の声が、遠くから聞こえる。


ジェスターは丘を登ってきた。


今日は休日だった。


王宮での仕事もない。


朝から特に予定もなかった。


だから、来た。


それだけだった。


墓の前まで来ると、ジェスターは立ち止まった。


しばらく墓石を眺める。


「……立派な墓ですね」


もちろん、返事はない。


ジェスターは少しだけ笑った。


「陛下らしい、と言えば陛下らしいでしょうか」


墓の前にしゃがむ。


手を合わせることもしない。


花を持ってきたわけでもない。


ただ、そこにいる。


「居心地はどうですか?景色もいいですし」


やはり、返事はない。


「ちゃんとした墓にするとは思っていました」


少し考える。


「もっと質素でもよかった気がしますけど」


風が吹いた。


草が一斉に揺れる。


ジェスターは目を細める。


「……そういえば」


ふと、昔のことを思い出した。


まだルシアンが王になったばかりの頃。


王宮の中庭で、ジェスターは一人で菓子を食べていた。


まだ自分の居場所も決まっていなかった頃だ。


王宮に残ることは許されていた。


けれど、誰かに必要とされているわけでもない。


だから、好きなところにいて。


好きなことをして。


邪魔になったら出ていけばいい。


そのくらいに思っていた。


その日も、誰もいない噴水の縁に腰掛けていた。


そこへルシアンが通りかかった。


「……またそこで食べているのか」


「はい」


「そこは座る場所ではない」


「そうなんですか?」


「普通はな」


「では、普通ではないということで」


ルシアンは呆れたように息を吐いた。


それでも、立ち去らなかった。


ジェスターは菓子を一つ口に入れる。


「陛下は、甘いものはお嫌いですか?」


「嫌いではない」


「では、どうぞ」


差し出した菓子を、ルシアンは少し眺めた。


「……お前が食べかけではないだろうな」


「そこまで失礼ではありませんよ」


「そうか」


ルシアンは受け取った。


そして、一口食べた。


「……甘いな」


「甘いものですから」


「そういう意味ではない」


ジェスターは笑った。


ルシアンも、ほんの少しだけ口元を緩めた。


それだけだった。


けれど。


その日から、ルシアンは中庭を通るたびに、そこにジェスターがいるかを見るようになった。


ジェスターもまた、ルシアンが来る時間を覚えていた。


それ以上でも、それ以下でもない。


けれど、いつの間にか。


そこが自分のいる場所になっていた。


「……懐かしいですね」


ジェスターは墓石を見る。


「あなた、あのときの菓子の味を覚えていますか?」


もちろん、答えはない。


「私は覚えていますよ」


少しだけ笑う。


「あなたが食べたものですから」


風が吹く。


ジェスターはしばらく墓を見つめた。


「……怒っていますか?」


返事はない。


「そうですか」


勝手に納得したように頷く。


「なら、よかったです」


静かな時間が流れる。


王宮にいると、いつも誰かがいる。


兵士。


役人。


貴族。


王。


誰かが話し、誰かが命令し、誰かが何かを選ぶ。


静かな場所は、ジェスターはあまり好きではない。


何も起こらないからだ。


けれど。


この場所だけは、不思議と嫌ではなかった。


「静かですね」


返事はない。


「……まあ、あなたなら文句を言いそうですが」


ジェスターは少し笑う。


「ヴィクターがあの後すぐに、あなたの墓を作りましたよ」


墓石を眺める。


「きっと、ちゃんと考えて」


少し間を置く。


「自分で決めたんでしょう」


それは、ルシアンが一番望んでいたことだったのかもしれない。


ジェスターは立ち上がった。


墓石を見下ろす。


「あなたがいなくなっても、私はここを選びました」


少しだけ間を置いて。


「ヴィクターが王になっても」


風が吹いた。


「……変な話ですね」


ジェスターは踵を返す。


丘を下りようとして、ふと足を止めた。


振り返る。


「では、また」


それだけ言って、歩き出す。


数歩進んだところで、ジェスターは空を見上げた。


今日はいい天気だった。


休日にはちょうどいい。


「……次は、お菓子でも持ってきますか」


そんな独り言を残して。


ジェスターは丘を下っていった。


墓の前には、誰もいなくなった。


けれど。


そこには、長い間ともにいた男が残した名前がある。


そして、その名前を忘れていない人間もいる。


それで十分なのかもしれない。


ジェスターは振り返らなかった。


ただ、自分で選んだ道を歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。