第十二章 人間は、自分で選んだと思っている――
それから、いくつもの日が過ぎた。
戦の傷は、少しずつ街の中から消えていった。
崩れた城壁には新しい石が積まれ。
砕けた石畳は敷き直され。
焼けた建物からは、古い木材が運び出されていく。
戦が終われば、人間はまた生活を始める。
朝になれば店を開き。
昼になれば働き。
夕方になれば家へ帰る。
失ったものを抱えたまま、それでも明日のために何かを選ぶ。
王宮の中でも、日々は続いていた。
朝議が開かれ。
各地から報告が届き。
新しい王は、その一つ一つに目を通した。
すぐに答えを出すこともあれば。
しばらく考えてから、判断を変えることもあった。
以前の自分なら選ばなかった道を、選ぶこともあった。
その姿を見て、人々はそれぞれに言葉をつけた。
父王とは違う。
父王によく似ている。
若いから危うい。
思っていたよりも冷静だ。
どれが正しいのか。
ただ一つ。
ヴィクターは毎日、自分で決めていた。
そして、その横にはいつも道化師がいた。
玉座の隣。
長い廊下。
朝議の席。
王宮の庭。
時には、王が一人で書類に目を通している部屋にまで。
ジェスターは、いつも王の近くにいた。
誰かがそれを不思議に思っても、本人に尋ねる者はいなかった。
尋ねたところで、きっと答えは返ってこない。
ある夕方。
玉座の間に、夕暮れの光が差し込んでいた。
ヴィクターは玉座に座り、手元の書類に目を通している。
王冠は、頭にはなかった。
玉座の横に置かれている。
その隣には、ジェスターが立っていた。
窓の外では、王都に少しずつ明かりが灯り始めている。
家の窓。
店の軒先。
通りを行く人々の手にある小さな灯り。
一つ。
また一つ。
街が夜へ沈んでいくにつれて、人間の暮らしだけが浮かび上がってくる。
誰かが夕食を作り。
誰かが仕事を終え。
誰かが家族のもとへ帰る。
今日という一日を終えるために。
明日という一日を始めるために。
その一つ一つに、名前のない選択がある。
ジェスターは、そういうものを眺めるのが好きだった。
人間は、自分の選択に理由をつける。
あのときは、あれしかなかった。
自分には、これが正しかった。
他に方法がなかった。
そう言いながら。
本当は、別の道もあったのかもしれない。
それでも人間は、自分の選んだ道を振り返って、その道だけが最初から決まっていたように語る。
それが間違いだったとしても。
誰かに背中を押されたとしても。
誰かに選択肢を与えられただけだったとしても。
最後に自分で手を伸ばしたのなら。
人間は、それを自分の選択だと思う。
ジェスターは、玉座の隣に立ったまま、ヴィクターを見る。
ヴィクターは書類を一枚めくる。
迷うこともある。
考え込むこともある。
それでも最後には、自分で決める。
その姿を、ジェスターは何も言わずに見ていた。
ふと、昔のことを思い出す。
敵国の城が落ちた、あの日。
若かったルシアンの前に立った日。
行くところもなかった自分に、ルシアンは言った。
――好きなところへ。
あのとき、自分は残ることを選んだ。
それから長い時間が過ぎた。
ルシアンは死に。
ヴィクターが王になった。
そして今も、自分はここにいる。
王の隣に。
なぜ残ったのか。
理由など、後からいくらでもつけられる。
面白かったから。
興味があったから。
まだ見ていないものがあったから。
あるいは。
別の理由だったのかもしれない。
ジェスターは小さく笑った。
その笑みに気づいたのか、ヴィクターが顔を上げる。
けれど、何も聞かなかった。
ジェスターも、何も言わない。
夕暮れが終わる。
王都の明かりが、夜の中に浮かんでいる。
人間は、今日も何かを選んでいる。
明日もきっと、何かを選ぶ。
その選択が、自分のものだったのか。
誰かに与えられたものだったのか。
誰かに背中を押されたものだったのか。
そんなことは、本人にだって分からない。
それでも。
人間は、自分で選んだと思う。
自分の人生だけは。
自分の意思で歩いてきたのだと。
ジェスターは、窓の外を見た。
王都の明かりが、いくつも瞬いている。
その一つ一つの中で、また誰かが何かを選んでいる。
ジェスターは、静かに笑った。
「人間は、自分で選んだと思っている。それが一番、面白い。」




